悲報・米さん撃沈確定? <C2353>
■安永7年(1778年)6月27日(太陽暦7月21日) 憑依139日目
朝、江戸の御屋敷から細山村のお館へ向う定期便が出立した。
いつもの馬1疋に馬引き、それにお役目の武家1人という1疋2人に加え、金程村の工房の子供4人、大人2人に名内村の6人がそれぞれに荷を持ち、順に門を出て行く。
それを見送っているのは、紳一郎様と義兵衛、それに安兵衛さんだった。
門から大通りに出るまで、約30間(50m程)直進し、それから左に折れ視界から消える。
皆が大通りに入るまで見送ると、3人は屋敷の中に戻った。
実は、早朝から安兵衛さんは屋敷へ来ており、長屋に入り込んで米さんと随分話し込んでいたようなのだ。
隊列が出発するまで、今回の名内村の印象を細かく尋ねている安兵衛さんに、周囲のことは眼中にないかの様に小声でいろいろと話しかける米さん。
周囲は気を使って、ぎりぎりまで見て見ぬふりをしていたそうだ。
こういったことに普通は口出ししない方針の義兵衛なのだが、昨夜蹴飛ばされた、ということもあり思い切って聞いてみた。
「安兵衛さん、工房の米さんと随分親しげな様子だけど、一体どうなっているのですか」
「米さん、いい娘ですよね。いろいろなことが良く見えていて、気が利いて、それいて素直で明るくて。
私が見落としていたことや、裏事情を教えてくれるので、曲淵様へ報告する折に発せられる質問に的確な返答ができるので、大助かりです。工房を仕切る立場というのは、ああいった目で周りを見る必要があるのだ、と改めて気付かされました。金程村の里がいかに人材に恵まれているのか、うらやましいばかりです。そしてそれを率いている米さんは、只者ではないです。女の身の上というのは、全く残念なことです」
この返答で、安兵衛さんは米さんの行動の動機、安兵衛さんに対する好意を全く理解していない鈍チンということが判った。
こうなるとはっきり聞くしかない。
「米さんは、工房の中では全員を束ねる立場ですが、まだたったの14歳の村娘です。
安兵衛さんは気づいてないかも知れませんが、米さんは貴方にとても好意を抱いているのですよ。傍から見ていても判ります。安兵衛さんには、どう見えているのですか」
「う~ん、どう、と言われても。私は曲淵様の家臣ですし、まだ19歳の弱輩者です。
私は9年前、御殿様が江戸の町奉行に推挙された時と同時期ではありますが、父の病死で家督を譲られたのです。当時は10歳で、まだ何も判らぬ半人前の私を、曲淵様は早く一人前に成れ、とばかりに目をかけて下さいました。今から思うと、大坂町奉行に推挙され、2000石から3800石に加増されたばかりで家臣数が不足していた、という事情があったのでしょうが、いろいろと困難に直面して落胆していた私にとって御殿様の言葉は大層ありがたかったのです。それからは見習いで家臣としての勤めを行う傍ら一所懸命剣術に励み、学問を修め、最近やっと特別なお役目を頂いて、恩を少しでもお返しできるようになったのです。
そういった訳で、今はお役目に色恋を絡めてはならぬ身、とそう心得ております。今は義兵衛さんとその周囲の変化をきちんと捉え、ただただ曲渕様の目・耳となることに専念しておるのです。
う~ん、米さんの好意ですか。利口な妹ができたみたいな感じでおりましたので、これは困りました」
こういった話を今までしたことはなかったが、安兵衛さんにも安兵衛さんなりの事情があると認識できた。
自分の立場を判ってもらうために、身の上話をしたのだ、ということは理解できる。
そして、義兵衛に付いて護衛すること・監視報告することが特別なお役目ということなのだろう。
では、こういった立場を捨ててどうなのか、ということについては、「妹」然という言葉で説明されてしまった。
