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東廻り航路の提案 <C2331>

 椿井家江戸屋敷の玄関脇にある控えの間、ここは本来旗本以上の位にある方が供を連れて訪問されてきた場合に供が主人の帰りを待つための控え室である。

 玄関の両脇にあり、都合2間あるが、一応畳敷きでそれなりの道具類を備えている。

 その控えの間で、義兵衛と安兵衛さんは加賀金沢藩の渡邉様と向き合って話をしている。

 おそらくは、八百膳での宴会を準備するよう江戸詰め家老の横山様に言い付けられ、困った挙句の相談なのだ。

 応えるのに窮した義兵衛に代わり、安兵衛さんが話し始めた。


「渡邉様、椿井家は義兵衛さんを通して八百膳さんと深い関係が出来ておることは、先ほど義兵衛さんが説明した通りです」


 続けて、椿井家の里で作った小炭団を薪炭問屋の萬屋に卸していること。

 小炭団を売るために、卓上焜炉を使った料理を考案して江戸に流行らせようとしていること。

 その手段として、仕出し膳料理の料亭番付を瓦版で売ること、これを行うための仕出し料理の座の設立、料理比べという興業の考案などを義兵衛が行ったこと。

 その企画を進めるために、八百膳・主人の善四郎さんの知遇を得たこと。

 これら順を追って説明した。


「こういったご縁があり、例えば昨日浅草の幸龍寺で行われた料理比べの興業では椿井家の御殿様や義兵衛さんは裏方に回っており、善四郎さんと信頼関係を結んでおります。なので、取り消された予約を運よく回して頂けたのだと思います。

 ただ、渡邉様が同じような知遇を得ることができるか、と言ったら難しいでしょうね」


「なるほど、そこまでの関わりでしたか。旗本とは言え、御殿様まで出張って料理の興業の裏方をなされるなど、そこまでしてのあの接待という訳ですか。

 それでは、その深い縁を使って加賀金沢藩が行う接待の口利きをして頂けないでしょうか」


 安兵衛さんの説明にも屈せず、渡邉様は食い下がる。

 一見簡単そうに見えるが結構難しい要望なのだ。

 実は加賀金沢藩、少し前までは羽振りも良い感じだったのだが、このところ借金が嵩みあまり良い噂を聞かないのだ。

 万一支払いが滞る、などということが起きると、その負担は口利きした側の信用に影響するのだ。

 加賀金沢藩は100万石の大大名家とは言え、この時期は代替わり・世継ぎ問題などで結構悩みは深いのだ。


「口利きすることはできますが、その代わりにこちらからも相談があります」


 義兵衛は懸案を話すことにした。


「この椿井家、旗本とはいっても借金で首が回っておりませんでした。それで木炭加工により知行地を豊かにしようと奮戦しております。この現れが、先ほど来しばしば話に上がっておる小炭団・卓上焜炉でございます。

 まあ、貧乏旗本家が食うに困って木炭加工の内職を始めたと言ったところでございます。それで、この秋から冬場にかけて、新しい商品として練炭・七輪という製品の内職を始めております。この内職を進めるにあたり、特に七輪を作り出すにあたり、能登で採れる『地の粉』という特殊な土を使っており、そのことで先日話を聞きたく加賀金沢藩の皆様を接待させて頂いた訳です。

 実は、この土を江戸で専門の店で求めると結構な金額を要求されていました。その金額の妥当性を測りかねていたのです。

 接待の折に渡邉様は『七尾では1貫で10文』とお教え下さいましたので、素人考えですが、間に立つ商家がそれなりの利を載せている様に思っています。

 ただ、1貫10文はおそらく土を採取した百姓が受け取る代金と思っているのですが、実際に福浦港で船積みするときの値段がどうなっているのかが、大坂商人の利益を左右する値段と思っているので知りたかったことなのです」


