練炭の試作説明と森の視察 <C2349>
座敷での説明は終わり、いよいよどの程度の生産ができるのかの見極めが始まった。
この村で工房の責任者となる予定の血脇三之丞さんと助太郎は、工房予定にしている納屋に向かった。
そして、義兵衛・安兵衛さん・近蔵・米・弥生の面々は、里から持ってきた道具類を納屋へ運び込み、配置する準備にかかった。
村人は、三之丞さんの指示に従い、この村で作った木炭を集めにかかっている。
名主の秋谷様と代官の山崎様は百太郎と佐助さんに、木炭を作っていた窯と原料となる木が生えている森を見せに南側の台地へ向った。
助太郎は三之丞さんに、重要なことを説明した。
「この練炭の大きな特徴は、どれも一定の同じ時間で燃えることが重要なのです。そのために、原材料となる粉炭の品質が重要になります。一定の時間ということを担保するために、原材料の粉炭の一部を実際に燃焼させ、適切な比率で混合します。
この納屋の中で一緒に作業すると、燃焼している粉炭の火が他の木炭や粉炭に飛び移ることが考えられるため、納屋に隣接した小さな土蔵を作ってください。そこで試験燃焼させます。
あと、作った練炭は乾かす必要があります。そのための乾燥室も別に作ったほうが良いです。とりあえずは、作った練炭の保管庫と兼ねても良いでしょう。
粉炭は、木炭を鑢で削り馬の飼葉桶に貯めます。どの程度品質の異なる木炭が集まるかが判らないので、とりあえず3~4個用意してください。一通り揃ったら、練炭を2~3個作ってみましょう。
そこで重要なのは、基準に達していない練炭は不良品として廃棄することです。金程村の工房での不良品は、今1000個のうち2~3個という水準ですが、作り始めた当初は2~3割の練炭を不良品として廃棄していました。もったいない、と思うかも知れませんが、それを妥協していてはいけません。勇気を持って捨てさせてください。ただ、廃棄した練炭も崩せば粉炭に戻りますので、原料として無駄にはなりません。それよりも、何が原因で不良となったのかを追求して改善することが重要です。
この品質管理については、近蔵が詳しいので、迷ったら彼の意見に従ってください」
三之丞さんは矢立を手に木札に要点を書き留めている。
持ってきた道具は大方の配置を終え、村人が木炭を全部で10貫(約37kg)ほどの量を集めてきた。
「これが村で作っている棒炭で、森に生えている木を適当に間引いて、乾燥させたものを窯で焼いて作っている。江戸へ売りに行くということはなく、大体は秋口から自分達で1年間使う分だけ作るので、大した量は作っていない。これも、とりあえず冬の間の使い残しを皆で持ち寄ったに過ぎぬ」
どうやらそういうことで、この村では本格的な木炭作りから手掛けねばならないようだ。
そうすると、炭焼き窯と原料の木を見に行った百太郎と佐助さんは苦労しているに違いない。
納屋前の筵の上に広げられた小枝状の木炭を、助太郎は一本毎に手に取って見極めながらより分けている。
そして、4個並べられた飼葉桶にそれぞれ何本か入れた。
「これからこの木炭を鑢で粉炭にしていきます。だいたいの質の差を目で見て4つに分類しています。この4個の飼葉桶に入っている木炭は、それぞれ燃えやすさが違うと判断しました。
これを粉炭にするための鑢の目の粗さも、本来なら木炭の質に合わせて調整する必要がありますが、とりあえずこれで小さな粉にしていきます。義兵衛さん、安兵衛さん、手伝ってください。近蔵、お前もだよ」
三之丞さんと村人が見る前で、ゲシゲシと木炭を削り、またたくまに粉炭が出来上がった。
これを小炭団の型に入れ、布海苔と極少量の水を入れて練り合わせた。
それぞれの桶から取り出した木炭で作った小炭団が各4個、それに金程村から持ってきた粉炭も型に入れて同様に4個分作り、全部で20個分型の中に入っている。
