まずは将軍家の病 <C2226>
いよいよ人災関係の神託を説明し始めます。
神託の当たり外れという観点からだと無難なはずの天災だが、この結果起こることまで話をしてしまったため、その人災を避けるべきという恰好になってしまった。
果たして、曲淵様はその点を突いてきた。
「老中の田沼様は、幕府の収益である年貢米を少しでも多く確保するため新田開発を奨励しておる。そのため、自ら指揮して印旛沼・手賀沼を田畑に変えるべく干拓工事など取り掛かる準備を進めておるが、これが無駄になると申すのか」
いきなり詳細なところへの問いだが、甲三郎様では答えられないに違いない。
義兵衛は身を乗り出した。
「申し上げます。印旛沼の干拓は道半ばまで進んだ所で、この洪水により江戸市中全体が水没するのを避けるため、折角設けた関門を開き、川の水を引き込み水没を避けたとのことでございます。そして、干拓による新田開発は失敗に終わります」
その答えを聞いて、曲淵様は天井を見上げて目を瞑りうなった。
「公儀の年収はおおよそ170万石じゃ。権現様(徳川家康様)の入府(幕府開設)以来、その年収の枠は一向に増えておらず、支出ばかりが増えておる状況を田沼様は深く憂いておるのじゃ。かかる経費を減らすのは当然として、それ以外に収益を増やすための取り組みをいろいろなさろうとされておる。その一つとして、江戸近郊にある印旛沼・手賀沼を大々的に干拓しおおよそ1万反(=1000ha)もの水田を成さんとしておるのに、その企てが無為になると言うのか。干拓については、いっそ何もせぬほうが無駄な出費もないということか。
まだ干拓自体は企画の段階で実際に手は付けておらぬが、天災で失敗と判っておるのであれば、この干拓の企ては諦めもつこうというものじゃな」
「恐れながら申し上げます。干拓地がありそこへ利根川から溢れる水を誘導したからこそ江戸市中が水没を免れたというのも確かでございます。要は未曾有の洪水をどう対処するかでございましょう。洪水を見越して川筋の付け替えや、予め低地から人払いするなど対策しておけば、水門の関門も開けずともよかったのかも知れません。天災は避けることはできませんが、時期や規模が判れば災いを減ずることができます」
義兵衛の言葉に曲淵様は正面を向いて目をカッと開けた。
「うむ、その通りじゃ。この神託の中身をよく吟味すれば、民の嘆きを減らすこともできるじゃろう。
それで、天災でないほうの神託はどうなっておるのじゃ。もう覚悟はできておるので、知る所を順に全部話すがよい」
曲淵様に促されて甲三郎様は話し始める。
「今年は特に何があるということは聞いておりませんが、来年は大事が起きますのは先に申し上げた通りでございます。
まず、2月21日に権大納言様(徳川家基・10代将軍家治の嫡男)は新井宿村に鷹狩に御成りあそばしますが、その帰路で落馬され、それが元で2月23日に西の丸にてお隠れになります。そして、後継者がいらっしゃらなくなった上様(将軍家治様)は一橋家より豊千代様をご養子に迎えられ、その豊千代様は丁未の天明6年、いや安永16年9月に御歳15才にて第11代将軍(家斉様)となられます」
曲淵様の顔色が変わり、喉の奥から『グボッ』というくぐもった音が響いた。
甲三郎様は話すのを止め、首を横に傾けると、曲淵様の顔色を見て思わずずり下がり、畳に頭を付けて平伏した。
「すまん。驚かすつもりはなかったが、あまりにも、の話が続くので体が勝手に反応しよるのじゃ。
安永16年9月に第11代将軍に代替わりする、ということは、その時には上様は亡くなっておるのじゃな。
あとわずか9年ではないか。上様は今42歳であるが、51歳という時に亡くなるのじゃな。それで、どのような亡くなり方をされるのじゃ」
この事は甲三郎様にしていなかったので、義兵衛が答える。
