明石閑話・酔天童子
冠務の乱より10年の月日が流れた。
祟り神・金矢穂群女によって、半分の稲穂が死滅した万年稲穂の平原。
それによってさらされた無数の死体の上に、
「あぁ?」
それは突然生まれ落ちた。
無数の怨嗟ととある感情によって作り出されたその存在は、朱らかとした肌を持ち、二本の角を頭から生やし、呆然とシャレコウベまみれの平原にたたずむ。
「……えぇっと」
それは何をすればいいのかわからず、それを教えてくれる人物もおらず、ただただ漫然と飢えという感情を消すために、その戦場の怨嗟や怨念を食らっていた存在だった。
そのおかげでその平原をもっと霊的に汚すはずだった、きたならしい怨念はきれいに無くなってしまっていたのだが、本人としては、それは意図するところではなかったので無視。
問題なのは最近ようやくとらえた、この平原にいた最後の怨念を食らい尽くした時に、自分が訳の分からない肉体を得てしまったことだ。
これで近くに同族……またはそれ相応の知恵者がいれば、霊格が上がったがゆえに、肉体を持てるほどの力を手に入れたのだと教えたのだろうが、あいにくここは10年ほど人も獣も訪れない穢れた土地だ。
彼にそのことを教えてくれる存在はおらず、彼はひたすら困ったように頭をかき、
「まぁいいや……」
取りあえず、実体を得たことでさらに強くなってしまった飢えを満たすために、いい香りがする方へと、歩を進める。
まるで酔っているかのように赤い顔をしたそれのことを、のちに人々は畏怖と戦慄を込めてこう語る。
《酔天童子》と……。
…†…†…………†…†…
俺――酔天童子が生まれてから、だいたい一年ぐらいが経っただろうか。
人間の暦はよくわからんが、とりあえず俺が二回目の夏を経験していることは確かだ。
「ヒヒヒヒヒ……そうだ……もっと苦しめ」
俺は、とある貴族の邸宅に入り浸り、師匠と一緒に人間の感情を食らっていた。
といっても、
「またあのまずい飯をくわにゃあならんのか……」
「贅沢をいうやつじゃのう……」
深々とため息を漏らす俺に、師匠はひとまず人間に対する精神攻撃を止め、こちらを振り返った。
「まったく……ワシが手のかかる弟子のために必死で飯をこさえてやっているところに、なんじゃその言いぐさは」
「だって、まずいもんはまずいんだよ……」
「仕方があるまいて。ワシには美味いんじゃし、ワシはこの感情の採取の仕方しか知らん。うまい飯が食いたいのなら、早く自分の起源を見つけることじゃ」
そう。鬼は人間の強い感情を食らって生きている種族だ。
受肉した今では、人間の料理も食えると言えば食えるのだが、どれを食っても砂をかみしめるような味しかしないため、それを主食にする鬼は少ない。
そして、飯の美味い・不味いがわかるということは、くらう感情にも美味い・不味いがあったりする。
その味覚はどうやら鬼個人単位によってばらばらなようで、自分を生み出した起源――すなわち、自分が生まれる理由になった人間の強い感情に近い感情であればあるほど、くらう感情はうまく感じるのだそうだ。
俺が現在世話になっているこの、一本角の老人青鬼は《恐怖》を糧に生まれてきた鬼だそうだ。
それもただの恐怖ではなく、恋人に見限られる恐怖。そのためこの老人は、男女問わず仲睦まじい恋人を標的にし、自らのささやきや、夢枕に立つことによって、恋人の仲に不和を招き、破たんさせることを生業としていた。
だが、正直俺には……その行いはまどろっこしく感じる。
「どっちか片方食っちまえばいいだろうがよ。そうすりゃ、恋人と引き裂かれる恐怖なんて、簡単に手に入るだろうが?」
「戯け。そんなことをしたら、都の術者に目をつけられるじゃろうが。おまけに、得られる感情も減るしのう……。人間は生きている限り多くの感情を生み出し続ける。生かさず殺さずを貫いた方が、のちのちの食料に困らんようになるんじゃよ」
「そんなもんかねぇ……」
そう言って、再び姿をけし貴族の令嬢をそそのかしに行った師匠を見送りながら、俺は最近居座っている邸宅の回廊から、月を眺める。