上から型枠をギュッと押し、水気を飛ばして押し固め、型から抜いた。
「今作った小炭団が、燃焼速度を測るための試料となります。まだ水分を含んでいますので、多少乾燥させてから実際に火をつけて燃え広がる速度を調べます。金程村のものを基準に、燃え終わるまでの時間を比較します。
通常は時間が短いものほど上質な木炭から作った粉炭ですが、早過ぎるのも問題なので、遅い粉炭やその他のものを混ぜて燃焼時間の調整をします。
こうして、一定の品質・燃焼時間となった粉炭を再度練り、一定の量を取って練炭の形に成型していきます。
成型が終わると、風通しの良い所にならべて乾燥させ、最後に寸法と重量を計測し、合格すると出荷可能な製品となります。
再度念を押しますが、計測して基準を満たさないものは廃棄し原料の粉炭に戻します」
助太郎は丁寧に説明をしているが、結局の所は粉炭に水を混ぜて練り、これを乾かして水分を飛ばすという作業が自然任せなので、時間がかかる。
時間比較をするサンプル品も同時に作るので、水分の含有量はほぼ同じとして作業を進めるのだが、やはり勝手が違うようで実技はぎこちない。
しかし、一応燃焼時間に差があること、それを揃えるのが重要であることは理解して貰えたようだ。
4個の飼葉桶の粉炭を、燃焼時間の差に着目して目分量で混合し、これを練る作業を米さんが行った。
次に、練られた炭を型にはめ、押し固めて型から抜き、練炭を作り出す作業を弥生さんが行った。
「こういった作業を経て、乾燥前の練炭が出来ます。乾燥させると、重量が軽くなり若干寸法が縮みます。村ではだいたい3日かけます。いや、見本にしている練炭が基準の重量になるまで乾燥室に置きます」
どうやら一連の作業を見せることはできたようだ。
そして丁度その時、外回りをしていた百太郎と佐助さんが渋い顔をして戻ってきた。
「これは厳しいなぁ。炭焼きの窯はしっかりできていないし、原料木を得る森が荒れている。なので、直ぐに練炭の原料となる木炭を調達するのは難しいぞ。
ただ、この村が所有している森の規模は充分あるので、管理さえきちんとできれば年100万貫(3750t)程度の木は切りだせそうです」
百太郎の説明に、佐助さんが追加説明し、これを秋谷様が聞いてしきりに頷いている。
「森がきちんと管理できる状態になるためには2年ほどかかかりましょう。その間は、整備の時に出る間伐材で炭を作るしかないです。ただ、膨大な量になります。それから先は、30年で一巡するような感じで細かく区分けして木炭の原木を伐りだし、植林するという恰好にしているのが良いでしょう。ただ、土壌が良くないので、どのような木を植林するのが良いか迷うところです。同じ種類だけで森を作ると全滅することもあり、そうですね、3~4種類くらいを土地の状況に合わせて植林するのが良いでしょう。
森の30分の1から毎年木を伐りだし、薪にしかならないところを除いて木炭の材料にできる分が100万貫という訳です。切り出す木は、炭にする分と窯で焚く分で結構な量になります。
最初に森全部をきちんと測量し、これを150程度に区分する作業から始めねばなりません。その内から毎年5区画を伐採・植林していくのです。
それと並行して、木炭を作る窯を7~8窯こさえ、順番に回していく作業をする必要があります。今ここで使っている窯・野焼きに近い穴ではどうにもなりません。いや、これは最初に大仕事になりますぞ」
思った以上に大変なようだ。
佐助さんは、窯作りに細山村の経験者を何人か連れてきたいと言い出している。
そうすると、代官宅で済ますという訳にはいかず宿舎が必要となってくるのだ。
とりあえずは、一通りの説明と村の状況確認は終わった。




