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次回興行のための寄り合い開始 <C2229>

北町奉行所で報告した翌日、里に帰る前に片付けなければならないことが山積みになっているのです。

■安永7年(1778年)5月22日(太陽暦6月16日)


 昨日たっぷりと冷や汗をかいた割には、義兵衛は爽快な朝を迎え目覚めた。

 今日は、料理比べ興業の瓦版が売り出される日でもあり、午後からはその反応を見ての反省会・次回興行に向けての寄り合いが八百膳で行われることとなっている。

 朝食後に甲三郎様から呼び出しがあり、今後の予定について知らされた。

 甲三郎様は、明後日24日には里へ戻り30日に富美を連れて江戸屋敷へ来ることになっている。

 ただ、その折に里の館で飼っている御殿様の乗馬とその世話をする者を連れてくることとなっていた。

 そして、甲三郎様は小声でこう付け加えた。


「場合によって巫女は曲淵様の所へ留めねばならぬ可能性もあるゆえ、竹森様が義兵衛の中にいることだけは秘すことを叩き込んでおくつもりである。先に戻るのは、そういった仕込みもあるからじゃ。

 義兵衛は、明日御殿様に供する御膳の準備もあろう。また、料理比べ興業のことで八百膳や萬屋との話もあろう。また、秋口の七輪製造の仕込みなど、立て込んでおろう。家のことはそちの働きにかかっておることは皆承知じゃ。報告さえ欠かさなければ、何をするのも大方許されよう程に、若や御義姉上おあねうえの我儘に振り回されることなくはげめよ。

 それから26日までにできるだけ用は片付けておくことじゃ。江戸にもどったら、翌日直ぐに巫女同伴で曲淵様のところじゃ。あの御様子では、今度は帰れぬことも覚悟して会わねばならぬと思って準備を怠らぬよう心して置け」


 甲三郎様は怖いことを言うが、実際昨日も屋敷へ帰れないと思った瞬間を何度も感じたのだ、と聞いた。

 曲淵様が当番月で時間・動きが取れないことが幸いしたに違いない、後で思ったそうだ。

 その通りだとすると次回は危ない。

 里へ戻るまでの間に懸念事項を片付けておかねばならないが、それには全く時間が足りない。

 そこでまずは、日本橋・具足町の萬屋へ向かった。

 店に入ると、大番頭の忠吉さんが出迎えてくれたが、千次郎さんと加登屋さんは午後からの寄り合いであるにもかかわらず早朝から八百膳へ向かっていると言う。


「義兵衛様。日本橋筋で朝から売り出されている瓦版は大評判ですぞ。この近辺では売り子の声がしたかと思うと、店を放り出して瓦版を買い求める丁稚が飛び出していったりするのですよ。持って帰って、店主と読み漁るのでしょうな。

 こういった大きな興業を仕切れたということで、萬屋にはえらい箔が付きましたよ。ご近所の商家にも大きな顔ができる、というもんでさぁ。どれもこれも、義兵衛様がもたらした変革でございますよ」


 忠吉が興業の成功を誇りに思うのは当然だが、そのために義兵衛始め直接関係する者がどれだけ苦心したのかを思うと、このノホホンとした口調は多少堪こたえる。

 まあ、千次郎さんが不在がちな中、忠吉さんも萬屋を守るためにそれなりに頑張っていたのだから、そのあたりを勘案すればそれで良しという気に成るしかないだろう。

 それではと軽い挨拶をして、義兵衛は二人の後を追って八百膳へ急ぎ向かった。

 もう何度も往復している道なので、勝手に足が運ばれていくようで、半刻もかからず八百膳に到着することが出来た。

 八百膳では訳知り顔で裏口から入るが、もう顔パス状態で丁稚から挨拶を受けながら作戦室然となっている奥座敷へ入った。


「今回は早いお着きでございますな。昨日は不在で、今日はてっきり昼過ぎに来られると思っておりましたぞ。いずれにせよ、義兵衛様が最後に登場ということには代わりませんがなぁ」


 善四郎さんは昨日欠席したことを咎めるような口ぶりだが、千次郎さんがそれを諌めた。

 集まっている面々を見ると、売り出しで忙しいはずの瓦版の版元さんが居り、また幸龍寺で興業を担当していたお坊様は当然として、北町奉行所同心の戸塚様がいる。

 そして、更に興行で目付役として参加されていた寺社奉行・太田備後守様の家臣・佐柄木さえき様が当然といった顔で座っていたのだ。

 義兵衛が驚いた顔で佐柄木様を見ていると、戸塚様が事情を説明し始めた。


「神社仏閣での興業について許認可を行うのは寺社奉行の管轄とのことである。ましてや、町奉行より上位格の寺社奉行を、この興行の部外者として扱うのは如何なものか、という意見があり今回の打ち合わせに出て頂いた次第じゃ」


