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土蜘蛛 前編

「街道に出る妖怪?」


「そうなのだよ、賢気殿っ!!」


 俺は目の前で、靖明にとある依頼を持ってきた青年――原来光の話を聞き、眉をひそめた。




…†…†…………†…†…




 俺が復活してからはや一週間ほど経ったろうか? 今日も今日とて、靖明が散らかした邸宅の掃除をしていた俺――賢者の石。


 だが、正直この作業もだんだん不毛になってきた気がする。靖明は、掃除しても掃除しても、帰ってきたら一日で元の状態に戻してくるのだ。むしろどこをどうやったら、そこまで散らかる? と一度問いただしてやりたいくらいに……。


――散らかし神の祟りでも受けてんじゃねぇか? もしくは呪い。多方面から恨みかっていそうだしな、あいつ。


 俺がそんなとりとめのないことを考えながら、ようやく最後のシメとして靖明の私室の掃除を終え、午後のひと時をのんびり過ごそうとしていた時だった。


「賢気~、かえったぞ~」


「……………」


 門の外から、この平穏な時間をつぶさないために決して聞こえてほしくなかった声が一つ。


 というか、靖明だった……。ざけんな。出仕時間はどうした!?


「門を開けてくれ~」


 式神でも使えタコ。俺は絶対開けてやらんからな……!


 家に入れたらせっかく掃除したのがまた汚される。ついさっき掃除が終わったこの邸宅をだ!


 正直そんなことになれば俺のやる気もぽっきり折れて、邸宅は明日からゴミ屋敷に早変わりするだろう。


 そして、そのゴミの中に埋もれるおれの姿がありありと想像できた。


 だからこそ、俺の健全な精神状態を保つために……家主殿はしばらく出禁になっていただこう。


「市にでも行って時間潰してこい。もしくは最低限使ったものは片づける程度の掃除精神を身に着けてこい!」


「そんな無茶な……。小生が掃除なんてしたら邸宅が半壊するではないか?」


「どんな掃除する気だ、お前っ!?」


――というかそれもう掃除じゃなくてテロの一種だよっ!? と、信じられない言葉を割と真剣な声で撒き散らす靖明にツッコミを入れながら、俺は閂だけじゃ心もとないと、綾部邸の門に封印の神術をかけようとして、


「というか、客人が来ておるのだ! 待たせるわけにはいかんから、ホント速く開けてくれ!!」


「…………………………」


 一瞬、俺の脳裏に出てきた天秤が、客人にかかる迷惑と、俺の精神的安静をはかりにかけ、


「ふっ……仕方ないな」


 と、俺は笑った後……遠慮なく門に封印の術式をかけた。


「ちょ!?」


「ぶはははははは! ざまーみろ!! お前が家事全然やろうとしない報いじゃぼけぇ! 客人の前で盛大に恥かいてろっ!! もしくは『すいません! これからはちゃんと掃除も後片付けもしますっ!!』っていう俺への謝罪でも可だぞ!!」


 普段苦労させられている意趣返しだ! せいぜい反省するといい!! と俺が内心で人の悪い笑みをにやりと浮かべたときだった。


「ちと、失礼!」


 聞き覚えのない声と共に、門の扉のさかいに銀色の光が走る。


 それと同時に俺が張った封印の術式が閂ごとその光によって両断。


 唖然とするおれの眼前で、綾部邸の門はゆっくりと開き、


「賢気殿、あまりわが友を虐めてくれるでない」


 にやりと笑い、刀を肩に担ぐように持った若武者が、邸宅に入ってきた。


 俺は、そんな彼の姿を見て思わず、門の前に《さかきくん・改》を作り出し声を震わせ、


「な、何してくれとんじゃぁあああああああああああ!?」


 閂だってタダじゃないんだぞぉおおおおおおお!? と、真っ二つになって地面に転がった閂を見て、思わずそんな絶叫を上げた。


 というか、門も若干切れているから補修が必要だしっ!?


「ほんとなにしてくれとんじゃぁあああああああああああああああ!? こいつの安月給でこれだけのものを修繕するってかなり苦しいんだぞぉおおおおお!?」


「苦しいわけではあらんよ。ただ少々、明日の食事を買う金に困っているだけだ」


「そういうの、家計は火の車っていうんだろうが!?」


「火計は火の車!? さすがは知恵の神……含蓄のあることを言う」


「愉快な聞き間違えしたふりしてはぐらかそうとしてんじゃねぇぞテメェ!?」


 どーすんだこれ!? どうするんだよお前っ!? と、響き渡る俺の怒号と、それを飄々と受け流す靖明を見て、来光はやや苦笑いを浮かべながら刀を鞘に戻した。そして俺たちの間に入り、


