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木野子村工房・宮本村展開話 <C2461>

■安永7年(1778年)9月8日(太陽暦10月27日) 憑依237日 晴天


 義兵衛が約1ヶ月間木野子村から離れていたが、その間に工房はいろいろと拡張されていた。

 こういった計画にも関わっていた助太郎から多少は聞いていたのだが、工房を中心としてそこに繋がる小屋が増設され、また大きくなっているのを目にすると、改めて驚かされた。

 実際に作業をする奉公人は主に名主の離れに宿泊し、管理をする武家の半数は工房内に設けた宿舎に寝泊りする様になっていた。

 とは言え、武家の世話をする奉公人も工房で寝泊りしているので、工房の前室は大きく拡張されていたのだ。

 工房責任者である吉見治右衛門よしみじえもん様に連れられて、その前室の一角を仕切った客屋に案内された。

 今回の訪問は佐倉藩からの要請に応えたものであり、義兵衛等士分の者4名はその客分として相応の扱いである。

 ただ、樵家の佐助さんとその仲間2人、商家の萬屋千次郎さんは奉公人として控え室に留め置かれている。

 ほどなく、佐倉藩勘定奉行の金井右膳忠明かないうぜんただあき様が客間に入ってきて挨拶を交わした。


「此度の要請は、木炭の製造指南である」


 おおよその所は御殿様から聞いていたのと同じであったが、ここ佐倉藩の事情を聞くことが出来た。

 練炭の増産に原料となる木炭の供給が追い付かず、城下の木炭を買い上げた結果、木炭価格が高騰してしまったそうだ。

 冬に備えて木炭需要が高くなる中での新規需要の発生であり、しかも大量の需要であった所から、城下から木炭が姿を消しており、その不満の矛先が木野子村の工房に向かっていた。


「この木野子村に木炭加工の工房を興すにあたり、年貢米に代わり木炭を納めるよう触れを出しておるが、この木炭の製造について事前に義兵衛殿が村に窯を作り製造方法を伝えたことを名主より聞いておる。ただ、その生産量には限りがあり、今回の不足を招いておる。いや、言い方を間違えた。木野子村で工房で使われる基本的な量の木炭を作り供給できていることのほうが不思議で、5000個が上限と知らせておった義兵衛殿の先見の明に恐れ入ったのだ。

 実の所、ワシが材料となる木炭の重要性に気付いたのは、工房が稼働し始めた頃じゃ。それゆえ、当時工房勤めであった者でいささか経営に向かぬ者を皆調査に送り出したのじゃ。その結果判ったのは、意外に木炭は作られておらぬことじゃった。おそらく、他の村で年貢米の一部を木炭で納める触れを出した所で、それに応じることができる村は少なかろう。今の情勢では、余った木炭を城下で売り捌いたほうが得になる。

 ならば、原材料となる木が多いところで、木野子村と同様に木炭を製造すれば良いと考えたのだ。ただ、この木炭を焼く窯の作り方は誰も知っておらぬ、と聞いて、改めて指南を願ったという次第。木炭を大量に作ることが出来れば、城下へ売り出してもよし、余ればいくらでも工房で練炭を作ればよいのであろう。余っても腐るものではないし、見込みさえできれば新たに工房を作ればよいのだから、木炭を作る窯を各村に作っても何の支障もない」


「先に木野子村に炭焼き窯を作った者を今回連れて来ております。この者達が窯を作り、木野子村の百姓達に木炭の作り方を指南しております。今回は、木炭の作り方だけでなく窯の作り方の指南ということで承っております。詳細はこちらで詰めるように、と御殿様から言われておりますので、どこでどれくらいの期間を考えているのか、また給金はどうなるのかなど御教えください。

 私は2~3日、こちらで全体の様子を確認してから江戸へ戻りますが、この助太郎は窯作りの職人たちと藩の御武家様との連絡窓口として残ります」


 義兵衛は直に条件を確認することとした。

 この問には、金井右膳忠明様ではなく吉見治右衛門様が応えた。


「まずは、この木野子村から東に行った所にある宮本村で木炭窯を4窯ほど作りながら、その技を伝授して頂きたい。おおよそ1ヶ月と見て、予め給金に見合う額は江戸屋敷から椿井家へ前払いしておる。

