第212話 ラインメタル少佐と参謀次長
――――王国軍参謀本部。
「参謀本部直属、第315即応機動大隊レーヴァテイン大隊長、ジーク・ラインメタル少佐です」
木製の扉をノックしたラインメタル少佐は、その長ったらしい肩書きを全く噛まずに読み上げた。
すると、待ってましたと言わんばかりに中から「入れ」の声。
少佐が入室すると、息の詰まりそうな重苦しい空気が体を覆った。
「状況はあまりよろしくないようですね、参謀次長閣下」
「やっと来たかラインメタル少佐、緊急の要件だ――――さっそく説明しよう」
「お願いします、この様子ですと......もう"防空識別圏"は突破されてしまいましたか?」
ドッカリと椅子に座る少佐。
ボードに貼られた地図には、既に参謀官たちが色々とマークをつけていた。
「防空識別圏どころか領空まで突っ切られたよ」
葉巻の紫煙を吐き出す参謀次長。
防空識別圏とは、簡単に言えば領空に入りそうな航空物体を識別、ワイバーン部隊をスクランブルして警告などを行う空域である。
これが突っ切られたということは、既に目標は王国本土上空という意味だ。
「敵の正体は既に判別済みでありますか?」
「緊急出撃した第3航空師団が、さっき魔導通信でこの写真を送ってきた」
ラインメタル少佐は、じっくりと渡された写真を見る。
「これはこれは......、もう絶滅したと思った"竜人"ではないですか」
「あぁ、こいつはウォストピア方面軍のワイバーン部隊を振り切り、今しがたロンドニア上空を突っ切った。おそらく目的地は――――――」
「王都......ですな?」
「そのとおりだ」
参謀官たちが首都防空師団の符号を動かす。
「いやしかし、てっきり"終末のラッパ"の件で呼び出されたのかと思いましたよ」
「もちろん最初はそれだった、最近はトロイメライに留まらず王国全土であの不気味なラッパの音が聞こえる......。異常事態だ、まるで終焉のカウントダウンだよ」
電話を取った参謀官が、首都防空師団のワイバーン部隊にスクランブルを叫ぶ。
少佐はそれを意にも介さず、背もたれにもたれた。
「......忌々しい女神が、怠惰を嫌って動き出したと?」
「かもしれんな、個人的には今回のラッパと竜人の件......繋がっている可能性も考えている」
「あのクソッタレのマーダーなら十分ありえます、因果関係を疑うのは至極当然であり、それを考えないのは神を否定する共産主義者が如きミス......我々は"神を殺すため"にここまで来たのですから」
細目だった参謀次長が、目を大きく開く。
「そのとおりだ少佐、あの日きみに劇場の真実を聞かされたからこそ我々はこうして戦っているのだ。おそらくワイバーン部隊は竜人に突破される、一応第1、第2高射大隊と首都防衛師団を展開するがそれでは不足だろう」
「なれば――――」
立ち上がる少佐の瞳は、金色の光を宿していた。
「レーヴァテイン大隊に出動をかける、この王都を愚かなる竜人の墓標とし、マーダーの試みを徹底的に粉砕、我々の目的を完遂するのだ」
「了解であります、参謀次長閣下」
きびすを返して部屋から立ち去る少佐。
それを見届けた参謀次長は、「フゥッ」と息をついた。
「信仰を敵とした我々は......、一体なにを信じればよいのだろうな......少佐」
参謀本部に、首都防空ワイバーン部隊エンゲージの報せが入る。




