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焜炉供養の企画提案 <C2276>

 秋葉神社で経理を見ている満願寺の原井喜六郎さんは、義兵衛の語った「卓上焜炉の供養」という企画に仰天すると同時に、この企画の成功を確信したようだ。

 この国には「○○供養」という名目の祭りがなんと多いことか。

 例えば、針供養、筆供養、人形供養などなど、拾い上げたらキリが無い位ある。

 役に立ったものには魂が宿って居るが故に、ゴミとして捨てることはできず、その物に感謝を示し、なんらかの弔意を伴う儀式を通して、物を神仏に返すといったことが、この供養という風習を生んでいるのだ。

 いずれも供養=その物にお礼の気持ちを示し弔う儀式ということで良い。

 そして、単に弔うだけでなく、そこから運針や習字の上達を願ったりと、何等かの形で現世での願いを受け止める儀式に転じたりしている。

 では、卓上焜炉ではどうだろう。

 卓上焜炉も単に破損したからガレキとして捨てる、という形での始末は、何とも扱いし難いに違いない。

 ましてや、神社の御印があるものを、一部が欠けた位でポイと捨てる者は皆無に違いない。

 まだ数は多くないが、こういった処分待ちの焜炉はこれから増えてくるのだ。

 焜炉供養と称した安全な処分は、今まさに必要とされているのだ。

 そして、焜炉供養に訪れる料亭・板さんの願いは腕前の向上であり、まさしくこの恩恵をお祓いで叶えることができる。

 最近出回り始めたものだけに、まだどこの神社も手掛けていないため、今ならやり放題なのだ。


「確かに、大成功間違いなさそうな話じゃないですか。ワシの言った通りでしょうが。

 義兵衛さんは、確かに凄くいいことを教えてくれましたぜ。

 ならば、七輪へのポン押しでの寄進はこれから1個10文で、ようございますね。そこの10両は1000個じゃあなく、4000個分のポン代金、いや御寄進になるということで、良いですな」


 辰二郎さんの助言に、まだ興奮している喜六郎さんは続く声が出てこないようで、頷くばかりなのだ。

 きっと頭の中では、供養をどう段取るかで一杯になってしまっているに違いない。

 しばらくすると、こちらの世界に戻ってきた。


「ああ、確かに凄い。こんなことは思いつきもしなかった。今手放した30文を後で貰うのですな。

 いいでしょう。たった今契約の中身を変え、これからは椿井家から依頼される七輪の寄進は1個10文でようございます。七輪もそのうち供養致しましょう。

 それから、ここで売る卓上焜炉をあと800個追加で作ってください」


 喜六郎さんが辰二郎さんに追加生産のお願いをしている。

 どうやら、ここで売る方法の目途が立ったのだろう。

 今、深川製の焜炉は1万個市中に出ているのは、寄進額からはっきりわかっており、耐久性から寿命があることも知ったに違いない。

 そして、義兵衛の口から、耐用回数は500回という話を聞き、捌ける見当を付けたのだろう。


「それから、お願いがあります。供養のために持ち込まれた卓上焜炉は、多分お祓いすると思いますが、それ以上壊さないようにして、辰二郎さんの所へ引き取ってもらってください。

 あと、さっき言った焜炉を持ち込んだ人には10文安く売るという方法は、例えての話なので、その通りにする必要はありません。供養のためのお祓いについても、いろいろな考えがあるでしょう。

 最安値の供養は1個4文でまとめてのお祓い。普通版は10文取って護符を下げ渡し、護符を見せると新しい焜炉を10文安く買える。最上級は、200文取って個別供養し新しい焜炉をお土産に持たせる。

 そんな考えもできましょう。そうすると、一律同じ卓上焜炉ではなく、違う火伏の御印があったり、料理の腕前向上を祈念した護符印をポンした焜炉なんていうのも考えられます。何を願って焜炉供養に人が来るのか、来させるのか、ということを突き詰めて考えれば人相手の商売はいろいろ出来るのですよ」


 義兵衛は喜六郎さんにそう説明した。

 喜六郎さんは、口をあんぐりと開けて聞き入っている。

 横にいる安兵衛さんは、更に不思議そうな顔で義兵衛に見入っている。


「ほれほれ、義兵衛さんの凄さがだんだん判ってきただろう。若造に見えているが、なかなかのやり手だろう。こいつに説教してたなんて噴飯物だぁ。いろいろ話を聞いてみな。凄いことを聞けるぜ。

