円照寺和尚さんとの折衝 <C263>
サブタイトルに折衝とありますが、あっさり終わります。
「円照寺の和尚さまと寮監長さまが参りました」
下男が案内してきた。
「先の被害担当という話は、円照寺さんとの話が終わったあと聞かせてもらいたい」
貫衛門さんは、やむを得ず話を中断するが、という風で声を掛け、和尚さん達を迎えに行く。
その間に、義兵衛は素早く土間の荷梯子から献上用の七輪1個と、普通練炭・薄厚練炭の各1個を降ろした。
座敷の下座にある義兵衛の座る位置の横へ並べた。
間もなく、貫衛門さんが和尚達を案内してきた。
相変わらずの黒い袈裟掛け姿でふっくらした体躯の和尚さんと、灰色の作務衣を着た細身の寮監長さんが上座の座布団の上に座る。
貫衛門さんが横に座ると、義兵衛は頭をうんと下げて挨拶をした。
「こちらに直ぐ来ることが出来ると思いましたが、このように遅れて申し訳ございませんでした。
今回は、お約束通り村で拵えた七輪と練炭一組を献上品としてお持ちしました」
そう言いながら、顔を上げ横に置いた七輪と練炭を和尚さんと寮監長さんの前に押し出した。
「これが、七輪と練炭ですか」
ゆったりとした口調でこう言いながら和尚さんは七輪を、寮監長さんは練炭を手に取って仔細に見ている。
そこへ丁度良い具合に貫衛門さんが割り込んでくれた。
「ワシの横にあるのが、丁度練炭を燃やしている七輪じゃよ」
そう言いながら、これまた和尚さんの前に押し出した。
「上から見ると、練炭が赤く光っておるのが見えるじゃろ。
これがなんとも暖かいのじゃよ。
横にある空気穴を調整すると、出る熱を調整することができるのじゃ。
一度火を着けると、半日はこの状態が続くそうじゃ」
和尚さんは献上品の七輪を寮監長さんへ渡し、火の点いている貫衛門さんの七輪を引き寄せた。
「おお、これは温いのぉ。
いやぁ、一回手にするとこりゃ手放せんのぉ」
野良仕事を経験してそうもない綺麗なつるんとした手の平を七輪の上に翳している。
しばらくそうやって温まっていると、貫衛門さんが声を上げた。
「和尚さん、そろそろこちらへ返して頂けますかな。
一旦座敷でこれにあたってしまうと、冷えるのが堪えられん」
和尚さんは渋々火の点いた七輪を貫衛門さんの方へ押しやった。
これからが交渉事である。
「七輪と練炭の献上品、ありがたく頂戴すますぞ。
さて、秋葉権現様の焼印を七輪に付ける件、それなりの初穂料を都度お納め頂くことで了解した。
その値について、金程村からの卸し値の5分(=5%)が妥当かと思うておる。
例えば、1個を500文で卸すのであれば、25文を納めて頂くということでどうじゃ」
もっと吹っかけてくると思っていたが、意外にまともな金額になっている。
焼印付き七輪は小売で1000文を目標にしているので、卸し800文(=2万円)、ならば40文(=1000円)が初穂料か。
「この七輪や練炭は、献上品となるものもあります。
それ以外に、例えば練炭を多数ご購入頂いた方へのお礼という形で無償で提供することもございます。
こういった場合は、初穂料が納められないことになりますが、よろしゅうございますか」
「うむ、それも考えた。
無償で提供した場合、金程村の収入はないのであろう。
にもかかわらず、初穂料を取るのは心苦しい。
また、価格がつきさえすれば、多少の初穂料の上乗せはできるであろう。
大きく儲けたときは初穂料も多少余計にもらっても良いかと考え、卸値に歩合を掛ける形でどうかと考えたのじゃ」
なる程、こちらの思い、金程村の窮状を汲んでくれている提案であることは良く判る。
「ご配慮頂き、誠にありがとうございます。
もう一つ、不躾なお願いがございます。
初穂料は銭ではなく練炭で納めさせて頂いても宜しゅうございましょうか」
普通練炭は200文を想定しているので、七輪5個につき練炭1個を納めればよい。
なにより、村から銭が出て行かないところが味噌なのだ。
「うむ、それは了解しよう。
1個に満たないときは、切り上げしてくれると嬉しいぞ」
「そこは、ご懸念無用です。
