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円照寺の和尚さんと寮監長さん <C247>

お寺の和尚さまと寮監長さまの登場です。円照寺は禅寺で、まだ若い僧が修行のため住み込んでいます。このため、和尚さんだけでなく、修行場を管理監督する寮長が居るという設定です。

 大丸村の大地主のご隠居?である芦川貫衛門さんが、神社を差配する円照寺の和尚さんと寮監長さんを呼び出してもらうように使用人に依頼をした。

「今の人はどういった方ですか」

「ああ、我が家の田を耕作する小作農の家の子じゃ。

 なにせ、田が広いので、小作農を12軒かかえておる」

「すると、全部で100人近い人数になるのですね」

「うむ、もうちぃと多い110人といったところかの」

 すると、220石、150反は農地があると計算し、その広さに驚いた。

「金程村全体で50人しかいませんので、この家だけで2倍以上というのは驚きです。

 かなり裕福なご様子も納得です」

「いや、ここ2年ばかり続けて多摩川が暴れなかったからそう見えているだけなのじゃ。

 大体3~5年に1回くらいの割合で多摩川が氾濫し、田がほとんど全滅する。

 更に、15~20年に1回くらいで川筋が変わってしまうほどの大洪水に見舞われる土地柄なのじゃ」

「洪水に見舞われると、さぞかしご苦労されるのでしょうね。

 特に、皆の生活維持は難しいですよね」

 色々聞き出せそうなので、水を向ける。


「そうさの、一番困るのはその年の収穫がほとんど無くなることじゃ。

 特に川筋が変わってしまうほどの大洪水に見舞われると、翌春もまだ田作りができる状態にならないことなのじゃ。

 結果として2年も米が取れない。

 勿論、年貢米などその間は免除されておるが、この間、小作人も含めた全員を3年目の秋まで食いつなぐことが必要になるのじゃ。

 じゃから、端境期で最低でも200石は蔵に溜め込んでおる。

 新米など、秋の収穫祭と正月しか口にはできん。

 米を作っている農家にもかかわらず、いつも2年前の古古米、時には3年前の古古古米を口にすることになる。

 古古米は米問屋が見向きもせんし、万一売れるとしても本当に足元を見て、悔しい位の値しか付けん。

 代官も米問屋の手先のように、蔵の新米を一粒でも多く年貢でも取り立てようと、田の直り具合や実り具合を調べおって、免除した分を少しでも取り返そうとしてくる。

 こちらは、次の洪水に備えて必死で蓄えた米を減らすまいと頑張っておるのにじゃ。

 今も、少しでも備蓄を増やさねばならぬと頑張っている時で、3年前の洪水以前に蓄えた米を皆で食べておる。

 結果、積みあがるのは古古古米ばかりになるという寸法じゃ」

 これだけ沢山米が採れるところでも、米の備蓄に苦労しているというのがよく判る。

 貫衛門さんの話が、米問屋と代官への愚痴になり始めた頃、先ほどの使用人が戻ってきた。

「お二人方ともまもなく、こちらへ参られます」


 庭に、黒の衣の上に袈裟けさを着た和尚と、灰色の作務衣を着た寮監長が入ってきた。

 芦川貫衛門さんは、客用座布団を部屋の上座に2つ並べ、和尚達を招き入れた。

 下座で平伏する義兵衛の前に二人が着座すると、茶を入れて持ってくるように使用人に言いつけ、横に着座し口を開いた。

「誠にお忙しい中、急にお呼び立てして申し訳御座いませなんだ。

 こちらに居る金程村名主の息子・伊藤義兵衛が、円照寺の境内に祭られておる大麻止乃豆乃天神社おおまとのつのてんじんしゃを管理なされておる方に相談したい儀があるということで、お願いした次第じゃ」