仲の良い兄・妹というのは、よく小説やドラマの設定になるのだが、それはそれだけ珍しいということの裏返しなのだ。
この分では、やはり米さんの頑張りも全然届いていないのだろう。
義兵衛としては全く経験がないが、人の恋路とは斯くも厳しいもの、ということは理解できる。
安兵衛さん本人に、多少でも応じる気があれば、それを梃子に何とか環境を整え、せめても身分違いという点はなんとかできないか、と御殿様やもっと上の方に進言することで、後押しや応援もできるのだが、肝心の本人が困った顔を見せてくる様ではどうにもならない。
だからと言って、肝心の米さんにこういった事情を上手く説明し、諦めさせる自信は全くない。
せめて助太郎にはそれとなく伝えてみるしかないだろうか。
しかし、早いほうがいいのか、それとも時間を置くべきか、それも難しい。
助太郎さんから梅さん経由か、それでは工房の中が気まずくなるかもしれない。
米さんが工房を支える大国柱なのだから、今萎れてしまっては困るのだ。
『お館の千代さんを頼ってみてはどうか』と突然に閃いた。
米さんの姉、千代さんが里のお館で奉公勤めしていることを思い出した。
千代さんであれば奉公の間に武家のありようを多少とも理解しているに違いない。
なんといっても19歳で、米さんより世間を知っているに違いないし、きっと良い方向に導いてくれるだろう。
義兵衛自身は寺子屋に入った時に、千代さんが世話役についてくれたこともあり、頼れるお姉さまというポジションと刷り込まれているのだが、実は気付いていないのだ。
それでも、一応次にどうすればよいかの糸口はつかめた気持ちになれた。
必死でない知恵を絞り、どうすればよいかの考えをやっとまとめることができたのだ。
そして今安兵衛さんに、ことの次第をこれ以上追求するのは逆効果でしかないと考え、話題の転換を図った。
「ところで、今日は七輪を作っている辰二郎さんの所に行きたいのです。
長屋の一番端にある七輪置き場を御覧になりましたよね。6日毎に1000個運ばれてくるのですから、もう3000個も積みあがっているのですよ。萬屋さんの所も同じだけ積みあがっているはずです。
8月末までに、ここに4万個、萬屋さんの所に1万個積みあがります。これにかかる費用をどう工面するのか、意識を合わせて工房の手綱を握っておかないと、私の知らない所でとんでもない借金を背負ってしまうことを懸念しているのですよ」
「そうですね、秋葉神社押印分の寄進も、年末払いで良くなったことを伝えないといけませんね」
話題の転換して場が明るくなってきたので、萬屋さんの所へ寄ってから辰二郎さんの工房へ向うという今日の予定を紳一郎様に報告した。
「能登の土については、まだはっきりして居らぬので、安易なことを言って余計な気苦労を背負うではないぞ」
これまた厳しい小言を頂いた。
一番せねばならないのが、土の代金のことなのだ。
能登の土の代金が、石崎村で1貫10文という話を聞いてから、石島町・山口屋清六さんの『船頭に渡す金』という点を疑わしく思い始めているのだ。
しかし辰二郎さんは根っからの職人で、真っ正直な人なのだ。
それだけに、曲がった話やややこしい話はハナから受け付けないだろう。
紳一郎様に助言を受けて屋敷を送り出されてから、道すがら義兵衛はこの疑念について安兵衛さんに話す。
順に話を積み上げていくと、確かに納得できない、ということが安兵衛さんには判ってもらえた。
これを、どこでどう切り出すか、なのだ。
それでもまずは、7月に生産する七輪に押す御印の御寄進を辰二郎さんには立て替えて払ってもらっているのだから、これを清算するのが先決だろう。
そう考えながら、萬屋さんへ向かっていく。
安兵衛さんの頭の中は、義兵衛から聞いた疑念のことで一杯になっているようで、もう米さんのことはすっかり消えているようだ。
それはそれで、とても残念なことなのだ。




