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八百膳での接待開始 <C2309>

 ■安永7年(1778年)6月12日(太陽暦7月6日) 憑依124日目


 加賀金沢藩の湯浅様を八百膳で接待する約束の日になった。

 昼前に曲淵様と八百膳で待ち合わせし、迎え打つ側の計5人が揃った。

 もっとも、接待側は御殿様と義兵衛の2人で、曲淵様・戸塚様・安兵衛さんは立会人のようなものだ。

 接待会場前の控えの座敷で顔を合わせていると、湯浅様が到着したと八百膳の丁稚が告げてきた。


「加賀金沢藩の湯浅様が参りました。が、聞いていた3名ではなく、5名で参られております。

 そして主客は湯浅様ではなく、御家老の横山様に代わられたとおっしゃられております」


 そこへ善四郎さんがやってきた。


「早速にこうなりましたな。膳を10脚用意したのは正解でした。

 まずは主客御一行様を別の座敷に案内しました。配膳変えが終わりましたら、椿井様は会場へお入りください。

 下座の真ん中は曲淵様で、左側に椿井様と義兵衛さん、右側に戸塚様と浜野様が座るようにお願いします。

 いや、こうした急な変更を入れて、接待側の料亭への信用具合を試す、なんて嫌がらせは実は良くあることなのですよ。思った通り過ぎて、笑いが出てきます。

 普通、右往左往するのですが、予め状況を義兵衛さんから聞いておったので、こちらも準備はできております。

 双方で最初の挨拶が終わったら、卓上焜炉に火を入れる傍ら、私からご挨拶させて頂きますので、その時間配分を留意ください。主菜が終わり近くになりましたら、板長を連れて挨拶に伺います。お酒は入り口に控えている中間の女中に都度お申しつけください」


 善四郎さんには力一杯お世話になってしまっているが、もうお任せするしかない。

 5人で接待の会場に入り座布団の後ろに座るのに合わせて、丁稚が御家老の横山様一行を案内してきた。

 別の座敷に一端は通したものの、席を暖めることもなく茶を出す間もなく案内されて来たようだった。


「いやぁ、昨日の今日で申し訳ないのぉ。八百膳での接待と湯浅から聞いて、ワシも混ぜてもらおうと思ったのよ。

 相手は椿井殿とその家臣で3人位と思っておったが、ここに追加で同席された町奉行も同様の思惑であろう。ワシと考えることは同じじゃのぉ。あはははは。

 それとも、突然押しかけたのは迷惑じゃったかの。

 おや、飛び入りのはずじゃったが、すでに膳が用意されておるではないか。なるほどのぉ」


 曲淵様や御殿様等が平伏するなか、横山様は憎らしい軽口を叩きながら着座した。

 接待される側が全員着座すると、御殿様が顔を上げて挨拶する。


「本日はお忙しい中、当家の接待を受け入れて頂き誠にありがとうございます。精一杯御持て成しさせて頂きますので、よろしくお願い致します。なお、私ごときの一介の旗本では釣り合いが取れない、ということを懇意にさせて頂いております御奉行様に相談いたしまして、私の方から同席をお願いしております。曲淵甲斐守様と私以外に同席しておりますのは、町奉行・同心の戸塚様、御奉行様御家来の浜野様、そして今回の『地の粉』の土のことを担当しております当家の細江義兵衛で御座います」


 御殿様の真向かいに、本来の接待される側の湯浅様が着座している。

 御殿様の紹介に合わせて、その場で顔を上げ改めて平伏する。

 こういった席順になることについても、善四郎さんが細かく配慮して、事前に教えてくれていたことが良く判る。

 湯浅様が改めて挨拶を返す。


「うむ、こちら側も改めて紹介させて頂こう。

 まずは、主賓として真ん中に座っておるのが江戸藩邸を預かっておる御家老の横山様である。御公儀からは官位を頂いており、大名と同格とお思いくだされ。このようにお大名の御殿様に参加頂けるというのは名誉なことであるぞ。そして次が牧五郎右衛門殿で御家老様お付の者で100石取り、江戸御算用方同輩の廣瀬左文殿で100石取り、私の横に座っておりのが同じく同輩の渡邉勘三郎殿で70石取りとなっておる。

