御殿様からの沙汰 <C2540>
予約投稿設定をミスりました。急遽540話を投稿します。
■安永7年(1778年)10月3日(太陽暦11月21日) 憑依262日目 晴
義兵衛は実家ではなく、館の中にある爺様の家に、安兵衛さんと勝次郎様と一緒に泊まった。
爺様は終始不機嫌な顔をしていたが、婆様は終始やさしく応対してくれた。
「ほんにまだ子供から抜け出たばかりではありませんか。爺様も臍を曲げずに素直に褒めてあげても宜しいのではないのでしょうか。
近々御殿様の肝いりで江戸の商家から嫁取りされるのでしょう。この冬に里で祝言と御殿様から聞いております」
そこまで話が進んでいるとは、義兵衛本人も知らなかった。
「義兵衛は養子とは言え、我が家の跡取りです。その嫁ともなると、本来は親戚筋から頂くのが本来なのでしょうが、御殿様の声掛かりであれば仕方ありません。細江家を潰す訳にはいかぬのですから。
まあ、金程の伊藤家であれば、いくつか遡れば細江の縁者でもあり先祖も御認めにはなるでしょう」
古い話を辿り始めるが、この知行地に土着して数世代を経ているのだから、有力な名主と旗本の家臣の間で縁戚関係があっても何の不思議もない。
知行地が500石ということは、武家を入れて500人までの人口を養える土地であり、その中で代わり栄えのしない面子で顔を突き合わせて暮らしているのだ。
寺子屋の制ができて3世代、武家も小作を含む百姓、果ては男女の別なく並んで教育を受ける場が出来てから、その身分の境は更に薄くなってきている。
御殿様やその直臣からすると、皆が里の子と見えても違和感はない。
「11月になれば、若様が里へお戻りになりましょう。その折に義兵衛の嫁御も里へ来ましょう。祝言までの間暫くは私が直接預かり、武家の嫁として躾けましょう。どのような娘か、楽しみにしておりますぞ」
館に下働きに出ている千代さんに華さんを指導してもらうつもりだったが、どうやら細江の婆・菊様がその役を握ることになりそうだ。
里ではどんな噂話が流れているのか、婆様から話を一通り聞かされた義兵衛は頭を抱えて碌に眠れないまま朝を迎えたのだ。
「どうせ今日も金程の手伝いをするのだろうが、ただ昼にはこの館に居るようにせよ。そこから色々と宴を用意しておる。
今回の功労者であるお前が居らぬのは都合が悪いので、必ずや戻れ」
爺・泰兵衛さんの言葉を受けて白井家に向かうと、もうそこは米俵を運び込む者・運び出す者で砂埃が舞う場所となっていた。
「すでに金程からの第一陣が来て22俵も運んでいったぞ」
どうやら周囲が明るくなる頃には、もう運搬が始まっていた。
とりあえず義兵衛は金程向けとされた筵の一辺に立ち米俵を受け取ると、それを肩に乗せ白井家の庭を出て金程へ向かった。
「何も持たずただ一緒に歩くというのは、結構心苦しいものがあります」
勝次郎様が殊勝なことを言うが、西蔵院から1俵運ばせた時の様子からして任せると碌なことにならないのは本人も承知している。
義兵衛とて、大人の人足からするとへっぴり腰なのだから、米俵運びさせないのが正しい。
まだ気力が充分な朝の内ということもあり、金程には難なく到着した。
登戸からの荷運び俵数がまだ足りていない者達は、まだ暗い内に村を出て登戸へ向かっていた。
そして、父・百太郎、それに運び終えた8人と大丸から来た10人の計19人は、うっすらと明るくなった頃から家を出て細山村の白井家へ俵を受け取る第二陣となって、入れ違いとなったまま既に村を出ていた。
蔵を預かっているのは、昨日同様近蔵の婆だけであった。
「義兵衛様の母様も、荷運びできるということで、一緒に出ておりますよ」
百姓の妻だけあって、必要なら一俵位は担いで運ぶことができる。
流石に腰が曲がり始めた婆様になると難しいのだろうが、女だてらに2俵どころか3俵を担ぐ猛者も居る時代である。
主に飯炊きとして駆り出されていた村の女房達も、細山と金程の間であれば無理が利くと見たのか、皆出払っている。
