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寺社・輪王寺宮御門跡様への売り込み <C2447>

■安永7年(1778年)8月22日~25日(太陽暦10月12日~15日)

 憑依222日~225日目


 22日は日中薄曇という天気であったが、雲の流れは早く、夜に入り俄かに大雨となった。

 そして、翌23日は晴れたものの強い南風が吹いた。

 24日、25日と雨模様の天気である。

 どうやら秋の台風が1個関東の南海上を抜けていった、という様子である。

 関東地方を直撃しなかっただけマシではあるが、雨で折角収穫して稲架はざ掛けに干してあった稲が濡れてしまい、品質が落ちることを懸念していた。

 とは言え、関東一円ではこの秋に洪水に見舞われることもなく、例年並みの実りを収穫できたようである。

 この分であれば、里の蔵に納める予定の籾米500石について、交渉次第では予算枠と想定していう400両内で済む目算が出てきた感なのだ。

 そういった義兵衛の思惑を他所に、萬屋での売り出し準備は進んでいく。


「八百膳と武蔵屋は、事前の2組以外にも売り出し日に数組の現金購入をされるとの申し出がありました。両方の料亭を合わせて45組、90両の売り上げでございます。なんでも、全部の座敷に一組づつ配置するとのことです。

 坂本は事前の2組は購入されますが、座敷での営業の形態ではないため、追加の購入は見送るそうにございます。

 他の料亭は、事前の1~2組の購入希望だけで、思うように引き合いが御座いません」


 大番頭の忠吉さんが作戦室となった茶の間へ報告を上げてくる。


「練炭の限界から当初の七輪出荷を抑えるということで、良しとは考えますが、いささか拍子抜けの状況ですな。この分では料亭だけに売り込みをかけるという方針を変えて、他の所にも声掛けして回ったほうが良いのでしょうか。

 今のところ大口と考えていた寺社をあえて相手にはしておりませんが、こちらの方への販売を考えても良いのではと思います」


 千次郎さんはいささか焦ってきているようだ。


「まだ、寒さも厳しくないので必要と思っていない向きもあるのでしょう。興業でつきあいのある神社には料亭と同じ条件で提案してみるのは良いかも知れませんが、どの範囲まで広げるのが良いかはもう少し様子を見ても良いかも知れません。

 ねらい目は、金杉村・根岸の蔵に近い東叡山寛永寺・輪王寺宮御門跡様への献上でしょう。近くですから売り出しのご挨拶として二組程度献上しておいても良いかも知れません。御屋敷で使いなれると、本坊でも使いたくなるでしょう。その時には『お買い上げ頂きたい』旨をきちんと伝えておかねばいけません」


 義兵衛の提案に千次郎さんは早速に幸龍寺と満願寺へ丁稚を走らせた。

 そして、千次郎さんは輪王寺宮御門跡様(中御門天皇の第二皇子で天台座主、57歳)へ七輪と練炭を献上すべく、小頭の久蔵に献上申し入れの打診を行わせている。

 こういった準備で3日間は忙殺されてしまった。


■安永7年(1778年)8月26日(太陽暦10月16日) 憑依226日 曇天


 千次郎さんから『輪王寺宮御門跡様の御屋敷へ一緒に行って貰いたい』と依頼されたが、表に立つことを良しとしない方針を盾にこれを断り、萬屋で販売計画を確認することとした。

 千次郎さんと久蔵さんは献上する七輪2個と練炭12個を丁稚に持たせ店を後にした。

 義兵衛は忠吉さんに七輪と練炭の販売計画表を出してもらい、茶の間で点検を始めた。


 一番丁寧に確認するのが、練炭の出荷見込みとなる。

 帳票を見ると、過去3年分、安永4年乙未きのとひつじ1月から今年・安永7年戊戌つちのえいぬ3月まで萬屋から出荷された木炭の毎日の数量をまとめた結果が提示されている。

 月毎ではなく、上旬・中旬・下旬と細かく分かれており、やはり10月から12月にかけての出荷が多いことが見て取れる。

 安永4年は12月に閏月があり、このため400件の旬日データが並んでいる格好になってる。

 練炭の売り上げ推定をする元データなのだが、そこからどのように千次郎さんが推定したかは判らないが、今年の9月1日以降旬日区切りで七輪1個あたりに使用される練炭数量が21個、つまり3月末まで並んで記載されている。