 さて、まずは皆様座布団に上がられよ」


 戸口に一番近い義兵衛の正面は、渡邉勘三郎になっており、一応向き合う並びが格順と一致するようになっている。

 部屋の入り口で様子を窺っていた善四郎さんが入ってきた。


「八百膳の主人・善四郎と申します。このたびは、懇意にしております椿井様からの申し入れで、加賀金沢藩100万石江戸詰めの御家老様、御算用方のご接待を、と承っております。

 まだ昼時ではございますが、お酒の方も上方の上灘物が丁度入手できておりますので、これを一緒にお召し上がりになさればよいと準備致しました。肴は膳上のものとなります。

 膳上の料理ですが、味噌吸い物、口取肴、甘煮、切焼肴、刺身、野菜豆乳の焜炉仕立てで御座います。肴が終わりますと、平膳にてすまし汁・香の物と御飯を出させて頂きます。そして、〆としてまくわうり・煎茶・南蛮菓子のボウロを用意させて頂いております。

 これから皆様の膳の上にある焜炉に火を入れさせて頂きます。上の小皿にある豆乳が沸騰してきたら中の野菜をお召し上がりください」


 善四郎さんは、各自の焜炉に火を入れて回ると座敷から退出していった。

 義兵衛と安兵衛さんはお酒が入った徳利を持ち、御家老様の杯から順に注いで回った。


「それでは頂きましょうぞ」


 御家老様が杯に口を付け食事・接待が始まった。

 義兵衛や安兵衛さんは、接待される側の杯が空にならないように気配りし、絶えず注いで回る。


「料理番付で勧進元や行司を務める八百膳と懇意とは、そちはとても一介の旗本ではないのぉ」


 上機嫌な御家老様の言様いいざまに、御殿様は説明をする。


「八百膳との縁は、この膳の上にある卓上焜炉なのでございます」


 卓上焜炉の燃料が椿井家の里で作っている小炭団であることを説明し、薪炭問屋の萬屋に卓上焜炉を流行らせるよう働きかけたことを説明した。

 湯浅様は目を丸くして卓上焜炉を眺めている。


「結果として、仕出し膳料亭の座の結成・料理番付や料理比べ興業に当家がかかわることとなり、それで八百膳との縁ができました」


 旗本の内職がこことの縁になっているという風に聞こえないように、注意しながら話している。


「それで、木炭加工製品として、昨日献上させて頂いた七輪・練炭を次に流行らせようと目論んでおる次第です」


「そう言えば、20日の料理比べの興業の瓦版を今朝町中で売っておったのぉ。

 八百膳が勧進元・行司で、おお、北町奉行の曲淵殿も行司ではないか。奉行が椿井家に肩入れするのは、こういったことか。

 なるほど、突然の八百膳での接待が、しかもこのような最上の座敷を確保することができたり、人数が急に増えても対応できたりしたのは、椿井家が料理に使う燃料を押えていることが根にあったのか。

 それで、高名な八百膳を今回の接待で都合よく使ったという訳か」


 湯浅様がそう指摘すると、御殿様と義兵衛は縮み込んで平伏した。


「湯浅様、そのように御からかいになさりますな。私も椿井家の突然の繁栄を不思議に思い、この同心・戸塚を御領地の里へやって探索させました。しかし、そこにおったのは額に汗して木炭を加工する百姓と、それを真面目に支援する旗本の領主殿であったのですよ。

 500石の領地・寒村をなんとか栄えさせようと努力しておりまして、それで次に流行らせようとしている七輪を作るのに必要な土『地の粉』についていろいろ調べておるのです。御協力を願えませんでしょうか」


 曲淵様からとても有り難いフォローの説明が入った。


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