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東廻り航路での輸送案 <C2374>

「義兵衛は物と金の関係を、よう判っておるのぉ。物の値段を元値と輸送費に分けて考え、それから利益と手間賃を載せて売る価格を決めるのか。確かに売るまでにかかった経費を下回って売ったら儲けはないし、続かぬじゃろう。そして、費目毎に分けた価格も、さらに港間毎の輸送費と分けることで、明確になるのか。

 ただ、例えば石崎から酒田まで1俵を3朱という値段を設定しても、運ぶ者・船があろうかと気にはなるがな。それならば、酒田で1俵3750文で買うと言ったほうが良くはないか」


 義兵衛の案を聞いた意知様は、こう聞き返してきた。

 港毎の買い入れ価格を提示することで、自然と物が集まるという前回の提案にまだ少し固執しているようだ。


「はい。以前はそのように説明させて頂きました。しかし、加賀金沢藩が特産品と指定し、特定の商家にそれの輸送・販売を任せると言っている以上、その策を取りますと真っ向から喧嘩を売ることになります。おそらく、能登地方で採った『地の粉』・『味噌岩』について、藩配下の村人は酒田港へこぞって土を送り付けることになりましょう。加賀金沢藩にとってみれば抜け荷です。藩が特産品指定したものを各村が黙って横流しするというのは厳しいでしょう。その点、石崎村が扱う土を代官が買い上げてそのまま酒田へ送り込むという方法であれば近隣の村への抑制が効き、藩の方針を妨げることに繋がり難くなると考えます。

 もっとも、まずは近隣の村が石崎村へ『味噌岩』を売る所まで関与・規制しませんので、近隣の村からしてみればそこの民が苦労している構図にはならないはずです。

 そして、1俵で金額を説明しましたが、これはバラ積みで船に余裕があって乗せる場合のことです。他の荷でも利益がでましょうから、それ相応の金額と考えます。

 北前船は、おおよそ600石~800石積みです。最近では1000石も搭載できる船も運用しているとは聞きますが、流石にその大きさの船は浦崎ならともかく、石崎にはこないでしょう。それで、例えば600石船で考えてみましょう。

 1石は米俵2.5俵、重量は150貫になります。それで、600石の船は150貫の『味噌岩』の俵を600個まで搭載できます。荷の総重量は9万貫にもなるでしょう。それで『味噌岩』の俵を満載した船が石崎湊から酒田まで運ぶと、その運賃は45万文、つまり112両2分(1125万円)になります。

 ついでに酒田から銚子まで10ケ所の湊があります。間隔が広い所もあるので、平均して1区間1個あたり300文とすると、運賃だけで450両を支払うことになります。もっとも、600俵のそれぞれの俵から見ると、この区間全部で1両もしておらず3000文で輸送ができたことになります。

 もし、同じ重量の米600石・1500俵を同じように東廻りで運んだ場合の運賃が、この考えと同じだとすると、酒田から銚子に運ぶだけで450両かかる、となりますが、流石にそのような運賃にかかる費用を運んできた米に載せる訳にはいかないでしょう。どんなに高く見積もっても、せいぜい荷の1割に相当する60両が運賃として良い所ではないでしょうか。そうすると、土を運ぶと米の10倍ほど高い運賃を払う設定にもなっております。しかも、荷が土だけにかさは米よりかなり小さく、船としては大きな空間ができましょう。そこに、蝦夷地で取れた海産物などの軽くて嵩がかさばる品物を相乗りさせることは容易でしょう。

 要は船一杯分の輸送でどれだけの金銭が動くかです。そう考えれば、運ぼうとする者が出て来るというのは、あまり不思議ではないことかと思えます」


 ここまで義兵衛が説明すると甲三郎様が感心した口調で割り込んできた。


「見かけから多少安い運賃と思っても、それなりの量を運ぶと結構な利益を手にできることから、こぞって運ぶ者が出るという訳か。

 以前、『薄利多売』という言葉を使って説明しておったが、それの応用に近い考え方じゃな。

 例の、什器にお上が良いと判断した認め印を入れてその刻印に見合う費用を徴収する件について勘定方と相談しておりおおかたのことを決めたところなのだが、もう一つお役目が収益に繋がるところを説得しきれておらぬのじゃ。これが莫大な財源になる、ということを納得してもらっておらぬ。『1個4文の世界でも、1000個であれば1両、10万個であれば100両の収益になる』『お城に、江戸市中に何個の什器が出回っておるのか想像したことがござるか』と説明すれば良かったのか」