普通寸法の練炭以外に、薄厚練炭というものを作っております。
寸法は4分の1の厚さで、日持ちは普通練炭の4分の1の1刻(=2時間)程度です。
それで、1個あたりの価格は3分の1位で設定します。
他に炭団というものを拵えています。
こちらは七輪を使うものではありませんが、更にお安く価格設定しています。
なので、練炭の商品を組み合わせて、ご提供できると考えております。
その際、端数は切り上げさせて頂きますよ」
「判った。
それで良いので、よろしくお願いする」
「ところで、焼印についてご相談があります。
村で相談を行い、このような文字を刻みたいと考えております」
義兵衛は懐から焼印の案を記した紙を取り出し広げた。
臨済宗・圓照寺
火伏せ・秋葉大権現
大麻止乃豆乃天神社
この3行の文字を枠で囲んだもので、助太郎に見せたものと同じである。
「なる程ではあるが、文字を囲むのではなく、鳥居の下に並べたほうが良くないかな。
あと『火伏・秋葉大権現』は扁額に入れた感じで二重線で四角く囲ったほうが良いぞ」
和尚さんはこのように意見を述べた。
確かに、有難味が増す感じではある。
「誠に貴重なご意見を頂きありがとうございました。
とりあえず、ご相談の件は以上となります。
近日中に焼印を押した七輪を再度献上させて頂きたく存じます。
その折に条件を書面にし、名主の伊藤百太郎にて取り交わしをしたいと考えます。
また、初穂料の先渡し分として、今回練炭を少し持参してきておりますので、お納めください」
義兵は土間へ降りると、普通練炭3個、薄厚練炭19個、炭団10個を抜きだした。
これを座敷の上がり框へ並べた。
「金程村で想定している小売り価格は全部でだいたい2000文に相当する練炭になります。
ご加護のついた七輪を1000文で販売、つまり卸しで800文で掛け売りできればと考えておりますので、焼印50個分に相当いたします。
前納分となりますので、よろしくお願いいたします」
深く一礼をした。
神経質で真面目そうな寮監長さんが口を開く。
「それでは、初穂料の先渡し分として、ありがたく納めさせて頂きます。
あと、ことの次第は、円照寺から隅田川向島にある秋葉神社と遠江国秋葉権現神社へ、こちらから文を出しておきましょう。
金程村では心置きなく焼印をご使用くだされ」
これで焼印の問題は決着がついた。
貫衛門さんは、下男に上がり框にある練炭と座敷にある七輪・練炭を円照寺に運ぶよう命じると、和尚さん達を玄関まで案内していった。
義兵衛は、残った練炭と炭団を座敷の上がり框に並べた。
登戸村での実売価格だと、6540文になるが、どれぐらいここでの買い上げ分になるのであろう。
お見送りを終えた貫衛門さんが戻ってきた。
「いやぁ、今回もお見事でしたなぁ。
それはそうと、残りの練炭はどうなさいますか」
「もしよろしければ、この内の半分位は芦川家で購入して頂ければと考えます。
そして、残り半分は金程村からの委託販売分ということで、売りさばいた金額の2割5分を芦川家にお納めし、残りを金程村にお渡し頂ければと思います。
委託販売分の中で、例えば炭屋に参考として見せるために使った分は無償ということで結構でございます。
七輪のほうも確実に売って頂ける炭屋という事であれば、無償でお渡しして頂いて構いません。
処置についてはお任せします」
「では、銭2000文でこれらを引き取り、売れた分についてはその7割5分を後日渡すということじゃな。
まあ、料簡は判った。
銭については、貫次郎が戻ってからの相談じゃがそれでよいかな」
「ハイ、よろしくお願いします」
もっとも、半分を越えて売り切ってしまっても確認する術がなく、その分芦川家が儲かることになる。
これくらいのことは考えているに違いない。
さて、これからは和尚さんが来る前にしていた堤防の話になってしまうのだろうな。
次回は、洪水対策の話しになります。
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