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助太郎の報告 <C2449>

■安永7年(1778年)9月3日(太陽暦10月22日) 憑依232日 晴天


 雨天の昨日とは異なり晴れではあったが、確実に気温は下がっているようで、寒いと感じる日となった。

 2日の売り上げは7組・七輪14個、本日3日の売り上げは23組・七輪46個となった。

 売り上げ増の要因は、七輪を扱った瓦版の売り出しによるものであり、効果・効能を見た商家大店の主人達が買い求めたという背景がある。


「今日までの累計で七輪は724個売れております。売り上げで得た代金は、現金で丁度200両になります。これから一雨毎に寒くなりましょうから、この値段のまま売りきれれば大きく儲けることができましょう。この値でどこまで頑張れるかは天気と資金次第でしょうな。今は店先現金払いでしか商売をしておりませんが、御武家様がかかわるようになると、掛け売りは必須でございましょう。そうなると、焜炉と小炭団で得た利益が重要になりましょう」


 萬屋は七輪・練炭での大勝負に出る傍ら、夏前より始めた焜炉・小炭団による商いもそれなりの利益を生んでいたのだ。

 金程村の工房では、薄厚練炭を主力に生産しているとはいえ、生産ラインの1レーンは小炭団生産に残し、相変わらず薄利多売となる小炭団を作っては萬屋・登戸支店の中田さんの所へ卸していたのだった。

 類似品登場で一時は売れなくなると思われていたのだが、どの小炭団も同じ火力と燃焼時間という金程印がブランドとして定着した結果、大口顧客である料亭からの引き合いは切れることもなく、値下げの必要はなかったのだ。

 商家の金銭の出入りが頻繁にあるうちは、手元資金の枯渇による倒産の心配はあまり気にせずに冒険ができるのは道理であり、夏から鍛えた萬屋であるからこそ、強気な商売ができるのだ。

 安兵衛さんが聞いていることにも憚らず、千次郎さんと忠吉さん、それに義兵衛は今後の動向について考えられる道筋を検討していた。

 昼過ぎに江戸屋敷からの伝令が萬屋にやってきた。


「先ほど佐倉で指導にあたっていた宮田助太郎の一行が屋敷へ到着しました。帰着報告にあたり、義兵衛殿も同席されたいという御殿様の意向があり、至急屋敷に戻るようにと紳一郎様からの指図で御座います。なお、萬屋・千次郎も格別の計らいにより同席を許す、とのことでございます」


 状況は毎夜報告していたが、その内容を気にしていてくれたようだ。

 助太郎の報告が今後の鍵であり、その解釈が椿井家と萬屋で違ってしまうことを気にしての処置と思われた。

 確かに、七輪をかかえ直ぐにでも売り払いたい椿井家と、燃料である練炭をかかえこの冬を乗り切る算段を考慮せねばならない立場の萬屋とでは、報告内容で方針を考え直す際に都合の良いところだけを捉えてしまう可能性がある。

 そう合点した義兵衛は千次郎さんを誘って屋敷に急行した。

 座敷には紳一郎様が仕切る格好で、助太郎を真ん中に、右側に千次郎さん、左側に義兵衛、安兵衛さんが並んで座ると、御殿様が入室し助太郎の正面に着座した。


「関係する者は皆揃ったようじゃな。萬屋・千次郎、お主もこの企ての主要な一員ゆえ、しっかりと聞き意見を述べるようにせよ」


 紳一郎様の言葉にかぶせて御殿様が続ける。


「佐倉の練炭生産が肝と見ておる。七輪を鉄砲とすれば、練炭はさしずめ弾薬たまぐすりであろう。弾がなければ鉄砲は無用の長物と化す。思いを合わせねばこの勝負に勝てまい。一人では見落とすこともあろうゆえ、この場では思うがままに意見せよ。

