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明石閑話・実習生のある日常

「みんな? 《四天王》っていうと何を思い浮かべる?」


 私はとある大学の教育学部の学生だ。


 学部の単位をもらうため……。何より教員免許をもらうために、今日から一週間、母校の小学校へと、教育実習を受けにやってきている。


 黒板の前にたたずむ私を、幾人もの小学生たちの視線が射抜くけど、教室の後ろでは私が小学校のころにお世話になった、ベテランのおばあさん先生がいてくれるので、不安はない。


 なにより、今日私が任された授業は歴史。


 歴女の私には、もってこいの授業だ。


「四天王? なにそれ?」


「バッカしらねぇの! 《ファイルモンスター》のラスボスだよ!!」


「えぇ~。《ソードマイスターやまこ》で、一ページでまけちゃったあの人たちじゃないの?」


「いいえ、違いますね。四天王とは東春台寺の南北の門におかれた、木像のことです。あの芸術的な筋肉をあらわした、彫り……あぁ許可さえもらえればペロペロしに行ったのに」


「ふははははは! 四天王化。我が魔王の時に仕えておった強壮な部下たちよ……。今はどこに行ったのか、すっかり顔を見なくなったがな」


――どうしよう。さっきは満ちていた自信が一気にしぼんでいく。最近の小学生ってみんなこんな灰汁の強い連中なのかしら? この子たちの将来が心配なんだけど……。特に最後の二人。


 と、私は帰ってきた返答に、思わず顔をひきつらせ、おばあちゃん先生に救援を求めるが、苦笑いで「続けて、続けて」とジェスチャーを送ってくるばかり……。


――ほ、ほんとに続けていいんですね?


「えっと、まぁ、今の君たちが知っている四天王は多分それかな? ゲームのボスや、漫画の登場人物」


「先生、木像もです」


「うんそうだね。木像もだね。でも、この四天王、もともとは真教を守護する武神として有名で、日ノ本ではよくとんでもない武術の達人四人組とかに贈られたあだ名だったんだね。実在した人物を上げていくと」


 私はそう言って、手に持ったチョークを翻し、新しいものから順番に実在したと思われる四天王たちを記していく。


《真撰組四天王》


《庭番四天王》


《武将四天王》


《北条四天王》


 そして、


「この人たちが日ノ本で初めて四天王の称号をもらった、《来光四天王》。またの名を《らいこう四天王》だよ」


 私はそう言って、本日のメインテーマを黒板にでかでかと書く。


 来光四天王に与えられたもう一つの名前《らいこう四天王》には、意外と当て字が多くてどれが本当なのかは、わからないというのが今の歴史学の通説。


 だからこそ、私は私の中で一番かっこいいと思う、らいこう四天王の当て字を黒板に記してみる。


礌偟(らいこう)四天王》


「先生字が違います」


「いいえ。これはらいこう四天王の数多くある当て字の一つなの。どう、なんかこうくるものがない!?」


「先生。とってもかっこ悪いと思います。というか、そんな複雑な字を名前に使うとか、非効率的です」


「はぁ!? なにいってんの!? このごつい完字の良さがわかないとか馬鹿なんじゃないのっ!? これだから小学生はっ!!」


 私は、自分が一番かっこいいと思っていた当て字を馬鹿にされて、ついぶちぎれてしまった。結果、いつのまにか背後に回っていたおばあちゃん先生に、尻をつねられるという制裁を受ける。


――はい、すいませんおばあちゃん先生。暴言とかもうはきませんから、お願いだからそれ以上の力でつねるのはイタタタタタタ!? あぁ。嫁入り前の私の柔肌に跡がのこるぅううううう!?




…†…†…………†…†…




「え、えっと……どこまで話したかしら? そうそう、来光四天王に関してだったわね」


「来光四天王は安生時代後期、原来光に率いられたといわれる4人の武者のことです。


閃槍(せんそう)渡部宇賀(わたりべのうか)

刀聖(とうせい)寄部末竹(よるべのすえたけ)

大蛇刈(おろちがり)臼井定湯(うすいのさだとう)

金剛(こんごう)坂東金角(ばんどうのきんかく)


 特にこのなかの末竹は、日ノ本初の女武者と知られていて、楽士楽座に女性が参入できるようになった一番の理由だといわれるすごい人で、日ノ本が早い時期に男女平等社会になった理由としてもかたられる英雄なんだけど……」


「きょ、興味ない? そう……結構面白い伝説とか残っているんだけどな……。まぁ、君たちの年ごろの子供が食いつく話と言ったらやっぱりこっちのほうかな? 坂東金角さん」


