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誰も望まなかった結末

 氷の大地を駆ける巨大な竜たち。


 それを迎撃する父の姿を、私は見つめる。


 天空を舞う竜たちを打ち抜く将軍の姿。


 日ノ本を助けるために降臨された灰色の嵐。


 荒れ狂う海が、すべてを飲みほし、敵の最後の抵抗すら父は切り抜け、


 父と母は、すべての憂いを取り払った。


 その物語は……私にそのすべてを教えてくれた。


 だが、


『なんだ、この不敬な人間(・・)は』


 母を取り返しに来た祖父――テスパクトリスの一言によって、その希望は打ち砕かれた。


 ふたたび戦争にまで発展しそうなほど、場の緊張が張り詰めていく。


 領土を攻撃された神々は怒り狂い、祖父たちもそれを睥睨し蹂躙しつくす気構えでいた。


 だが、


 そんな中、父だけが……母の願いをかなえるために行動していた。


『お許しくだされ、異国の太陽神・月光神。あなた方の娘に、われわれはいささか配慮が足らなかったようでございます』


 神皇がするのはありえない、自分の非を認める頭を下げるという行為。


 父は、それをあえてすることによって、母が嘆願した戦争の回避を見事に叶えて見せた。


 そして、二人の別れ。


 涙ながらに父と話す母は、最後に卵にした私を生み出し、父へと託した。


 母はそのまま、天空の大陸へと帰り、父は私を育ててくれた。


『賢気様……この子には、この話はしないでほしいのである』

『そりゃまた何で? 教えといた方がいろいろ為になるとは思うぞ……』


 貫己ならむしろ積極的に教えろと言ったはずだ。と、断言なさる賢気様に、父上は首を振りながら、穏やかに眠る赤子だった私を見つめる。


『輝夜は最後まで、自分の家族と余らが不仲になることを望まなかった。だからこそ、この子にはあの二頭の竜に余計な反感を覚えてほしくないのだ。それに、この子の出生は事情があったとはいえ異形の物……貴族達も、その事実をいまだにどう扱ったものかと困っておる。ならばもう、なかったことにしてしまうのが一番手っ取り早いであろう?』


 この子に余計な苦労はかけたくない。余らの事情などこの子は気にせず、幸せになってほしいのだ……。と、父はそう、賢気様につぶやいていた。


 卵から生まれたという異形の出生が、妙な重荷にならぬよう、この物語を隠し通し、私を育ててくれたのだ。


 母との別れという……身を斬るような悲しみをこらえて……。




…†…†…………†…†…




 天井に輝く、輝夜がつかさどる無数の星々。草原のただ中、それを見上げるように上を向いていた冠務の目じりから、一筋の涙が零れ落ちるのを見て、俺はひとまず安心かなと安堵の息をつく。


――やっぱり、両親は偉大だって話なのかねぇ……。


 神にはなれなかったが、きっと今頃どこかの天界でこちらを見守っていると思われる若宮に、俺は内心で頭を下げながら、こちらに視線を戻した冠務に話しかける。


「で、感想は……」


「父は……やはり、偉大だったな」


 先ほどまで見えた自愛への怒りはもう見えない。


 涙でわずかに赤くなったその瞳から、そのことがうかがえた俺は、ほっと安堵の息をつき、


「そして、お前の祖父母は褒められた親じゃなかった……」


「――理解している」


 父の意向には反するが……それは認めざるえない。と、ダメ押しとばかりに告げた俺の一言に、冠務は首肯を示す。


「だが、お前はその二人の模倣をおこなおうとしている。今のお前を見たら、若宮はいったいなんていうと思う?」


「だが、しかし……私は裏切られたのだぞ? 長年の信頼を……自愛に裏切られた」


「自問自答か? まぁいい。久々に説教しているんだ。お前のバカな堂々巡りにも付き合ってやるさ」


――神皇に答えを示すのが俺の役目だしな。と、俺は小さくつぶやいたあと、


「お前は、あの二人がそれを自覚していなかったと本気で思っているのか?」


「それ……は」


「自覚していたに決まっているだろう。申し訳ないと思っていたに決まっているだろう。だからあの二人は隠し通したし、強引な手段もとらなかった。ひとえに、お前を尊敬し……お前の意向を尊重していたからだ」