「まぁまぁ、賢気殿もそう怒らんでくだされ。そんな崖っぷちのこいつを助けるために、俺がちょっと依頼を持ってきたのだから」


「依頼?」


 なんだそれは? と思った俺は直後、


「というか、お前が壊したんだから、門の補修費ぐらいお前が出せよ。妖怪退治の出世頭……」


「あぁ、それ小生も言おうと思っていたところ……」


「話は数週間前にさかのぼるっ!!」


 俺たちが思いついた正統なる費用請求を、何食わぬ顔でぶった切りながら来光は依頼とやらの話を開始した。




…†…†…………†…†…




「夜な夜な街道に出ては旅人をたぶらかし、闇の中に引きずり込む化物ね……」


 そして、その依頼として話されたのがこの怪異譚だった。


 俺はその話を聞きながら、とりあえず立ち話もなんだしということで屋敷に上がった来光に、さかきくんでお茶を出しながら、眉をしかめる。


「今までそう言った妖怪は出たことがあるのか?」


――少なくとも俺が封印される前には、妖怪なんてかけらもいなかったんだが……。と、俺はひとまず聞いてみる。


 そして靖明の答えも、俺の予想にたがわぬものだった。


「今のところ小生が確認しておるには《鬼》と《付喪神》程度だな。都で暴れまわっておる百鬼夜行の構成も大体はこの二つがしめている」


 どれだけ強大な力を持つ者であろうとも、まだまだ生まれて間もない種族ゆえ……。と、靖明はお茶を飲みながらもそう語る。


「だが、多様化が進みつつあるのもまた事実なようだ。先ほどあげた百鬼夜行にも、いまいち分類しきることができない妖怪がチラホラと見かけるようになったし、鬼も鬼で、すべての鬼がわかりやすく角の生えた巨漢の姿をしているわけではないしな」


「確かに……」


 ということは、その人間に化けて旅人を誘う妖怪というのは、


「新種ということか?」


「いれば……の話ではあるが」


「なんだ、疑っているのか?」


 靖明の半信半疑と言いたげなセリフを聞き、若干不満げな顔をする来光。


 だが、俺としては、今回は靖明の意見に賛成だった。確かに、見た目が人の信仰によって変わりやすい精霊種:妖怪たちだが、新種が現れたといわれても、早々に信じられるわけではない。


 もしかしたら、何かの見間違いじゃないのかという気持ちの方が、先に立つのだ。


「いったいどこから聞いたんだ、その話は?」


「内裏で刑部卿殿から聞き及んだ。命からがら逃げかえって「こんな怖い目にあった……」と話されていたのでな。妖怪退治の生業とする身としては捨ておけまい?」


「でも、本当かどうかはわからなかったのですな?」


 靖明が何となく先が見えてきた話に半眼になり、俺も話の出所を聞いて眉を眇める。


 刑部卿はこの都における司法をつかさどる最高位の官吏だ。要するに結構な偉いさんである。


 聞き及んだと来光は言っているが、多分内々に呼び出されて退治を依頼されたのだろう。


 とはいえ、こいつとて新種の妖怪が現れたなどと言われても、半信半疑だったのだろう。なにより命からがら逃げかえったといわれたのでは、ロクな証拠も残っていないと見える。


 そんな状態で部下を動かすわけにはいかず、かといってそんな偉いさんからの依頼を蹴るわけにもいかない。でも、一人では緊急事態が起こった際、心もとない。だからこそ、まだまだ重要度が理解されていないせいで、仕事なんてほとんどない、暇をもてあましていてなおかつ結構強力な術を使う靖明に、救援を求めに来たといったところだろう。


「小生……別に術を使って喧嘩したいわけではなく、術を使ったこの国の霊的加護の回復が目的なのだが」


「まぁまぁ、何事にも先立つものは必要だろ、靖明? 今の安月給じゃその目的もいつになったら達成されるかわからんし……だったら、ここらで妖怪退治でもして名を上げることによって、出世して金稼げるようになった方が利口だとは思わんか?」


 いいように利用されている。それを理解したがゆえに、明らかに依頼を受けることを渋り始めた靖明。そんな彼の肩に手を回し、来光は必死の体で説得を開始する。


 俺はそんな二人を呆れたように見つめ、どっちにしろこの邸宅を出るつもりのない俺には関係のないことか、とわりきり、無視を決め込むことにした。


 だが、


「それに、その街道に出る妖怪……実は本性がボンキュッホンのねーちゃんで、この世のものとは思えん美しさをしているという噂が」


「「ゆこうか」」


 靖明と俺……万年女日照りの男同士、そういう話は捨てておけない哀しい性を持っていた……。




…†…†…………†…†…




 そして、その日の夜。


「暗いな……提灯の明かりでは心もとない」


「式を使って光源を作るか。ほい」


「まぶしっ!? そしてこわっ!? どうしてわざわざ式神の形状を、火の玉にするんだよっ!!」


 再び首飾りになり、靖明の胸元で揺れている俺と、靖明たちはそんな雑談を交わしながら、提灯と真っ白に輝く火の玉をお供に、妖怪が出たという街道を歩いていた。


 もはや街道の脇は深い森へと変わりつつあり、人の生活圏からどんどん離れていく。


 それと同時に、どっと増えたのは人外の息吹。どこからともなく感じられる、人以外の生物たちの気配や視線が、俺たちの体を射抜く。


 見るからに……出そう。そう感じさせる何かが、この場にはあった。


「もしもマジもんの美人妖怪だったらどうする靖明?」


「仕方がありますまい。最近開発した《式鬼下し》と言う術式がありましてな。妖怪を自分の手下にする術で、それを使って下僕にしようとおもいます。えぇ、あくまでこれ以上その妖怪の被害を出さぬためにっ!!」


