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見つかる賢石

「失せ物探しをする者同士といったな? つまり、お前も私たちとは別口で、何かを探しているといったところか?」


「えぇ。まぁ、そんなところですよ……」


 靖明は肩をすくめながら、私――焔真の質問に、曖昧な笑みを浮かべ返事をしつつ、靖明は一枚の札を取出し、それを宙へと放る。


 しばらくの間は、ひらひらと中空を飛んでいたその札は、見る見るうちにその姿を変貌させ、真っ白な顔のない等身大の人型となった。


 等身大の人型は、そのままきびきびと動きだし散らかった部屋を片付けだす。


「変わった術理を使うな? それが最近噂の、《式》というやつか?」


「国常大上彦命様の《神産み》の術式を基盤に、動力として仙術の霊力収集炉を簡易化した術式を積んで、真教の奉仕精神をある程度まで植えつけているようですが……」


 器用なことをする。と、驚きつつも素早くその式神に詰まれている雑多な術式を見抜いた弥美に、靖明はほんの少し驚いたような顔をした後苦笑い交じりに手を叩いた。


「さすがは、人外のお方。まだまだ小生の術式ごときは児戯に等しいというわけですか。とはいえ、なかなか便利でしょう? 一枚どうですか?」


――これだけ素直にいうことを聞いてくれる召使というのは確かに欲しい……。私の部下にはろくなのがいないからな……。と、私はそんな靖明の売り文句に、そっと隣に視線をむける。


 そう。隣に座っている弥美へと……。


「なにか?」


「いやべつに」


「言いたいことがあるならはっきり言ったらどうですか? エンマちゃん」


「やめておこう。言葉の前に炎が出そうだ……」


――人のこと舐めくさりよって……。と、内心で燃え上がる怒りの炎を必死に鎮めながら、私は再び視線を靖明に戻す。


「さて、本題に戻ろうか、靖明。失せ物探しをする者同士協力するといったが……我々がこうして下界に降りてきて探しているモノを、貴様は分かっているのか? 到底人間ごときが探せるようなものではないと私は思うが?」


「それはいささか人間というものを舐めすぎでしょう、全焼の王。あなた方がロクに動けぬ間、小生らとてあなたたちの力の代わりになるものを探し、作り出し続けた……。こと現世に起ったことにおいては、もはやあなたたちの力を借りずとも、かなりのことはできますよ。たとえば……大罪狐の魂の行方を探す……とか?」