 渡邉様は先日の接待の場を思い出している様子で、しばらく考えている。


「確か、江戸で6千貫(22.5t)揃えるのに200両(2千万円)用立てたと言われましたな。200両の内、9割以上のも費用を途中の商家が取っていると思い憤ってしまいました。それから、そちらの御殿様が『船での輸送は命がけゆえ、多少高額になるのは止むを得ない』旨の話しをされ、私としては一応納得したつもりです。しかし、船賃をどう考えても商家が儲け過ぎのように思えます」


「そこで考えたのですが、この『地の粉』、七尾では『味噌岩』ですが、加賀金沢藩として今の半値、いや今の3割位の価格で江戸へ直接卸しませんかねぇ。

 いえ、御武家様が直接かかわるのではなく『味噌岩』を藩の専売品に定め、輸送・販売といった御用を藩出入りの商家に任せ、冥加金を上納させるのです。いかがでしょうか」


 義兵衛もあの接待の時から考えていたことを、さらっと口にした。

 隣で話を聞いていた安兵衛さんがブルッと体を震わせた。

『ああ、これからやらかすことが判ってしまったのか』と義兵衛は妙に感心した。


「しかし、大坂の商家がからんでいると、船便とて確保できぬじゃろう。福浦から大坂までの船に、藩の御用で1個150貫(約570kg)もの俵を割り込ませることは難しかろうし、ましてやそれが今まで自分たちが扱っていたものと知ってしまえば協力はせぬじゃろう」


「いえ、西回りには乗せず、石崎から直接酒田方面、津軽藩の青森湊まで北前船で運び込みます。あとは東回りに乗せれば江戸までつながります。酒田、青森など主要な港で売買する公式価格を決めれば、北前船は石崎村で重りに乗せている石代わりに買い込み運ぶに違いないでしょう。

 ミソは大坂を通らないことです。西回りの航路に干渉しなければ、大坂の商家を敵に回すことにはならないでしょう。

 後は、江戸の下屋敷で受け取って、そのまま土を扱う問屋へ卸せば良いのです。

 肝心なのは、それぞれの主な港で売買する値段設定で、これを適切に決めて加賀金沢藩が保証すれば、値段が安い港で買い、高い港で売るという自然の流れが出来るはずです。そして各港での売買格差の幾ばくかを藩に収めさせれば良いのです」


 いささか強引な考え方だが、物が安いところから高く売れるところへ流れる、という性質を利用した発想なのだ。

 流れが悪ければ港間の価格差を広げればよく、流れすぎるようであれば価格差を小さくする。

 出航時点で知っている価格差を保証してさえやれば、問題は少ないはずだ。

 おまけに、加賀金沢藩としても幾何いくばくかの収益を得る仕組みなのだ。

 この件は結構重要なので、渡邉様が理解しやすいように日本地図をさらっと書いて、主要港湾と航路・金額を掻き込んだ。


「この案について、加賀金沢藩として前向きに検討頂ければ、最初の八百膳への口利きをしても良いですよ」


 渡邉様は紙に描かれた日本地図と船の航路、数量・金額の図を見て震えている。

 物を言えぬ渡邉様に代わり、安兵衛さんが口を挟んだ。


「これはなんと、本邦の地形図。見本もなしに描かれるとは、どうなっておるのですか。もう1枚同じものを描いて私にください」


 そこで、義兵衛は今の紙を渡邉様に渡し、サラサラと同じものを描いて安兵衛さんに渡した。

 この間に渡邉様は震えを抑えたのか、声を絞り出した。


「義兵衛さんは、七尾で150貫を1分2朱(37500円)、江戸で1両2分(150000円)という値段をつけるとおっしゃる。そして、間の主要港で売買価格を適切につければ、この価格差を知って勝手に味噌岩が江戸に運ばれる、と言うのですか。しかも、港で売買を行うと、そこの価格差に見合う金額を商家から藩に納めさせる。

 なるほど、これは面白い考えです。まずは持ち帰って上役の湯浅様と相談をし、あらためて返事させて頂きます」


 驚いた顔をしたままで、渡邉様は義兵衛が描いた説明図を懐にしまい込むと、丁寧に礼を述べ、その割には急いで椿井家屋敷から戻っていった。


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