――あぁ……早く俺の起源みつかんねぇかな。と、うまい飯を食いたいという一念で、そう思いながら。
…†…†…………†…†…
その願いは意外と速く叶うこととなった。
「お、おのれぇええええええええ!」
「くっ! 最後の悪あがきかっ!」
師匠が仕事に失敗し、都の術者に戦いを挑まれたのだ。
飛び交う霊力と、師匠の鬼気。
それなりの人間の感情を食らってきた師匠は、結構強力な鬼だったらしく、都の術者は苦戦していた。
だが、それでも、人間が操る珍妙な術は偉大だったのか、次第に師匠は押され始め、ついには膝を屈したのだ。
だが、それでも師匠は諦めない。
憎々しげに術者を睨み付け、その鋭い牙を術者に突き立てようと地面をはいずる。
その時、俺はふと思ってしまった。
――なんだ? 師匠がやたらと美味く見える。
そして、そう思ってしまった時には、
「お?」
「え?」
俺は、師匠の頭蓋を砕き、その中から脳みそを引きずり出し口に含んでいた。
眼前では俺の凶行に、唖然としたあげく腰を抜かす都の術者。
だが、今の俺にはそんなことは関係なく、
「うめぇ……」
師匠の脳みそから感じられる感情が、ただひたすら美味かった。
まるで今まで何も食っていない餓鬼のように、師匠の頭をむさぼる俺。
そして俺は確信していた。俺の起源を……俺の存在を形作った何かの正体を!
「闘争心……戦い勝ち抜くための、感情かっ!!」
ようやく俺の起源に行きついた俺は、師匠の血を全身に浴びながら、タガが外れたかのように笑いだす。
戦い、勝ち抜き、生き抜こうとする意志。戦場で生まれた俺の起源は、もっとも俺に相応しいものだった。
だとしたら話は簡単だ。
ついうっかり殺しちまった師匠の、弔い合戦をするとしよう。
「おいこら人間。どうしてくれる……お前のせいで師匠殺しちまったじゃねぇか」
「ひ、ひぃ!!」
「戦え……俺と戦えっ!!」
――殺す。殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す!
――目につく存在全てに戦いを挑んで殺し尽くすっ!! そうすれば、俺を倒すために多くの人間が俺に戦いを挑むだろう。
――俺を殺しに戦意を高めてくるだろう。それが俺にとっては、何物にも代えがたい馳走になるっ!!
そう確信した俺は、まずは手始めにこの術者に戦いを挑もうとして、
「うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「……………はぁ?」
戦意どころか、腰を抜かして後ずさり、失禁しながら無様に這いずって逃げていく、都の術者に唖然とする。
そして、その術者が見えなくなった頃、俺はようやく思考停止から復活し、
「…………………」
その場に残った恐怖の残り香を、とりあえず口に含んだ。
「まじぃ……」
ゲロのような味とションベンのようなにおいが俺の口の中を満たした……。
…†…†…………†…†…
どうやら、俺と敵対するには人間というやつは弱すぎるらしい……。
あの後何度か他の人間に挑みかかってみたのだが、どいつもこいつも腰を抜かして逃げるばかりで、恐怖の感情しか俺に提供しない。
――仕方がない。人間から闘争心を採集するのは諦めようと……。再びめぐってきた夏に、俺はようやく決心を固めた。
だがそうなると、今度は俺がなにから闘争心を採取するのか、という問題にぶち当たるわけで……。
「同族でも狩ってみるか……」
幸いなことに、俺の偉大な師匠のおかげで、同族からも感情を食うことができると分かっている。
だったら話は簡単だ。人間よりも強靭な存在である同族に戦いを挑み、くらっていけばいい。
「そうと決まれば……」
やることは簡単だ。と、俺は一年前師匠と共にすんでいて、今では鬼が住むといわれ寂れてしまった、ぼろ屋敷から外へと出る。
時刻は夜。月の神である霊依産毘売の加護が最大になる満月。
「さて……同族狩りの時間だ」