「とか言いつつ、目が爛々と輝いているぞ、靖明……」


 お前そんなんだから女に怖いって逃げられるんだよ……。と、提灯を持った来光が、俺たちの会話に呆れながらツッコミを入れる。


 これから妖怪退治に赴こうとしている面子とは思えない、何とも気の抜けた雰囲気だった。


「そういうお主とて、女の噂が立っておるわけではあるまい。小生聞いたところによると、泥臭くて下品だから近づきたくないと、女房たちが言っているとかいないとか……」


「どこのどいつだ、そんなことぬかしやがる奴らは……」


 叩き斬ってやるっ! と、ちょっとだけ憤った様子を見せる来光の目が、割と真に迫っていたので、いまさら地味にモテている来光が妬ましくて自分が広めました……。なんて言えない靖明は、冷や汗を流しながら、視線を前に向ける。


――まぁ、出世頭なうえに強くて男らしいと来れば、ソコソコモテるだろうしな……。靖明と違って。


「まぁ、そんな下らん噂はさておき……。女日照りはどうにかしたいというのは本当だ。妖怪を《式鬼》に下す云々は別としてな。とはいえ、う~ん。小生、自分で言うのもなんだが、顔のパーツは悪くない……むしろ来光には勝っていると思うのだが。何故小生はモテんのだろうか?」


「性格の問題じゃね?」


「もしくは趣味の問題だろ?」


「はははは、おぬしら。小生が何言われても怒らんと思ったら大きな間違いだぞ?」


 割と正直に改善点を言ってやったつもりだった俺達だが、返された靖明からの返答は真っ黒な怒気による威嚇だった。


 何故だ?


 そんな風に俺たちは雑談をしつつ街道を進む。


 妖怪が出るという場所なのに、いい根性だと我ながら思った……。とはいえ、それも仕方ない。


 本当に出るかどうかもわからんのを、怖がれる存在は少ない。それに、万が一いるにしてもこちらはそれを退治しようと都からやってきた、妖怪退治の専門家に、都随一の術者だ。


 存在したとしても、妖怪を恐れる理由は特にないのだ。


「ん?」


「おや?」


 そして、その妖怪の存在の真偽に関しては、


「おいていけ……。身ぐるみ全部おいていけぇ……!!」


 真っ黒な長い前髪で顔を隠した、ぼろをまとった……人間(・・)の気配を放つ女性の出現により、嘘だということがわかる。


 というか、


「ボンキュボンじゃねージャン」


「どちらかというとまな板だな……」


「というかガキじゃねェか」


 あくまで迫真の演技をしているつもりなのか、おぼつかない足取りの演技と共に、一歩一歩こちらに近づいてくる、女性……もとい、女の子。


 俺達はそれを半眼で見つめた後、


「どうする?」


「小生、呪術関連の面倒事ならどんとこいだが、人間関係的な面倒事は嫌いだ」


「了解だ」


 その言葉を最後に、目の前の街道の妖怪……女の子の処遇が決まった。




…†…†…………†…†…




――くくくくくっ! またカモが来た! やったね!! 見た感じ、この前襲って身ぐるみはいだ貴族さんと同じような格好をしているし、きっとこの人たちもたんまりとお金持っているに違いないよっ!


――それにしても都のカツラ売りの御婆さんには感謝しないと。この不気味なカツラのおかげで、私の追いはぎ事業も見事に軌道に乗ったわけで……って、あれ? さっきまであの狐顔さんの隣にいた剣士さんは、どこ……にっ!?




…†…†…………†…†…




 まるで瞬間移動のような速度で、瞬く間に少女の背後に回った来光は、その首筋にとんでもない威力の手刀を叩き込む。


 ゴバッ!? と、ちょっと人体が出したらまずい音が響き渡り、意識を刈り取られた少女。


 そんな崩れ落ちる少女を抱き留めた来光は、こちらの方を見てサムズアップ。


「とったどぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


「スッゴイ不穏な光景であったな……。どちらかというと貴族の恰好をした人さらいのようであった」


「妖怪とどっちが怖いかって言われると、ちょっと悩まないといけないくらいの危険度だな」


「失礼なこと言いすぎじゃないかっ!?」


 人がせっかく仕事したのにっ!? と、怒声を上げる来光に、俺たちはやれやれと首を振りながら、現実逃避をするために天を見上げるのだった。


今後も多分前後編になるかと……。一本にまとめようと思ったら、結構字数いっていて、断念。

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