木炭窯の下見現場で <C2365>
■安永7年(1778年)7月3日(太陽暦7月26日) 憑依144日目
佐助さん達6名は、秋谷修吾さんと一緒に村の南側の台地に広がる雑木林を視察に出かけた。
義兵衛は助太郎と一緒に工房となる納屋で、持ってきた道具の配置をし始めた。
勿論、血脇三之丞さんと今後おそらくこの工房で班長を務めるであろう3人と一緒に、道具の使い方など質問しながら手伝ってくれている。
ただ、こちらで集めた面々は金程村とは違い、三之丞さんの仲間内であろう男子ばかりという点が異なっている。
一通り道具を並べ終えたら、前回来た時の残りの木炭と金程村から持ち込んだ木炭1俵(4貫目、15kg)を使って、まずは練炭作成の手順を順番に示すことにした。
その時、富塚村の川上右仲さん達が木炭を持ち込んで来た。
全部で12俵(48貫目、180kg)を3人掛かりで持ち込んでおり、これは普通練炭135個分に相当するのだ。
「江戸に売りに行くつもりで積み上げていた木炭ですが、親爺に言われて吐き出すことにしました。
江戸向けなので、2窯焼いて24~25俵できる炭の中から上物だけ集めておいたものです。
それで、5両頂いた分の100俵で言うと残りの88俵ですが、これから木炭を作るので、次の12俵は3~4日後に持ってくることになります。あらかた、その間隔になるので、100俵になるのは7月末といったところでしょうな。
それで木炭の原料となる木ですが、伐採して乾燥させた木が足りるかどうかですね。とても窯8回も木炭を作る木の量はないのです。5回分位でしょうか。足りない3回分はこれから伐採です。
普通は夏場で成長したものを、冬場の入りかけで伐採して乾燥させ、木炭にするのです。冬場は乾燥していますから晒すだけで乾きますが、夏場は乾きにくいのですよ。でも、そう言ってもいられないので、今日からまず牧の林の中で枝払いして回りますよ」
1回の炭焼きで12俵、つまり48貫しか作れないというのは効率が悪いような気がする。
しかも、半分位が不出来という感じなのだ。
あまりやる気がない修吾さんを見た後だったから、なのかは判らないが、右仲さんなら大丈夫という気がした。
「ええと、木炭はどういった窯で作っているのでしょうか。1回に作る量としては中途半端な気がします。
私の里では、木炭窯1回で大体20俵、80貫位は出来ますし、その内12~14俵は上質炭として卸しています。
今、私の里から樵家の者がこちらに来ております。森林の管理や炭焼き窯を作るのに長けた人達なので、もし興味があれば話をしてみると良いかも知れません。
確か、名内村で炭焼き窯を新しく作る予定ですし、原材料となる『里にあるものよりも大きな物、40俵は焼ける窯を作る』と言っていました。
それを近くで見てはどうでしょう。きっと参考になるものがあるはずです」
右仲さんは義兵衛の説明した内容にあっけに取られたようだった。
「1度に80貫、6~7割が上質な木炭……。
それは一体どういうことだ。どうやって作るのか。こちらでは穴を掘って窯にしているが、それと何が違うんだ。是非知りたい。
しかし、そんな窯が名内村で動くとなると、大量に必要となる原料の木材はどうするのだろうか」
ブツブツと唱え始めた右仲さんに、今度は助太郎が説明した。
「名内村には充分管理されていない雑木林が結構あり、まず、これを整備していきます。整備の時に結構な量の木材が伐採されることになるでしょう。そして、30年計画で植林していく予定です。前回来た時の見立てでは、椚か松、それに杉を組み合わせると良いように言っておったのを覚えております。
今回は、土壌の様子や植生をきちんと見通した上で、決め事をつくるつもりでしょう。
ただ、必要とする木炭の量が定常的に確保できるかは、これは必要量の方もからんでいるので、見定めるのは容易ではありません」
