竜との決着 解放される太陽竜と月光竜
「満足したか?」
水鏡にたたきつけられ、無数の波紋を作り出しながら、あおむけに倒れる若宮に向かって、俺――賢者の石は、呆れきった声音で問いかけた。
今までは若宮の我儘を聞いてやるために、手出しを控えていたが、若宮が敗北したとなると話は別だ。
これ以上は危険。そう判断し、俺は若宮に俺が戦闘に加わっていいか問い掛ける。
むろん、答えなどイエス以外存在しな……。
「まだだ……」
「………………馬鹿だろ、お前」
イエス以外を言いやがった……。ボロボロになりながら、再び立ち上がろうともがく若宮を、俺はため息をつきながら諭す。
「もとより、人間のお前が、あいつをあそこまで追い込めたこと自体が奇跡みたいなもんなんだぞ? 受肉して、神性を失ったとは言っても、相手は仮にも一宗教の最高神ランク。保有する霊力も下手をすれば雑神ごとき易々と食い荒らせるくらいあったし、生身で神殺しやってもおかしくない相手なんだ。それ相手どって、徒手空拳で、お前はあそこまで追い詰めたんだ。奇跡みたいな快挙だよ。誇っていい。だからもう、お前ががんばる必要は……」
「まだだと言っているっ!!」
だが、そんな諭しの言葉すら、若宮は跳ねのけた。
俺は思わず舌打ちを漏らす。
「勝てる戦いだ。このままあとは俺に任せるだけで、お前が余計なけがを負う可能性は皆無になる。そんな戦いなのに、俺がお前に戦う許可を出すと思うのか?」
「賢気朱巌命……あなたも男ならわかるはずだ」
いや、確かに男だけど……今は石だから性別なんてほぼないに等しいんだが。と、よほど言ってやろうかと思ったが、なにやら真剣な雰囲気だったので、空気を読んで俺は口を閉ざす。
「武に生きると決め、武に生きたいと願った男は……敗北のまま、生き恥を晒せぬ」
「…………」
「ゆえに、漢若宮。この勝負、負けたままではいられんのよっ!!」
「……………そうかよ」
だが、俺には関係ねぇ。と、俺が吐き捨てた言葉を聞き、若宮は一瞬目を閉じるが……何勘違いしてんだか。
「だから、知恵かしてやるよ、若宮。そのくらいの援護は許せ」
「っ!?」
まったく、あんな言葉で意見翻すなんて……。優秀な思考能力を持っていても、結局おれも馬鹿な男の一人ってわけか。と、俺はわずかに苦笑いを浮かべながら、若宮に指示を出す。
…†…†…………†…†…
「っ!!」
気配を感じたのは、私――アルフェスが、龍人をはるかかなたに吹き飛ばしてから数分後のことだった。
まるで跳ねるように海面を疾走しながら、龍人がこちらに肉薄してくる。
「まだそれほど動けるのか……」
ですが、その姿勢は安定しておらず、体の軸もわずかにふらついている。
ダメージは確かに、龍人の体に刻まれている。
なら、
「次でとどめを刺してやろう……」
そういうと同時に、私は私が操れる最大火力の熱エネルギーを、自身の拳の一点に集中させる。
収束すればするほど、圧縮すればするほど、エネルギーは破壊力を増す。それが今回の戦闘で学べたからこそ、私はその学びの礼として、至上の一撃を龍人に叩き込もうとした。
が、
「ぬぅっ!!」
龍人は突如疾走を止め、踏み切るはずだった地面に向かい、強力な震脚を放ちました。
それによって立ち上がる水柱が、私の視界を覆い尽くす。
「なっ!?」
その光景にわずかに私は驚いたが、幾ら巨大な水柱であっても、それは私にとっては煩わしいだけの物。
目くらまし程度の効果しかない!
「ふざけたマネをっ!!」
こちらを舐めているのかっ!! と、怒号とともに放たれた私の拳は、空気すら焼くほど白熱しており、水柱を一発でうがった。
が、
「な……に!?」
水柱の向こう側に、龍人の姿は……ない!