「っ!」


 私たちの調査の目的すら、にやりと笑い平然と言い当てた靖明に、さすがの私も戦慄を禁じ得ない。


――この男……たかが占いでどこまでのことを読んだ!? と。


 そして、同時に確信する。


 こいつの手はとっても損はないだろうということを……。


「いいだろう、靖明。お前の申し出、我が神名に誓って……受けようじゃないか」


「それはありがたい」


 こうして、私たちは一時的に互いの利益のために手を結ぶこととなる。


 この時私はまだ、この男のことを過小評価していたのだろう……。まさかあんな裏切りを受けるとは、この時の私は思っていなかった。




…†…†…………†…†…




「では、まずは近場にあるであろう、私の失せ物から探しましょうか……。ちょうどあなた方、圏獄の神霊の力がなければ、どうにもならんと困っていたのですよ」


 そう言って部屋を出た靖明について行った私たちは、のんびりと内裏の中を進んでいく。


 来光に破られた隠行は、靖明の手によってふたたびかけなおされていたのか、すれ違う人間たちは私たちの存在に気付かない。


 ほとんど弥美が張った隠行と遜色ない靖明の術の効果に、私は先ほどの言葉がハッタリではないのだということを悟った。


「なるほど。それでわざわざ来光を使って私たちを呼び出したわけか……」


「神を呼びつけるとは不届きですが、そういう強かさは個人的には嫌いではありませんよ?」


「ははは。褒めていただき恐悦至極」


 弥美の褒めているのか怒っているのかわからない言葉。靖明はそれを賛辞と受け取ったのか、カラカラ笑う。


 こういった前向きで明るい思考回路も、私たちに「不届き者!」と感じさせない処世術の一つなのだろう。


 こちらを全く立てていない、口調だけ敬語だと分かる態度であるにもかかわらず、不思議と怒りは湧いてこなかった。


 相手が意図してそういう態度をとっているということが、わかるにもかかわらずだ。


「食えん男だな……お前は」


「陰陽術とは影と光を行き来する呪術。清濁併せのんで初めてその真髄を得ることができるのですよ、全焼の王」


 そう言ったあと靖明はほんの少し鋭い表情になって、


「さて、到着しましたね」


 足を止めた。


 ここが、靖明が自分の失せ物があるとにらんでいる場所。それは、白い玉砂利によって満たされた、内裏の中庭が覗けるとある回廊。


 というか、先ほどまで私たちが調査していた大罪狐の変の現場だ。


 その事実に、私たちは何となく靖明が探している失せ物の正体に気付く。


 さきほどの口ぶりからして、靖明が探しているのは大罪狐関連のもの。その中で紛失した物品……というか、神が一柱いる。


「おまえ……まさか」


「えぇ。私は陰陽師として内裏に取り立ててもらうために、陛下にある神を探すように申し付かりました。あなた方もここ100年近く探し続けている、我が国の最高神殿を見つけるようにと」


 その靖明に言葉に、私は思わず頭を抱えてしまった。


――なんと無謀な挑戦をしているのだ、この陰陽師は……。と。


「……内裏は死ぬほど調べた。それこそ、岩守塚女殿が血眼になって、屋根の上から床の隙間まで懇切丁寧に調べたんだ。それでもなお見つからなかった。だからこそ、われわれ神々は、賢気朱巌命殿はもっと別の場所に一言主の手によって移されたのではないかと睨んで捜索範囲を日ノ本全域にだな……」


「私の占では」


 お前が間違っている。と、言外にそう告げる私の言葉をさえぎり、絶対的な自信を持って放たれた、靖明の言葉が続けられた。


「『灯台下暗し。失せ物は足元に今なおある』と、出たのですよ」


「その占が正しいという保証はどこにある」


「先ほどあなた方の正体と目的を、言い当てただけでは足りませんかな?」


「…………」


 さすがにその事実をあげられるとグウの音も出ない私に、背後に控えていた弥美は苦笑いをしながら、私の肩に手を置き落ち着くように態度で告げる。そして、靖明に対しては、


「続けてください」


「では、お言葉に甘えて。私が考えるに、当時賢気朱巌命様をあなた方が見つけられなかった理由は、大きく分けて二つあると思っています。一つは、一言主の健在」


「えぇ。確かにあの当初、帝とほぼ一体化していた一言主の意志は、そのまま神々の方にも影響を与えていました。ですが、勘違いしないでいただきたいのは、決して彼奴の力が、我々神格を上回ったというわけではないということです。あのいけすかない大鬼に我々が封じられたのは、神皇という存在が人と神との間をつなぐ懸け橋として、神々に対しての大きな影響力を持っていたからです」


「その帝が一言主に操られて神々の介入を拒絶しておった。だからこそ、当時私達が下界で振るえた力は、今と比べても一割どころか一分を切ればいいところだったろう」


 あの時は本当に大変だったと話を聞いている。


 私はやってくる魂を裁くのが仕事なので、下界にはほとんど干渉しなかったからよく知らないが、高草原の神々が何とかしようと苦心してやつれているのはよく見かけていた。


「一言主がいなくなったとはいえ、その影響は今でも続いているな。全盛期に頃に比べて、われわれ神霊が下界に伝達できる力は五割を切っておる」


「えぇ。だからこそ、あなた方は見逃してしまった……まだ内裏にいた賢気朱巌命様を」


「バカを申せ。はっきり言うと気分を害するだろうが……たとえ一分の力しか出せずとも、それでも我々の力は貴様ら人間のはるか上を行く。貴様の占でわかる程度のことが、私たちにわからないはずがないだろう」


 はっきりと告げたその事実には、背後で弥美も頷いていた。


 神と人間とでは、それほどまでに力に開きがあるのだから。


「えぇ。ですが見つけられなかった。内裏に確実にいると本能が告げているのに、実際見つからなかったからと、あなた方は外へと視線を向けるしかなかった。あれだけ岩守塚女様が血眼になって探したにもかかわらず、見つからなかったのだと」


