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木野子村・彦次郎さんへの説得 <C2394>

 ■安永7年(1778年)7月27日(太陽暦8月19日) 憑依168日目


 佐倉藩勘定方の吉見治右衛門よしみじえもん様は、義兵衛から聞き取った話と、昨日の木野子きのこ村で見聞きした話を要領よくまとめ、御家老の若林杢左衛門わかばやしもくざえもん様へ報告するため登城していった。

 そして、屋敷に残された義兵衛と安兵衛さんは、御家老様へ報告した結果待ちとなって手持ち無沙汰になってしまった。

 そこで、昨日行った木野子村へ行き、もう少し佐倉の事情を仕入れ、場合によっては支援することにした。


「安兵衛さん、預けていたお金から1両だけ私に戻してください」


 安兵衛さんは餅切りと俗称される小判25両の紙包みをはがし、1両を取り出すと義兵衛に手渡した。

 残った24両を丁寧に数え直すと、紙包みの中に押し込み袱紗に包んで懐の奥へ仕舞いこんだ。


「この1両が種銭ですね。面白いことになると、御奉行様への報告が楽になります」


 いかにも他所事のような安兵衛さんの言い方にカチンときたが、無難に返した。


「この練炭の勝負に是非とも勝たねばならないのです。多少卑怯な方法でも、少しでも有利になるなら、そのための下準備を怠るわけにはいきません。佐倉藩が日産5万個という目標に目を向けるかどうかは微妙なのかも知れませんが、吉見治右衛門様の様子を見ると、最悪でも勘定方として木野子村で日産5000個の生産には乗り出すのではないかと推測しています。そのための資金が必要なら、100両ほどであれば貸すことも考えて良いから、とも思っています。

 日産5000個でも160両の売り上げになります。給金や原材料費を差し引いても、最低で80両は手元に残りましょう。貸したお金はすぐ回収できますし、一度でもどこかの所で美味しい思いをすれば、藩全体に広がらない訳はありません。

 そこで、木野子村になるのですが、治右衛門様の前では言いたいことも言えなかった、ということもあり得ます。

 また、炭焼きについても、持って帰った木炭を見ると、生焼けの部分がありました。どうもきちんとした炭を作る技術がないように思えます。こういった改善できる所を支援して恩を売っておけば、工房関係で問題が起きた時に支援を当てにさせ、そこから意見できる可能性が出てきます。

 御殿様が練炭に合わせて七輪の販売量を絞るように仰ったのです。その意味を忘れてはなりません。

 そして、この練炭の成功が無ければ、里に米を蓄えることができなくなるのです」


 面白い報告ができるようにするための取り組みではなく、飢饉の時にも餓える人が出ないようにするために一生懸命なのだ。

 そこを理解したのか、安兵衛さんは自分の軽口にバツの悪い顔をして見せた。

 気を取り直し、二人揃って屋敷を出て木野子村の名主・彦次郎さんの屋敷へ出かけた。


「これは、昨日お越しになられたお役人様とご一緒だった方ではございませんか」


 丁度彦次郎さんは屋敷に居たが、この夏場の炎天下で農作業を延々しているはずがない。

 早朝の野良仕事を終え、屋敷へ戻ってきたところだったのだ。

 そして暑さを避けるように、戸を開け放ち風通しを良くした天井がない土間に筵を引き、そこに座りこんで土瓶に入れた水を美味そうに飲んでいた。

 義兵衛は丁寧に挨拶をして要件を切り出した。


「昨日頂いた木炭を調べてみましたが、あまり質の良くないものが含まれていました。それで、こちらの木炭を作る方法に興味を持ちました。木炭を作っている人を教えて頂けませんか」


 この村にしてみれば、義兵衛は突然やってきた余所者でしかない。

 あやふやな言い方で返事をはぐらかしてくる。

 確かに、教えた所で何の利益もなく、親切にしてやる義理もない。

 返事のあやふやさに、話す順序を間違えたことに気づいた義兵衛は、話す内容を変えた。


「昨日、勘定方の吉見治右衛門様が依頼しておりましたが、木炭加工の工房をこの村に作ることの決意を固め、本日お城に居る御家老様に報告・許可を求めているところです。それで、許可が下りると、工房を作り、出来次第毎日100俵(400貫、1500kg)の木炭を工房へ運び入れることとなるでしょう。

