嫁造り……獣人創生悲話
さて、ひとまず瑠訊の嫁問題の解決方法の方針が決まったところで、
「まずは材料集めだ」
我ながら酷い言い方だと思ったが、生憎このくらいしか、言葉が思い浮かばなかったのだから仕方がない。
とにかく、俺――賢者の石と、大風彦と、岩の神様はそのまま森や海といった、自分たちのフィールドにわかれ、それぞれ人型にしたら瑠訊が気に入ってくれそうな動物を探すこととなった。
「といっても、俺は自力で移動できないから、岩の神様と一緒だけど」
「あなたと二人きりというのも珍しいですね……」
そう言えばこんなことなかったな……。と、いまさら気づいたといわんばかりに、俺を持って嫁さがしに森を散策しながら、感慨深く頷く岩の神様。
だが、よくよく思い返してみれば、大風彦の生い立ちを聞いたときは確か二人で話していたような……。
「大風彦がいたでしょう?」
「あんな原始人状態のやつなんて、カウントに入れてどうする?」
「案外覚えている物ですよ? 私たちのあのときの会話どんな感じだったと聞けば、ニュアンスは大体間違っていない話をしましたし」
「まじでか!?」
そう言えばさっき、猿からの進化の話をしたとき全く驚いていなかった!? なんか会話に違和感があるなと思ったらそれが原因か!? と、俺が、おそらくこの世界の人類初であろう、自分たちのルーツが猿であることに気付いた、人間の存在に戦慄を覚えたときだった。
「あ、いましたっ!」
「なにぃ!!」
ぶっちゃけそんな話は雑談くらいで流すつもりだった俺は、岩の神様の発言と同時に、そのくだらない事実は百億光年かなたに置き去りにしてしまう。
(いや……だってね。大風彦は言うなって言ったら言わないやつだし、何より今の時代で人間が猿から進化したなんて言ってもね……)
そのような些事よりも、今は獣娘の方が大事だった!!
「ウサギか? ネコか? 犬か? ま、まさか……いきなり狐なんてハイランクな動物が!!」
そう言ってニヤニヤ笑いながら(石だから(以下略))、おれが岩の神様が指差した方を見ると、
「フッ――――!! フッ――――!!」
「…………………………………………………………」
自分の縄張りを荒らされたと思っているのか、とてもいきり立った鼻息を鳴らす、醜く巨大な傷痕によって隻眼になってしまった、ごついメスのツキノワグマがいた。
「可愛いですね! あのごつごつした筋肉が詰め込まれた体のラインが何とも……。大陸の大いなる物よ!! 初めの嫁候補はあの子にしましょう!!」
「えっ? ごめん……お前の感性がわかんない」
どうやら岩の神様は、岩だからゴツゴツした者に美を感じるらしい。俺が止める間もなく、足を踏み鳴らしただけで起こした地割れの中に、あっさりクマを放り込み捕獲。驚き、慌てふためき、必死に外に出ようとしているツキノワグマに近づき、神様の鉄拳ならぬ石拳をふるいあっさりと意識を刈り取った。
「さて! これで第一位の有力候補が捕まりましたねッ!!」
「……………………………………………」
(いや、まぁ……手伝ってもらっている手前あんまり大きな口は叩けないけどさ。なんか、違うだろこれ?)
たんこぶを作って目を回すおっかないクマの姿を見て、俺はこの計画の前途多難っぷりをようやく悟った。
…†…†…………†…†…
結局俺の抵抗虚しく、森での瑠訊の嫁候補は、石の神様が気に入ったラインナップになってしまった。
ラインナップ①=デカイツキノワグマ。その圧倒的破壊力をもって、瑠訊のハートもブレイク(物理)できるかっ!?
ラインナップ②=飢えた狼。いちおう……イヌ科。どうやら典型的な一匹オオカミ気取っていたせいで、痛い奴認定されて群れから追放されたらしい。当然群れで狩をすることが前提の身体構造をしている狼にとって、群れからの追放は緩やかな死刑を意味する。はっきり言って出会ったときは、神様である俺たちを食らいかねないぐらい目を血走らせていたが……。その圧倒的な肉食力で見事瑠訊のハートに食らいつく(物理)ことができるかっ!?
ラインナップ③=サーベルタイガー。いちおう……うん。ネコ科。俺のイメージする猫が見つからなかったため、苦肉の策で捕まえてみた。がんばれば猫娘にならないかな……と期待してはいるのだが、ネックは普通に歩いていても地面のこすりかねない長さの牙だろうか? 果たしてその強靭な牙で、瑠訊のハートを射抜く(物理)ことができるのかっ!?