 士分である助太郎殿と、職人3人の計4人として1日1両2分(15万円)、30日分として45両(450万円)をすでに渡しておる。宿と食費は藩で手当することを伝えておるが、それは聞いておるのか。

 もし、1ヶ月で済まぬ場合は、同様の条件で、日割りにて椿井殿へ渡すこととしておる。不明な点はあるか」


 江戸の御屋敷では1人1分(日当1000文、25000円)というそれなりの金額だと聞いて椿井家の取り分はないと思っていただけに、実は上前を撥ねていたことを知り、義兵衛は少し安堵した。

 そして、ここで長逗留していた助太郎が治右衛門様の言に応じた。


「その条件でよいと思います。こちらで気付いたことはどんどん報告致しますので、先の時のように善処して頂ければよいと思います。ただ、新しい工房を開くのであれば、木野子村から多少離れた岩富村のほうが良いのではないかと思っておりました。そこであれば、寒川湊への輸送も楽になりましょう。原料となる木炭の調達だけでなく、出来上がった練炭をどう運ぶのかという点も、是非考慮くだされ」


 これに金井右膳忠明様は深く頷いた。


「ただ、岩富村は御公儀との相給となっておるゆえ、佐倉藩が主体として木炭やその加工業を新しく興すことは難しかろう。やはり明確に佐倉藩領となっている村への梃入れが好ましい。

 とはいえ、勝手に真似て木炭を作ることまで禁じる理由はあるまい。岩富村は宮本村に近い。近村にも声掛けするが、その折に岩富村の者が入っておっても構わぬ。薪を売るのではなく、木炭に加工することで儲かると判れば、こぞって木炭作りを始めるに違いない。そして、木炭が大量に作られると自然と値も下がろう。原料となる木炭の値が下がれば、定価で引き取ってもらえる練炭の利益はその分増えるというものじゃ」


 さすがに金銭で苦労を重ねている勘定奉行様、論理の有無は判らないが、儲けの理屈を肌で感じているに違いない。


「流石でございます。

 宮本村を選択された訳に納得が行きました。明日にでも窯を作る佐助達を率いて宮本村に参りますので、先触れをお願い致します」


 助太郎はこう返答して打ち合わせは終わった。

 千次郎さんや佐助さん達が待つ控え室に戻り、助太郎は今の話を伝える。


「義兵衛さん。勘定奉行様が口にされたこと、以前奉行所の土蔵で説明されたことに通じます。『木炭を皆が欲しがり不足している今は高値となり、それを沢山生産することで値が下がる』と言われました。理屈はともかく、実感はあるのでしょうね」


 安兵衛さんの横に座る勝次郎さんはポカンとした顔をしているが、そこは追々安兵衛さんが説明するに違いない。

 助太郎と佐助さん達の要件は決着したが、義兵衛と千次郎さんの要件がまだ片付いていない。

 そこで、客間にまだ残っている吉見治右衛門様に声を掛けた。


「治右衛門様、私はこの工房の生産高など確認したいと思っております。案内をして頂けませんか」


「うむ、そこは金井新十郎殿に任せよう。誰ぞ、新十郎殿を呼んで参れ」


 台所を任されている奉公人は急いで金井新十郎様を連れて戻ってきた。

 控え室で新十郎さんに引き合わされると、義兵衛はなつかしげに挨拶を交わした。

 治右衛門様が要件を告げると、新十郎さんは工房本建屋の入り口側にある3畳ほどの場所へ案内してくれた。


「ここに生産状況を記録した大福帳と帳面がございます。助太郎様から教わったように、毎日状況をきちんと付けておりますので、丹念に読み解けば作業場を見ずとも状況はご理解頂けると思います。もっとも、この場所で立ち上がれば、作業場の状況は一目瞭然なのですがね。

 どうぞご覧ください。不審な点があれば、なんなりと質問ください。都度説明致します」


 結構分厚い大福帳と帳面を手にして、こういったことには手馴れているはずの千次郎さんが面食らっている。


「少し時間をかけて読み解きたいので、9月に入ってから一昨日までの分、持ち帰って調べたいのですが宜しいでしょうか」


 義兵衛がこう申し出ると、新十郎さんは頷いた。


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