第28話 王の末裔たち
トロイメライ騒乱が終わり、アルト・ストラトス王国でモンスターの扱いや、安全保障の議論が巻き起こっていた頃。
それは行われていた。
「執行者リーリス、ただいま帰還しました」
––––魔都 ネロスフィア
その地下で、土の中とは思えないほどにきらびやかな装飾で飾られた広間に彼女は足を踏み入れた。
「ご苦労だったなリーリス、ルナクリスタルは?」
「はっ、愚かなる人間共の手より開放し、ここへ――――」
フードを外したリーリスは、隠されていた金髪の髪を腰まで下ろす。
彼女の小さな手に握られていたアイテムは、コロシアム運営が管理していた最上位の魔導結晶。
玉座に座る全身を黒鎧で覆った存在が、ルナクリスタルを引き寄せ手に眺めた。
「デスウイングが1度使用してしまいましたが、あと数回の使用には耐えるでしょう。貴方の計画は進みます――――"新生魔王ペンデュラム様"」
「あぁ、これで我々は再び戦える......あの勇者もろとも今度こそ滅してくれよう。してリーリス、デスウイングの魔力を先程から感じない、ヤツはどうなった?」
「デスウイングは死亡しました、勇者とその部下によって......」
鎧を顔まで覆っているためわかりにくいが、間違いないなく不愉快そうな顔をしているだろう。
証拠に、ペンデュラムは「そうか」とだけ言い、リーリスへ玉座の間を去るよう言った。
彼女は戦闘の報告を行いたかったが、叶わず大通路へ出される。
どこかで連中の――――デスウイングをああも簡単に殺した武器、そして敵軍について纏めねばと歩いていると、ふと声が掛けられた。
「デスウイングは最高幹部の面汚しね、情けない。当然あなたもよリーリス」
「吸血鬼、最高幹部エルミナ......それはどういうこと?」
桃色の髪を腰まで伸ばした少女、吸血鬼のエルミナだった。
「そのまんまよ、5年前は何の驚異にもならなかった人間の軍に追い回され、デスウイングを見殺すことでルナクリスタルを手に入れた。殲滅くらい余裕でできたでしょ?」
はぁっ......と、リーリスは深いため息をつき顔を合わせた。
何も知らない愚かなる吸血鬼王の娘へ――――
「連中の武力はこの5年で別次元へ到達していた、少数の勇者パーティーが剣を振ってくるだけなら勝てたわ。でも違う......奴らは6000万の烏合の衆ではない、6000万の人間を有する国家になっていたわ」
「はぁ? 意味わかんない。つかなんでトロイメライで放ったモンスターがもう鎮圧されてんのよ。なにがあったわけ?」
リーリスはかいつまんでエルミナへ説明したが、勇者が軍へ入っていたこと。
連中が銃を始めとした兵器を使っていると口にした途端、笑い声が通路にこだました。
「アッハッハッハ!! 面白い冗談言うじゃない、あんなの弓と対して変わんないでしょ? この間さらってきた人間見ても同じこと言える? 人間は変わらず弱いのよ」
「違う! あんなのただの農民よ、銃だって1発撃つのにすら手間取ってた前とは全然違う!!」
5年前なら街だって落とせたデスウイングの『影の執行者』が、あの乾いた音が鳴った瞬間吹き飛んだのだ。
あんなに凶悪な魔法は存在しない、サブマシンガンの雨の中で柱に身をかがめていたリーリスは必死で警告した。
「この攻勢は失敗する! あの国はもう農民国なんかじゃない、我々の復活を迎え撃つだけの力を持った軍事大国よ!」
必死に訴えたリーリスは、しかし突然響いた大きな音。砕けた壁を見て強制的に黙らされる。
憤怒の表情を浮かべるエルミナが、通路の壁を思い切り殴ったのだ。
「恥を知りなさいこの敗北主義者!! 我々は圧勝できるわ! 人間の軍隊がなに? わたしたちは王とその末裔よ! 全部ぶっ潰せばいいだけじゃない! 臆病者はここで見ていればいいわ」
踵を返したエルミナは、リーリスを置いて大通路を歩き去った。
「新生魔王軍は絶対に負けない、臆病者はうずくまっていればいいのよ......!!」
モンスターを集め、強化し、再び王国を自らの物とする。
『浄化計画』、アルト・ストラトス再侵攻へ向けて歩を進めるエルミナは知らない。
彼女は後に後悔したという。
この時リーリスの警告を聞いておけばと......。