 被せるように、佐柄木様が言う。


「今回の寄り合いは、次の興行をどうするか、についての話と幸龍寺の者から聞き、御奉行様に相談した結果、急遽出させてもらうこととなった。今後も、興行に関する寄り合いには顔を出させてもらうので、忘れずに声掛けしてもらいたい。事前の寄り合いに、寺社奉行配下の者が出ていない興行について、実施を認めないこともあると認識しておいてもらいたい」


 これはまた高圧的な態度なのだが、いろいろな大人の事情、というのが絡んでいる可能性が高い。


「佐柄木様、興業の勧進元は八百膳主人・善四郎ですし、実際の進行は、場所に関しては幸龍寺のお坊様、仕切りは萬屋主人・千次郎となっており、すでに合意が取られているようですので私が意見を申し立てることではございません。

 ただ、料理比べ興業の武家側行司役・目付役をどのような割振・割付をするかは、町奉行様に任せるという方向で決着がついておりますことは御承知かと存知ますが、いかがでしょうか」


 義兵衛は来るなりではあるが、一番核心だと思っていることを直接佐柄木様にぶつけた。


「うむ、武家側行司役を1名から3名に増やすと聞いており、今日売り出しの瓦版にもそう書かれておった。

 率直に言うと、設立経緯から町奉行所として事前に枠が1名分あるということは認める代わりに、寺社奉行として事前の枠も認めて欲しいのじゃ」


 どうやら佐柄木様は腹芸ではなく直言される方のようだ。


「この件については、曲淵様も承知されておった。また、残りの1席について、昨夜相談をしておる。台所役人より代表を出してもらうのが良い、とのことづけである」


 戸塚様の説明を聞く限り、寺社奉行・太田備後守様から必要なところへの根回しは終わっているようだ。

 ならば、この件に関して言うことはなく、賛同するのが適切と見た。


「私は、それで良いかと存じます。行司役の武家席は、寺社奉行様枠・町奉行様枠・台所役人枠で決まりでございましょう。後は、八百膳が務める勧進元枠、瓦版版元が務める宣伝枠、料理番付の東西両大関が務める料亭主人枠。商家枠については、萬屋さんが持っている発起人枠と、公開入札で決める2枠。そして、枠をお持ちの方は、別の方に直接譲ることができるという認識で良いのでしょうか」


 来るそうそう、義兵衛は行司役の10席の割付を確認する羽目になってしまった。

 もとより、こういった興業の内容を関係者で擦り合わせするのが目的の寄り合いなので、異論はない。

 千次郎さんが答えた。


「義兵衛さんが来る前にしていた話が、その行司役のことなので、丁度良い具合にまとめて頂いた感じになっています。

 それで、7人いた料亭主人が3人になり、武家と商家が2人から6人に増えたら、今回の9料亭審査の結果順位がどう変わるかを確かめていたのですよ。

 それで判ったことは、影響の大きさです。武家と商家の審査結果を3倍にしてみたら、番付表と大きく違う結果になってしまうのです。善四郎さんは、この結果を反映させた新番付は『責任のある者として受け入れることができない』と言うのです」


「そりゃそうだ。両国・草加屋が出してきたような、一時的な受けを狙った料理が持て囃されるようになるのは間違っている。武蔵屋が卓上焜炉の湯豆腐を出して一時期評判となり盛り上がったが、あの料理は目くらましのようなもので、料亭の真の実力ではあるまい。それで番付で上位に持ってくるのはどうかと思うぞ。奇を衒ったものが流行るのは、料理として道を究めるということに反しておる」


 善四郎さんがこう理由を説明すると、皆納得したものの対案も出ず、話し合いは早速暗礁に乗り上げていたのだった。


早速に行司の構成が変わることによる影響をどうするか、といった細かい問題に巻き込まれました。

次話はこういった細かい話に終始します。

<きただ私見>

やはり政治回りの話より、気楽に書けます。フィクションだから、と思い切れればいいのですが、田沼意次のような有名人が出てくると、とたんに筆が鈍ります。ましてや平賀源内は、接触の可能性が大有りだけに恐いなあ。

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