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珪藻土の代金 <C2264>

 深川の辰二郎さんの工房では、七輪作りで盛況となっていた。


「明日出す予定の1000個はもうすっかり出来上がっておりますよ。それから、7日に出す分も、もう半分の500個は出来上がっております。どうやら職人達が、寸法に厳しいところをどう造るか、のコツを飲み込めてきたようで、不具合の割合が想定より下回ってきました。

 最初の1000個を作るにあたって150個を1組として10組作らせるという話は前にしておりますが、これは不具合が500個位は出るというつもりでした。だいたい一日2~3組、300個~450個仕込んで、今不合格になるのが50個位です。想定の半分といったところですな」


 直行率で60~70%という想定が80~85%という水準であれば、初期の立ち上げとしては申し分ないだろう。

 最初は丁寧に話してくれていたが、技術的な話が佳境になると、だんだん辰二郎さんの地の喋り方が出てくる。

 相手がお侍と意識した時は丁寧になるが、直ぐ元へ戻ってしまうのだ。


「それで、この七輪を作るときに一番必要なのが土でさぁ。奥能登の『地の粉』を江戸中からかき集めて、1~2割は不合格になると見込んで、6月に作る1万個分を確保しやしたぜ。7月以降は船便で送ってくるのを待つ段取りにしていまさぁ。

 今回の1000個は、土の分として1個100文頂戴しておりやす。それで、言いにくいことですが、残りの9000個の土の代金が買い付ける都合で現金で必要なんですよ。

 不合格の割合が減ったので確保する土の量も若干減りやしたが、それでも1個大体90文弱という見積なんで、200両先渡しして貰いたいのでさぁ。いや何も直ぐという訳ではありませんぜ。船便で運んでくる分の話を掛け合う時には清算しておきたいんで、まあ数日の内ということで良いのだけど、どうでしょうかね。

 ところで、義兵衛さんの後ろに居られるお武家様はどちらの方でございましょう」


 やはり、気になるのか。


「北町奉行家臣の浜野安兵衛と申す。細江殿の護衛を仰せつかっておる」


 安兵衛さんがさらりと答えた中に、町奉行が引っ張り出されていると、それ以上の突っ込みは無かった。

 それよりも、今は代金支払いの話だ。

 江戸屋敷から今更持ち出すのは厳しいので、今回は萬屋さんの2階にまだ残しておいていた分を使うしかないようだ。

 これなら、千次郎さんと忠吉さんに断れば、義兵衛の裁量で簡単に持ち出すことができる。

 義兵衛は売掛金を全部お屋敷へ運び込まずに済んでいた幸運に感謝した。


「それは判りました。今度来る時に必ず持ってきます。その時には次の1000個分の費用も持ってきますよ。

 それから、明日の分は屋敷に納めてもらいます。家臣長屋の一部を倉庫に改造したので、そこへ入れてもらいます。

 それで、その次の分、7日に納める分は日本橋の萬屋さんの蔵に、それ以降は椿井家の屋敷と萬屋さんの蔵としばらく交互に納めてください。萬屋さんへは全部で1万個卸すことになっているので、7月一杯この交互に納めるのを繰り返すことになります」


「おう、じゃあそうさせてもらいましょう。実は、お屋敷まで運ぶより、萬屋へ運ぶ方が手間がかかんねえ。こっちとしては助かるので、とてもありがたい。

 それで、次の1000個分だが、土の代金は出してもらえるので、それを除いて1個200文という所かな。失敗が少なくなっているので、その分前回より1個あたり20文程度安くできる」


「それは有り難いです。それでは、50両を加えた250両(=2500万円相当)持ってきますよ。それから秋葉神社様にも10両追加で納めに行く必要がありますね」


 全部で260両なら、なんとか残っていそうだ。

 しかし、こともなげに『250両+10両という金額を持っていく』と言及した義兵衛に、背後の安兵衛さんが息を呑んだのが伝わってきた。

 確かに、まだ若い義兵衛が普通では見られないような大金を右から左に扱う話をしているのだ。

 そんな様子を尻目に辰二郎さんは話をしてくる。


「その秋葉神社様から『話は付いているから卓上焜炉を作ってくれ』との依頼があって、とりあえず400個という注文を受けたよ。

 値段は交渉して、というか、吹っ掛けたのだが1個120文で決着したので、これが全部で12両になる。なので、その費用で神社に納める寄進分を相殺するという話にすることを、考えてやっても良いぞ。七輪を作るのはともかく面白いし、金払いが良いので、実は結構儲かっている。50両という金額を直ぐに貰えるということなら、そうしてもいい」


