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グダグダな興業準備 <C2279>

 使いが出てから八百膳・善四郎さんが来るまでは、ほぼ1刻(2時間)はかかる。

 それまでの間に、日程を逆線表に沿う格好で確認をし始めた。

・6月20日:幸龍寺で第二回料理比べ

・6月17日:第二回料理比べ興業の瓦版・行司/目付け詳細内容の発行

・6月15日:八百膳で商家側行司・目付役の申し渡し式

・6月14日:商家行司・目付役の公開入札

・6月12日:第二回料理比べ興業の瓦版・対象料亭紹介/入場選別方法説明の発行

・6月10日:寺社奉行、町奉行への興業届け(武家側行司・目付の設定依頼)

・6月9日:幸龍寺で仕出し膳の座・緊急寄り合い

・6月8日:事務方事前寄り合い(緊急寄り合いの最終確認)

 今日が7日であることを考えると、全然日が足りていない。

 特に、行司や目付の設定が遅いのが気になったので聞いてみた。


「その通りです。座の緊急寄り合いをせねば、ということは判っていたのですが、その中身で決めたいことが多岐に渡ってしまい、収拾が付かないまま、気づくとこうなってしまいました。20日に興業本番とすると、緊急寄り合いで揉めるようなことが有ると終わりなのです」


 千次郎さんが項垂うなだれている。


「一番の問題は何だったのでしょうか」


「料理番付に異議を申し立てて来る料亭が、今の時点で36軒になってしまったことです。前回は3軒の異議申し立てであの騒ぎでしたから、10倍以上となるともう捌ききれないことが目に見えていました。料理番付に載せたのは48料亭ですし、前回の興業では9料亭の仕出し膳を審査しましたので、考え合わせると、番付に載せた全部の料亭が、料理比べに出たいと申し出たようなものです。しかし、この中から公平に選別することができないまま、緊急寄り合いでどう説明すれば良いか……」


 八百膳さんたちが吟味して作成した48料亭の番付に、それほど不備があったとは思えない。

 料亭にしてみれば、たかだか10膳の料理、しかも料理代が出ての膳を提供するだけで、江戸市中に名前が知れ渡り、上手く運んで順位が上になれば大評判となって商売繁盛する仕掛けなのだ。

 前回同様の流れであれば、興業に参加の名乗りを上げない料亭のほうが、よほど自信がないのか、と思えてしまう仕組みなのだ。

 こういった内幕を48料亭は目の当たりにすると、こうならない訳がなかった。


「しかも、仕出し膳の座に加わりたいという料亭が、前回の興業が終わった時点で80軒増え、計120料亭だったのですが、これがどんどん増えていて、昨日集計したら更に60軒増え、計180軒まで増えておるのです。

 たかだか50軒程度だった時の座設立の集会でも意見が相次いだのですから、これが130軒も増えて開催するとなると、一体どんなことが起こるか。

 番付が出てない料亭が、料理比べに参加できないことに意見し始めるとどうにもならない状況しか見えてきません」


 千次郎さんが随分と弱気になっている。

 こんな様子の千次郎さんを見てしまうと、お婆様は秋口に向けての活動に発破をかけられないのだろう。

 そうすると、練炭生産の委託先検討なんかは一向に進んでいないことは見て取れる。


「千次郎さん。一番重要なのは、20日開催の第二回料理比べ興業を中止しないことです。これに関わらない案件は、次回送りにしても良いのではないでしょうか。第三回の興業を7月ではなく、閏7月にして1ヶ月の時間を取り、やり方については、この期間で集中的に手直しすることを考えても良いのではないでしょうか」


