秋葉神社での寄進金額交渉の開始 <C2235>
2019年正月でございます。本年もよろしくお願いします。
秋葉神社での交渉相手は前回対応した神主ではなく、別当満願寺から送りこまれている経理担当者です。新キャラの登場ですがあ、性格はまだFixしておりません。
深川から向島・秋葉神社までは結構近い。
小名木川・堅川を越え、本所に入り大横川という当時の水上交通の要所である堀川を渡れば亀戸で、後はそのまま北上するのだ。
そして、秋葉神社のすぐそばに、最早馴染みの料亭となった大関格の武蔵屋があるのだ。
秋葉神社は火伏せの神様ということでそこそこ繁盛しているとは言え、檀家衆をかかえ安定した運営をする満願寺が財政面での面倒を見ているのは致し方がない。
そこで、まずは満願寺の住職に案内を請い、そこから秋葉神社の神主さん、神社の経理責任者に面談を求めたのだった。
「萬屋で卓上焜炉・小炭団のことでいろいろとご厄介になっております細江義兵衛と申します。
今回、突然お邪魔させて頂きましたが、焜炉に付けた火伏せの押印について、いろいろとお話できればと思っております」
神主様は、以前卓上焜炉の押印で交渉した方であり、この件では義兵衛が仕切っていることを知っているので話が早い。
そう思っていたら、神主さんではなく、その横に座った経理責任者が口火を切った。
「実はその件で、こちらもご相談があったのです。これは丁度良い具合でした。私、原井喜六郎と申し、満願寺から派遣され、秋葉神社の経理を見ております。
実は萬屋さんの所で販売している卓上焜炉を当秋葉神社・満願寺でも売り出したいと考えておるのですよ。浅草の幸龍寺で行われた料理比べの興行でも随分評判になっておるようで、当神社の御印がついた焜炉が、当の秋葉神社で手に入らないのも如何と思いましてな。
そこで、心当たりの工房をあたった所、丁度萬屋さんが生産委託をされておる工房に当たりまして、この話をすると『作ることはできるが、萬屋さんに仁義を通しておいて欲しい』と言われるのです」
その後に喜六郎さんが語ったのは、あらかた辰二郎さんと聞いた話と同じだったが、そこでは寄進料減額の話は伏せられたままだった。
「卓上焜炉を売り出すにあたっては、仕出し膳料亭の座で事前に審査して頂く必要があるのですが、ご存じですか」
どうやらこの辺の事情は知らなかったようで、義兵衛は卓上焜炉の使用許諾制度のことを説明した。
「これはまた厄介な。料亭や火消し組、更には町奉行所まで巻き込んで参入障壁をこさえておるのですか。このような事情が分かっているから、誰も焜炉作りに手を出さないのですな」
「いえ、火の用心ということではこれ位慎重にしておかないと、折角の卓上焜炉がお上から一切禁止となってしまう、とさえ思っているのですよ。火事は恐いですからね。
それで、もし深川の辰二郎さんの所で製造委託されるのであれば、同じ型ですので審査は難なく通るように私には思えます。ただ、審査には萬屋さんなどの関係者が加わりますので、そこではどのように思われるのかは判りませんよ。
萬屋さんがこちらへ寄進を申し出て火伏の御印を頂いた時の事情は御存じですよね。大名や大奥などに比べればささやかかも知れませんが、一介の商家としては少なからぬ額の寄進を行っておるのですよ」
義兵衛は一生懸命に相手が言い出さない寄進額をなんとかして貰いたい旨を匂わす。
「うむ、審査についての申し合わせがあって、そういう仕組みとなっていてはどうしようもありませんな。萬屋さんからは焜炉製造で秋葉権現の御印によるご利益について1回毎に30文を寄進して頂くことになっておりますが、こちらを下げて萬屋さんの売り上げ時の利益を増やす、ということでご承知願えませんでしょうか。そうすれば、秋葉神社が自ら卓上焜炉を売り出すことで、買われなくなる萬屋さんの焜炉分、つまり失われる利益を補完できると思いますよ。
あと、考慮頂きたいのは、他の薪炭問屋や焼き物業者から『秋葉権現様の火伏せのご利益が欲しい』との申し入れがあった折、当神社は萬屋さんに義理立てし、萬屋さんよりかなり高額な寄進を条件とすることで製造・押印を断念させていることもご承知ですよね。こういった点も加味してください」
「ああ、その通りで御座いましたね。それで、萬屋からの寄進ですが、如何程まで下げさせて頂けるのでしょうか。