 この工房ですが、どれ位の日数で作れるか見当はついておりますでしょうか」


「それが何かあなた方と関係があるのでございますか」


「はい、工房では木炭から練炭を作るのですが、この製造方法を私達の配下の者が教えることになっているのです。

 その木炭について、実は最初から100俵は不要なのです。最初の5日間で使う木炭はせいぜい20俵(80貫、300kg)といったところと踏んでおります。それで、最初の5日間に使う木炭の費用は、私が先払いしたいと考えているのです。

 ここに代金の1両を用意しました。確か1俵160文(4000円)でしたよね。これで20俵買い付けると、800文(2万円)ほど余りますが、それは建てる工房の敷地を今から整備して頂く費用の一部に充ててください」


 義兵衛が差し出したピカピカの小判に彦次郎さんの目が吸い寄せられている。

 そして、押し頂くような格好で小判を手にすると、それを持ち上げて試すように眺めまわし、返事をした。


「ほう、これは奇特なことを。誠に小判でございますな。この村では滅多に見ることはありませぬ。

 お侍様から直接小判を頂くとは思いませんでした。誠に驚きでございます。

 ああ、判りました。木炭と敷地についてはおっしゃるようにいたします。敷地のことは、吉見様から命じられると無償ただ働きをせねばならぬと覚悟しておりましたので、ありがたいことでございます。

 それで、まずは工房ですかな。どの程度のものかはわかりませんが、村総出で手伝えば10~20日程度ですかな。それから、木炭の製造のことでしたな。この村では皆で共同で作りますので、あらかたのことはワシでも説明できます。

 今は炭作りの季節ではないのですが、この屋敷の裏手に春先まで使っていた窯がありますので案内しましょう」


 小判の威光には凄いものがあった。

 彦次郎さんは、案内をする前に座敷の一角にある仏壇に小判を供え、手を合わせてから土間へ降りてきて、囲炉裏脇の水汲み口から裏庭へ案内してくれたのだ。

 裏庭の一角にくずれてはいるが炭焼きに使った穴があった。

 そして彦次郎さんの説明から判ったのは、非常に原始的で非効率的な炭焼きをしていた、ということだった。


「昔、このあたりの地に炭焼きの名人というのが居ってな、その者から爺様が学んだのじゃ。理屈はよう判らんが『穴を掘って土で囲い、端から煙が出る穴をこさえて原材料の木を並べ、土で覆って煙突の反対側から火をつけて燃やす』ということじゃ。見よう見まねでしたことを代々受け継いでおるが、なかなか上手に炭が作れんのも悩んでおったところなのだ。このような方法は、正しくないかも知れんので、恥ずかしくてとても他所からきた者には見せようという気が起きんかった」


 確かに効率も悪く、7~8割と言ったがそれを撤回するしかなさそうだ。

 このやりかただと5割も行けば上等だろう。


「彦次郎さん。我が里には炭焼きの名人が居ります。今は、近くの名内村で炭焼き窯を作って、良質な木炭を作る指導をしています。もし良ければその者をこの村に寄越します。一度に80貫の木炭が作れる窯の作り方や、炭の焼き方を教えて貰えることになると思いますよ」


 この申し出に彦次郎さんは喜びながらも疑問を口にした。


「なぜそのようなことをワシ等に教えるのだ。先ほどの小判と言い、あまりにも都合の良い話には裏があるのではないか」


 そこで義兵衛は七輪を売っていること、燃料の練炭が足りなくなりそうで佐倉藩にお願いをしたことなど経緯を話した。


「ははぁ。つまりは、七輪を売り捌くために、その練炭とやらが大量に要るが、それを作るところが無くて難儀しておった。それで、練炭が作れそうなところに技術を教えて回っておるのか」


 厳密には少し違うのだが、佐倉藩でスムーズに練炭が作れるようにならないと困るから、ということで納得してくれたようだ。


これまたギリギリ(30分前)での投稿です。出来立てホヤホヤで誤字チェックすらできておりませんので、間違いを見つけても目くじらを立てないようにお願いします。


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― 新着の感想 ―
[一言] 藩相手だと中間で関わる人間が多くなりすぎてなかなか話が進みませんね。
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