「どこにっ!?」
私が慌ててあたりを見廻した瞬間、
「やはり、人間の視界にはまだ慣れていないようだな」
「っ!?」
赤い首飾りの残光を残し、私の視界を何かが横切る。
「眼球の付き具合から、竜の視界と人間の視界は極端に違う。生物学的にそいつは仕方がないことだ。あんたはその姿を使いこなしているように見える。ずいぶんと長い間その姿を使って慣らしてきているんだろう。称賛に値するよ。だが、こいつとの極限の戦闘の中で、まだ人間の体の感覚を維持できるのかと言われれば、甚だ疑問だね」
生物というものは、とっさの判断の際自分のなれた感覚での反応を行う。
だからこそ、極端に姿かたちが変わる人化の魔法を竜種が使うのは、感覚の齟齬というおおきなデメリットを生む。
私はそれをわかっていたのに、油断すれば首を刈られる極限の戦闘の中で、それを忘れてしまっていた。
「終わりだ……」
ゾワリ。かけられた声に鳥肌が立つ。
私は必死に龍人の攻撃に対応しようと、その声が聞こえる方を振り返り、
「残念」
海面に転がる小さな赤い石ころを視界に収めた。
「おとりっ!!」
「すまんな……」
そして、私が探していた龍人の声は、
「まぁ、主も炎を使っておるのだ。余がこれを使うのも、許してくれるとありがたい」
「っ!?」
足元の、水底。
さきほど私の視界を横切った紅い残光は、投擲された首飾りのもの。
龍人本体は、先ほどの震脚で勝ち割った水面から、海中に潜り込んでいたのか!!
と、私はその事実に気付いたが、もう遅い。
「畏れ多くも、竜宮の主にして、海より出でし断冥尾龍毘売に願い奉る。百罪を清め、万難を与える針の蓆を今ここにっ!!」
瞬間、私は海面から生えた、巨大な無数の針によって、全身をうがたれた。
幸いと言っていいのか、鱗があるおかげでたいした手傷はない。だが、それによって障壁はわずかな間、すべて砕け散ってしまい、
水の針は拘束となり私の動きを、わずかながらに阻害。そして、
「くっ!?」
「わ~か~み~や~!!」
海面を切り裂き出現した、
「昇・龍・撃ィイイイイイイイイイイイイイ!!」
バカみたいな技名を叫びながら、海水をひきつれるほどの勢いでやってきた、龍人の拳によって顎を見事に打ち抜かれ、完全に体の自由が利かなくなった。
今まで蓄積したダメージもいまさらになって体に負荷をかけ始めたのか、もはや私の体は指一本動かない。
「は……ははっ。くそっ」
完敗だ……。誰に聞かせるまでもなくそう呟いた私は、生まれて初めての屈辱を、意外とあっさりと受け入れることに成功した。
…†…†…………†…†…
「私は……あの二頭の竜が気に入らなかった」
若宮が肩を貸し、出口と思われる光に向かってともに歩いていたアルフェスは、ポツリポツリと自分の身の上話を離し始める。
「太陽神である癖に、我等竜種を照らそうとしなかった老害も、自分の貴さゆえに、下々の竜たちを顧みなかったあの月の女神も……気に入らなかった。奴らは超然とした顔で、自分たちにも消滅の危機があるとしり、恐れ、嘆く我等にこういったのだ。『消えるのは仕方なかろう? 貴様らに力がなかっただけだ』と」
俺の脳裏には『パンがなければケーキを食べればいいのに』と言って処刑された、某王女の顔が思い浮かんでいた。
「あの二人は、南マリューヒルの人間がすべて死滅しない限り、消滅の危機がないほどの絶対的存在だ。誰もが太陽に感謝し、月明かりに癒されるからな。まさしく絶対強者……どれほどの災害が起ころうと、自分たちだけは決して消えることはないと確信したが故の、傲慢な言葉。私はそれを聞き、憤りを覚えた。それ程の力あるにもかかわらず、奴らには同族を救うという考えそのものが無かったっ!!」
それも仕方ないだろう、と俺は思う。神とは常に超然としたもの。下にいる者のことなど、割と考えていないのが、俺が持っている神様らしい神様像だ。そのことを考慮に入れると、アルフェスが漏らした二頭の太陽竜と月光竜の姿は、俺の想像する神様の性格らしい。
強大な力を持つ二頭の竜は、うちの人間臭い神様とは違い、俺の想像にピッタリな神として、性格形成がされていったのだろう。