「いやまずいだろ。嫁候補が全部、瑠訊の命ガチデ狙いに来ちゃってるじゃないか!?」
「え? いいでしょう? かわいいでしょうこの娘たち!?」
「あぁ、ちくしょぉおおおおおおおおおおおお!! いますぐ眼科を作りてぇええええええええええ!?」
何やらとても悲しげな顔で必死に猛獣たちをかばう岩の神様に、なんといっていいかわからない俺。
なによりも、猛獣たちが気絶する原因である巨大なタンコブは、全部岩の神さまの石拳によって作られたというのが笑えなかった。
「大体なんで、普通の犬や猫がいないの!? おかしいだろっ!?」
「おかしいと言われましても……。あなたが言う小さな鼻良き獣や、気まぐれな獣など、早々いるわけないじゃないですか。いたとしても生き延びられません。野性を甘く見てはいけませんよ?」
「あぁ、畜生!? 今まで常識なしの発言していたくせに、いまになって説得力のあるセリフ吐きやがって!?」
だが、言われてみれば確かに岩の神様の言うとおり。
あぁいった愛玩用の動物というのは、自分の身を人間が守ってくれるようになって初めて変化し生まれたもので、いまの完全な野生の状態で、野生動物の彼らに、わざわざ自分が弱体化する進化を求めろというのも酷な話なのだ。
というわけで結論。
「俺が期待した獣娘のベースになりそうなのは、こいつしか見当たらんか……」
そう言って俺が視線を巡らせた先には、俺が岩の神様に言って作っておいた原始的な罠にひっかかった野ウサギだけだった。
毛色は茶色でイメージには程遠いが、まぁ前者の候補たちよりかはましだろう。
「はぁ……。あとは海の動物の方に行った大風彦に期待するしかないか」
「海ですか……。あんまり期待しない方がいいのでは?」
あんな鱗だらけの生き物しかいない場所で、人間にしたら可愛くなりそうな動物などいないと思います。と、ちょっとだけ苦笑いをしている岩の神様。
よっぽど「美的センスが人間とはずれている、あんたが言うな」と言ってやりたかったが、ここで揉めても不毛なことになるのは分かっていたので、俺は口をつぐんでその言葉を必死に流す。
そんなくだらないことを俺たちがしているときだった。
「もどりました」
そういって、大風彦が巨大な何かを背負って陸に上がってきたのは。
「「え……」」
驚く俺と石の神様をしり目に、大風彦が陸に降ろしたのは、
「早く人型にしてください。死んでしまいます」
チョット現代日本では見ることができなかった……巨大なホオジロザメだった。
…†…†…………†…†…
なんでこんなところにいるんだよっ!? とか、ホオジロザメってお前っ、どうやって捕まえたっ!? とかいろいろ言いたいことはあったが、
「だ、だめだった……ですか?」
と不安気にきいてくる大風彦にそんなことを言えるわけもなく、
「し、しかたないな……」
「え、えぇ……。息子よ、あなたは何も悪くありません。悪かったのは多分《間》です……。間が悪かったのです……」
信じられないくらい凶悪な雰囲気を出すサメに、ビビっていた岩の神様と一緒に、必死に大風彦にフォローを入れながら、俺たちはひとまず自分たちの加護を各動物たちに与えていった。
二足歩行が可能な強靭な足と、器用な前足。
人間とコミュニケーションがとれる賢い頭脳。
極力毛や鱗は少なく、人間に近い容姿を……しかし彼らが獣人であると分かる程度に、元の獣の姿を残す感じで……。
そして、そんな改良を施した結果……。
「お、おぉおおおおおおおおおおおおおおお!?」
ちょっと驚くべき変貌を遂げた獣たちが、そこには鎮座していた。
クマは……やはりというかなんというか2メートル強という巨体を持つ、筋肉質な女性になってしまったが、その体が放つ威圧感は、ところどころに生える黒い毛皮を持つ褐色の肌と、愛嬌のあるクマ耳が、その威圧感を相殺していた。
クマの○ーさんは、なるべくして有名になったのだと悟った瞬間だった。クマには何気に愛嬌があるのだ。
対する狼は、どちらかというと細身なスマートな体系になった。食糧不足で痩せていたのも原因の一つだろうが、どちらかというと猛獣独特の無駄のなさがうかがえる体だった。
若干釣り目の、気の強そうな、鼻が若干高い犬フェイスになってしまったが、十分許容範囲だろう。
サーベルタイガーは、極限まで牙が小さくなるよう加護をかけたので、牙は口元からちょこんと出る程度の長さまで縮んでくれた。ネコ耳……というには若干尖りが足りない、大型ネコ科肉食獣特有の丸み身になってしまったが、まぁ、そこらへんはキッチリ尻のあたりから延びる、猫とほとんど変わらない尻尾のおかげで十分相殺できただろう。
全員素っ裸なのがいささかいただけないが、元獣から人間になったところでは仕方ない。
そして、サメは……。
「……」
「どどどどっどどどどどど、どうしよう!?」
「ま、待て落ち着けっ!! 人工呼吸だっ!!」
「それよりも加護を!? 加護を与えて延命をっ!!」
もう人間になった瞬間から半死半生の体だった。
どうやら大風彦がここまで運んでくるのに時間をかけすぎてしまったらしい。瞳孔が縦に開いてしまっている目以外は、若干うろこが残っているくらいでほとんど人間と変わらない姿になった鮫女は、鮫特有の若干青みがかった肌をさらに青白くさせながら、息苦しげに息を吐いていた。
完全にチアノーゼが出ている。酸素不足だ。
さすがにここまで好き勝手して、殺しちゃいましたなんてことになったら、俺たちの罪悪感が半端ないことになるので、俺と岩の神様は、慌ててその鮫に加護を与えて酸欠状態からの回復を図る。
そのときだった!