 太陽暦なら、熱源たる太陽を基準に決められているので、気温の推移は類似していると平均を取れば良いのかも知れないが、太陰暦ともなると、例えば11月初旬のデータ3個を重ね合わせて判断して良いかと言うとそうでもなく、閏月の関係もあり、最大1ヶ月はずれることもあるのだ。

 秋の日の一日の寒暖差は大きく、それが1ヶ月のずれともなると月・旬日での整理は意味を持たないに違いない。

 義兵衛はこれを多少なりとも補正する手段を思いついた。


「忠吉さん、この期間の冬至の日を教えてください」


 冬至、それは太陽の南中高度が一番低い日、一番影が長くなる日のことである。

 だいたいが、太陽暦の12月22日に相当するのだ。

 忠吉さんは過去の帳面類を納めている蔵に暦を探しに行き、やがて古い暦から冬至の日を写した覚え書きを手にして戻ってきた。


「いつも冬至は霜月の11月でございますが、日は違いましょう。安永4年からでございますと、まず4年は30日、翌5年は12日、昨年6年は23日、今年は早くて4日です。

 なるほど、上旬の年もあれば、下旬末のこともありますな」


 忠吉さんが手にした紙には、安永元年から28日、9日、20日、30日、12日、23日と書かれていた。


「それならば、旬日単位ではなく、月単位でまとめたほうが都合が良かった訳ですな。練炭販売の計画表を埋めるためにどれだけ算盤を弾かされたことか。『精度を高くしたほうが良い、見積もりを厳しく見るにはまとめる期間を短くしたほうが良い』と言われておりましたが、義兵衛様のご指摘があれば、このような苦労は3分の1になりましたものを」


「いえ、忠吉さん。月単位でまとめるのは間違いですよ。基準日が求まるのであれば、日単位に集計し直したい位です。

 それはさておき、今年の11月上旬を冬至旬日を含む基準として、そこに4年の下旬、5年の中旬、6年の下旬の木炭出荷数量を重ねましょう。それから、他の区間も同様にずらし算出し直します。そして、一番出荷量が多い旬日区間が毎晩七輪で練炭を使うと仮定して他の旬日区間の消費数を算出しましょう。混乱するかも知れませんが、七輪10個を旬日で使って100個練炭を使うのが一番多い消費として見直しますよ」


 がっくりとうな垂れた忠吉さんは、算盤達者な手代を集めるため店内を周り始めたのだった。

 しかし、この見直しをした結果は大きく、千次郎さんの七輪販売計画に従うと練炭需要の山は20日ほど早くなり、年明けには練炭が不足する事態に陥ることが判明したのだ。

 ただ、義兵衛が並行して行った試算によると、11月から佐倉藩で日産3000個が生産でき、それが反映できるのであれば現行の計画のまま乗り切ることが可能と判断できたのであった。


「義兵衛様、献上した品と効能を説明致しましたところ、輪王寺宮御門跡様へも御注進があった模様です。そこから試演となり、御門跡様はいたく興味を持たれ、早速追加の注文を受けることができました。掛売りとなってしまいましたが、七輪10個と普通練炭220個で、若干値切りされまして金20両ございます。

『年寄りには、朝晩の冷えがこたえるわい。早速に使ってみよう。但し、お上には内緒でな』と申されておりました」


 確かに、御城の中での暖房器具は10月最初の亥の日から解禁となる風習なのだ。

 おおっぴらに使えるようになるのがその日から、ということで内緒で使っていることはあるそうだ。

 幸先の良い話ではあるが、売り込みに行くことで逆に思った以上に買い取られてしまう可能性があることに注意が必要な状況だろう。


「千次郎様、昼間の間に販売計画の見積もり見直しを義兵衛様よりご指導がありました」


 忠吉さんが千次郎さんに見直し内容と理由を報告している。

 そして、佐倉藩の練炭製造を11月に日産3000個と見込めるなら計画はそのままでよさそう、と話したことを伝えると安堵の表情を見せたのだった。


なかなか執筆が進まず1週間遅れの投稿となります。次話は、一応2020年11月9日を予定していますが、守れなかったらごめんなさい。

応援(勝手にランキング)頂ければ嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど、「冬至」を基準日にすればデータの正確性が増しますね。 [一言] 〉運搬の問題 江戸時代だと「木材」を山から搬出するときに川を使ってしまうのでやりませんが、明治~昭和まで山から木材…
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