表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
367/565

名内工房も大変 <C2367>

 工房に戻ると、全ての作業が滞っていた。

 木炭を挽いて粉炭を作る作業の前段階では木炭の質を見極めて区分する作業が、粉炭の質を見極めるための燃焼試験ではそのペレットを乾かす作業が、型から抜き出して寸法・重量を測り製品の合否を判断する作業が、ことごとく業務を受け取る側の名内村の男性作業者と対立していた。

 その中には不満顔をした血脇三之丞さんも入っていた。

 名内村の面々から強い文句を受けて、助太郎・近蔵・弥生さんが立ち往生していたのだ。

 見ると、弥生さんが作ったであろう練炭1個と、おそらく名内村の面々が作ったであろう練炭2個を机の上に載せている。


「この2個は不合格品です。寸法・重量ともに基準から外れています。弥生さんが作ったものは辛うじて合格と言えますが、これとて原料の粉炭に質のばらつきが大きいため、実際に燃やすと燃焼時間が規定を外れる可能性が大きいのです」


 近蔵がそう主張しているのだが、どうも納得・受け入れてもらえないようだ。

『我等が作ったものが不合格なはずはない』

『同じように出来ているではないか』

 の一点張りなのだ。

 やはり事前に予想されていたように、かなり年下の近蔵から不合格の指摘をされていることが面白くないようだ。

 三之丞さんも間に入ってくれなくて、助太郎も困っている。

 義兵衛は介入せざるを得ないと判断した。


「助太郎、練炭の作成途中や型抜き時点で合否判定を出すのは、一旦取りやめしてもらえないか。

 ここは金程村ではないのだ。製品の品質を途中の検査で担保するやりかたは、納得できないのだと思う。

 今は作業の流れを習熟してもらう途上なので、そう簡単に里の工房のように出来る訳がないだろう。

 まずは、作られた練炭毎に誰がどの作業を担当していたのか、どういった重量で寸法だったか、そういった記録を残しておいて欲しい。練炭に通し番号を打って、帳面に番号毎の記録を付けるだけでいい。

 実際に乾燥を済ませてから、一斉に燃焼して比較するしかないと思う。七輪は8個持ってきているので、今日中にあと15個ほど作ればいいだろう。乾燥させた後、寸法が合わないものを除けば8個位は使えるものが見つかるだろう。それを使えば、最終的にどうなるのかを実感できるのではないかな。

 村の工房でも、最初は全員で全部の作業を一緒にしたことを思い出してもらいたい。おかしなものも大分こさえただろう。

 皆さんも、最初から上質なものを作ろうという意欲は判りますが、最初から頑張り過ぎないように、まずは馴れることだけを考えてください。

 それから、三之丞さん、ちょっと別の場所でお話したいのですが、よろしいですか」


 義兵衛と安兵衛さんが納屋に戻り指示を出してくれたことで、助太郎・近蔵・弥生さんは『ほっ』としていた。

 そして、義兵衛の指図によって落ち着きを取り戻した助太郎は、工房の作業を仕切り直したのだった。

 三之丞さんと義兵衛は名主の本宅玄関脇の座敷に連なる縁側に並んで腰かけ、義兵衛からゆっくりと話かけた。


「初めて手を出してみて、どう思われましたか。助太郎達からの注文が多くて、さぞ驚かれたことでしょう。

 実は、我が里の工房でも実際に練炭を作り始めた時は、今のような有様、いやもっと酷い状態でした。実際に作って、出来上がった所で思ったような寸法になっておらず、七輪に入らなかったり、入ったら隙間があったりと散々失敗をしました。

 寸法ならまだしも、燃焼時間がどれも同じ時間で一定かどうかは作っている時には判らないのです。実際にものが出来て、燃やしてみて比べて違いが見えてきますが、それが判った時には練炭はもう灰になっています。

