浅草地区・料理比べ興業 <C2445>
■安永7年(1778年)8月19日(太陽暦10月9日) 憑依219日目 晴天
事務方総出で浅草幸龍寺の会場視察を行った。
興業に合わせた参拝者の増加を見込んで、寺側でいろいろな仕組みが考えられていた。
前回実施した料理クイズ形式による客殿観覧者の選別は手がかかるため、なんとサイコロによる一次選抜という方法を考案していたのだ。
「6000人を100人に絞るのであれば、最終的に60分の1にすれば良い訳です。まず12文(300円)でお札を買った方にサイコロを振ってもらい、ピン・ピンが出た方だけを通すと36分の1になります。お札を2枚買った方は2回権利を差し上げても良いのです。ここで絞り込めば、後は半分にするだけなので、大変楽になります」
不当に客殿に入るズルを防ぐための仕組みとして、サイコロを振った本人だけ通過させるという秀逸な方法であるのは確かだった。
おまけに、複数場所で同時に実施でき、人の滞留が容易に防ぐことができる。
そして、札を買った人だけが入る場所に、料亭の弁当販売場所や応援団の縄張りが設けられていた。
応援団は、応援する料亭から相応の弁当を持たされるだけでなく、この場での料亭の宣伝を任されており、そのために客殿の庫裏との間をつないで都度料理を持ち込むことができる算段となっている。
従い、札を購入した人は、応援団が提供するサービスとして無料の試食品提供を受けることができるのだ。
ただ万一雨が降った場合、縄張りが昨日聞いた本堂の庇の下に変更となると、札を購入した人以外も応援団の前を自由に通行できるため、宣伝のためのサービスを受けられてしまう欠点が見えた。
「境内での弁当販売ですが、どの程度の数量と値段になっておりますでしょうか」
義兵衛の質問に幸龍寺の担当者が応えた。
「料理比べに出る6料亭は応援団の所での出店ですが、それ以外には5料亭が出店を申し出ております。数量や値段は、それぞれの料亭に任せておるので、申請された概要でしか把握しておりませんが、少ないところで200個、多いところで500個で、計で約5000個です。そして値段も100文(2500円)から300文(7500円)と落差が大きいです。
武蔵屋さんは今回も頑張って客殿内の観客と控え室の面々に『幕の内弁当』を提供するそうです。驚きなのは、八百膳さんで、今評判の『豪華幕の内弁当』を200個だけ興業の特別版として作り300文で売るそうです。今朝撒く瓦版にそのあたりは詳しく出ておりますよ」
昨日の時点で瓦版屋にすでに情報は渡っていたようで、報告・確認の中にそれらしいやりとりは無かった。
せめて下刷りでも貰っておくべきだったのに、抜かってしまった。
こういった愚痴を當世堂さんに言うと、持っていた瓦版を無償で渡してくれたのだった。
なんと今朝聞いて判ったサイコロを使った一次選抜のことも記載されていた。
下見も終わってみれば、客殿内の操作や庫裏の準備もよくできており、義兵衛は八百膳主人と武蔵屋女将を褒め称えた。
「いやその褒め言葉は、明日の興業が成功裏に終わってから言ってくだされ。いかに準備が良くとも、不測の事態は必ず起き得ます。それを見事に捌いてこそ、万全の用意ができていた、と胸を張れましょう」
善四郎さんはいつになく厳しい口調で言う。
幸龍寺で3度目の興業ということで、皆の気が緩むことを知っているに違いない。
■安永7年(1778年)8月20日(太陽暦10月10日) 憑依220日目 晴天
空模様を気にしていたが、さわやかな秋の天気となった。
幸龍寺での料理比べ興業は、3組・6料亭が順位に異議を唱えての対決となっているが、境内に応援団が陣取って料亭で出される料理を自慢しあうという構図が産まれた結果、対決姿勢というより美味い物の提供合戦となっていた。
あたかもB級グルメフェスタの様相を呈しているのだ。
