明石閑話・山はり少女の神頼み
2014年2月上旬。
「はぁ、はぁ……。この現代社会にエスカレーター処理されてない石段とか、バカじゃないの?」
無駄に高い地元の山の頂上にある小さな《天神神社》。学業の神であり、最後の古代の形式で生まれた神としても知られる天神は、天地創造神にして人に知恵を与えたとされる賢気朱巌命に匹敵する、知恵の神だとされ、私たち学生からとって~もありがたがられる神様なの。
おまけに賢石神社しかもたない、格式高くて近づきづらい賢気朱巌命とは違って、全国にその支店たる《天神神社》があるから通いやすい。そのこともながく天神様が信仰を受けている理由の一つなんでしょうね~。
というわけで、もうそろそろ卒業がかかった期末考査が近いとある女子学生こと私は、地元の天神神社を訪れ、どうか単位が取れますようにとお祈りに来たわけなんだけど……。
「つ、つかれた……。ちょ、ちょっとやすも」
「まだ半分も登ってないわよ……」
「元バレー部だった優香ちゃんと一緒にしないで~。帰宅部の体力のなさ舐めないで~」
「自慢げにいうことじゃないでしょ……」
階段長すぎるでしょ……。と、私は長い石段の中ほどでぐったりとへばっちゃった……。昔の人は願いをかなえるために、百回これに上ったっていうけど、頭おかしいんじゃないの?
なんでただの神頼みにこんだけ疲れないといけないんだろう……。と、私が世の中の理不尽さを呪う中、ちょっとだけ先を登っていた私の友人――優香ちゃんは、嘆息交じりに降りてきて、
「ほら! 今回は本気でヤバいからちょっと本気出すって言ったでしょ! そして本気の出し方が神頼みなんでしょ!! 勉強なんてほとんどさぼって地元の天神めぐりしたんだから、これぐらいやり切りなさいっ!!」
「うぅ。優香ちゃん厳しいよォ……。お母さんみたいなこと言わないで」
「だまらっしゃい! ほんと、何でアンタが東都大受かってんのよっ!」
「いや、山が驚くほどあたっちゃって」
「全国の受験生に土下座して謝れっ!!」
おかげで怒り狂った高校の先生たちが、うちの学校の恥である絶対アンタは大学に行かせない! このまま東都大に行かせるくらいだったら単位やらん!! って、今回のテスト本気なんだからねッ!! と、憤る優香ちゃんに引っ張られながら、私はヒーヒー言いながら石段を上る。
そして、
「あら? こんな寂れた天神社に参拝客なんて、珍しいわね?」
「「ん?」」
私たちは階段を上りきった先にある境内で、竹ぼうきを持って木の葉を集めていた、
「ようこそ、参拝客様。ここの巫女のお手伝いをやらせてもらっている、井成っていうわ。よろしく」
「あの……嘘ならもうちょっと上手についてください」
「why!?」
タイトなスカート装備をした、スーツ姿の美人さんに出会った。
…†…†…………†…†…
「もう、巫女服着ていないからっていきなり疑ってかかるなんてひどくない?」
「いや、だって……」
「TOPが読めてないよ、お姉さん!」
「ははは。小娘、さては君馬鹿だな?」
それじゃぁ、私はインターネットサイトのホーム画面を延々読み続けることになる。と、スーツ姿のお姉さんは、お賽銭を投げてお祈りを済ませた私たちに、苦笑いをしながらお茶を出してくれた。御茶菓子は、チョコが中にたっぷり詰まったあれだ。
うん。やっぱりTOPが読めてないよっ!
とはいえ、お姉さんがこの神社の関係者さんなのは本当らしい。さっき顔を出した神主さんに、台所借りますよ? っていって、お茶汲んできてくれたし。
神主さんがえらい必死な顔をして「私が注ぎますから、お願いですから、そんな雑事を進んでやろうとしないでくださいっ!!」って、敬語だったのはちょっと驚いたけど。
とはいえ、そんな神主さんの進言を「あなたも忙しいでしょ? まかせなさい!!」って、強引に押しのけたお姉さんのお茶は、お姉さんが入れてくれてよかったと、私が思うくらいは美味しかった。
「で、小娘たち? こんな時期に、こんな寂れた神社へ何の用? 受験シーズンはもう終わったんじゃなかったかな?」
「えぇ、まぁ……。受験はソコソコいい大学に行けることになったんですけど」
「ひどいんだよっ! 私がちょっと実力に見合わない大学に行くからって、高校の先生たちが本気で私を卒業させないために、期末考査を難しくしたのっ!!」
「そりゃひどい! ちなみに君偏差値は?」
「38」
「そりゃひどい……。で、いったいどの大学行くの?」
「東都大だけど」
「東大ですって!? …………大人しく高校もう一年やった方がいいんじゃない?」
「あってたった数分で裏切られたッ!?」
「まぁ、それも仕方ないかもだけど……」
呆れきったように肩をすくめる優香ちゃんに、笑顔を引きつらせるスーツ巫女さん。なぜっ!?