「むっ……」


「では、なぜみつからなかったのか? その理由はたった一つ。流石の岩守塚女様も……この眼前に広がる広大な玉砂利を、一粒一粒確認したわけではなかったからでしょう」


「っ!? まさか……!」


「えぇ。そのまさかです」


 そう言って靖明は視線を中庭に向け、にやりとわらう。


「賢気朱巌命様は……一言主によって封印を施されたうえで玉砂利へと擬態変化させられた。そして、この玉砂利の中に放り込まれたのですよ」


「っ!?」


 靖明が告げたその大胆な推理に、私と弥美は息をのんだ。




…†…†…………†…†…




 木を隠すなら森の中。


 石を隠すなら石の中。


 だがしかし、明らかに他の石とは違う宝石である賢気朱巌命を、こんな場所に隠すとはさすがに盲点だった。と、私は認めざるえなかった。


 とはいえ……。


「無理だ……。いくら神とはいえ、これは無理だっ!」


「えぇ……。文字通り砂粒の中から針を見つけ出すようなもの。地道にやったら日が暮れるどころか年が暮れますね……」


 内裏の中庭は見栄えがよくなるようにと、かなり広大な庭園を所持しているうえ、最近は枯山水なるものが流行りだしたせいで、しょっちゅうかき回され、ち密な波模様が描かれるようになってしまっていた。


 砂利の入れ替えだってかなりの回数行われているし、そうなると今度は調査対象が内裏中にある玉砂利に代わる。


 総面積、約百万平方明取のこの広大な土地にある玉砂利すべてに……。


「冗談じゃない。そんなの現実的じゃないぞ!」


「ええ。ですから私は、あなた方に救援を要請したかったのですよ」


 ニッコニコ笑いながらそんなことを言う靖明に、私は思わず顔を引きつらせる。


「ま、まさか……私たちにお前と一緒に、玉砂利一個一個確認しろというわけではあるまいな?」


「まさか。そんな不毛な作業をしているほど、私も暇ではないんですよ」


 私が考える中でも最悪の事態になったわけではないと知り、私はとりあえずホッと安堵の息をつく。


 そして、


「だ、だが、だとしたらどうやって……」


「あなた方にはあるでしょう? 魂を無数に管理する存在として、初めから持ち得ている権能が」


「ん?」


 どれだ……。と、私が真剣に首をかしげる中、弥美は靖明が何を求めているのか気づいたのか、「あぁ!」と、手を打ち鳴らしながら正解を告げる。


「魂を探査する瞳……。神に魂はありますが、玉砂利に魂は宿らない。だから、それを使って魂が宿っている玉砂利を探せと言いたいのですね?」


「正解です、病める鬼人」


「あぁ!」


 ついさっき大罪狐の魂を探査するためにつかった、私の瞳の機能を思い出し、私もようやく納得する。


 というか、普段から普通に使っていたから、あれが特別な力だというのをすっかり忘れていた……。圏獄にいる連中は誰でも使えるようになるからな……。


「幸い封印の大本である一言主も討伐されていますし、討伐からもずいぶんと時間が経っています。大本がいなくなった封印が維持されるのは、最長でも30年弱程度ですから、規格外の一言主の封印だということを考慮しても、ちょうど今ぐらいなら封印が弱まり、以前よりも見つけやすくなっているはずなんですよ……」


「あぁ、だからお前も今なら見つけられると踏んで、こんなでたらめた命令を聞いたのか……」


 ふつうに考えれば、神々ですら見つけられなかったものを、一人間の術者が見つけられると思うわけない。たとえ神皇の命令であってもふつうは断るし、断っても何ら恥にはならない。


