奉行所での感想戦と八百膳での接待準備 <C2307>
北町奉行所・曲淵様の私邸では、安兵衛さんに案内されて御殿様が居る座敷に向った。
「浜野安兵衛、細江義兵衛様を連れてただ今戻りました」
襖越しに声を掛け「入れ」という曲淵様の返事を聞いてから座敷に入る。
一応上座を背にして曲淵様が座り、相対して御殿様が座っているが、その距離は極めて近く親密に話している様子がうかがえる。
「義兵衛、八百膳への依頼と接待の準備は引き受けてもらえたか」
御殿様は斜め後ろに着座した義兵衛の方へ顔を向けて問い質した。
「はい、手配を済ませました。八百膳・主人の善四郎さんが申すには『困らせる意図が見え隠れしますが、そこはお任せください』という感じでした。接待の支度には慣れている料亭なので、ありがたいことに色々と便宜を図ってもらえそうです」
御殿様はあからさまに安堵した様子だった。
「うむ、八百膳であれば抜かりはあるまい。義兵衛が接待の場所に八百膳を提案した時は驚いたぞ。目算があったのであろうが、今危ない橋を渡る訳にはいかんじゃろう。前もって相談する訳にもいかんのだろうが、向後は用心せよ」
この言葉を契機に曲淵様が詳細を知りたがった。
こうなった事情の説明を義兵衛がすると「明日の昼であれば、ワシも様子を見たいがどうかな」と言い出した。
「善四郎さんは、こうなることを予想されていたのか、6名分の予約に10名分の膳を準備すると言っておりました。きっと『御奉行様も参加したい』と言うはずだ、として準備されておりました。御奉行様が参加されることに問題はないと思います。御奉行様はお供の方をお連れになりますでしょうか」
「そうさの、同心の戸塚を連れていってやろうか。あいつも椿井家の関係者であろうし、安兵衛がいい思いをするのでは悔しかろう。
それはそうと、加賀藩算用方の湯浅とはどのような人か、安兵衛、奉行所の資料でちょっと調べてこい」
安兵衛さんが座敷を出て行った後、曲淵様が説明を始めた。
「今日の御家老との面談が気になっておるのであろう。
最初に椿井家の家中で今回献上した七輪を製作・販売するという話をしたが『旗本の内職になぜ当家がかかわる』という反論になった。そこで、この素材が能登の特産である特種な土が使われており、それを上手に仕入れるための工夫をしたく調べをしていると説明した。
『具体的なところが見えない』ということなので、土は石崎村で集められ、福浦港から上方の商家に買い取られ、そこから江戸へ回送されたものを入手している、と説明した。
すると、『石崎村、福浦港はともに幕府の治める天領で、加賀金沢藩が一部共同統治・入会地となっておるに過ぎん。細かな話は幕府の代官にこそ聞くべきで、当家に御尋ねになるのはお門違いであろう』となかなか取り合わんのだ。
しかし、なんとか頼み込んで、江戸で勘定を行っている方を紹介してもらったのだ。
誠に御家老は気位の高い御人であった。
なので、紹介された方・湯浅友之助がどのような方であったのか、甚く興味が湧いたぞ」
能登は全部加賀金沢藩の支配地域と思っていたが、要所は幕府領、すなわち天領となっていたようだ。
ただ、単独では維持できず、加賀金沢藩と協力関係を結ぶ格好で村を維持・存続させているものと思われる。
すると、福浦は北前船の入る港があるから判るが、石崎村はなんで天領なのだろうか、という疑問が浮かんできた。
「御奉行様にご参加頂けるとなると、加賀藩の湯浅様も暴虐な振る舞いや歯牙にもかけぬ扱いは致しますまい。御家老の横山様は、格式・形式には厳しいお方故、配下の方も同じように振舞われるのでございましょう。
こたびの調べは、のんびりと構えることができない案件ゆえ、力押しせねばならないところもあると思っております。なので、今この義兵衛を唯の若造と舐められては、椿井家や領民が困るのです」
御殿様から大層な評価を頂き、正直困惑している。
そこへ安兵衛さんが戻ってきた。
「あまり細かなところは判りませんでしたが、湯浅友之助様は今35歳で、5年前に父・忠左衛門様より家督を譲られ、3年前より江戸屋敷で御算用方を務められております。知行は110石ですが、江戸屋敷詰めということで手当て分の加増50石があり、計160石並となっております。
一族・妻子は加賀国石川郡の金沢城下にて暮らしており、江戸へ単身で出てきております」
明日の席を石高で並べると『曲淵様(3000石)>椿井様(500石)>湯浅様(160石)』となる。
義兵衛が尋ねるにあたり、2枚の推しがあればどうにかなりそうだ。
供の2名と言っているのは、湯浅様の配下に違いない。
「おおよそのことは判ったゆえ、義兵衛は八百膳にとって返し、御奉行様と奉行所同心の2名が追加となった旨伝えて参れ。また、帰りに萬屋に寄り、越中守様からの伝言などの有無を確認してから屋敷へ戻るようにせよ」
御殿様は義兵衛に指示を出した。
義兵衛は直ちに奉行所を出て八百膳へ急いだ。
勿論、安兵衛さんも付いてくる。
「義兵衛さん、江戸屋敷留守居役になっている御家老の横山様は随分な方のように思いますが、どうでしょう。
思うに、湯浅様があのような姿勢・発言をなさるのは、御家老様の影響を受けておられるのではないでしょうか」
曲淵様から聞いた面談の様子から見ると、酷い扱いだったようだ。
「確かに、私もそのような感じを受けました。明日の接待だけでこちらからの誠意を判って頂くのは難しいでしょうね。
先方から見れば、こちらの利益のためにする調査と思うから、余計に嫌悪感があるのでしょう。そうであるなら、先方にも利がある、ということを理解できる展開が重要です。
ただ、その利を説くための材料が手元に無いので、そのための調査なのですが……。自己矛盾してますね」
そのような話をしながら八百膳に着き、また善四郎さんを呼び出して変更を伝えた。
善四郎さんは、御奉行様を巻き込んだ話になっていることに『当然だ』というように頷き、快く応じてくれた。
「やはり、思った通り大事になっておりますな。この分では、普通の昼膳という訳にはいかないでしょう。
よろしゅうございます。何があっても義兵衛さんの顔を立てるよう、しっかり準備させてもらいます」
義兵衛は何度もお礼を言い、それから屋敷へ戻っていった。
今せねばならぬことが、御殿様に報告・相談しなければならないことがまだ沢山あるのだ。
だんだん話がややこしくなってきました。大事なことは一度に来てしまうのです。
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