「だからこそ、私は肉体の受肉法を確立し、竜族すべてに広め、あの二頭がそれに続くように仕向けた。あの化物たちと同じように、何があっても消えぬ体を求めて……。そして、あの化物たちを私たちでも引きずりおろせる存在に成り下がらせるために」
霊体だけなら逆立ちしても勝てない相手。だが、その相手が肉体をもってしまえば、神々が考慮しなかった物理的干渉が可能となり、攻撃する方法に関しては極端に選択肢が広がる。
だからこそ、アルフェスはその二頭の体を実体化するために、執念を燃やしたのだろう。
「肉体を持つ敵というのが、肉体をもたない神より御しやすいことは、早期の段階からわかっていたしな……。たとえ肉体を持つということで得てしまう、圧倒的な欠点に目をつぶってでも、この計画は実行しなければならなかった」
さすがに、続くこちらとの戦争で、人間と神の連合軍にここまで手ひどい敗北を食らうのは予想外だったろうが……。
「そして、私の目論見は成功し、自分たちは神の座を追われる代わりに、奴ら太陽と月の化身に牙を突き立てることに成功し、私は新たな太陽神となった。だが、それでも私の憤りは収まらなかった。もっと奴らに苦しみを……もっと奴らに酷いことを。我々が味わった極限までの恐怖を……奴らに味あわせてやりたかった」
まぁ、俺がみたかぎり、あの二頭の竜の霊力は相当なもの。たとえ物理攻撃が効くとしても、拘束はできても殺害はさすがに不可能だろう。だからこそ、彼らは城に幽閉されている。
そのせいで、アルフェスには余計な鬱憤がたまっていった。
「だからこそ、私はカグトリャーイを求めた。あいつらが大切にしていた、何よりも大切にしたいと願っていたあの女を、俺の手で穢して汚して、滅茶苦茶にしてやりたかった……。死ぬよりも過酷な苦しみを与えるために!!」
わずかに若宮の眉がしかめられたが、それ以上の反応はしない。
結局若宮はこの戦いの勝ち、輝夜は再びの平穏を得ることになるのだ。いまさら、敗者の戯言に激昂するほど、若宮の器は小さくない。
「だが、それももうかなわん」
「あぁ。かぐとりーとやらは余が守っているからな」
「カグトリャーイな?」
「輝夜でよいではないか。こちらではそれで通しておる」
「それ、話通じなくならないか?」
「とにかくだ、駄竜よ」
めんどくさいなぁ……。と言わんばかりの表情になりながら、何とか出口にたどり着いた若宮は、鼻を鳴らしながらアルフェスにくぎを刺す。
「輝夜はもはやわが妻である。それに手を出そうなど不届きせんばん!! 三百年ほどかけて、体にもっと筋肉をつけてから出直すのだなっ!!」
「いや、輝夜はべつにガチムチが好きとか言ってないぞ? むしろ筋肉まみれは嫌いだと言っていた」
「なぬっ!?」
「単にお前が好きなだけだって……」
「悲しむべきなのか喜ぶべきなのかわからぬぞっ!?」
そんな掛け合いをする俺たちを、しばらくぽかんと口を開けてみていたアルフェスは、
「ふ、ふははははははは! なんだ、そうか!!」
突然、頭のねじが一本外れたかのように笑いだし、
「わが願いは……とうの昔に、かなっていたか」
「「??」」
何やら意味深な言葉を最後に、気を失った。
こうして、北アメリカ――もとい、北マリューヒルから攻めてきた竜種の侵略は、俺達防衛軍サイドの勝利という結果で幕を閉じ、日ノ本に再び平穏な日々が訪れようとしていた。
が、
…†…†…………†…†…
わずかに日が欠ける。
「カグトリャーイは本当に無事なのだろうな!?」
「えぇ。我が瞳には無事なあの子が映りました」
太陽の陽射しがなくなっていく。
皆既日食。太陽の神が国からいなくなったと恐れられるその現象に、南マリューヒルの民族たちが慌てふためく中、天に浮かぶ大陸から二頭の竜が飛びだった。
アルフェスが敗北したことにより、拘束が解けた二頭の最高神は、愛しいわが子を目指して大陸から飛翔する。
これが、更なる波乱を呼ぶことなど……この時は誰も、想像すらしていなかった。
次あたりで終わる……かも




