第29話 広報本部の緩い朝
トロイメライ騒乱から1週間が経った。
今なお新聞の内容はセキュリティを怠ったコロシアム運営へのバッシング、市街戦の激しさを強調するような弾痕を写した見出し。
怪しいところになると軍による自作自演、支持率を上げるためのマッチポンプだという論調の記事まで......まぁ様々だ。
それだけ今回の事件は衝撃的だったし、街中でライフルを持って警備する兵士が増えたのも頷ける。
だが、俺の駐屯する広報本部内のリビングは、世間のそんな空気とはかけ離れていた。
「あーエルドさん、おはようございます」
起床して顔を洗った俺は、休暇に入ってからあまり鳴っていなかったラッパの原因を突き止めた。
キャミソールに穿き古された短パンを身につけたセリカが、ソファーに寝っ転がっていたのだ。
言ってしまえばズボラ、ラッパ手がこれではそりゃ鳴らんわけだ。
「おいセリカ、お前――――俺が同居してるの忘れてないよな?」
「忘れてないッスよ。でもこんな暑いのに軍服なんて着てられないじゃないですか、殺人的な外気温の日は引きこもるのが賢明ですよエルドさん」
いや、別に特別な感情を抱いているわけではないが、さすがに無防備すぎやしないか?
ズボンの裾がユルユルなので、角度によっては"ガッツリ見えてしまいそう"で怖い。
「いやなんだ......、一応俺も人間の男なんだぞ? 目のやり場に困るだろうが」
「へぇ、わたしを女として見てたとは以外です。なんスか? 男って女のこういう格好に弱いんですか?」
ニヤつきながら起き上がると、さも挑発するように自身のズボンの裾をめくるセリカ。
俺は直視しないよう目を逸らしつつ近くに置いてあったクッションを目の前のバカへぶん投げた。
「ブフォあッ!? 人のクッションでなにするんスか! 暴力反対! 対話で解決しろー!」
「うるっさいわ! 痴女まがいなことしやがってお前それでも軍人か!?」
「軍人も軍人ですよ! エルドさんと違ってちゃんと前期教育と後期教育、中隊配属にレンジャー過程としっかりやってますよ!」
えっ、今こいつレンジャーつったか......?
「面白い冗談だ、なんならそのレンジャー徽章見せてみろよ」
「良いッスよ、ほら」
無造作にポケットから出されたのは、間違いなくレンジャー徽章。
はっ? レンジャーというと、確か地獄の訓練過程を終えてようやく名乗れる精鋭中の精鋭。
なぜこんなズボラ女が......!?
「なんで今まで徽章付けてなかったんだよ......?」
「これは付けてると業務が増えるという呪いの品なので、持ちはしますが付けたくないんスよ。ウッ......! 通常業務からの徹夜警衛......! けど公務員だから給料はそのままっ! しかも翌日普通に業務シフトを組まれた記憶がぁッ!」
あぁなるほど......、つまりレンジャーならこんくらいイケるよねと周りから仕事を頼まれるというわけか。
トロイメライで軍のことを国営ブラックと読んでいた彼女の闇が、チラッと見えたような気がした。
「そんなことよりエルドさん、最近ちまたで話題になってる冒険者がいるの知ってますか?」
「冒険者?」
腐っても軍人か、情報収集は怠っていなかったらしい。
「なんでも"黒髪の魔女"とか呼ばれてる新米魔導士らしいッス」
「面白い異名だな、軍にスカウトでもするのか?」
「ルミナス広報官も気にはしてたらしいッスけど、イマイチな感じです」
それもそうか、相手は冒険者。
俺らみたく趣味がこっち系でもないヤツが、広報本部に来るはずもなし......。
そう思っていた時、なんの前触れもなくリビングのトビラが開かれた。
「お邪魔しまーす!! お久しぶりですエルドさん!!」
目を丸くする俺とセリカ。
突如リビングへ入ってきたのは、黒髪黒目の可憐な少女。
そして以前彼女が体操服と言った特徴的な服装、忘れるはずもなし。
「オオミナト....さん?」
来客の正体は、先日迷子となっていた自称極東の島国出身者。
オオミナト ミサキだった。
セリカの国営ブラックネタ、かなり加工してますが友人の自衛官の実体験が元ネタだったりします(笑)。
特殊国家公務員さんは大変だぁ......。




