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米俵融通談義 <C2542>

 白井家の庭に出ると、砂塵埃が舞う中で米俵が運び込まれ、そして運び出されていた。

 与忽右衛門さんが庭に来ていることが判ると、何人もの人足がなにやら報告をしそして指示を受けると足早に立ち去っていく。

 与忽右衛門さんが、登戸から来る米俵を帳面に書き留めている使用人から帳面を取りあげ、代わりに新しい帳面を渡した。


「喜之助と孝太郎はちょっと席を外せ。

 義兵衛にはカラクリが判らんと困るかも知れんので、残っておれ。

 今、おおよそ250俵届くのを目途に新しい帳面と交換しておる。実はこれが5冊目だが、一杯にほど遠い所を見ると1100俵という所か。これでは昼までに1500俵は難しかろう。今日の夕方までかかりそうな感じがする。昼で終わらなかった時、館の爺様からの叱責が怖いのぉ。

 そこで相談じゃが」


 白井与忽右衛門さんは悪い顔になっている。

 喜之助さんと孝太郎が声の聞こえない場所に移動しているのを確認している。


「安兵衛さんと勝次郎様は一緒でも良いのですか」


「まあ、当事者であるが殿様に話が漏れるまでには方がついておろうゆえ、問題はなかろう。

 それでな、最後は館とここと金程の蔵に各々500俵納まっているのを爺様が確認して終わりであろう。ならば、昼で500俵納まっているのを見せれば良いと考えた。

 それで、金程はどれ位の米俵を別枠で持っておる」


 どうやら悪だくみが漏れた時に御咎めが息子達に及ばないように配慮しただけのことのようだ。


「そさな、今年は年貢を納めんでもよくなったということもあり、籾米のまま140俵、いや150俵はある」


「細山村は、抑えられたとはいえ、消費する分として玄米100俵を館に入れた。下菅村が玄米140俵じゃ。いつもの年に納める年貢が半分で済んだ分、籾米の俵をそれなりに残しておる。それがおおよそ200俵ある。あわせて350俵あれば、これを蔵に入れておけば昼前で1500俵となろう。

 それで、1200俵を超える分は、細山村入り口の神明社に留め置き、後ほど高石と万福寺を経由して金程・細山へ運び入れれば良いと思う。まずは、館の蔵の500俵は裏からの補充が利かぬゆえ最優先じゃ。ともかく、館の爺の面目を失うような事態だけは避けよう」


 父・百太郎も無鉄砲と思ったが、堅実と思われた与忽右衛門さんも結構ぶっ飛んだ所があるのに気付いた。


「それで、神明社には話をしておるのか」


「うむ、もう事前に話しは済んでおる。手の者を神明社に置いて通過する米俵の数を確かめておる。こちらから止める数量を通知すれば、それ以降の米俵は神明社の蔵に仮置きする手はずじゃ。通す最後の米俵に付ける印・幟は、もとより神明社で飾る予定としておったので、問題はない」


 最後の1俵は登戸から飾って送り込まれるのではなく、村に入ってから飾られ、白井家の蔵ではなく館の正門で爺に出迎えられて蔵に運び込まれる段取りになっている。

 これをきっちり入るようにするため、よくよく見ると白井の庭からは優先して館の蔵に運び込む段取りをしていることが判る。


「今金程へ行っている米俵は、登戸から来たものではなく、ワシの所で集めたものを混ぜておる。それとは判らんように印を付けておるので、後から選別して戻してくれるとありがたい」


 領主側には判らないように、いろいろと手を打っているのだ。

 感嘆する様子を見せる安兵衛さんに百太郎が片目を瞑って話しかけた。


「村をうまくまとめていくためには、これくらいのことを造作もなくできぬととても名主は務まらぬのよ。まだ若い者にはこういった誤魔化しは許されぬものの様に思うかも知れぬが、一年かけて育て得た米を年貢として搾取される側としては、意向に合わせてやり繰りするのは生きるためには当然のことであろう。

 もちろん、ワシの家でも小作を抱えており、その労働力を武家同様に搾取しているとも言えるのだが、小作を苦しめては村が成り立たないことは身をもって知っておる所が違う」


 その説明に与忽右衛門さんが噛みついた。


「ここの御殿様は他の所とは随分違うぞ。家臣の方々もワシ等と一緒に畑で農作業もする。御殿様の弟である甲三郎様は、泥だらけになって一緒に新田の開墾もしておったではないか。なにより、武家も百姓も分け隔てなく寺子屋で手習いできるように図っておる。能力があると見れば、義兵衛や助太郎を召し抱える度量もあろう。名主が村を治めるのと同じ目線で御殿様は見ておる。

