大丸村・円照寺にて <C2320>
円照寺では本堂に案内された。
円座に座っていると、和尚様と寮監長さんが入ってきた。
軽く挨拶をした後、和尚様から切り出してきた。
「以前こちらにいらした時、江戸を相手に練炭で商売する、とかなり大風呂敷を広げておりましたな。
江戸市中の仕出し料理で卓上焜炉を使うことが流行り始めていて、その燃料の小炭団は金程印に限るとの評判を聞いておりますぞ。ただの大風呂敷かと思っておったら、実際にそうなってきていることに大層驚きましたぞ。
ただ、焜炉の方は金程村で作ったものではなく江戸で作らせたもの、と聞いており、こちらへの実入りが無いのが残念なところですよ。まあ、金程製の焜炉も多少は作っておるということで、それなりに炭団を頂いておりますから、良しとしましょう」
「円照寺様の御印を使わせて頂くという案と同じ方法で、江戸・向島の秋葉神社様にお願いをして深川で作る焜炉に御印を頂いております。やはり江戸は大所帯なので、金程村だけでは手に負えずこのような仕儀となってしまいました。こちらの目論見に沿うことができず、大変心苦しく思っております」
まあ、世間話の感じのやりとりが続き、それが一服した時に貫衛門さんが割り込んだ。
「今日は金程村から義兵衛様が相談したいことがあるといらして、ここへお邪魔した次第です。
大飢饉が近づいておるという噂にまつわる話ですぞ。まずは、お願いすることから話してみてはいかがかな」
義兵衛は、和尚さんの顔を見ながら順番に話し始めた。
・今年の秋に500石の籾米を買い付ける予定
・受け渡しが府中宿近辺となっているため、一時置き場として円照寺の庭と蔵を借り、そこで米の受け渡しをしたい
・芦川家の蔵も借りるが、多くは円照寺の蔵を使いたい
・買い取った米は年末までに順次運び出す
・賃料については相談したい
「まだ4ヶ月以上もありますが、今から算段するとは用意周到ですね。
それで、百姓が米を買うとはいかなる事情なのか、先ほど芦川の爺が大飢饉と言っておったが、そちらが気になる」
寮監長さんが聞いてきた。
・高石神社の巫女が、4年後から始まり7年間も続く米の不作の神託を述べた
・椿井家の領主が米を蓄えるよう動き始めており、各村で長期保存するための米蔵を建て始めている
・毎年収穫する米では間に合わないため、出入りの米屋から買う算段を始めている
これで冒頭の説明にたどり着く。
「なるほど、大飢饉の神託があり、それを御殿様は信じた、ということですか。
そこまでの飢饉が迫っているとは俄かには信じられませんが、八代(将軍・吉宗)様の頃、確か享保十六年でしたか、上方が不作で米の値段が暴騰して打ち壊し騒ぎになりましたな。巫女の神託の当否を問わず、充分の備えをしておくに越したことはない、という訳ですか。しかし、米の不作となると椿井家の御領地だけでは済みますまい。少なくとも関東一円が同じく不作でありましょう。まず、そこは如何お考えですかな」
何とも答えにくい点を和尚様が聞いてきた。
「この神託は当たるという御殿様の判断は正しいと考えています。いや、大飢饉の神託を御殿様に信じさせた側で御座います。
ただ、御殿様を動かしても、御領地の金程村・細山村・万福寺村・下菅村の4ヶ村の備えができることにしかなりません。飢饉で餓えた百姓があちこち居る中、御領地だけ充分な量の米の備蓄があると知れると、借米の要請が到る所から参りましょうし、それに応えると自分達の使う米が無くなります。だからと言って全部断っていると『暴徒に襲ってくれ』という様なもので、碌な目に合わないでしょう。なにせ、7年も続くのですから。こんな時に普通に出来るとすれば、巫女の神託を伝えて回るぐらいでしょうね。
でも、こういったこともあり、御殿様は手を打っていますよ。
実は、この大飢饉の神託のことは既にお上に届け出ています。なので、もしこの神託を信じて頂けたのであれば、きっとその対策についての御触れが出るに相違ありません。きっと、この村も含め御代官様から通知があるでしょう。
