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馬による練炭の搬出開始 <C2321>

 ■安永7年(1778年)6月16日(太陽暦7月10日) 憑依128日目


 昨日、大丸村の芦川貫衛門さんは結構引き留めてくれたのだが、予定もあるため暗くならない内に暇乞いをして金程村に帰ってきた。

 そして、家の厩には江戸から連れて来た馬が2疋加わっているのを見つけた。

 義兵衛が大丸村に出掛けている間に細山村のお館で行われた寄り合いで、御殿様の馬を金程村2疋、細山村2疋と名主家で預かることになったのだ。

 名主家で預かった馬の内3疋は登戸村まで練炭を運ぶ大切な輸送力で、今日から早速戦力となる。

 義兵衛達はこれから2疋と一緒に工房へ行き、そこで練炭を載せてからお館へ送り出すのだ。

 勿論、馬の口引きには各10貫程の練炭を背負わせ、さらに細山村で加わる1疋分の練炭40貫と同じく口引き分の10貫、案内の者20貫の計70貫を3人の大人に背負ってもらい、5人+2疋を工房から見送ることになる。

 細山村では、これらの荷を振り分け練炭輸送の3疋、更に江戸行きの1疋には目一杯となる40貫(150kg)の飼葉・稲藁を積み小荷駄隊を出発させるのだ。

 登戸までは、8人+4疋の道行きである。

 そこから別れ、4人+1疋が江戸へ行き、4人+3疋は木炭を積んで工房へ引き返す。


 ちなみに、馬1疋が食用にする飼葉は1日おおよそ馬体重の2%であり、体重350kg~600kgと結構幅がある馬4疋分の飼葉として必要な量は毎日40kg(11貫)にもなる。

 年間では15t(約4000貫)も必要になり、この負担を金程村・細山村で折半することになる。

 稲藁だけでなく、里山から・田畑から飼葉となる草をドンと刈ってくる負担も圧し掛かってくるのだ。

 若草がどんどん生える夏場はともかく、冬場はきついかも知れない。

 このため、干草を作ってどんどん蓄えていく必要があるのだ。

 あと、江戸行きの便に載せる飼葉分だけ、細山村の負担が大きいが、これは村の規模差から見ても仕方がないだろう。

 こういった飼葉や世話人・口引きについて負担することを、お館側でも考慮してもらい、馬1疋につき2石の年貢分を控除する格好で決着がついていた。

 ただ、練炭の輸送に相当する費用について、売掛け金分配でお館分を優遇するよう取り決められ、工房の取り分が減ったのも確かであった。

 もっとも義兵衛にとっては、どちらの村の取り分がどう、ということはどうでも良く、御殿様を含めて領地内の村を合わせて全体として最適化が図れればよい、とざっくり考えていたのだった。


 さて、義兵衛の実家泊は終わり、今日の午後からは細山村行き、その後は江戸行きとなるため、両親に挨拶を済ませる。

 義兵衛と一緒に家を出た馬2疋が工房に着くと、案内兼荷運びの大人3人は先に来て積み込む薄厚練炭の準備をしている。

 荷は扱い易いように100個を1個のこもにくるみ、重さ2貫半(約9.3kg)の菰が70個並んでいる。

 そして各馬に16個、馬の口引きの背に4個、大人が背負子に10個と乗せて、工房の皆が見送る中、細山村へ出発していった。


「馬を使った練炭の輸送は、今回が初めての試みです。多分上手くいくでしょう。これで人手が随分助かります。

 昼前にはここに3疋の馬が木炭を積んで戻ってくると聞いています。それから荷を入れ替え、また練炭を送り出すことになります。

 さあ、その準備をさせましょう。残りの人はいつもと同じです。作業に戻ってください」


 米さんは見送りに居並ぶ皆を指揮した。

 工房の中に入ると、皆が作業に就く前に米さんは再度訓示した。


「今日は馬が2往復するということで、工房から搬出する薄厚練炭は全部で14000個です。助太郎様から指示された生産目標は12000個ですから、このままではいずれ搬出するものが無くなります。聞いた所では、運用が慣れてくれば3往復も可能ということですので、私たちが今まで以上に頑張らないと、工房が足を引っ張っていると言われることになります。不良を出さないよう、それでいて効率を下げないようにしましょう。思いついた工夫は、どんな小さなことでも組長へ相談・報告してください。良い提案なら助太郎様から御褒美が出ます」