「まぁ、天神神社の一員として、少しはアフターケアしてあげるけどさ。で、どんな科目が苦手なの?」
「ん? お姉さん勉強得意なの?」
「こう見えてもお姉さんは、なんでも知っている伝説の巫女さんだったこともあるんだよ? 神童なんて言われちゃってね」
「はははは」
中二病は、中学二年生で発病するものだよ、お姉さん。と、私が笑った瞬間、なぜかお姉さんは憤慨して、
「何その微妙な笑顔!? 学力という面では、万が一でもアンタに負けることだけはないもんっ!!」
「お、お姉さん落ち着いて。ほらっ! あんたも謝るっ! 確かに今の発言は痛々しかったけどっ!」
「ちょ、優香ちゃん!?」
礼儀正しかった優香ちゃんの突然の暴言に、お姉さんは目をむくが、甘いね。優香ちゃんは油断している人の背中を、後ろから刺すのに何のためらいも感じないたたたたたたた!?
「何か失礼なこと考えなかった?」
「か、考えてません! 考えてませんっ!! 古文! とりあえず古文が比較的苦手ですっ!!」
まずい! 優香ちゃんの妖怪・サトリ直観が発動しちゃった!! 流石は妖怪と人間のハーフだよっ!? と、とにかく腕をひねり上げるのやめてもらうために話題の変更をっ!!
「古文? 何やってんの?」
「試験範囲は《安条史禄》の最初の方だったと思います。ギリギリ高校の学力で読めるところがあったらしいので」
「またマイナーな。いちおう《六国史》の一つだけど、高校の授業でやるもんじゃないわよ?」
と、巫女さんは呆れながら神社の社に入っていき、
「はい。っと、この本の最初の方ってことは安条時代の中期あたりね……。というか、この話を高校生にやらせるって、あんたの高校もよっぽどせっぱつまってんのね」
「「っ!?」」
な、なんだかやたらと格式高そうな、それでいて貴重そうな……長い年月を感じる、ボロボロの書籍を一冊持ってきて、私たちの前に広げてくれてっ!!
「こ、これまさか……」
「《安条史録》の現ぽ」
「さて、訳のポイントと、注意が必要な特殊構文上げながら訳してあげるから、しっかりとメモとるのよ。なかなかヘビーな話だけど、なぁに。今の昼ドラよりかはましだから!!」
お姉さんはそう笑って、私たちに安条時代の出来事を教えてくれる。
それは、貴族文化が根付き始め、日ノ本独特の文化として消化され始めたころの時代。
その時に起った、身分違いの恋が発端の……日ノ本史随一の悲劇。
狐獣人迫害へと至る、不幸な結末の物語。
*六国史=国の歴史が記された、代表的な六つの書物。
神代から古代の出来事が記された《明石記》
古代から安条前期の話が記された《萌芽史》
安条中期から安条時代の終わりまでが描かれた《安条史録》
武蔵時代から動乱時代に至るまでが描かれた《武蔵覚書》
動乱の時代、各地を転々とした《歩き巫女》の日記であるとされる《乱歩日記帳》
太平の恵土の出来事を、年表形式で記した異質な歴史書《安平時録》。
以上の六つで六国史とされる。なお、以降の時代の歴史が記されたものもあったのだが、当時その書物を紹介した教科書が六国史に対抗し《新五国史》という名前を付けてしまったため、ぱくりじゃねーかという苦情が出版社に殺到。逆に不人気になってしまった。そのため、近代史を記した書物は六国史と比べるとあまり有名じゃない、マイナー歴史書としての烙印を押されてしまうこととなる。