「……」


 無言になり、目を閉じる冠務。その脳裏では、きっと普段の二人の態度が思い出されているのだろう。


「自愛はお前を裏切ったりなんかしていない。きっとこの関係がばれたら首を刎ねられると……わかっていながら、お前の部下として、六歌仙として、誰よりもお前のために尽くしてきた男だっただろうが」


「……だが、奴は身分の低い、いやしい男だ。もしかしたら、天華に近づいたのだって、出世を狙っての」


「本気で言っているのだったら怒るぞ? ずっとあいつを息子として可愛がっていたお前が……それを言うのは、間違いなくお前が、自愛を裏切る行為だ」


 わずかに怒気を孕ませた俺の言葉を最後に聞き、冠務はため息をもらす。


「わかっている……。わかっているんだよ、賢気様。私が馬鹿なことをしていると、私の目が曇っていると。子供のころからずっと一緒だったあの二人が、恋愛して結ばれるのが、きっと誰もが幸せになれる答えだって……わかっているんだよっ!!」


 でも。と、言葉を区切り冠務は震える。


「さびしいじゃないか……。苦しいじゃないか……。だってあの子は私の娘だ。それが私の手から離れていくのは、つらいじゃないか」


 きっと冠務は泣いているのだろう。いい歳こいたおっさんが、身を斬られるような痛みにさらされ、泣いている。


 だが、


「若宮は、自らが最愛の妻と切り離される痛みに耐えきったぞ? 耐えて笑って生き続けたぞ?」


「………………………」


「冠務……お前は、その強い男の息子だろうが?」


――今生の別れというわけじゃないんだ。俺はそう言って、ようやく芯が定まった冠務を見て笑いかける。


「あまり、お前の親父が草葉の陰で泣くような、情けないことは言うな……」


「えぇ。理解していますよ……言われなくても」


 父に恥じぬ男になると……神皇になるときに決めたのですから。と、冠務は袖で目元をぬぐい、


「お恥ずかしいところをお見せいたしました、最高神・賢気朱巌命様」


 神皇の顔になった。


「わが娘と、自愛の婚儀……認めましょう」


 ようやく……頑固な子供離れができない、馬鹿親が折れてくれた。


――これでようやく、あいつらの苦労も報われる。俺はそう思い、安心のあまり力を抜く。


 だが、俺はこの時遅きに失していた。


 俺たちが幻想空間から出てきたときには、すべてが終わってしまった後だった。




…†…†…………†…†…




 私――天華は内裏の回廊を駆ける。


 途中、幾人もの官吏たちが私を止めようとしましたけど、私はそれを振り切って必死に走ります。


「ひ、姫様っ!」


「そちらに行ってはなりませぬっ!!」


「どいてくださいっ!!」


 必死の形相で私を押しとどめようとする女房たちを振り切り、私は走ります。


 ひとえに、自愛の身が心配だったから。


 自愛の無事を祈っていたから。


 そんな私の願いが届いたのか、私はもう何度目かも忘れてしまった、回廊の角を曲がった時、


「っ!!」


「天華……」


 白と赤のまだらの服を着た、自愛の無事な姿を、見ることができました。


「自愛っ! 自愛っ!!」


 最愛の人の無事な姿を見て、私はなりふり構わず彼に飛びつきました。


 彼から漂う血臭が、否応なく私に彼が深い傷を負っている可能性を、想起させたから。


「ど、どこか怪我をしているのですか? 自愛っ! 場所を言って、すぐに医官を呼んで……」


 だから、慌てふためいてしまっていた私は気づきませんでした。


 自愛が傷一つ負っていないことを。


 服についたマダラの紅い模様は、彼が切り裂いてきた武官たちの返り血であることを。


 そして、


「天華……すいません」


「え?」


 彼が私の胸に突き刺した、短刀を持っていたことを……。


 私の胸の中に、灼熱の痛みが走る。


 私はそれを呆然として見つめながら、「なぜ?」と呟こうとして、口から血を漏らし崩れ落ちます。


 遠いところで悲鳴が聞こえる。


 女房の誰かにみられたのでしょうか?