俺は、鼻をうごめかせ、近くにいる同属の気配を探った。
…†…†…………†…†…
「あぁ……最近どうも活きがいいのがいなくなったなぁ」
また一年たった。
俺は都の鬼たちからはすっかり恐れられる、《同族狩りの酔天》と恐れられる存在となっていた。
狩りを始めた一年前までは、やれ新参の鬼風情が舐めるなと襲い掛かってくる先輩方や、同族を狩る俺が許せんと襲い掛かってくる連中なんてごまんといたんだが……。数多の死線をくぐり、無数の鬼を食らってきた俺はどうやら結構高位な霊的存在になってしまっていたらしく、いまでは俺の姿を見たら都の闇に隠れ、ガタガタと震える鬼ばかりになってしまった。
「つまらんなぁ……」
最近では闘争心を食らう以外にも、敵との命のやり取りにも楽しみを見出すようになった俺にとって、この状況はひたすら面白くなかった。
とはいえ、闇に隠れている鬼どもを引きずり出しても、出てくるのは命乞いと恐怖の感情だけだし……。
「そうや……この日ノ本には、鬼が統べる五つの山があるって聞いたことがあるな」
一年前師匠が話していた、山を収める五人の大鬼。
山を収めるというところから、その大鬼たちは《五山頂》と呼ばれ、日ノ本の鬼たちの畏怖と憧れを一身に集めているのだとか。
確かその五人は……
《蜘蛛山》を統べる、鬼仙童子。
《安増山》を統べる、天目童子。
《劍岳》を統べる、除目鬼女。
《懼留山》を統べる、板子童子。
そして、都のはるか北西に位置する連山――《仰得山》を統べる、とある神皇から生まれた、最強の大鬼、一言主。
そいつらなら、もしかしたら……。
「まだまだうめぇ闘争心を、俺にくれるかもしれねぇ」
――そうと決まれば話は早い! と、俺は意気揚々と旅支度を始めた。
鬼どもから取り上げた物資と、とりあえず非常食としてとらえておいた、どこぞの姫を肩にかつぎ、姫から感じる恐怖の感情を食らいながら、
「さて、行くかっ!!」
凶悪に笑いながら、俺は一路、一番近場にある仰得山の一言主をめざし、都を旅立った。
…†…†…………†…†…
数か月後。俺は仰得山ふもとにある小さな村落のぼろ夜に、ズタボロの状態で寝かされていた。
「ば、バカなんですかあなたは……。あの一言主に挑むだなんて……命がいくつあっても足りませんよ」
傍らには、鬼気迫る形相で俺の看病をする非常食の姫。
あの後、仰得山のあの化物にケンカを売った俺は、年季の違いというものを思い知らされ、ボッコボコにされた挙句、一言主の配下の鬼に食われかけた。
これで俺の人生……もとい、鬼生も終わりかと覚悟を決めた俺だったが、そんな俺を救ったのがこの姫さんだった。
どうやら結構足の速い神様の加護を持っていたらしく、小さな雌鹿を白い霊力で作り出した姫さんは、俺をその背中に乗せて慌ててその場から逃走。何とか仰得山から俺を逃がしてくれた。
「どうして助けた? あのままアンタだったら逃げきれただろ……」
「む、無理です……私が国常大上彦命様からもらえる霊力では、あと数百メートルもしないうちに雌鹿の維持が解けましたし、ゆっくり休んで霊力が回復した翌日には、仰得山の鬼たちの包囲網ができていました。私が強行突破したところで、すぐに捕まってしまいます。だから突破力のあるあなたの力が必要なんですっ……!!」
はやく、早く回復してっ!! あいつらに見つかる前に。と、鬼気迫る顔でそんなお願いをしてくる姫さんに、俺は苦笑いをしながら、慣れない手つきでまかれた包帯と、濡らされて額にあてられたぼろ布を触る。
「ふっ……なんだ。俺に惚れたなら惚れたとそういえばいいだろうに」
「目玉くりぬきますよ?」
「俺よりアンタ方がよっぽど鬼っぽいよ……」
怒り狂った狂気の形相を向けてくる姫さんに、割と真剣に恐怖を抱きながら、俺はひとまずため息をつき、
「でもよぉ、あと一手あったらあの一言主倒せた気がしねぇ?」
「……えぇ、まぁ。いい線行っていたような気はしますが」