 意知様だけでなく甲三郎様も納得したように頷いている。


「よう説明してくれた。これでワシも、父上が出した土に関する宿題を報告することができよう。

 それから甲三郎と一緒に、勘定奉行とその配下の勘定組頭へ認め印に関する新しい方策を説明しておるのだが、なかなか意を汲んで貰えぬので困っていたところであった。

 ところで、今回の『味噌岩』の件、最終的に江戸へ運び込んだら、どこへ引き取ってもらうのが良いと考えておるのか。そこが決まれば、加賀金沢藩を出し抜くようではあるが、関係する代官所へ通達を出してもらうように勘定奉行と詰める所存である」


 最終納入先の要望に答えるのは、とても難問である。

 各地の土を集めている店というのは、実は石島町にある瀬戸物問屋の山口屋清六さんの所なのだ。

 普通であれば、山口屋さんに話を通せば良い。

 だが、現時点で一番使うのは、深川の辰二郎さんのところの工房なのだ。

 ただ、土の値段が思いのほか高く、かつ値動きが激しいことから、その代金については義兵衛が持つということで決着がついてしまっている。

 ただ、ここで清六さんを間に入れてしまうと、山口屋の帳簿だけ通って幾ばくかの利益を渡し、その分割高になる構図なのだ。

 こうなってくると、義兵衛一人では決められない。


「普通であれば、顔見知りの瀬戸物問屋にそのまま卸せば良いのですが、まだ話がついておりません。

 また、今需要があるのが深川の工房でして、そこに江戸中の『地の粉』が集まっている状況です。

 自分にとって都合が良いのが、深川の工房へ直接卸してもらいその代金は萬屋に付ける方法ですが、山口屋を通さないことでの問題があると思います。

 山口屋は、大坂の瀬戸物問屋に土を注文しておりますので、ここで話されているように土が直接に、しかも潤沢に入る、という状況はまだ知らないでしょう。

 加賀金沢藩が、どの商家に任せたのかは判りませんが、そこと真っ向勝負という形になるのは避けられません。

 そういった経緯を説明して、引き受けてもらうことになるでしょう。

 田沼様には山口屋の後ろ盾になって頂くことが必要です」


 義兵衛にしては歯切れの悪い回答だが、関係者との事前折衝もしていないのだから、勝手に決められるはずもない。


「では、明日の午後にでも関係者をここに集めようぞ。

 まずは、石島町の山口屋清六、具足町の萬屋千次郎、深川の辰二郎かな。商家・職人の者はこれでよかろう。こちらから使いを出しておこう。

 おお、それからそちの殿である、旗本・椿井庚太郎も出て貰う必要があろうな。こちらは、義兵衛から事情を申し上げておけ。念のため書状を書こう。それでよいな」


 義兵衛はまた御殿様に迷惑をかけてしまうことになったと知り、一瞬で体中の毛穴から汗を噴出した。

 養父の紳一郎様からの責めが大変恐ろしい。

 意知様は部屋の横にある机を持ってきて、サラサラと文を仕立てて案内の書状を書き始めた。

 それを一通受け取ると、義兵衛と安兵衛さんはあたふたと屋敷へ戻っていったのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ただ、「実務者」から「責任者」に仕事が移っただけですから「迷惑をかけた」わけではないと思いますよ。(笑) [気になる点] 「松右衛門帆」がまだ登場していないので、「格子帆(ジャンク帆のよ…
[気になる点] 東周りとなると上方を通さない流通ルートの確立という話になる。 色々妨害も起きそうだけど、コレが確立できれば「大江戸繁盛記」になってる今の状態から、東北諸藩が飢餓輸出を行った飢饉の阻止…
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