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御屋敷で蹴飛ばされた義兵衛 <C2352>

 お屋敷へ向かう道中、秋谷様は江戸の街並みを見てその賑わいぶりを見て、最初は大層驚いたことを小声で話してくれた。

 名主という立場になってからは、何年か毎に杉原様のお屋敷に出向くことがあったそうだ。

 今では慣れてきてしまったが、武家でもないのにきちんとした身なりの者が多いこと、平坦な道に四角い敷地割りされていることに感心したことを楽しそうに話す。

 確かに、義兵衛としてだけなら同じ様に思ったのかも知れないが、21世紀の東京とテレビや映画の時代劇のイメージを竹森氏から教えられていたため、存外にみすぼらしいが、かといって決して不潔ではない、という印象だったことを思い起こさせてくれた。

 それが竹森氏だけのものだったのか、義兵衛もそう感じていたのか、もう定かではない。

 それから、御殿様と言われていたので、どれだけ偉いか・立派な屋敷に住んでいるのかと思っていたが、ずらりと並ぶ旗本屋敷の中では小さい方でがっかりしたことも話してくる。

 230石の旗本では、200坪ほどと大した敷地ではない。

 しかも、その中に御家人へ貸す長屋も建てており、実際の屋敷としてはギチギチに家が建てられている感じなのだ。

 特に向かい側に、約1600坪の敷地に駿河御城代の坪内様(5500石)のお屋敷が建てられていては仕方がないと言う。

 こういった話を秋谷様が必死に語るのは、おそらく内心穏やかでない証拠なのだ。

 先ほどの義兵衛の話を聞いて頭の中がどうにかなっていて、黙っていてはいられない、何か話していないといろいろと噴き出してしまう、といった感じなのだろう。

 特に、最初に練炭の話をしかけた時、安兵衛さんから強く制止されてから、こうなってしまったのだ。

 義兵衛はそう振り返りながら、適当に相槌を打つ。

 その内に、椿井家の屋敷に着く。

 実は、椿井家は500石の石高でありながら与えられている屋敷の敷地は1000坪と結構広い。

 残念なことに、大身の旗本屋敷に囲まれた旗地なのだが、実際にはよそ者が入りにくく、いろいろと都合がよい屋敷なのだ。

 武蔵金沢藩の米倉様上屋敷と旗本。冨永様の屋敷に挟まれた門への道も、慣れると悪くない。

 秋谷様はこの並びに少し驚きつつも門へたどりついた。


「随分ごゆっくりなさっていたのですね。さあ、皆待っております。早々にお上がりください」


 門の前には米さんが立っていた。

 杉原様への報告が済み次第、秋谷様を連れて来ると聞かせていたので、屋敷に戻ってから支度をいろいろと整え、それからずっと待っていたそうだ。


「このお屋敷で、私はすることがありません。結局は義兵衛さんが来ないと、何もできないのですから。

 明日朝には、名内村の皆さんと一緒に里のお館へ帰ることになっており、その準備をしていたのです。馬が使えるので、その分荷は軽くて済むので大助かりですわ。

 安兵衛様は、こちらで御殿様への報告に同席なさるのでしょう。明日の帰郷に同行して頂けないのは、心から残念なことに思います。御一緒して頂ければどんなに心強かったことでしょうに」


『ほう、米もなかなか粘りよる。だが、今回はここまで止まりかな』


 安兵衛さんは一言二言と米さんに言葉をかけつつ、屋敷の中の長屋へ向かった。

 足を洗い、濡らした手ぬぐいで体を拭き、身なりを整えると、秋谷様・安兵衛さんと共に紳一郎様の待つ屋敷の座敷へ向かった。

 座敷では名内村の工房を代表する血脇様が先に入って待っていた。

 勿論、百太郎と助太郎も居た。

 皆が揃うと、御殿様が座敷に入ってきて、皆は平伏して迎えた。


「この度の視察、苦労であった。それで、どうじゃ」


 義兵衛は、まず名主・秋谷修吾様を紹介し、名内村での工房管理責任者の血脇三之丞様を紹介した。

 そして、名内村では最終的に日産1万個程度までなら生産できそうなこと、但し原木供給元の森は旧牧であり、一部係争地となっているためこの解決が不可欠なこと、森の手入れ・炭焼き窯の設置などの課題があることを端的に説明した。