 有難い申し出だが、かえってややこしいことになるかも知れない。


「誠にありがたいのですが、秋葉様には別の儲け話を持っていって値下げさせるつもりでおります。なので、気持ちだけ頂きます。

 それで、次回こちらに来る時には現金250両を揃えてお渡しできるのですが、さすがに秋口までは売るものがないので、7月からは掛けとしてもらって、年末に決済という形にしたいと思います。その条件を飲んで頂きたいのですが、よろしいでしょうか」


 この江戸時代にあって、辰二郎さんの工房とのやりとりで、今まで現金が回っていたというのが珍しいことなのだ。

 義兵衛の申し出に、辰二郎さんは困惑しているのが見て取れる。


「これは少し厳しいですな。工房の運営はともかく、問題なのは土の代金ですぞ。6月分は頂いた200両で決済できますが、7月以降に確保する土の代金は、今の相場のままとしても、9月までに800両(=8000万円)は要りましょう。せめて半分の400両は御用意頂けないと困ったことになりますな。

 6月末には7月に使う土が船便で来ますし、年末まで結構な量が必要なことを説明し、前倒しして運んでもらう段取りをつけて居るのですよ。船便が全部無事に着くとは限りませんのでな。なので、せめて6月末の所、7月の分は手付けとして現金を出しておかねば、その後の交渉が難しいと思いますぞ。

 ただ、船便が予定通りについたとすれば、それなりの量が揃うことになるので、多少の値下がりは見込めますがな」


 確かに、船が確実に着くとは限らないので、分散して運ぶことになるのだろう。

 全部が無事に到着すれば7月に使う分以上の土が江戸に陸揚げされることは間違いなさそうで、そうなると買い叩くことも出来ると踏んでいるようだ。

 その逆もあり得るのが恐いところだ。

 実は、大阪・江戸を行き来する船便は結構ある。

 ただ、米を運搬することが減る夏場ではあるが、酒・味噌・醤油といった消費材は毎日結構な量を運び入れる必要があるのだ。

 そして、江戸行きの船は常に満載で帰りは空船なのだ。

 逆であれば重し代わりに安く積めるが、わざわざ土を載せてくれる船はそう多くないのだろう。

 利益の薄い土を積む船は数隻程度に違いない。


「おっしゃることは判りました。年内に必要な土を確保するためには、6月末にもう200両は都合つける必要があるのですね。

 そして、その後も9月までに更に200両ですか。併せて400両を土の代金として用意しなければならないのですね。

 ところで、そうすると工房に払うお金はどうなりますか」


「そこは、こっちでなんとかしてやろう。次回50両頂ければ、それから後の年内は掛けで良い。秋口から想定通り売れれば、年末清算ということで凌げるのだろう。

 なぁに、その代わり秋葉神社様からは多少値切られても掛けでなく現金で回収すればよいのさ。12両の内、2両はあきらめて、義兵衛さんが納めた10両の現金をそのまま巻き上げればいいのだ。義兵衛さんが寄進しにいく時に、一緒に納品する格好で同席すれば早かろう」


 本当にありがたいことだが、400両(=4000万円)という大金を秋口までに準備せねばならないこととなった。

 お金を借りる当てがあるとすれば萬屋さんしかないが、いつ・どう切り出すのかが結構難しい。

 浮き浮き気分で深川に来たが、思わぬ難問を抱えてしまったのだった。


政治からみのところで執筆速度が大きく鈍っており、隔日の投稿が難しくなってしまいました。

次回は3月4日0時(3日深夜24時)に更新としたくよろしくお願いします。

(土日で取り返して、月・水・金の0時更新とすることを目論んでます)

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