 ところで義兵衛さん。なんで壊れた焜炉をうちで引き取るのかね」


 やはりそこを聞きたいですか。


「はい。理由は2つあります。

 まず、壊れた焜炉を調べて、もっと長持ちできるものができないか、必要以上に強化されている場所はないか、壊れ方に偏り、つまり製造欠陥がないかを調べるためです。焜炉の裏に追跡できる情報を刻んでいるでしょう。これを手掛かりにするのです。

 工房では、試作段階での失敗品を集めて調べ、製造方法を改良しているじゃないですか。製品出荷以降のことを知らん振りするのではなく、壊れるまで使い切ったものをきちんと押さえて設計や製造に生かせば、他所では真似できない程良い物が作れるようになります。

 そして、2点の理由は、壊れた焜炉を素人が修理・再生して危ない製品が世に出回るのを避けるためです。

 この供養を秋葉神社で始めると、壊れた焜炉はここへ集まることになります。そうすると、壊れていない部品を組み合わせて新品に似せた焜炉が作れてしまう可能性が高くなるのです。神社で間違いなく処分して頂ければよいのですが、壊れた焜炉がうず高く積まれた状態での処分は場所を取るだけで見向きもされないでしょう。再生品が世の中に出回ると、それが火事の原因となる可能性もあると考えます。それを防止する、という意味もあるのですよ」


 それを聞いて辰二郎さんは考え込んだ。


「その通りだなあ。ただ物をきちんと作って売れば御終いと思っていたが、買った人が使い終わって捨てるまでの責任ということは思いもよらない話じゃねえか。捨てられたものを拾って歩くということをせずに、一カ所に捨てるような仕組みを作っておいてまとめて回収という訳か。なんか、なんとも上手いように回している話じゃねえか。こりゃ、七輪も同じことを考えているのだろう」


 やはり見えてきましたか。

 辰二郎さんとは話をしていても気持ちがいいし、技術論をしていてもウマが合う。

 だんだん、義兵衛の物の見え方が判ってきたようだ。


「実はその通りです。喜六郎さんが先ほどおっしゃっていましたが、秋葉神社様の印を頂いた七輪も寿命がありますので、ここで供養してもらうことを考えているのです。

 今、江戸市中の料亭で使われている卓上焜炉は、おおよそ1万2千個位と推定しています。最大需要は多分2万個位でしょう。それに比べ、最終的に七輪は1桁違う10万個を今年の内に売るつもりですから、供養という破損品を回収する道筋をつけておくのは有効と考えています。ひょっとすると、破損品の土が再利用できる可能性だってあるのですよ」


 喜六郎さんは、この話を聞いて茫然としていたが、やっと口を開いた。


「ええと、突っ込み所が多くて、どう言えば……。年内に売る七輪が10万個とすると、1個10文としても250両(2500万円)。これを年末までに売るということは、総額で250両の御寄進が椿井家からある、ということですな。

 40文のままだと、1000両(1億円)だったと……。それで、辰二郎さんに頼んで寄進料の値下げ交渉されていた、こういう訳だったのですな。やっと義兵衛さんの所の事情が飲み込めました。

 あと『卓上焜炉を求める人の願いに沿うものにした方が良い』という提案も、しかと受け取りました。誠にありがとうございます。これは、また、大層勉強をさせて貰いました。ありがとうございます」


 喜六郎さんは、その場に置かれていた10両を拾いあげると社務所の奥へ一度引込み、銀を沢山(2.7kgほど丁銀や豆板銀を積み上げてある)三方に乗せて持ってきた。


「辰二郎さん、卓上焜炉の代金12両分・銀700匁とのことでしたので、この通りお払いします。義兵衛さん、今日はとても良い話を沢山聞くことができ、本当に有意義でした。丁度お持ち頂いた判子のお祓いも終わったようでございます。お持ちしますのでお受け取りください」


 来た時とは全く違う対応で義兵衛さん一行は秋葉神社から送り出されたのだった。


『これは一体、義兵衛さんの頭の中はどうなっているのだろうか』


 秋葉神社からの帰り道、安兵衛さんの頭の中ではこの疑問がぐるぐる回っていた。


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