「だろぅ? 俺は闘争心を食らう鬼だからな。戦いが長引けば長引くほど……俺の力は上がっていくんだよ。相手の闘争心を常に食らえるからな。それに流石は五山頂の一角。あいつの闘争心はなかなか美味かったし……」
「でも、結局一手足りないことに違いはないじゃないですか」
「そうだよなぁ……。特にあの言霊、卑怯だよな……。『動くな』で体の動きを止めるとか、きたねぇよあれ」
「私たち人間からすれば、あなた方の肉体も大概汚いですが……」
そんな姫のボヤキをしり目に、俺はある決意を固める。
「よっしゃ! 一手足りない分補うために、武器作ってもらおうぜっ!! 都の東にデケェ湖があったろ? 確かあそこにいる《鉄百足》っていう連中がいい武器作るって話だ」
「はいはい。もう先の予定は良いですから、そんなもの立てる前に何とか私たちをこの窮地から救うために、早く元気になってくださいね」
目を輝かせて、あのいけすかない鬼の統領に勝つ策を練る俺に、半眼を向けながら、姫は俺の額にあてられたぼろ布を変えてくれた。
ようやく俺の鬼生……面白くなってきたじゃねェか!!
…†…†…………†…†…
それから一年後。
「なぁ……まだなのかよ」
「うっさいわね。黙って待てって言ってんのが聞こえないの。せかしてもいい武器はできないって昨日も言ったでしょうが!」
「だって、この集落に来てもうどれくらいたったと思うだよ。なぁ姫!」
「あなた大概規格外なんですから、それに合わせた武器も相応に時間がかかるのは当然でしょう」
「流石姫。そこのバカと違って話が分かる!」
半年前、何とか仰得山の連中の包囲網を潜り抜け、淡海の国の御神山に拠点を構える冶金集団《鉄百足》の集落を訪れた俺たちだったが、俺は鬼。
当然武器を作ってくれる鍛冶師なんているわけもなく、俺は途方に暮れていた。
そんなとき、
『あんた……武器がほしいの?』
そう話しかけてきた一人の女が、俺の姿を見た途端家の中に引っ込み結界を張った住人達とは違い、唯一俺の話を聞いてくれた。
それもそのはず、その女は、
『だったら私が、あんたにふさわしい最強の武器を作ってあげるから、ちょっとだけ待ってなさい』
額に長い一本角を生やした、女の鬼だった。
女の名前は玉鋼。今は玉鬼と名乗っているらしい。
なんでも女はもともと人間だったらしいのだが、女だてらに鍛冶屋をめざし、集落の人間たちからバカにされて育ったらしい。
それでも、男の鍛冶師たちに負けない武器を作ると、執念に執念を燃やし、女のひ弱な筋力に絶望しかけたとき、強靭な鬼の肉体を手に入れたんだとか。
こういった例はべつにいないわけではないらしく、内心で育った鬼がそのまま育ての親の魂と同化してしまい、肉体がそれに引きずられて鬼になってしまうんだとか……。
俺が殺しちまった師匠は、こういった存在を人鬼と呼んでいた。
なんでも五山頂の鬼仙童子がこれなんだとかいう話だが、どこまで信じていいモノやら。
とにかく、鬼の肉体を手に入れることで男たちにも負けない筋力を手に入れた玉鬼だったが、当然鬼になった女を村の人間が普通に扱えるわけもなく、村八分状態で集落から叩き出されたらしい。
それでも最強の武器を作ると息巻き、ずっと研究を重ね、ようやくその武器が形になり始めたはいいものの「これ人間にはふるえなくね?」ということに気付いたこのバカ鍛冶師は、自分が考えた最強の武器をふるえる存在を探していたらしい。
そんなときにやってきたのが俺というわけで……渡りに船と、このバカ鍛冶師は俺にその最強の武器をふるわせるために、話しかけてきたんだそうだが、
「でも、幾らなんでも半年は長いと思いますけどね……」
「あ、安心してもいいわよ姫っ! あとは仕上げ。仕上げだけだからっ!!」
と、割とあっさり意見を翻してお茶をすする姫に、玉鬼は顔をひきつらせながら、熱した鉄を炉から取り出し、台に置く。
そして、
「よく見ておきなさい、あんたの武器が誕生する瞬間を」
そう言って不敵に笑った彼女は、手に持った槌を大きく振りかぶり、
「はぁっ!!」
鬼気を込めて、鉄を打つ。
打つ!