 それなのにこいつは、自分ならできると神皇の前でいい、その命令を受諾した。


 そこには先ほど考えた考察による裏打ちと、自分の占によってでた私たちの来訪が絡んでいたのだろう……。


「ますます食えん奴め……。いったい何手先の未来まで読んでいるんだ?」


「さぁて。さすがにそれは私の出世するための奥の手ですので、神々相手でも教えるわけには……」


 にやりと笑った口元を、広げた扇子でわざとらしく隠す靖明に、私と弥美は思わず苦笑を浮かべる。


「おまえ、きっとろくな死に方はせんな……」


「圏獄に落ちた際は、めいいっぱい可愛がって差し上げることにしましょう」


「さ、さすがにそれは勘弁してほしいのですが……」


 そして、私たちは自分たちのことを散々振り回した礼にと、ほんの少し靖明に意趣返しをした後、


「では、やるか……」


「早いうちに見つかるといいですね」


 私たちは目にわずかな霊力を込め、圏獄の神霊の基礎権能――魂の探査を行う瞳を発動した。




…†…†…………†…†…




 それから数時間後。空が赤く染まりはじめ、鴉が自分たちの巣に帰り始めたころに、


「あった……」


 私はとうとう、ほんのわずかに魂の気配を漏らしている小さな玉砂利を掴み取った。


 靖明の言うとおり、完全に小石にしか見えない偽装が施されていたものの、その基盤となる封印そのものが解けつつあったのか、ほんのわずかにその玉砂利は赤みがかっていた。


 その色は賢者の知恵を持つあの石の色……。あの赤い宝石の神であるという証明。


 日ノ本の表舞台に、奴はようやく帰ってきた。




…†…†…………†…†…




「さて……あとは、こいつの封印を解除するだけか」


「それはこちらでやっておきましょう。さすがはあの一言主の封印というべきか、残っている部分はやたらと固いですが、これだけほころびがたくさんあれば、崩すのはそう難しいことではないでしょうし」


 そう言って、自分の袂にその赤い玉砂利を入れた靖明は、私たちの方へと振り返り、


「では、今度はあなた方の失せ物探しの手伝いを。私が占じて、とりあえずの居場所を探ってみますか」


「あぁ、頼む」


「よろしくお願いします」


 今回の一件で、こいつの実力は信頼に値するということが証明された。


 だからこそ、私と弥美は安心して靖明に大罪狐の魂を占わせることにしていた。


 きっとこいつなら、何かしらの結果を出してくれるだろうと……私たちを長年苦しめた仕事に、ようやく終止符が打たれると期待して。


 そして靖明は、札を取出し巨大な式板に変化させ、式板の上に載っている半球をグルグルとまわしながら、


「この国にはいませんね……」


「海を渡ったのか?」


「董の方でしょうか?」


「いえ。流れた方角ははるか南……そこにある大陸」


「「っ!?」」


 見たこともきいたこともないそんな大陸の出現に、私と弥美は度肝を抜かれる。


「た、大陸だと? 場所は!? どんな種族がいる!? 神々はどうなっている!?」


――ややこしいことに……。いや、そもそもなぜ奴の魂がそんなところに!? と、驚く私の質問に、靖明は、


「え、いや……これ以上は分かりませんよ?」


「「……はぁ?」」


 突然の諦める宣言に、私たちは瞬時に氷結する。


 そんな私たちの姿に、靖明はへらへら笑いながら、


「いやいや、神々がわからなかったことを、そんな詳しく私が分かるわけないじゃないですか」


「ば、ばかな!? だってお前結構なことを占じていたじゃないか! 私たちの正体とか、私たちの目的とか!?」


「いや、それはただの推理でして。圏獄より神霊が降り立つというのは分かっていたのですが、その正体までは分かっていませんよ。もっとも、まだ神霊たちの降臨が安定しないこの時期に、下界に来られる存在なんて最高位の焔真(・・)ちゃんか、こちらの土壌にあっている、弥美(・・)様を含む黄泉の12官吏の誰かだと推察していましたから、ある程度の名前当てができましたが」


「じゃ、じゃぁ、私たちの目的はっ!? というか、ちゃん付けはやめろ!」


 私の抗議の声をあっさり流して、靖明はいそいそと式板を札に戻しながら続ける。


「それこそ、圏獄の真格が動くということは死者の魂関連。近年あった事件で、魂に不備が出そうなものと言えば《大罪狐の変》の被害者である天華内親王と、鹿自愛だけ。その中で、天華内親王の魂は封印されたと下界でも広まっていますから、問題があるなら鹿自愛だけかと思っていっただけですよ。べつに占じた結果を読んで、すべてを知っていたわけではありません」