「実はこの人、みんながよく知っている昔話の主人公なんだけど……その昔話の主人公の名前、わかる人いるかな~! はい、木像君」


「え? 朴蔵(ぼくぞう)です……ご、ごめんね。覚えておくね? で、答えは? ……そうそう! 正解! かの名高き《金太朗》さんだよ」


「この金太朗さんのおとぎ話は、実は実話に基づいて作られたっていう説が有力でね? 当事勢力を伸ばしていた《鬼族》。その中の頂点と言われていた《五山頂》が支配していた山に住んでいた、とある鬼族の女性に育てられたらしいんだよね。当時の歴史書にもそのことは事実として書いてあるし、たぶん金太朗さんが母親への恩返しだって頑張ったんでしょう」


「とはいえ、名前までは記されなかった。当時の日ノ本王権は鬼と対立していたから、さすがに名前まで残すわけにはいかなかったんだろうね。それも、物語に影響してきていると。その証拠に、育ててくれたお母さんは、名前も伏せられているし、物語じゃおばあさんってことになっているけど、本当は若々しい鬼女だったとか。最近の歴史学者さんの調べの話によると、どうもこの人突然都に表れて話題をかっさらった、春野小町が筆頭に上がる日ノ本三大美女の一人――《岐山築野愛(きざんのつのめ)》じゃないかって言われているんだ」


「さて、おばあさんの話は置いておいて金太朗の話だね。この金太朗さん、史実じゃ物語以上にでたらめだったらしいよ? 物語でも、クマとの相撲を指一本で終わらせたとか、四股を踏むと山に地震が起こったとか言われているけど、まだ足りないくらいだったとか」


「森にある大木を、片手で引き抜いて投げ飛ばしてきたとか……。人が到底操れるとは思えない、鬼が50人がかりでようやく持ち上げられる、巨大な六角棍を武器にして戦ったとか。当時最強と言われた五山頂の一人、酔天童子と力比べをしても負けなかったとか……。まぁ、今聞いても眉唾物としか思えない文章が史実と言われている文献に、山積しているのなんのって……」


「そんな彼のせいで、『この文献も実はあんまり信用できるものじゃないんじゃないか?』って、歴史学の世界では若干疑われてしまった文献もあるんだから、いろんな意味ではた迷惑な人だったんだろうね……。実際史実にも、『子供のころは手の付けられない悪童であった』って記されているみたいだし」


「でも、最近の獣人研究では、これもあながち間違いじゃないんじゃないかって言われているみたいなんだよ? なんでも獣人には潜在的に、人間以上の力を発揮できるパワーがあるらしくて、それに脳がリミッターをかけているんだとか。たぶん金太朗さんはこのリミッターを自分の意志で自由自在に外せる人だったんじゃないかって、今の研究では言われているね」


「おっと、脱線しちゃったか? 歴史の授業歴史の授業……。さて、そんな風に活躍していた来光四天王がいた安条時代なんだけど……」




…†…†…………†…†…




「「「「先生、ありがとうございました!」」」」


「はい! こっちこそ、ありがとう。つたない授業でごめんね?」


 次はもっと頑張るからねっ! と、授業終了のチャイムとともに、生徒と別れのあいさつを交わしながら、私はひとまずおばあちゃん先生と教室を後にする。


「あー緊張した……」


「お疲れ様。初授業にしてはなかなかだったわよ?」


「あはははは。そういっていただけるとありがたいんですが……」


――まだまだ改善点は多いですよね……。うぅ、単位が。と、私が不安でおなかを抱えるのを見て、おばあちゃん先生は苦笑いを浮かべた。


「ふふ。普通なら緊張した時に来る腹痛が、全部終わった後から来るのは変わらないみたいね」


「あ、そんな昔の私のくせ覚えていたんですか?」


「えぇ。あなたたちは私の中でも特に印象的なクラスだったもの。一人たりとも忘れたことはないわ。特に私が歴史の授業をしたときは、あなたもうすごい勢いで、学者顔負けの質問してきたものだから、先生あわてて歴史の勉強しに行ったのよ」


「あぅ……そ、その節はお世話になりました」


 できれば思い出してほしくなかった恥ずかしい過去に、あの時の私はまだ子供だったんです……。と必死に言い訳しながら、頭を下げる。


「あら、悪いことじゃないわよ。それに、私としてはそんなあなたが私と同じ教師を目指してくれて、ほんの少しだけうれしいの」


「え?」


「だって、あなたみたいな頑張り屋さんがいてくれたら、私ももっと頑張らないと! って思えるでしょ。もう年だし、退職も考えていたんだけど……今のあなたを見て、私も元気をもらえました。定年まで頑張ってみるつもりよ?」


「先生……」


 そう言って私に笑いかけてくれるおばあちゃん先生の笑顔に、私は心があったかくなるのを感じた。


 私がここに教育実習に来たのは、ただ卒業に必要な単位がほしくて、教師になるつもりなんてあんまりなかったんだけど……。


「うん。悪くないかな。教師」


 私の話を楽しそうに聞いてくれた生徒たちの顔と、恩師の穏やかな笑顔を思い出し、私はほんの少しだけあいまいだった自分の将来の形を、決めることができそうだった。


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