実は、卓上焜炉以外に七輪という新しい製品を作っているのですが、こちらについても秋葉権現様の御利益を頂戴したく、卓上焜炉の30文を参考として、新たに1個あたり40文と焜炉より10文増やした金額を寄進させて頂きたいと考えていたのです。今般了解が頂けたら、まずは1000個を作ってもらうことを深川・辰二郎さんの工房にお願いする予定でして、事前の寄進として金10両(=100万円相当)を持参してきております」
本音をさらけ出すように言うが、実は最終的な想定価格50文から10文を引いての申し出なのだ。
そして、この10文がバッファで、交渉の余地になるのだ。
この線で上手く交渉妥結できれば1000個の生産で2両2分の差が出る。
更に、七輪の許諾にかかわる新しい寄進の現金10両を見せることで、焜炉の寄進削減の想定金額を引き出そうとも考えた。
義兵衛は懐の中の財布から10両を取り出し、三角に折った半紙に小判の端を包んで喜六郎さんの前に差し出す。
しかし、喜六郎さんは流石に神主さんとは違い、直ぐに手を出さない。
「これは如何したものでしょうか。まずは、七輪のことより卓上焜炉の寄進金額をどうするか、ですよね。
では、こちらも本音でギリギリの所をお話します。秋葉神社で卓上焜炉を扱えるようにして頂ければ、萬屋さんからの寄進は1個について10文と3分の1にしても良いです。こちらで売り出すことで萬屋さんが被る被害を、増えた手取り1個20文で補えると考えていますが、この条件でいかがでしょうか」
「迷うことなく本音の金額を説明して頂きありがとうございます。正式には萬屋の主人・千次郎さんに了解を得ねばなりませんが、おそらくそれで問題ないと考えます。それから、七輪の寄進の件はいかがでしょうか」
「七輪という名前は初耳です。どのようなものか判らないと判断のしようもありません」
そこで義兵衛は持ってきた風呂敷を解き、中にある木枠付き七輪を喜六郎さんの前に押し出した。
「これが深川で試しに作ってもらった七輪です。中に練炭という木炭を加工した製品を入れ、それに火を着けます。七輪の縁近くまで入った練炭はゆっくり燃え、おおよそ4刻の間燃え、燃え尽きるまで一定の熱を上面から吹き上げます。
火鉢と似たものですが、長時間一定の熱を発する道具として売れると思っています」
これはまず神主さんが手に取って仔細に眺め、木枠の内側に納められた七輪の側面に卓上焜炉同様の『火伏・秋葉大権現』の刻印があることを見つけると、喜六郎さんに示した。
「これは、試作品ですが、こちらでの了解が取れて刻印するとこのように見えるということで、参考のため勝手に入れさせてもらっております。売り出しの時の形に近いほうが良く判ると思ってこうしました。
それで、七輪はその内側に練炭という木炭加工品を入れて火をつけ、暖を採る道具なのです。火鉢と同じようなものですが、七輪の形状に合わせた専用の練炭を使う所が違っています。今の季節では有難味がちっとも判りませんが、秋以降は役に立つと思っています。七輪と練炭の関係は、卓上焜炉と小炭団の関係と同じですね。ただ、小炭団より大きい固まりを使うので、最大で4刻程も火がついたままになります。この秋口からの売り出しを考えているので、今から準備を始めないと間に合わないので、このように走りまわっているのです。
懸念事項は、こちらが思っただけの数量が売れるかどうかで、もし想定通り売れなければ大損ということで、いかに安く作るかで知恵を絞っている所なのです。ご寄進額についても、いろいろ考えましたが、焜炉の寄進額に10文上乗せした40文とするのがやっとで、この寄進額で手を打って頂ければ嬉しいのですがどうでしょうか」
義兵衛はここが勝負所と考えるが、まだ手札を残したまま話を進める。
喜六郎さんは義兵衛の説明を聞きながら、木枠から七輪だけ取り出して仔細に確かめている。
「おや、卓上焜炉にあった『日本橋萬屋謹製』は刻印されておりませんが、これはどういったことでしょう」
喜六郎さんは七輪に隠された細かい仕掛けに気づいたようだ。
どんなにかかっても2018年のうちに決着をつけるつもりで執筆開始しましたが、連日投稿が隔日投稿に変わった時点で2018年内完了を諦めました。今年・2019年は、隔日投稿を守り、決してエタることなくこの小説をエピローグまでつなげたいと考えます。ご支援(ブクマ・評価、感想、勝手にランキング)をよろしくお願いします。
次話は、飽きもせず、秋葉神社での交渉の続きとなります。