 あんなにピタリとあたるとは、さすがの小生も思っていませんでした! と、ぬけぬけと舌をだし謝罪してくる靖明に、私たちは唖然とする。


「つ、つまり私たちは……」


「ええ。申し訳ありませんが、この程度の占しかできない状態で、神に助力を願うのは無理だろうなと思い……ちょっ――とだけ騙されて頂きました」


「き、きさまぁあああああああああああ!?」


 真格である私すらだますなんて、何考えているんだ!? と、私が怒り狂い紅蓮の髪を燃え上がらせ、逆立てるのをみて、靖明は手を合わせながら片目をつむり、頭を下げた。


「ご、め、ん!」


「なめてるだろ、お前っ!?」


「焔真ちゃん。いいかげん気づいてください……私たちはどうやら彼の術中です」


「あぁ!? 突然何を言い出しているんだ、弥美……」


 と言いながら振り返ると、そこにはいつのまにか圏獄にいるときと同じ鬼神の姿になった弥美が、佇んでいて。


 おまけにその体は、足元から徐々に消えだしている。


「え?」


「さっきはっきりと彼は、私たちの名前を言いました。つまりはそういうことです……」


 神明隠しの呪を解いて、自分たちの正体を暴露した。そのことに気付いた私は、震えながら靖明を振り返り、


「怒られると分かっていましたから。頭冷やしてもらうための強制退場ですよ。焔真ちゃん」


「こ、殺すっ!? お前圏獄に来たら絶対、全焼の炎で焼いてやるからなぁあああああああ!!」


「こらこら、焔真ちゃん。裁判神が私情で魂の逝く末決めたらだめだよ!」


「焔真ちゃんはやめろと言っているだろうがぁああああああああああ!!」


 完全にはめられた私は、そんな捨て台詞を残すことしかできず、割とあっさりと……下界からの強制退場を食らってしまうのだった。




…†…†…………†…†…




「まったく……あの腐れ陰陽師は……。真格を一体なんだと思っているっ!!」


 そして数分後。


 圏獄のとある一室で目を覚ました私は、苛々としながらも身を起こし、傍らで同じように下界に意識を飛ばしていた弥美へと視線を移す。


「おい、いつまで寝ている。さっさと起きないか」


「仕方がないでしょう。魂魄の下界からの回帰時間には個人差があると、この前高草原で習ったじゃないですか」


 と言いつつも、割と速い時間に目覚めた弥美は、大きく伸びをした後、不機嫌そうな顔をする私を見て微笑みかけた。


「機嫌悪そうですね」


「よくなる理由がないだろ。あの陰陽師に、私たちは盛大に騙されたんだぞ?」


「まぁ、それも仕方ないとは思いますけどね……」


 ここ百年はろくに神々に頼れぬ生活をしてきたんですから、多少の意趣返しぐらいは大目に見てもいいじゃないですか。と、苦笑い交じりに弥美が告げたその言葉に、私は思わずさきほどまで撒き散らす予定だった、靖明への罵詈雑言を止める。


「神に助けてもらえなかったがゆえに、神に願うのではなく……神を利用する方向に変わったとでも言いたいのか」


「流石にそういうわけではないでしょうが……。神皇が神を拒絶し、豊穣神も人間の争いに巻き込まれて死んだ……この状態では今まで通りの関係を続けるのは難しいだろうと、術者の皆は思っていたようですからね。人間も、いままで起こったことのない異常な事態に、戸惑っているのだと思いますよ」


「ふん……」


 そう言われるとこちらとしてもきつくは言いづらい。


 100年前のことなど彼らは知らない。


 神の加護などない状態が当たり前の世代を生きてきた術者。それがあの綾部靖明だ。


 そこに突然神様が現れるという占を読んでしまい、彼も彼なりに混乱したのだろう。


 力を貸してもらえるのではなかろうか? だがしかし、100年前の戦争を引きずっておられるようだったらどうする? 我々人間を祟りに来たのではないか? 