残された子供で寺子屋に行くような年齢の者は、工房で働かされており、幼子とその面倒を見る大婆が残っている状態なのだ。
米俵を蔵に納めた義兵衛は村の様子も気になり、細山には行かず工房に向かった。
「おや、春さんだけですか」
事務棟へ入ると、一人ぽつんと春さんが居り帳面を見ながら一心に書きつけをしている。
「ああ、米さんや梅さんは早朝から作業棟ですよ。昨日、小炭団を増産するように体制を切り替えたのですが、思うように合格品が出なかったのです。失敗品をまた粉炭に戻しているのですが、今度は原料の品質がブレてしまい、それを戻すのに新な粉炭を流用し、という流れで原料の確保が難しいようになって、それで……」
急な変更が無理を引き起こした様だ。
「そこは申し訳ないが、現場で頑張ってもらうしかないかな。幸い、午後からは工房の作業も一旦止めるのだろう。助太郎も館の役目を終えて戻ってくるだろうから、そこから仕切り直せば良い。春さんの仕事で重要なのは、見通すことだけではなく、しっかりと記録を残すことなのだから、判断はもっと立場が上の人に任せればいいのだよ」
春さんは明らかにほっとした表情になった。
現場で必死になって取り組んでいるようならば、義兵衛が覗いても混乱が深まるばかりだろう。
作業棟には寄らず、そのまま館へ向かった。
館に到着すると門番が助太郎ではなくいつもの者に戻っており、段々普段の様になってきている。
「江戸屋敷から急使が着いた。爺様からの指図で、白井の所に来た百太郎さんは館の部屋で待たせており、義兵衛もそこで待たせるように言われておる。また、連れも同席せよ、とのことだ」
どうやら今回の米運搬で起きた騒ぎ・指示逸脱について、御殿様から沙汰があったようだ。
義兵衛、安兵衛さん、勝次郎様は案内に従って部屋に行くと、父・百太郎だけでなく細山村名主の白井与忽右衛門さんとその嫡男・喜之助さん、そして兄の孝太郎が部屋の一番端に横一列で並んで座っていた。
その列より畳半分だけ前に助太郎が座っている。
義兵衛は助太郎の横に座るよう指示され、安兵衛さんと勝次郎様はそれとは全く別に部屋の横の辺に並んで座るよう指示された。
間もなく爺・泰兵衛さんが現れ、正面の上座を空けてその横に座った。
「まだ米の運搬の途上ではあるが、此度の運搬は概ね予定していたように今日中には終える見込みとなったことは重畳である。
さて、その運搬だが、殿より全般を任されたワシの指図に従わなかったことについて、色々思う所があり、江戸の殿を煩わせることとなった。事実をありのままに伝えた所、早速にも御返事を頂くことができた。午前中ではあるが、ここに居る関係者へ殿よりの沙汰を伝える。
金程村・名主、伊藤百太郎。隠居し、家督を嫡男・孝太郎に譲ること。
細江義兵衛。当面知行地外への禁足を命じる。江戸へ戻ることや、登戸・大丸村に出ることを禁ずる。
宮田助太郎。義兵衛に代わり、江戸屋敷での奉公を命じる。奉公内容は主に萬屋との交渉である。
これは結構難しいかも知れぬが、他に代われる者が居らぬ故のことのようじゃ。ここまでが、殿からの明確な下知である」
爺様はここで言葉を区切った。
御殿様からの下知であれば、これに従わざるを得ない。
ただ『当面』というのがいつまでなのか、という点は気になるのだが、その質問ができないほど威圧されている。
金程の面々は叱り飛ばされた思いで平伏し恭順の意を示すと、爺・泰兵衛様は次の言葉を発した。
「さて、この場に細山の名主も呼んでおるのは、殿からの示唆からワシが思ったことである。
細山村・名主、白井与忽右衛門。なかなか上手く運搬を統制しておった嫡男・喜之助に家督を譲り代替わりをしては如何かな。金程村の名主が孝太郎に代わると、色々とややこしい関係にもなろう。この際、両村の良い相談役になるというのもあるかと思うぞ」
確かに、与忽右衛門さん相手に兄・孝太郎が上手く立ち回れるような気がしない。
爺から出た『両村の良い相談役』という言葉の影響なのか、与忽右衛門が『ははっ』と平伏して発する声に、どこか嬉しい響きがあることを感じた。