「それで、練炭を量産する環境を実際に見てもらったほうが良いと判断し、名内村から今後お役目を担う方6名を連れて参りました。明日は里に向かい、工房や炭焼き窯を数日見てもらいたいと考えております。また、森の整備と炭焼き窯については、細山村の樵家から数名を応援に出してもらうようにしたいと考えております。この辺りのことは、樵家の佐助さんにお願いしています」


 御殿様は百太郎に向かい、細山村名主の白井様とよく話し合ってことを決めるように、とだけ伝えて報告の場は終わった。

 皆は長屋に戻るが、座敷には紳一郎様と義兵衛・安兵衛さんが残った。


「実際にどうであったのかな」


「はい、実際に練炭を作るのは結構時間がかかりそうです。薪炭問屋の奈良屋さんから『佐倉藩の所領に質の良い木炭が得られそうだ』ということを聞き、その近場であれば良い炭が作られていると思っていたのですが、名内村では自村内で使う分しか作っておらず、炭焼き窯もどうかと思うようなものでした。なので、窯築かまつきをせねばなりません。

 森も荒れ放題といった様相で、木炭に適した原木が得られるようになるには数年必要と思われます。ただ、練炭は粉炭を使うため炭の品質を問いませんので、その点は多少面倒がありません。

 こういったことを加味して、9月までに生産できるのは累計で1万個程度、9月は日産1000個がやっとではないか、と推測します。おそらく、金程村の工房を見て衝撃を受けると思いますが、そう簡単には真似できると思いません。こちらから送り込む2人の指示を、どこまで素直に聞いてくれるかが鍵でしょう。工房を預かる血脇三之丞様に、どれだけしっかり支持してもらえるのか、そこが未知数です。

 それから、これから送り込む細山村の樵達の働きによっては、多少増やすことができると考えます。しかし、来年には日産1万個にはなるでしょう。それまでは辛抱するしかないと考えます」


 紳一郎様は安兵衛さんにも意見を求めた。


「私も同じように感じました。名内村の納屋を使った工房が、金程村の水準になるまで結構時間がかかると見ました。また、名内村では名主・秋谷様の力が強く、益を求めて大人達をどんどん使うのではないかと思います。確かに指導力はありますので、荒いことは進むでしょうが、細やかなところや柔軟に対応することができるか、は疑問です。

 名内村は、秋谷・血脇・山崎・石井の4家の本家と分家で構成されていて、それぞれ姻戚関係となっています。なので、名主の秋谷修吾様がどれだけ正しく状況を認識しているかにかかっています。

 金程村の工房は、最初子供達だけで運営されていることに驚かされましたが、今となっては管理責任者の助太郎さんに都合よくできていることを実感しました。これと同じように、三之丞様の指示を難なく受け入れることが出来る若者を集めて、工房を構成してもらえると良いように思います」


 この答えを聞いて紳一郎様は深く頷いた。


「ワシから言うのも何じゃが、一層のこと佐倉藩の堀田備前守様の所に話を持ち込むのが良いやも知れぬな。まあ、その算段も考えておけ」


 これは充分検討に値する慧眼と感じた義兵衛は「はあっ」と深く頭を下げ、同意した。

 そして、そのまま安兵衛さんは屋敷を辞し、それを見送った後に長屋に様子を見にいった義兵衛は、廊下で誰かに蹴飛ばされたのだった。

 犯人やその動機はすっかり理解できるので、義兵衛は暴れることもなく廊下から声をあげる。


「助太郎。明日から名内村の方々の案内を頼むぞ。工房や炭焼き窯、森の様子をしっかり見てもらえ。

 あと、練炭の総生産が大きく見込みを下回りそうなので、こちらも発破をかけておいてもらいたい。頼んだぞ」


 これだけ告げると、ほうほうのていで長屋を逃げ出した義兵衛だった。


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