 そう考えても不思議ではない。


 だが神様の力が必要な状況にあった彼は、それでも何とかしようとして、あのような暴挙に出たのだろう。


「これは……われわれ神々と下界の確執は思った以上に大きいのかもしれんな」


「えぇ。ですが、幸いなことに今回の一件で賢気朱巌命様が目覚められました。関係の改善は、神と人間の原始の関係を知るあの方が健在ならば、きっと何とかしてくれるでしょう」


 弥美はそう言いながら寝台から立ち上がり、固まった体を柔軟しながらほぐしていく。


「それに、靖明君は何も完全に私たちを騙したわけではないでしょう?」


 と、一応靖明も役に立った、と言ってくる。


 私はそれを苦々しげな顔をしながらも素直に認め、首を縦に振った。


「……国外の南の大陸のことか」


「とりあえず、《屠り》=《保振》には長旅の用意をさせないといけませんね……。その前にあのぐうたら娘を起こさないとですけど……」


「『働いたら負けかなとおもっている』が、人生の標語だったか……。まぁ、積極的に働かれても困るんだけども……」


 もうちょっとあの小娘にはやる気というものを出してほしいんだが……。と、私はとある暗い部屋に閉じこもり、下界の衆道(BL)漫画を盗み収集しては私室に持ち込み、不気味な笑い声をあげて読んでいる、あの女の姿を思い出し、顔を引きつらせる。


 そして、


「いまからあのごみため部屋に行くのか」


 と少しだけ顔を暗くしながら、こちらもあまり気乗りしていなさそうな顔をする弥美を従え……緊急時以外は名前事封印している、黄泉12鬼神最後の一人のもとへと向かった。


 あちらも名前の封印が解かれたことに気付いて、全力で圏獄から逃げようと画策しているところだろう。


 そのため、奴に命令を下せるかどうかは……時間との勝負だっ!!




…†…†…………†…†…




 そのころ下界では、


「あぁ? どうした靖明? そんなところで腰抜かして……」


「や、ヤバかった……。圏獄の王たちマジでヤバかった……。小生危うく失禁してしまうところだった」


「おい、やめろ。誰が掃除すると思っている……」


 という、靖明と来光の会話があったかどうかは、定かではない。




…†…†…………†…†…




 時はさかのぼり……100年ほど前。


 大罪狐の変が終わった直後。


「っ!!」


 私――鹿自愛は真っ暗な空間の中で目覚めた。


「え?」


 ここは……圏獄?


 私は一瞬そう考えましたが、それにしては暗すぎる。


 圏獄というもの薄暗いイメージがありますが、実際は亡者たちを焼く炎に彩られ、夜だろうが昼だろうが、一定の明るさを保っている場所であるとも言われています。


 だというのに、この場を満たしているのは完全なる闇。


 日の光も届かぬ、断絶した世界。


 私は自分の罪の重さのあまり、圏獄も私を受け入れてくれなかったのではないかと、不安に駆られました。


 圏獄に行けないなど、許してほしかった。


 勘弁してほしかった……。ならば私は、いったいどうやって!


「天華に対して、贖罪をすればいい……」


 私がそう言って、泣き崩れ闇の中で膝を抱えたときでした。


「ほう。力の波動を感じてみれば……。やはり、新たな十二魔将(マレブランケ)が呼ばれていたか。それにしても、黒い狐の耳に尻尾が生えているとは……変わった男だ」


「っ!?」


 とつぜん闇の中から響いてきた声に、私は思わず飛び上がります。


 そんな私の姿が、この闇の中でもはっきりと見えているのか、声の主はわずかな笑い声を漏らしながら、こちらに近づいてくる。


「これは失礼。いささか、驚かせてしまったかな?」


 そして声の主は、小さな蛍のような光を自分の周囲に旋回させながら、私の前へと姿を現した。


 真っ黒なマントとフードで全身を隠した、不気味な男。


「ようこそ。地の底……海の底……星の虚穴(うろあな)……《果ての大陸》へ」


 その言葉と共に、私の目がだんだん闇に慣れてきたのか、私は徐々に周囲の光景を認識しだしていました。


 ただ広がり続ける、草木の生えない漆黒の土の荒野と、


「なっ!?」


 空を覆い隠す真っ黒な太陽の存在を。


「お前はあの黒い太陽=《邪神の元》に呼ばれてここに来たんだろう? ということは、特別ヤバい罪を犯した存在だということだ。国を混乱に導いたとか、一つの大宗教をつぶしかけたとか、一歩間違えば国を破滅させてしまうことを起こしたとか……そんなかんじのことを」