 義兵衛が出席した次回方針決めとして行われた5月22日の最初の寄り合いから、日数で言うと13日もあったのに、何も準備が進んでいないように見える。

 確かに、この興業は何もかも新しいことだらけなのだから、船頭が多いと話が発散してしまうのだろう。

 最初の興業が大成功と目されてから、何かと要望だけぶつけて旨い汁だけ吸おうという輩が増えてくるのは見えていたことだ。

 それだけに、チャッチャと敷居を高くして方針を揃え、取り入れるもの、排除するもの、先送りするものをきちんと峻別する必要があったのだ。

 千次郎さんが大慌てで八百膳さんを呼びに行ったのも無理はなかった。

 果たして、八百膳・善四郎さんは息を切らせて転がりこんできた。


「非常に困った状態になっていることが判りました。ここはしおれていないで、打てる手を考えましょう。

 まず、9日の緊急寄り合いですが、説明し意見を頂く相手は第二回料理比べ興業にかかわる料亭だけに絞りましょう。

 寄り合いの冒頭で『料理番付48料亭の扱いについての話し合い』と宣言し、後から座に加わった130軒の料亭の方は、状況を把握してもらうために、今回は48料亭と事務方の議論を聞くだけにして欲しいとお願いするのです」


 千次郎さんは力なく頷いたが、善四郎さんは聞いてきた。


「しかし、それでは130軒の料亭は、第二回から参加できると思って集まっているのに、非難されはしないだろうか」


「内心、皆そう思うでしょう。しかし、そこは非難を甘んじて受けるしかないと思います。

 そしてそうせざるを得ない理由は、そうですね『皆さんが大成功と思われている初回の料理比べは、勧進元の八百膳さんや大関・小結など行司をされた料亭からの持ち出し支援が多く、興業収支という観点で見ると大赤字だった』とその実態を喧伝すれば良いのです。それで『これを拡大する意見を伺うと、新規に参加された方にも借金の片棒を背負ってもらうことになるので、今回は興業収支で赤字を出さない方法を、まず最初の料理番付を出した48料亭で確かめたいのだ』と言ってみては如何でしょうか。

 要は、口を出すなら相応の金を取る、という原則をまず判らせるのです。そして、説得する対象を絞りましょう」


 善四郎さんは、あからさまにほっとした顔をした。

 事務方の寄り合いでは意見が百出し、何も決められずにいたのだろう。

 ここは多少強引でも、こうすべき、という意見が欲しかったに違いない。


「それで、対象となる48料亭ですが、番付に異議を唱えている36軒の料亭に個別に何か打診していますか」


「後から申請してきた10軒の料亭には、もう一杯なので今回の興業には乗ることができない旨の説明はしています。しかし、最初に言ってきた20軒には何も説明できていないのです」


 千次郎さんの返答に、義兵衛は力強く返事した。


「それでは、今回の料理比べで審査する料亭にはいくつかの条件をつけて、本番で料理を出すのを4軒~6軒に絞るようにしましょう。

 そのためには、36軒の料亭全部に聞き取り調査を今から始め、その聞き取り結果を持ち寄って、座として有益な取り組みを決めるのです」


 善四郎さんは聞いてきた。


「4~6軒の料亭に絞るということは、残り30軒の料亭が不満を述べることになり、紛糾するだけと思うのだがどうかな。事務方の皆も納得できなければ、先へ進めることはできませんぞ。

 それに、聞き取りをする内容とは、どのようなことですか。それとも、その内容を知ると、不満ではなくなるということなのですか」


 やはり、事務方の寄り合いでは、全員一致するまで話し合うことにしたため、身動きが取れなくなっていたようだ。


「皆、最初の興業が大成功と思い込んでいて、2回目はその栄誉を受けたいがために、自分の意見こそ大事とこだわって事務方の寄り合いが紛糾しているのではないのでしょうか。

 私からの提案は、金銭的な収支の観点で、第一回の興業は失敗。その責任所在を明らかにした上で、根本的な対策を取らねばならない、と明日の事務方の寄り合いで宣言することです。異論が出れば、興業が金銭的に失敗しない案があるのか、という基準でふるいにかければ良いのです」


「義兵衛さん、それはあまりにも大胆な言い様ですよ。責任問題になりますよ」


 黙っていられなくなったのか、安兵衛さんが口を挟んだ。


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