 この練炭を流行らせるための大きな特徴が、どれも似た時間で、しかも燃え尽きるまで長時間かかることなのです。あまりピンとこないと思いますが、この利点は他の木炭にはないもので、それゆえ売れるもの、となり得るのです。そここそが一番大事なのです。それで、燃焼時間が一定となることを担保するために、作業の途中で計測をしてそこで不具合のものを撥ねます。

 最終工程まで進んで不具合を見つける検査をすると、その1個を作り出した努力は全部失われます。しかし、作業の途中何か所かに関を設けておいて、そこで不具合が見つかれば、その作業以降の工程に問題を内在する製品は流れませんので、その工程以降の作業が無くなり、結果として人手を浮かせることが出来ます。そういった理由で検査という関を要所に作っているのです。

 それで、こういった意義を今後作業していく方々に周知しておいて頂きたいのです」


 三之丞さんは顔を下に向けたまま器用に頷いた。


「いや、冷静に考えれば、注意されている内容や、その必要性は理解していますよ。

 ただ、年下の年端も行かない子供に『こうしたほうがいい』とか、『これは不合格だから廃棄です』と告げられると、どうしてもイライラが募ってきてしまうのです。

 なので、とりあえず作る、途中で記録を取る、最終的に何がだめだったのかを皆で認識する、それから作業のどこの何を直せばいいかを話合う、というのは上手い方法だと思います。これならば、作業の途中で注意されることもないでしょうから、イライラは減りますね。

 ただ、最終的に無駄が沢山出るのは厳しいのかな、と考えてしまいます」


 三之丞さんや皆は、理解してはいるのだ。

 しかし、自分達が近蔵や弥生さんに劣っている、ということを認められないのだろう。


「三之丞さんが既に理解されているというのは凄いことです。最初は不合格品が沢山でるのは仕方ありません。

 不合格を実感してもらうためには、実際に七輪を使って火を点け、違いを判ってもらう必要があります。一見遠回りのようで時間はかかりますが、最初の20~30個位は合格品も含めて潰してしまう覚悟が必要です。

 ただ『どうして不合格になったのか。どこを直せば不合格にならなかったのか』は皆で話し合って徹底して追及させてください。

 なお、不合格になった練炭はまた粉炭に戻すので、無駄になるのは不合格の練炭で、不具合を起してそのことを検出した工程以降にかけた労力なんですけどね。そのことを頭で判っても、なかなか感情が追いついていかないのが普通です。

 量産するようになると、この無駄が実感されてくるのです。我が里でも、奉公人がこのことを判るのに随分無駄を出したのですよ。

 私や助太郎からこういったことを伝えると、折角来て頂いている名内村の方々の反発を買うだけなので、三之丞さんから丁寧に解説して頂けると助かります」


 最終的にこの名内村の工房を率いるのは三之丞さんなのだ。


「それで、こういった注意事項の記録を取ったり、字が読めない人にも判らせるようにするため、何らかの工夫をする必要があります。

 里では読み書きできることが前提で、指示を書いた札を並べて提示しています。朝礼や昼礼で、奉公人が順番に読み上げる、という仕組みで浸透を図っていたのは里の工房を見てご存知のことと思います。

 前も同じことを話したかも知れませんが、札に代わる何かを考え出さねばならないのですが、どうも思いつかなくて困っています。それが気になってしょうがないのです。

 この点について、名内村の皆さんで話し合って解決案を出してもらえませんか。

 申し訳ないですが、こういったことの取りまとめは三之丞さんしかできません。

 よろしくお願いします」


 三之丞さんが力強く頷いたのを見た義兵衛は『これで少しでも工房の作業の見通しができるようになれば良いのだが』と少し不安な所があるのを感じていた。

 それは、三之丞さんは理解力はあるが、説明力が不足しており、端的に指導するのが難しいという点なのだ。

 それに、煽られると影響されやすいというところも、今回見えた。

『責任回避の秋谷修吾さん、言葉足らずの血脇三之丞さん』を相手に1ヶ月もここで粘ろうとしている助太郎が可哀想に思えてきたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