 いまさらこの程度の光景に、驚くことはあるまい。と、蛍を伴った男は、にやりと不気味に笑い踵を返す。


 そんな彼の姿に、私は思わず問いかけた。


「あ、あれはいったい……。それにあなたも何者なんですか!?」


「私か? 今はこの珍妙な大陸の研究をしているだけのただの変わり者……だったんだが、最近あの太陽の活動が活発化しだしたらしくてな。この星に存在する大陸各地からヤバい罪人たちの魂を勝手に呼ぶようになったのだ……。だから最近は、あの太陽に呼ばれた連中の取りまとめ役もしている」


 名前はそうだな……。と、男は顎に手を当てながら、


「今は《マラコーダ》と名乗らされているが……昔の名前の方が通りがいいか? 名前が聞きたいわけではなく、何者だと聞いているわけだし」


 男はそういうと、顔を隠していたフードをとり、


「っ!?」


 金色の髪に青い瞳を持った、絶世と言っても過言ではない、整った青年の顔を晒した。


 だが、その顔左半分には真っ黒な刺青が覆っており、元の顔の形すら認識しづらいほどの、滅茶苦茶な模様が彫られていた。


 あとで私は知ったのだが、その刺青は罪人の証。


 許しがたき罪を犯した罪人が、絞首刑になる前に彫られる、その人物が畜生以下の存在であると証明するためのものだった。


「《大罪人》……《裏切りの弟子》ユラ。愛しい我が師匠にして、《神の娘》イリスを殺め、永遠に私のものにしようとして失敗したことになっている……ただの愚かな罪人さ」


 マラコーダ――ユラは自嘲交じりの笑顔でそう語った。


 これが、後に魔大陸と呼ばれ、以前賢気朱巌命様がオーストラリアもどきと称した海底の大陸に、私が初めて立った瞬間の出来事。


*ユラ=イリス教圏内では最も卑劣な裏切りをしたとされる大罪人。《裏切りの弟子・ユラ》《イスカリオスのユラ》という呼び名がついており、その名は侮蔑とともに語られることが多い。


 イリスによって始まりの12人の弟子(12使徒)に選ばれた彼は、主にイリス教団の会計を任された数学の天才であったとされる。


 だがしかし、そののち金の力に目がくらみ、当時イリス教を弾圧していた教団の司祭たちから金貨13枚を得ることを条件にイリスを裏切り、彼女を教団に引き渡した。


 そのさい、彼女に接吻を行い、裏切りの合図にしたという事実はあまりに有名で、後々のイウロパ圏の犯罪者グループが、構成員を殺す際に同じ儀式を行ったといわれている。


 だがしかし、実はこの裏切りの理由においては旧約聖書と、新約聖書は別のものが描かれており、金の目がくらんだという記載は新約聖書のもの。


 旧約においては、13人の司祭に追い詰められた彼は、命乞いをしイリス教団を売った。ただ、その際イリスの命だけは助けることを自らの命を賭して13人の司祭に約束させ、裏切りを敢行したと記載されている。


 ただ、その際の約束は果たされることなく、ゴルバドの丘でリインギヌスの槍で貫かれたイリスを見た瞬間、彼は裏切られたことを知り発狂。


 悪魔の力を借り13人の司祭を殺した後、イリスの死体を生き残った11人の弟子に預け、自ら首を落としたとされている。


*魔大陸・イビルフォール=惑星南半球に存在する、沈没した大陸。


 海に沈んだわけではなく、海に巨大穴が開くことによってできたこの大陸は、太陽の光が届かないため、通常の生物では生き残ることは困難な、死の大陸であった。


 ただ、生物の精神エネルギーを食料としていた当時の魔族や、海流の運動エネルギーをそのまま捕食出来た三人の《支える巨人》――アトラスは、何とかその大陸でも生き延びることができ、発展していったといわれている。


 また、この大陸が初めて見つけたのは、冒険家マルガを央国の昔の王朝《厳》へと送り届けたとされる《天動大陸を越えた海賊》フランシア・ドラグーン。


 彼女は魔大陸のことを旧約聖書に記された、『世界の果て』と勘違いし、イウロパ圏に流布してしまったため、地動説が一般的に認められるのが遅れたとか遅れていないとか……。


 現在では、のちの人魔大戦終結の地=勇者と魔王の決着の場として有名な観光名所。


 さらにこの独特の沈没地形は《ナイアガラ》と呼ばれ、現在も地質学者たちがこぞって原因を調査中。

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