 確かに、昨年までは内情が厳しいのか、普通の年貢だけでなく追加でなにかと融通を利かせるよう下知もあったが、今年のようにゆとりが見えると年貢米を大幅に免じるような施しをするなど、領内の百姓にも優しかろう。他の領地から見れば、ここの御殿様は随分変わり者と見えるのは間違いなかろう。それ位、領地の百姓を大切にしておるということだ」


 館をかかえる村だけのことはあって、武家との距離が近く、どちらかと言えば武家側の言うことも理解できるようだ。

 その一方、金程村は武家側の事情が見えておらず、御殿様がなにを考えどうしようとしているのかに関与できていなかったのが昨年までの状況だったと言える。

 むしろ他村の愚痴を一方的に聞かされていた、という所なのだろう。

 ところが、練炭の生産・販売にかかわってしまったことで、また御殿様が関与する事業となってしまい次男の義兵衛が任官されてしまったことで、否応なしに館の懐事情が見えてしまっている。

 そうすると、一段高い所の風景から領地全体を見ることになるのだが、今まで館での差配にあまり関与してこなかった百太郎はその境地に至っていない。

 だが、金の卵を産む工房をかかえる金程村は否応なく館の財政の中心となっており、代替わりする孝太郎は館との付き合いに巻き込まれていくことになる。

 ただ、そこには実弟の義兵衛が居り、兄弟が仲良くやっていく限り安泰とも考えられる。


「これはとんだ余計なことを聞いてしまい申し訳ない。結果として満足のいく方法を採られている、と感じ入りました」


 安兵衛さんがその場を収めようと殊勝な言い方をした。

 勝次郎様は何か聞きたげな様子をしているが、火に油を注ぐような真似はしたくないと悟ったのか、黙りこくっている。


「おおよその段取りは判りました。昼頃に館の蔵には499俵入り、明神社から最後の1俵をどこへ運ぶのかという先ぶれが来て館という返事を返した後、飾り立てた俵が馬に担われて運び込まれる。それを館の爺様や名主一同が門前で迎える、ということですね。

 もっとも、その裏で与忽右衛門さんが細かく段取りに不都合がないか、現場を指揮しやり取りする、ということですね」


 義兵衛がこうまとめると、与忽右衛門さんは大きく頷いた。


「その通りじゃ。もうそろそろ終段にさしかかろう。ワシは家の門の所で差配しておるゆえ、お前等は館へ向かえ。門前で並んでおればよかろう」


 与忽右衛門さんを残し、皆は館へ移動した。


「今日の昼に運び込みが終わると最初から思っていなかったのですか」


 勝次郎様が小声で話してきた。


「是政村の西蔵院から登戸宿を経由して細山村の館まで3里半ほどある。1500俵あれば全部の延べ移動距離は5250里。2日半で一人が動かせる距離は20里とすれば、おおよそ260人の人足が必要なのが道理。

 だが村を挙げて用意できた人手は200人程であろう。もう1日あればどうにかできたのだろうが、350俵は届かぬというのが見えていたはず。それを見越して、事前に手を打ったという所かな。

 4人の名主は皆こういった事情を承知していたはずだろう。そうでもなければ、村の厳しい運営はできまい」


 そうは思うものの、今年は年貢がかなり軽くなるなど、随分と恵まれた年とも思える。

 館に着いた時、かなりの村人が門前に集まり始めており、門番がどこに並ぶべきかを指図している。

 名主となる孝太郎は前列、隠居の百太郎はその後ろ、名主代理の喜之助が前列に並ぶ。

 義兵衛は、一段高くなっている家臣団の中でも最前列の目立つ所に並ばされた。

 その隣の空席は、おそらく爺・泰兵衛様が着く場所で間違いないようだ。

 名主達一族が並ぶ場所近くの空いている場所は工房の面々が並ぶ場所らしく、他の者は立ち入らぬようにと注意が飛んでいる。

 おそらく昼過ぎには、工房の皆が揃ってこちらに来るのだろう。


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― 新着の感想 ―
[一言] どんな階層、どんな存在であっても 出せるのは確保できた余裕の中から、 協力できるのもまた確保できた余裕の中から ってのを性根に刻めて初めて大人だよね
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