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お館から戻ってのドタバタ <C233>

厳しい?詮議の後とは言え、しなければならないことがテンコ盛になっています。

江戸行きの準備もあるし、生産性の改善もしなきゃ。

 甲三郎様の詮議で気力を使い果たし、白井家の座敷に上げられた時には安堵のあまり義兵衛さんの方は気を失いかけた。

 応対した内容を反芻してみたが、特段言質を取られるようなことはしていない。

 気になるのが『新しく宣託があった場合は、遅滞なく進言』だが、これはむしろ大飢饉を乗り切るには好都合に思える。


 さて白井家座敷では、与忽右衛門さん・喜之助さん・百太郎・孝太郎が義兵衛を取り囲み、心配して覗き込んでいる。

 いや、詮議でどのような仕儀になったのか、早く教えろと迫っているのが目付きから判る。

「甲三郎様がどのようなことを言われたのか」

 百太郎が恐い顔を突き出してグッグッと迫ってくる。

「僕の言うことに特に怪しい所はない、ということで放免されました。

 後、新しく宣託があった場合は直ぐ進言することと、その場合は直接白井家の庭から東屋に尋ねて来い、とのことでした」

「どのような説明を甲三郎様にされたのかのぉ」

 今度は白井与忽右衛門さんの突っ込みである。

「最初に練炭を献上した時に、これは自分で思いついたもの、と言ったことと違う点を追求されました。

 それについては、思兼命様からどのように宣託が下されるのかを知らなかったので、間違えたことを説明しました。

 そして、水車・薩摩芋については、全く考慮外のことであったため、自分で思いついたものではないと気づき、これが宣託だと認識できたということも話し、ご納得頂きました。

 練炭・薩摩芋以外に伝えてきたことは無く、聞いて答えを頂いたのは名前と守り仏に降臨したということ、それに金程村を豊かにする方策を授けるということだけと説明しています。

 父上の説明と照合されて合致していたのか、この件の詮議はここまでとする、とおっしゃいました」


 ここで一息つき、義兵衛は白井与忽右衛門さんに向って平伏した。

「白井様、この件を言上したほうが良いとのご助言を頂きありがとうございました。

 噂が耳に入ってから公に詮議されるより、本音に近いところでお話させて頂くことができました。

 思兼命様からの宣託で色々活動することについても、一定の理解を得られたのではないかと考えます」


 進言につき、特にお構いなしとされたことが判ると、百太郎・孝太郎はあからさまにホッとした。

 ただ、白井与忽右衛門さんは内心穏かざる思いを感じたという表情をしている。

 それは、甲三郎様が義兵衛にいつでも裏口から来て会うことを許した、という点に違いない。

 今まで苦心して息子・喜之助を甲三郎様に近づけ、どうにか得た権利と同じものを、今日の沙汰で義兵衛が得たということに思いあたったからに違いない。

 金程村名主の伊藤家は、取次ぎを白井家に依存することで格下に甘んじてきたのだが、それが甲三郎様から見て同格になったということなのだ。

 この分であれば、江戸のお殿様へ取り入るのは、伊藤義兵衛が先んずるかも知れないと思ったのだろう。


 その不安からだろう、与忽右衛門はこう聞いてきたのだ。

「義兵衛さん、お前さんは将来どのように身を立てようと考えているのかな」

「僕は次男坊ですし、今のままの貧乏村では家を興すこともできません。

 思兼命様からの宣託で村が豊かにして、それが叶うのであれば回りの村々も同様に豊かにしていきたいと考えます。

 それは多分、耕作ではなく、どちらかと言えば商家に近いものかと思いますが、正直まだそこまでの考えに至っておりません」

 狙いは見えているが、それを外してとぼけ続ける。

 こういった腹の探りあいに近い会話は、やはり苦手であった。

 助けてもらったが故の逃げるに逃げれない雑談が暫く続き、昼頃になってやっと白井家から金程村に戻ることができた。


 家に着くなり、百太郎が皆に指示を出す。

「時間が無い。

 早速だが、明日朝、江戸・小石川薬園へ出立する。

 孝太郎はしばらくの間留守を頼む。

 水路の件は、日程と必要な人足数を出しておくように。

 江戸から戻り次第、白井さんのところに掛け合う」

 最低でも2日、場合によっては5日くらいかかる可能性もあることを百太郎は匂わせた。


「義兵衛は一緒に江戸へ行ってもらうが、不在の間も練炭・七輪が作れるように、助太郎の所を監督してきてもらいたい。

 今回献上した数量は多分直ぐ使い切るに違いない」

「練炭ですが、作ることができる数量がまだ少ないため、作るそばから献上している状態になっています。

 気前よく渡してしまいましたが、全部で22個になります。

 献上する量よりはるかに多く作れるようになるか、あるいは献上数量を抑えるかしないと、大変なことになります。

 作る量を増やせないか、助太郎の所へ行って相談します。

 しかし、今持ち出しが多くてジリ貧になっていることを覚えておいてください」

 そう言い残して助太郎の工房へ急いだ。


 工房では、5人の手伝いで従来然の練炭を生産していた。

 昨夕に6個の製造を終え乾燥工程に入っている。

 そして、寺子屋組のいない今朝で2個の製造を終え乾燥へ送り込んでいた。

 しかも今朝分からは、提案した上下面へのギザギザ模様も入れている。

 午後は寺子屋組で粉炭製造を行わせ、残りの2名で昨夕同様の数量6個の生産を指示していた。

 昨日、今日で14個生産されており当面必要となる最低限の個数は確保できそうだ。

 ただこの一日8個のペースではいかにも時間がかかっている。


 助太郎は、時間がかかるのはレンコン状の穴あけだと説明してくれた。

 ならば、高さが4分の1厚=3センチですでにレンコン穴が開いた型を試してみるべきであろう。

 試しにと、義兵衛と助太郎は新しく作った型で8個の薄型練炭を作り、乾燥前に4枚重ねて接着させたものの具合を調べた。

 レンコン穴はほぼ真っ直ぐ繋がっており、重ねた部分が剥がれることがなければ、使えそうだ。

 型が4枚しかないが、これをもう4枚増やして8枚にすれば、作業時間に空き無く生産できそうだ。

 あとは、乾燥した後に接着できるか、接着したあとの剥がれやすさはどうなっているかだ。

 いずれにせよ薄型の型を使うと生産性が上がるので、早々に切り替えを図ることになった。


 寺子屋組が主力で作っている原材料の粉炭は、薄型に切り替えると供給が追いつかなくなることを指摘する。

 石臼を挽く作業での生産が、かなり低いところに問題があるようだ。

 やすり1名、石臼2名の体制だが、型を抜いた練炭の穴開け作業がないためここから1名を鑢に振り分けてみよう。

 ただ、粉炭がより舞いやすい環境になるので、作業場所をよくよく考えるように伝えた。

 また、消費が早い練炭に注力している関係で、七輪まで手が回っていない。

 ましてや貯水池に全然手が回らない状況になっている。

 これも、先送りするしかないようだ。


 義兵衛は、翌朝からしばらく江戸へ行くため留守になることを伝えて工房を後にした。


献上品が一円の収入にもならず首を絞めます。献上するほうは命がけなんですが、貰うほうは「あっそう」という感じで、更に無心したりとしたい放題なのです。流石に生産量を考えると一言いわざるを得ない状況になっています。

次回は江戸行きです。

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