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名内工房と木炭窯 <C2366>

 ■安永7年(1778年)7月4日(太陽暦7月27日) 憑依145日目


 昨日の内に富塚村の川上右仲かわかみうちゅうさんが木炭48貫(180kg)を運んできてくれたことから、これを使った練炭の試作が助太郎の指導の下で始まった。

 実際には血脇三之丞さんとその配下の者達を使っての作業だが、昨日道具を配置した時に見た班長候補の男3人以外にも、娘が4人増えている。

 この娘たちの内3人はそれぞれの家で働く小作家の者で、それぞれの家の小作から借りた娘で、あとの1名は班長候補の妹とのことだ。

 とりあえず名内村からは男性4人、女性4人の計8人で、まず練炭作成作業を一通り学ぼうということらしい。

 いずれにせよ、この8人が中心となってこの工房をまわしていくことになるのだろう。

 近蔵の指導で木炭を粉炭にすることから始め、燃焼試験、手捏ね、型抜きと細かな作業が続く。

 粉炭を練る作業、型抜き作業は、弥生さんが娘たちを指導して行わせている。

 ただ、人員を増やした時に、小作の娘さんから指導をされる立場の人は扱いが難しいに違いない。

 実際に、里でも人員を増やすときには人事を担当している梅さんが大分注意を払っていたのだ。

 寺子屋で面倒を見た子供達を配下に組み入れるなど、それなりに工夫をしたものだ。

 実際に作業が始まると、それぞれ人の向き・不向き、器用・不器用が結構見えてくる。

 義兵衛は三之丞さんを呼んで、このあたりの機微について説明をした。


「こういった人員の割り振りも、工房の管理の仕事の内になるのですか」


「その通りです。一番大事な仕事と言っても過言ではありません。そして里では助太郎が仕切っているのですが、実際の観察は目が届かないことが多いので、実の所は梅さんがこのあたりをきちんと見る役目をしています。その報告を受けて、助太郎は担当する業務と目標を割り付けて様子を見ているのですよ。最初は難しいかも知れませんが、人と作業を入れ替えて2~3日様子を見て、ということを繰り返して最適解を見つけていくものですよ」


 見学した工房の様子を思い浮かべたようで、納得してくれた。

 そうこうする内に、富塚村の右仲さんがやってきた。


「昨日はいろいろと教えて頂きありがとうございました」


 昨日どのような話をしたのかは、佐助さんからその日の内に聞いている。

 どうやら名内村で新しく作る炭焼き窯について知りたいようだ。

 この件は助太郎、佐助さんとも話をしている。

 やっかいな話かも知れないので、名主・秋谷修吾さんにも話を通しておいたほうが良いと感じ、本宅へ連れて行った。


「今日は、お願いがありこちらへ参りました。

 名内村で一度に80貫(300kg)の炭を作れる窯を作ると昨日聞きました。それで、富塚村から私も入れて手伝いの人を3人程出したいのです。もちろん手当てなんかは要りません。本格的に良い炭を作るための方法をこちらで学びたいのです」


 この下手に出た態度に修吾さんは大層喜んだ。


「こちらも人手が足りなくて困っていたところで、助かります。

 昨日の場所に窯を作る予定で、作業を始めさせているのですよ。そちらに直接行くと良いですよ」


 修吾さんは笑顔で右仲さんと義兵衛、それに安兵衛さんを送り出した。

 だが、この修吾さんの発言に義兵衛は考えてしまった。


『今は暢気のんきなことを言っているが、木炭作りの競合相手を増やすということに全然気づいていないようだ。

 工房としては、当面不足するであろう木炭を買えるところが増えるのは一向にかまわないが、その分だけ村に残される金が減るのだ、ということを自覚してしまうと、技術を教えた佐助さん達は裏切り者に見えてしまうに違いない。練炭の作り方は村外に漏らしてはならない、と厳命しているにもかかわらず、その元になる木炭製造の技術は流出させたようなものだからなぁ。

 もっとも、1俵200文という富塚村からの購入価格は、金程村で入手している値段の約半分であり、当初目論みとしての材料費が練炭1個あたり50文ではなく20~25文になっている。こうなってくると、自前で木炭を作るより他の村から買い入れ、炭焼きの人手を工房に回してしまうほうが効率的かも知れないし、そう説得することができそうだ』


 そのようなことを考えながら、右仲さんを窯予定地へ連れていった。

 佐助さんともう一人の合わせて2人で斜面を掘り起こして窯を作り始めているが、他の3人が見当たらない。


「佐助さん、他の3人はどうされましたか」


「義兵衛様。3人は雑木林に伐採用の道を作りに行っています。切った材木を運び出すにも、効率の良い道が必要なのですよ。1本通したら、そこから左右に横道を作って、年毎に伐採・植林する区域を作っていきます。この最初の1本道の3分の1も出来れば上出来でしょうな。

 それで、その作業で出る刈り取った下草や蔓は乾かして燃料にしますし、邪魔な木や枝払いして得たもので木炭作りで使えそうなものは選っていますよ。植林用の苗はどうするか、悩んでいたところです。

 ああ、秋谷修吾様から6人程人を出して頂きましたが、木の伐採の方が優先するので、皆そちらの作業をさせています」


 すると、工房に8人、雑木林管理に6人を手配して、窯までは手が回らなかったのだろう。

 もしくは、この6人の中で窯・炭焼きの担当と思っていた人が居たのかも知れない。

 佐助さんがそう判断したのであれば、問題はないだろう。


「判りました。

 それで、炭焼き窯ですが、富塚村の川上右仲さんが窯を作る作業を手伝いたいと申し出てくれました。

 この件は名主の修吾さんも承知していますので、仲間に加えてもらえませんか」


「ああ、これで何の問題もありませんよ。昨日の話ですと、右仲さんのお仲間2人も、ということでしたが今日はお一人ですか」


 昨日の内に要望しており、誰が承認するのかという話になっていたようであった。

 そのため、一番関係する右仲さんだけが来たというのが真相の様だ。

 幸いなことに名主の修吾さんも何故か賛成してくれており、後は修吾さんに念押しだけしておけば良いだろう。


「はい。皆様の了解が得られれば、一緒に木炭窯を作りに来ようと考えていました。今日は私一人ですが、明日からは3人で来ます。

 それで、何からすれば良いでしょうか」


「まずは、整地になります。斜面になっていることを利用して壁が出来るように上から掘っていきます。ここの土は水気が少なくどっしりとしているので、木炭窯を作るのに最適かも知れません。

 火は上に行く性質があるので、奥側が高くなるように仕上げます。そして手前に焚口となる溝を設けます。ここまでが整地です。

 その後は、煉瓦での補強と屋根付けです。一番奥の高い所に煙突をつけます。この煙突から出る煙の色で入り口の封の時期や出来具合を見るので、ちゃんと見える場所にする必要があり、煙突の位置は重要なのです。

 手前に壁と小さな入り口を作り、そこまでできたら原料となる木材を搬入します。この木の並べ方が難しいのですよ。

 方法はその時また教えましょう」


 佐助さんは、結構細かく手振り身振りを使い、右仲さんに里での木炭の作り方を教えていく。

 どうやら、職人同士の話になってしまったようで、義兵衛はあぶれてしまった。


「義兵衛さん。ここではもうする事が無いようですね。それなら、工房の様子を見にいきませんか」


 安兵衛さんの助言に従い、佐助さんと右仲さんに軽く挨拶すると、再び工房へ向った。


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