 ワシの前だから、義兵衛に論破されるから、と恐れることはない。むしろ論破することで生まれる案もあろう。存分に致せ。

 だが、まずは助太郎の報告を良く聞こう。

 助太郎、必要とあれば一緒に戻ってきた者をこの場に呼んでもよいが、どうかな」


 助太郎は思い切り平伏すると、体を起こし報告を始めた。


「いえ、同行して戻った近蔵と弥生さんの同席は不要です。

 佐倉藩の前に、最初に地方展開をした旗本・杉原様の差配する名内村について報告させてください。この村は、名主・秋谷様と工房責任者・血脇様の間で確執がありますが、実際に得られる金子が莫大なことがわかると練炭の増産に大変協力的になっており、おおよそ日産7000個になっております。ただ、最初の掛け声であった1万個は、材料となる木炭が間に合わないことから未達となる見込みです。

 生産上限は7000個ではありますが、これを卸して杉原様が得る収入は毎日70両にもなります。おそらく年末までの売り掛け金は1万両にもなりましょう。230石の知行を頂いている杉原様には、よほどしっかりした管理を具申しておかねば大変なことになると考えます」


「うむ、それは承知しておる。杉原殿だけではなく、名内村や富塚村にも注意が必要であろう。うかうかしていると、知行地換えを下知され天領となるやも知れぬからな。もっとも、それは椿井家の知行地も同じことゆえ、里を当家が治めることでまだまだお上の役に立つことを示し続ける必要があるのも確かであろうな。

 名内村はともかく、佐倉藩の木野子村の工房の様子はいかがであったか」


 助太郎の懸念は、すでに御殿様も心配しているところに違いなく、対策も抜かりないと見ている。

 その後、助太郎は木野子村の様子を簡単に説明した。

 佐倉藩・勘定奉行の金井様が工房の人事に介入してから状況が一変し、日産500個はたちまち達成し、8月末には6000個生産し5000個合格という水準に達していた。

 奉公人も若干増やし、木野子村工房の拡張と、次の拠点を作る算段も具体化してきていた。

 ただ、木野子村で生産量を増やすには材料となる木炭の供給が追い付かず、近隣の村から調達する必要があることに改めて気付き、別拠点で木炭が潤沢に、かつ安価に用意できるかの再調査を行っている、とのことだ。


「金井様は木野子村の面々に直接聞き取りを行い、椿井家介入の当初から原料となる木炭の手当に梃入れしていたことを知ると、大層驚いておりました。その上で、木野子村の木炭窯と同じものを近隣の宮本村や神門村にも作れないかと相談しておりました。もし、木野子村の面々で新しい窯作りができないことが判明すれば、佐倉藩より当家に支援要請があることも考えられます」


 助太郎からの報告が終わると、千次郎さんは早速質問をした。


「佐倉藩で日産5000個と仰られましたが、金杉村の蔵への搬入で見るとここ5日間は毎日1000個の水準です。しかも、20個程度は受け入れ検査で不合格となっており、それを承知で1020個持ち込んでくる状況です。

 それがいきなり5000個となるのが本当とは思えません。また、搬入個数が増えるのは結構なことなのですが、不合格品を混ぜて搬入するのは受け入れ側として全数検査の手間が増え過ぎるので困ります。こういった点の指導はどうなりますか」


「まず、搬入品の不良ですが、出荷時に検査はしており、合格品しか出しておりません。100個のうち2個というのは多いように私も思いますが、輸送路が長いことの影響かと思います。不合格品が荷のどの部位に多いのかを確認・記録し、検査対象を絞るなどしてはどうでしょう。また、荷姿のどこに不良が出やすいかを伝えれば、荷造り自体も研究して直すのではないかと考えます」


 助太郎はなかなか堂に入った返答をしている。


「千次郎さん、全数計測して合格品のみ受け入れてから受け取り証を渡していますが、その方法を変えませんか。

 まず、今回搬入の数量を確認し、そこから前回不合格品数量を引いた数量を受け取り証に記載する数量とすれば、受け入れ検査をあせって行うことも無くなりますし、検査時間も充分確保できましょう。まずは、荷姿のまま受け取り、申告の数量をそのまま受け入れて前回搬入の過不足・不合格を加味しても良いのです。荷造りの不備も、萬屋で調べることができましょう。もっとも信頼関係がなければ難しいのですが、そこは佐倉藩江戸屋敷から目付の人を出してもらっても良いと思いますよ」


 義兵衛の意見に千次郎さんは納得したように頷いたのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] まさに運命共同体。 「(何処かが)停まると(全員)死ぬのじゃ〜」
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