「なるほど、これは大変に興味深い話ですな。その樵家の方を是非紹介してくだされ」
右仲さん達が運んできた木炭の処置を助太郎に任せ、義兵衛は佐助さんの所へ案内をして行った。
村の南へ向う道を辿ると、畑が雑木林に変わる所の斜面に木炭を作る窯があったようで、修吾さんと佐助さん達がたむろしていた。
「佐助さん。こちらは、この村の近くにある富塚村の川上右仲さんです。当面必要となる木炭を入手する先として、修吾さんに紹介してもらったのですが、今日早速12俵分の木炭を届けてくれたのです。それで、話を聞くと、木炭を焼く窯のことや雑木林の管理に興味があるそうで、ここに連れて来ました」
右仲さんとその連れ2名は、佐助さんに挨拶をして立ち話を始めた。
義兵衛は手持ち無沙汰になった修吾さんと話を始めた。
「ここでの木炭生産について、見通しはどうなっていると佐助さんは話していましたか」
「かなり厳しいことを言っておりました。
まず、雑木林について、早速にも整備を始める必要があるということで、村で伐採する人員を揃えねばなりません。ただ、切ったばかりの木では使えないので、簡易的にでも乾燥させて水分を飛ばす時間が必要です。結構時間がかかるので、各家にある薪と交換するなどして、ある程度乾燥した木にしないと炭焼きはできないそうです。
来られた方々で、まずは里と同じ20俵級の炭焼き窯をここに作る方針ですが、その間に私が炭焼き用の材木を、とは言っても家の薪を供出するのですが、準備するよう言われております。燃料も含めてだいたい100貫(375kg)もの材木を村で集めることになるのです。村の衆が黙って従うとは思いませんなぁ」
修吾さんは、自分が手を下さなければならない場面になると、難しいと愚痴をこぼす感じがする。
これではなかなか進んでいかないのではないのだろうか。
「修吾さんは、この事業全体を統べる方です。自身で工房以外の業務を担う必要はなく、切れの良い所で括ってそれぞれに専任の責任者を置いてはどうでしょうか。
そうですね。雑木林の整備と、木炭の材料となる材木の確保について責任を持ってされる方と、炭焼き窯の作成など炭焼きについて責任を持って管理される方を選び、工房の三之丞さんを入れた3名の方の意見調整を担われたらいかがでしょうか」
果たして、この提案に飛びついた。
「これは良い提案をしてくだされた。早速村に戻って皆に説明しましょうぞ。
この場は義兵衛様にお任せしても宜しいでしょうか」
そう言うと、佐助さん達に一言事情を告げ、そそくさと村へ戻って行ってしまった。
「現場を放り出して逃げましたね。それでいいのでしょうか」
安兵衛さんはポツリと口にしたが、実際その通りだからしょうがない。
「あまり熱心ではない修吾さんを佐助さんと一緒にしておくと、返って変な空気が出来るかも知れない。とりあえず、それぞれの現場に相応しい人を立ててくれれば、その人達に直接解ってもらうよう話をした方が効果的と思いますよ。
ほら、佐助さんの所を見てください。右仲さんが熱心に聞くものだから、結構熱い感じで話をしているでしょう。
ああいうのが理想なのですけど、残念なことに右仲さんは富塚村の人なのです。
いっそ右仲さんを取り込んでしまいましょうか」
そうは言ったものの、あまり現実的ではないように思え、付け加えた。
「名内村で得られる利益を勝手に他村に割り振る訳にもいかないでしょう。せめて、練炭の原料となる木炭を、不足分購入し続ける位が出来る範囲かな、と思います。修吾さんには、そう言うしかないでしょうね。
あとは工房でどれだけ生産が出来るかですが、こればかりは歩留まりがどの程度なのかなど、不確定要素が多いのでまだ判りません。
仮に、里の工房並の生産が出来るようになるのであれば、富塚村の木炭生産程度では完全に不足ですよ」
義兵衛はそう言って肩をすくめた。