 どこか遠いところの出来事のように現実世界をとらえていた私に耳には、なぜか自愛の声だけがはっきりと響き渡りました。


 かれは、崩れ落ちた私を抱き留め、その視線を合わせて呟きます。


「すいません。すいません……でも、私の隣にいてくれないのなら、私に微笑みかけてくれないのなら……いっそ魂だけでも、私と共にいてください……」


 その声から感じられるのは深い絶望でした。


 その瞳に感じるのは狂いきった愛でした。


 それを感じ取った私は、見る見るうちに顔が醜くゆがみ、一本の角が額から生えだした自愛の頬に触れ、

挿絵(By みてみん)


「ごめん……ね」


 ふがいない自分が、素直になれない自分が、きっとこの結末を引き寄せてしまったのでしょうと……何となく悟ってしまい、謝罪を口にすることしかできませんでした。




…†…†…………†…†…




 愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している、愛している。


 血を吐き、崩れ落ちる天華を見て、私――自愛は必死に自己防衛をするために、頭いっぱいにその言葉を満たす。


 歌人として愛の歌を詠む余裕など、今の私にはもうなかった。


 ただ、もう届かぬ私の愛が、この死にゆく彼女にせめて伝われと、必死になってその一念を思い続けていた。


『いいねぇ、いいねぇ! さすがはお父様っ!! あんた最高だよっ!! 最高の愛だよっ!!』


 心の中に響き渡る、あの声も今の私には雑音でしかない。


 ただひたすら、自分は悪くないと……情けなく私は叫び続けた。


 その時だった、


「ごめん……ね」


「っ!」


 天華が、泣きながら私の頬に触れてきたのは。


 絶望に埋め尽くされた思考が一瞬止まる。


『あぁ?』


 内心の声が不機嫌そうな声で呟くが、そんなことはもう関係ない。


「あなたに……こんなことさせちゃって。こんなつらい思いをさせちゃって……私が素直になれないばっかりに」


「な、なにを……」


『っ!? やめろ、お父様っ! その言葉は聞くなっ!!』


 内心の声が私にそう語りかけてくるが、私にその声に反応する気力はもうない。


 だって、その言葉運びはまるで……まるで、


「私たち、勘違い……ばかりしてきたよね」


「天華……」


「だから、最後ぐらい……間違えないようにしないとね」


「天華っ」


「私は……あなたが……鹿自愛が」


『やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』


 内心の絶叫すら、私がその言葉を聞く妨げにはならず、


「今も昔も……ずっと……大好きだよ」


「――っ!」


 その一言だけで、私がすべてを悟るには十分でした。


 結局、また私は間違えてしまった。


 疎遠になった時のように、私は勘違いしてしまっただけだった。


 天華は今でも私のことを愛してくれていて……。


 きっと斎宮になるもの、私と結婚するための布石で……。


 いつもと同じように、私が女の人と一緒にいるのを見て、かわいらしく嫉妬をしただけだったのだろう……。


 ただ、それに気付くのはあまりに遅く、


 彼女は私の腕の中で、その命を終わらせてしまった。


 自分の告げたいことを最後に言えた満足さからか、その死に顔はとても穏やかで、


「……あぁ」


 もう二度と、呼吸をすることも、言葉を発することも、笑いかけてくれることも……ない。


 彼女の魂は、心の闇が作り出した……あの短刀にのまれて呪われた。


 彼女は永劫に転生できぬ苦しみを、私の血族の中で味わう。


 それを悟った瞬間、私の中で何かが壊れ、


「アァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 私は絶望のあまり、絶叫する。


『最後の最後でどうなるかと思ったが……お父様っ! あんたホントに、美味しい生みの親だったぜっ!!』


 私の中から出てきた真っ黒な闇が、私とは似ても似つかない、漆黒の肌を持つ、角をはやした化物になって抜け出すのにも、気づけなかった。


 うわぁあああああああああああああ! やっちまったぁあああああああ! 書いちゃったァアアアアアアアア!!


もう後には引けません……。あと少し、あと少しだと自分を叱咤激励しておきます……。


 まぁ、悪いことばかりではなくいいこともあったんですけどね。


 ユーザー・天さんから、もうそろそろ再登場するかもと予想される、焔真大王の挿絵をいただきました!!


『明石閑話・圏獄黄泉合併記』に添付してあるのでまた見てください。


 正直イメージにぴったり過ぎてビックリしていたりします……。

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