 さあ本番、義兵衛落ち着いて力を抜いていつもの調子でいけよ、と伝える。

「ただいま芦川貫衛門様に紹介頂きました金程村の伊藤義兵衛と申します。

 是非にもご相談させて頂きたいことがあり、南の郡境を越えてやって参りました。本日はお忙しい中、ご足労頂きましてまことにありがとうございます。

 こちらはほんの些少ですが、喜捨させて頂きます。

 お納めください」

 懐から取り出した紙包み2個を畳みの前に置き、そのまま平手でズズ~ッと和尚と寮監長の前へ来るように押し出した。


 二人は一瞬互いに目を合わせると、和尚から先に口を開いた。

「これは、これは、丁寧にありがとう御座います。

 幣寺へ納めさせて頂きます。

 申し遅れましたが、ワシが円照寺の住職です」

「同じく、円照寺の禅庵を管理しておる芳吉と申します。

 こちらは、幣寺で遣わさせて頂きます」

 両方の包みを、寮監長の芳吉さんが押し頂き、懐へ納めた。

「で、相談の中身はなんじゃの」

 和尚が問いかけてくる。


「我が金程村では七輪・練炭という新しい特産品を作ろうとしております。

 この新しい特産品に、火伏の神様のご利益りやくを付けて頂きたいというお願いです。

 江戸の町で火伏の神様といえば、秋葉神社を思い浮かべますので、近隣の秋葉様を探しましたところ、延喜式内社えんぎしきだいしゃの大麻止乃豆乃天神社の境内社として祭られていることがわかりました。

 そこで、この秋葉様のおふだならぬご焼印を七輪に押すことを考えた次第です。

 まず、こういったことをお許し頂けるのかどうかという点が、ご相談の1点目です」

 それから、という感じの表情で和尚が続きを促す。

「もし、最初のご相談が叶いますなら、その許諾を金程村の七輪だけにするという独許にして頂けないかという虫の良いお願いです。

 以上2点のお願いでございます」


 しばらく沈黙が続いた後、寮監長の芳吉さんが口を開いた。

「むふぅ、願い事自体は判りました。

 初穂料はつほりょうはいかほどとお考えかな」

「実はこれが難しく、頭を悩ませました。

 七輪は世の中にまだ出ていないもので、幾らの値で売り出せば良いものか、とんと見当がついておりません。

 そこで、最初にまとめて初穂料を納めるという形ではなく、例えば出荷1個あたり4文を納めさせて頂くというような形を考えております。

 これを毎月お届けするということで、生産高に応じて月100個作れば400文、500個作れば2000文をお納めすることができるという仕組みを考えてみました。

 いかがでしょうか」

 勿論、月500個なんて今の陣容では夢でしかないが、取り決めの時にこれくらい吹っかけておかないと足元を見られる。

 また、俺の本音では月産500個どころか、この倍近い個数を江戸にばら撒いて寡占状態を作り出すべきと考えている。

 おそらく、出来高払いの初穂料という申し出は初めてに違いなく、おそらく経理面を担う寮監長の芳吉さんも和尚さんもどう判断して良いか、考えあぐねているのが手に取るように判る。


「いきなりのご相談であり、今ここでお返事を頂こうとは思っておりません。

 初穂料については、他にもいろいろな考え方があると思っており、お互いが納得できる形で治めることができれば嬉しいと思っています。

 なにとぞ、ご検討をよろしくお願いします」

 とりあえず、事前相談という形で決着しておきたい。

「気になるのは、二番目の条件じゃ。

 確かに、ここの神社として金程村にだけ焼印を認めるのはやぶさかではない。

 しかし、他の秋葉神社まで同じように排他的に扱える訳ではないぞ。

 そこは承知かな」

 和尚さんが、独許の難しさを指摘してきた。

「また、火伏の神は秋葉神社だけが専門ではあるまい。

 そこいらについては、どのように考えておる」

 公案の『そもさん』という掛け声こそ無いが、鋭い指摘を発してきた。

 流石に禅寺の和尚さんである。

 確かに、今回のただの七輪に独特の特徴を付け寡占を狙うということに対する肝である。

 これを今、いい加減な返事で誤魔化すことは絶対にできない。

 義兵衛さんの脇に冷たい汗がツツーッと流れるのを感じた。

和尚さんの名前が... 当時円照寺にいた人の名前を調べても解らないのでモジリようがありません。実際に風景取材のため円照寺の前までは行ったのですが、流石に門を入って声をかける勇気まではありませんでした。しょうがないので、和尚さんで通そう、と思っています。

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