「大変失礼致します。主・甲三郎に代わって申し上げます。上様は俗に言う江戸患いが嵩じて亡くなられたのではないかと巫女は申しておりました。ただ、この江戸患いについては、時間がかかるものの治す方法があるとも聞いており、今から治療を始めれば間に合う公算が大とのことでございます」
治る病という説明を聞いて若干安堵したのか曲淵様の顔色が戻ってきた。
横では戸塚様が曲淵様を心配そうに見て声をかけた。
「御奉行様、この話、私も初めて聞き大変驚いております。
ただ、ご下問が沢山あるのは判りますが、途中で都度割り込んで細かく聞きだすのではなく、まずは大筋を、甲三郎様が言を全部言わせ、その上で絞って聞きだすようにしないと日が暮れてしまいますぞ」
「しかし、上様にかかわることは、他のことはさておき何よりも最優先で聞くしかなかろう。日が暮れようが関係ない。ここは納得がいくまで聞くしかあるまい。
それに、この件は何よりも老中・田沼様に報告し善後策を相談せねばならぬのじゃぞ。その時に御下問されるであろうことを今聞かんでどうする。
義兵衛、江戸患いを治す方法とはなんぞや」
「江戸患いと申しますのは、食事内容が偏ることが原因で、人の体に必要な滋養が不足することで発症する病気とのことでございます。
全身の倦怠感や食欲不振となり、足がしびれたりむくみが目立つようになります。そして動悸や息切れも起きるようになり、更に進むと記憶障害や眼球運動まで影響を及ぼすこともあります。
お上が普段召し上がる御膳ですが、下々の者が摂る玄米や混ぜ飯ではなく、精白米ばかりを召し上がるのではないでしょうか。実は玄米に含まれている滋養が、精米した米には含まれておりません。精白米は甘くて柔らかく美味で満腹にはなるのですが、この必要となる滋養が足りませぬ。白飯食を長年続けると生きるに必要な滋養が偏り病気となるのでございます。
時に玄米飯にすることも必要ですが、菜に小豆などの豆類やネギ類、竹の子といったものや、鰻なども食すと良いと聞いております。調理を工夫することで、必要な養分を美味しく頂けるのではないかと愚考致します」
義兵衛は脚気に関して知っていることを総動員して答えた。
「なに、食事が原因とな。それで、料理についていろいろと企てをしておったのか。むふぅ、義兵衛の深謀遠慮という次第か。旨い料理があれば、精白米以外も口にするので、長い目で見て治療に繋がるという訳か。
しかし、こうなると御嫡男の権大納言様(徳川家基様)が来年2月に落馬が元で亡くなるというのが気にはなるのぉ。この神託について何か詳細なことは判っておるのか」
「はい、この件について落馬後の様子を巫女に問い質しております」
甲三郎様は里で富美から聞いたこと(注:181話)のうち、事実相当部分を説明した。
「なにやら面妖なことよのぉ。落馬するだけでそのようなことになるとは。
もしやすると、権大納言様も上様がかかると言われた江戸患いにかかり始めており、手足が若干ご不自由になりかけておるのやも知れん。そのあたりの真偽も確かめねばならんのぉ。
これも先の件と併せて田沼様に御相談せねばならん。
病気の話だけであれば、それ以外の話・上様が9年後には亡くなるというような話を伏せれば衝撃は与えることもあるまい。実際に今病気であっても、これを治癒できるということであれば、そう大きな問題になることもあるまい」
この話の流れであれば、田沼様の失脚のことは今話す必要はなさそうだ、と義兵衛は内心安堵したのだった。
脚気についての説明であれば、まだ受け入れられる可能性は高いと踏んでいます。
そして、次話は...... そのまま続くのでした。
ここに来て話の進め方の困難さから、なかなか筆が進まず、ストックが尽きかけて苦慮しています。頑張って隔日投下してきておりますが、次話が飛んでしまう可能性がありますので、予めご容赦ください。