打つっ!!
火花と共に金属音が迸り、鉄は見る見るうちに鍛造され頑丈に。そして、槌に込められた鬼気が反応し、鉄をさらに強化していく。
真っ赤だった鉄がどんどん冷えていき、黒金より……新月の夜よりなお深い黒になって、俺たちにその威容を現していく。
そして、
「できたわ……」
「「おぉ……」」
ようやく出来上がった俺の武器に、俺と姫は感嘆の声をあげて、その武器を覗き込む。
その時だった。俺の額に何かがコツリと当ったのは。
「ん?」
俺はその感覚を不思議に思い、ふと姫の顔を見上げる。
「あれ、姫? お前角なんて生えてたっけ?」
「え?」
俺の言葉に驚いた姫は、慌てて自分の額をさわり、
「な、なんじゃこりゃぁああああああああああああああああ!?」
いつのまにか自分の額に生えていた、二本の角の感触に悲鳴を上げた。
…†…†…………†…†…
そして、
「いや~激戦だったぜ! ほんと、この《鬼金棒・鬼徹》がなかったら今頃どうなっていたことか!」
「ふふふ! もっと褒めていいわよっ! それにしても感慨深いものがあるわね。あのどこぞの浮浪者と見紛わんばかりだったアンタが、いまじゃ五山頂の一角なんて」
「そんなこと言ってないで私の角どうにかしてくださいよっ!!」
「俺らの鬼気にあてられて、完全に魂ごと鬼になっちまったんだから、どうしようもないって姫」
「そうそう。世の中諦めが肝心……住めば都とはよく言ったものよ?」
「私はもともと都に住んでいたんですよぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」
仰得山の主・一言主を叩きつぶし、新たな仰得山の主となった俺は、祝勝祝いと称して俺の配下になることになった玉鬼と、泣きくれる姫――もとい《涙鬼》と共に酒を交わす。
「さぁて! 鬼退治をしに来る強い連中が来るまで宴だ、宴っ!! じゃんじゃん飲んでかっ食らえっ! 山ごと強奪したから、食料庫には一言主が残した食い物がまだたんまりだっ!」
「何食っても砂みたいな味しかしないんですけど……」
「うぅ。せっかく高そうな白米なのに……」
配下二人の愚痴を苦笑いで聞き流しながら、俺は唯一味を感じることができる人間の飲み物――酒を飲みながら爆笑する。
仰得山頭首・五山頂一角――酔天童子は相棒の黒いトゲだらけの金棒と共に、今日も今日とて挑戦者をどしどし募集中だっ!!
*酔天童子=日ノ本の名だたる大鬼――《五山頂》の一角を担う、闘争の大鬼。
三度の飯より戦闘が好きで、敵が発する闘争心を糧に生きている古い鬼。
もともと彼が支配していた仰得山は、最古の鬼・一言主が支配統治していたが、彼はその一言主を破り仰得山を獲得。そのことから五山頂最強の鬼と目されている。
ただ、戦闘の次に酒が好きだった彼だが、その実酒に弱く酔いやすい体質だったようで、戦っていないときは常に酒をのみ、泥酔した後、起きたら吐くというダメ人間……もといダメ鬼生活を送っていたらしく、彼の側近であった玉鬼と涙鬼は常に懐に酔いさましを入れていたんだとか……。
彼が有名になったのは、後に現れる原来光と、来光率いる四天王の激闘のお話。
そのはげしい戦いの痕跡はいまでも残っており、仰得山にある巨大な渓谷は、実はその戦闘の跡だとかいう伝承が残る。