もしかすると、寺社奉行様からお寺様へ何らかの指示があるやも知れませんね」
結構軽めの話にしてしまっているが、その実、裏で義兵衛は血の滲むような苦労をしている。
ここでそんな大それた話をしてもしょうがないと端折っているだけで、嘘はついていない。
安兵衛さんは不思議なものを見るような顔で覗き込んでくるが、何かを察してくれているのか、敢えて何も発言しないままだった。
「先行して椿井家の御殿様は動いているだけ、ということですか。いずれ『飢饉に備えよ』という名目で『備蓄用の蔵を建てよ』とか『米を蓄え管理せよ』という話が来るのですな。4年先からということが判っておれば、手の打ちようもありましょう。上から言われる前に出来るところから準備しておいた方がよさそうでしょう。
それで、秋口に1800俵の籾米を一旦入れて、年末までの50日位の間に順次運び出す、ということですな。
2棟で足りるかどうかですが、溢れた分を芦川家の蔵に納める、ですか。まあ、できんことはないでしょう。
それで、費用については、ちょっと即答し兼ねます。まあ、2棟で2両見当ですか。それより大きい金額にはならんでしょう。
話が具体的になったら教えてくださいよ」
2棟の蔵を2ヶ月間借用するだけで2両(20万円)かかることを覚悟しておけ、ということらしい。
以前であれば、2両=2石=米5俵と思うだけでギョッとしたに違いないが、米問屋・井筒屋さんが言う府中宿と細山村間の輸送費が18両3分(188万円)と聞いていたため、この金額が妥当と思ってしまう。
ただ、このやりとりを聞いていた兄・孝太郎は金額を聞いて驚いた顔をしている。
金程村は取れ高70石で、年貢米を20石納めるのがやっとという事情があり、この金額の大きさに魂消ているのだ。
「実際に籾米を買い入れる段になったら、改めてご相談に参りますのでよろしくお願いします」
中身はグダグダでどこまで判ってくれたのかは定かではないが、円照寺の境内・蔵を借りる約束ができたことで良しとしよう。
貫衛門さんが挨拶をして、円照寺を辞した。
寺の門を出てから貫衛門さんが尋ねた。
「大飢饉の神託をお上に届け出ている、と義兵衛さんはおっしゃいましたよな。
孝太郎さん、知っていることを包み隠さず教えてくだされ」
どうやらここでは義兵衛より兄・孝太郎のほうが信用を得ているようだ。
孝太郎は、神託を下した巫女が椿井家に確保され、今は御殿様の弟・甲三郎様と一緒に老中・田沼意次様の所に身を寄せている旨をざっと説明したのだった。
「ああ、そんな所まで行っているとは仰天です。義兵衛さん、そうならそうとはっきり言えば良かったのですよ。いずれ判る話でしょうに」
「芦川様。円照寺様のところから御公儀の中の動きが噂として広まっては問題でございましょう。巫女の神託の噂を聞いて、椿井家の御領地の動きを知ったという格好にした方が無難ではないでしょうか。芦川様の所でも今知った御公儀の動きのことは伏せておいたほうが良いと思いますよ。本当に知らねば、ここいらを治める御代官様から何か聞かれた時でも、繕わずに済みます。お上にかかわる所の詳細は、できれば御家族の中にも伏せておいた方が良いと考えます。義兵衛さんはこういった考えなのでしょう」
安兵衛さんがこう説明すると、貫衛門さんは義兵衛の態度に納得したようだ。
義兵衛の狙いを読み解いていた安兵衛さんだった。
この小説中で、練炭の委託生産させる予定の地域を現地散策してきました。千葉県白井市の郷土資料館は結構立派で付属する図書館にはその地でないと見ることができない資料が沢山あり、何点かは資料館窓口で販売していたので購入しました。1日掛かりの大仕事でしたが、収穫も多かったです。
加賀の七尾市も行きたいのですが、なかなか難しいです。
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