 この発言を聞いて驚く安兵衛さんの顔を見つけて、ニッコリと笑いかけてきた。


「これは凄い訓示です。工房の責任者である助太郎さんが出した目標を、更に自主的に上方修正しようというのですから」


 義兵衛は安兵衛さんを連れ、助太郎の後について奥の部屋に入った。

 部屋へ入るなり、助太郎は安兵衛さんに話しかけた。


「どうですか。米さんが自信を持って語ることが出来る。これがこの工房運営の秘訣です。

 一番大きな目的である『村の皆が大飢饉を餓えずに乗り切る』を共有しています。そして、皆がその目的を達成するための手段としてこの工房の活動があることを知っており、自分の仕事の位置付け・自分の立場を明確に理解しているのです。

 だからこそ、一見不可能にも思えるような成果を出し続けることができるのです」


 工房での指図を終えた米さんが部屋に入ってきた。


「それで、一昨日の聞き取りで知りたいことは聞けましたか」


 義兵衛は安兵衛さんに誘いをかける。

 聞き取りをした場所にいた米さんも丁度居るので誤魔化しはできないはずだ。


「はい、私が知りたかったのは、武家の子等が百姓家の娘に指導される、ということについてどう思っているのか、という点です」


 米さんが何か口を挟もうとしたが、助太郎はそれを止めた。


「驚いたことに、武家の男子も含め全然違和感を持っていないのです。『組長や責任を持つ人は、皆寺子屋でも優秀と目された姉さんで、よく面倒を見てくれていた。工房でも同じことだ』と言うのです。懐かれているのですね」


 義兵衛はこの言葉に、米さんの姉、年上の千代さんのことを思い浮かべていた。

 確かに6歳の頃からお世話になっている姉御連中には、今でもいいようにあしらわれる感じでしかない。

 寺子屋では優秀と思われていた義兵衛ですらその始末であるなら、他の面々はどうしようもないだろう。

 そして、その組長連は、米さんと梅さんのコンビがきっちり首根っこを押えているのだ。

 そのような話をする内に寺子屋組が出る時刻が迫ってきた。

 助太郎は津梅家の福太郎を呼び、安兵衛さんに付いて寺子屋の案内をするよう指図した。

 津梅家は、金程村で名主の伊藤家に次いで多くの土地を持つ有力家で、福太郎はその跡取り息子で、将来この村を背負う大事な子供なのだ。

 福太郎はこの工房の最初から来てくれている面子の一人であり、そういった面では信用に足る子なのだ。

 程なく、安兵衛さんは寺子屋組の一行と細山村へ向かっていった。


 安兵衛さんがいなくなった工房では、奥の部屋へ梅さんを呼び、4人で今後の相談を行った。

 内容は工房での生産見込みと、委託先である名内村での展開準備などで、話しは尽きない。

 2人の送り込みで立ち上がらない場合は、助太郎さんに入ってもらうしかないことも了解された。

 そうなると、ちょくちょく様子を見にいくしかないことがよく判った。

 それから、安兵衛さんの様子を米さんから聞き取るが、梅さんがそれをからかっている。

 この分であれば、どうやら何も無い様で安心した。

 そうこうする内に、寺子屋の終業時刻が近づき、それに合わせて義兵衛はお館へ向った。

 今回の里帰りで予定していた金程村・工房の滞在はこれで終わったのだ。


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