「っ! 母様! 賢者の石様っ!!」
「「っ!?」」
大風彦の悲鳴に、俺たち二人があわてて振り返ると、
「ヴぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「あぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「ぎゃうっ!! ぎゃうっ!!」
「あぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
何やら盛大な鳴き声をあげて、これ幸いと、信じられない速度で森の中を逃げていく獣娘たちの姿が見えた。
「し、しまったぁあああああああああああ!! 大風彦っ!! 追いかけろっ!!」
「い、いやでも……見た感じあの御三方かなり身体能力が高い。一対一なら負ける気はしませんが、三体同時となっては……。それに、このサメの方は!?」
「くっ!! そうです大陸の大いなる物よっ!! 今はこの方の延命が最優先……。あの娘たちに関しては……仕方がありません。諦めましょう」
「ちくしょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
せ、せっかく、せっかく苦労して作った瑠訊の嫁がぁああああああああ!!
俺のそんな内心の悲鳴など知ったことではないといわんばかりに、三人の獣娘の背中は森の暗闇の中に消えてしまった。
そして、俺たちの鮫娘に対する延命治療がようやく終わった時、
「あ、そういえば、肉食動物たちが不安すぎて忘れていたけど、ウサギはっ!!」
「はっ!」
「あっ!」
ようやく鮫娘が穏やかな顔をして寝息を立てはじめたのを確認した俺らは、慌ててあたりを見廻し、
「「「…………………………」」」
「うみゅ……」
完全に、人間に茶色いウサギ耳をつけた感じの、グラマラスな美女が、いい笑顔で爆睡しているのを発見し、思わず絶句した。
「あの騒ぎの中、俺たちから逃げようともせずマイペースに爆睡しているとは……」
「この子かなりの大物ですね」
「いや、それはいいんですが、母様。賢者の石様……」
これ、どうやって兄者たちに説明しましょう……。と、いまさらながらの大風彦の言葉に、俺たちは沈黙するしかできなかった。
…†…†…………†…†…
それから数時間後。すっかり夜になった平原の小さな家にて、
「何考えてるんだお前らはぁあああああああああああああああああああああああああああ!! 動物を自分の好きなように作り変えて、あまつさえ殺しかけましたなんて……やっていいことと悪いことがあるだろうがぁああああああああああ!!」
「「マジスンマセンでしたぁアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」」
岩の神様に「わ、私はこの土地から離れるわけにはいきませんので!!」と見捨てられた俺と大風彦は、獣娘たちをつれしょんぼりしながらこの家に帰宅。
現在、瑠訊からの大目玉をくらっていた。
よくよく考えてみたら瑠訊の怒りももっともで、ちょっとしたシリアスSF小説なら、俺は悪のマッドサイエンティストとして語られていただろう……。
今回の所業はそれくらいひどかった。鮫娘が死にかけたのを見て、おれと大風彦たちは深く反省した……。なにより、
「……さいってい」
「「っ!?」」
見知らぬ土地にやってきてしまい、ガタガタ怯える鮫娘の体を抱きしめながら、光が映らない絶対零度の紅い瞳を、瑠偉に向けられてしまったのが、俺たちには何よりも堪えたのだった。
ちなみにウサギ娘は、瑠偉に着せられた毛皮の服を着用し、腹を見せながらいまだに爆睡していたのだが……怒り狂った瑠訊と瑠偉は怒っていますという雰囲気を崩さないために、必死にその娘から目をそらしていたようだった。
あえて言おう……サブタイは誤字に非ず!!
逃げてしまった獣人一族は後程、登場します。
さて、瑠訊のヒロインは……鮫かウサギか……どっちにしよう?