100文~300文でB級とはいかがかなのだが、A級となる店の座敷で仕出し膳を頼むと平気で1000文(25000円)もするのだから、まあ当然の言い方であろう。
それが弁当として、更に興業の対象料亭については無料の試食で、弁当だけでなく引き札販売まで行っているのだ。
客殿への入場から外れてしまった参拝客は、11の出店に群がり弁当を買い求めると、6箇所の応援団が居る場所の近くでたむろし、料理の薀蓄に耳を傾け、ある時は俄か料理評論家となって愉快なひと時を過ごしたのだった。
一人で何枚もの札を購入した参加者も居たため、正確な人数までは把握できていないが、おおよそ6500人、サイコロが振られたのは7342回であった。
つまり、これだけで金22両と104文の現金収入となっている。
弁当も約5000個が全数掃けており、幸龍寺の口銭として金12両程の収入があったようだ。
「客殿での勝負が終わったぞ」
誰かが客殿の入り口から出てくる行司達を見つけて叫んだ。
今回の競技後の懇親会は、客殿から離れた脇本殿で行われる計画で、この移動にあたっては『客殿正面口から行列を仕立て、勝組み料亭の主人と板長を先に歩かせる』という見せ場をわざわざ作っていたのだった。
先頭に案内として勧進元の武蔵屋女将、行司9名とそのお供、勝ちの3料亭、負けの3料亭、目付3名とそのお供、副勧進元の百川・主人が末尾に並ぶ。
しかも、行列の道筋が応援団の前を通るように設定されている。
幸龍寺のお坊様は小坊主も含めて総出で道筋の確保と警備にあたる。
応援団も、この時ばかりは興業の関係者として参拝者の勝手な行動を抑えるように行動する約束となっていた。
つまり、幸龍寺として今回の興業に幸龍寺として余計な労力は一切かけない方針が見事なほど徹底されていたのだ。
客殿から行列が出発し、脇本殿に行列が入っていくまで、境内のざわめきは消えていた。
否、お坊様達が一斉に掲げる大団扇に『せいしゅく』と大書されていたのだ。
行列が脇本殿に消えると、いつの間にかお坊様達も消え、境内の喧騒が戻ってきた。
そして、出店の撤去が始まると徐所に参拝者も減り、1刻も過ぎる頃には興業の賑わいも収まってきた。
「此度も大盛況でございました。公には出来ませぬが、料亭の応援団を置くという知恵を義兵衛様から与えて頂けたことで、素晴らしい興業になりました。御三卿の方も参加される格の高い興業を行うことで隣接する浅草寺に劣らぬ集客ができ、おかげで寺も随分潤い、大変感謝しております。向島での興業は『幕の内弁当興業』として名を上げましたが、今回の興業は初の『応援団興業』として名を残すことになりましょう」
客殿の外に立ち全体の状況を俯瞰していた義兵衛に、料理比べ興業に最初から参画している幸龍寺のお坊様が興奮した口調で話かけてくる。
義兵衛は鷹揚に頷き返したが、意識はそろそろ終わりになるであろう脇本殿での懇親会に向いていた。
やがて脇本殿での出口が賑わう様子となり、田安家・定信様が皆に見送られて戻っていくのが見えた。
お坊様はそれを見てあわてて脇本殿に向かって駆け出して行った。
それと入れ替わりに善四郎さんからの伝言を持った丁稚が駆け寄ってきた。
「明日朝、事務方での反省会を武蔵屋で行いますので、ご参加ください。なお、本日の片付けなどはこちらで行いますので、そのままお帰りになられても結構です」
そう言うと丁稚はそのまま客殿の中に駆け込んでいった。
「どうやらこれでひと段落ついたようですね」
安兵衛さんがポツリと溢したように、その後は何事もなく終わった。
一通りの挨拶を済ませてから屋敷に戻ると、上機嫌な紳一郎様が出迎えてくれて、脇本殿で御殿様が大過なく過ごせた様子を教えてくれたのだった。
次話の準備ができておらず、また間隔が空いてしまいます。準備中ですので、しばらくお待ちください。




