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龍人VS竜人

「は……ははは! やった!! やったぞっ!!」


 まるで太陽のような炎が、若宮の体を包み込むのを見て、アルフェスは大笑する。


 それはそうだろう。普通に考えて、肉体を持つ精霊種以外の生物が、あの炎の中で生きていられるとは到底思えない。


 それほどの火力だった。


 それほどの劫火だった。


 誇っていい。目の前の竜は誇っていい。


 確かにこの竜は、太陽を撃ち落とすにふさわしい力を持っていた。


 だが、


「はははははは! さて、何か奴の死を裏付ける物品でも探さねばならなんな! それを考えると私の劫火はいささか早計だった。肉片ひとかけらでも残っていなければ、王の死亡証明が面倒だしな!!」


 そう言って、こちらに無防備に近づいてくるアルフェスの姿を確認しながら俺――賢者の石は、若宮にひっそりと教えてやる。


「いまだ。お前の脚力なら一歩で届く範囲に入った」


「でかした!!」


 瞬間、俺を首に下げた若宮は、炎を切り裂き前方上方に跳躍。


 弾丸のように炎から飛び出し、


「あ?」


 信じられない光景に出合ったといわんばかりに、笑顔のまま固まるアルフェスの鼻っ面に、若宮は強力な拳の一撃を叩き込むっ!!


 パリン。と、ガラスが割れるような音を立て、障壁が砕け、


 グシャリ。と、まるで木箱がつぶされるような乾いた粉砕音と共に、竜の鼻先が陥没する。


 というか、あれ骨いったな。


「ぎゅぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 悲鳴を上げ、粉砕された牙をまき散らしながら、宙を飛ぶアルフェス。


 巨体が鏡のような海上をかき乱しながら、一度二度とバウンド。まるで水切りの小石のように、吹き飛んでいったアルフェスだったが、さすがに竜族最強の男。何とか四肢が地面についた瞬間踏ん張り、無様に地面にたたき伏せられるという事態は阻止した。


 だが、


「な、なんだそれはっ!?」


 目の前の光景が未だに信じがたいのか、血を垂れ流す口や鼻を必死に治癒しながら、アルフェスは叫ぶ。


「なんなのだ、お前はっ!!」


 その返答に対する答えは単純明快。


「わが名は若宮。この国の支配者たる神皇であり、皇祖神・断冥尾龍毘売様の血を引くもの」


 炎を完全に防ぎきった、ほぼ全身を覆うようになった鱗を輝かせ、龍のような乱杭歯を見せつけながら、若宮は笑う。


 開き切った瞳孔はもはや猛獣のそれ。頭から生えた鹿の角は、あらゆるものを貫けるほど鋭利にとがり、わずかに残った鱗に覆われていない人間らしい顔すら悪鬼のようにゆがめながら、若宮は嗤う。


「龍の末裔……龍の獣人よ」


 断冥尾龍毘売の加護のもと発動する神術。身体強化の最高峰――《先祖返り》または、《原点化》と呼ばれる内なる獣の血を呼び覚まし、その力を自らの物とする《獣化神術》。


 神代の時代生きた断冥尾龍毘売の子孫である若宮の体には、その最高峰の力――龍の力が宿っている。


 俺の世界では、東洋で最強とたたえられた、幻想生物の血脈が。


 もはや、アルフェスがよりどころにしていた種族的有利は、ほぼなくなったといっていい。


 もはやこの勝負は決した。


「くははははははははは! さて、外敵よっ!! 久々に血沸き肉躍る攻撃であったぞっ!!! だがまるで足りん……。鱗に焦げ目一つ付かんとは……。それで全力ではなかろう? 神皇として胸を貸してやる。もっと勢いよく、全力で……余に向かってくるがよいっ!!」


 久々の全力全開にテンションがアッパーに入った若宮に、敵など存在しないのだから。




…†…†…………†…†…




「俺からの有難い忠告だ。良く聞け、若宮。敵の物理攻撃は受けようと考えるな。あの巨体から繰り出される一撃だ。お前の鱗の防御力がどれほど高かろうが、体積的に押される。圧倒される。だからこそ、物理攻撃だけは絶対によけろ。致命傷にならないからと言って、吹き飛ばされれば戦闘が不利になることは間違いないんだからな」


「心得た!」


「俺から言えることはそれだけだ。あとは、適当に流せ。火炎だろうが、魔法だろうが、いまの龍鱗に守られたお前にとっちゃ大した問題にはならん。距離を詰めて殴りつけろ」


「単純明快で至極気に入ったぞっ!!」


 胸元にぶら下がる小石の指示を受け、自信満々にこちらに向かって疾走してくる《龍人(ドラゴニュート)》。それに先ほどへし折られた鼻の骨の痛みを思い出した私――アルフェスは、完全に回復した鼻先を奴に向け、自分にあのような失態を演じさせた愚か者に怒りの視線を向ける。


「図に乗るなよ、人間もどき風情がぁああああああああ!!」


 声とともに吐き出すブレスは、先ほどの物とは違った小型の物。だが、代わりにこのブレスは連射が効く。


 瞬く間に私と龍人の間にできる炎の玉の流星群。


 だが、


「飛び道具とは……つまらぬ攻撃をするでないぞ、最高神っ!! もっと血沸き肉躍る戦いをしようではないかっ!!」


「っ!?」


 相当な速度で飛来するそれらを、龍人はあっさり避ける。


 避ける。


 避けるっ!!


 通り過ぎた後には炎の玉が着弾した証として、莫大な量の水柱が立ち上がるが、それすらすでに置き去りにし、奴は我が懐に入り込んでくる。


 またあの打撃が来るっ!!


 そのことに恐怖した私は、思わず距離をとるために後ろに跳ねとび、そして自分の無様な対応に憤りを覚えた。


「ふざけるなっ!」


 私はあの二柱の神々すら退けた存在だぞ! 龍人風情に気圧されてなんとするっ!!


 だからこそ私は、壁になるように首をふるいながら炎のブレスを吐く。


 それによって出来上がる炎の壁。だが、当然それは奴には通じない。


「くどい! いいかげん、正々堂々と肉体を用いて戦うがよかろうっ!!」


 つまらんだろうがぁっ!! と絶叫し、奴は炎の中に平然と飛び込んだ。


 だが、それすらすべて私の計算の内。炎は攻撃に使ったのではない、


「食いつぶしてやるっ!!」


「っ!?」


 龍人の目をくらませるための、目くらましだ!!


 私は炎の中に首を突っ込み、中を走り抜けていた龍人に向かって咢を開く。


 噛み砕き、咀嚼してやればいくら奴でも生きてはいまいっ!!


 そう確信した一撃だったが!


「ふははははははは!! そうでなくてはなぁ!!」


 奴はそれすら笑ってかわす。


 直感でも働いたというのか。奴は、見えぬはずだった私の攻撃を、大きく上半身をそらせて、紙一重で我が咢の咀嚼をよけた。


「っ!?」


 それどころか、奴は身をそらせた勢いをそのまま使い、海面に手を付け、


「面白くなってきたではないかっ!! 竜っ!!」


 足を上に振り上げ、頭上を通り過ぎていた私の頭を蹴り飛ばす!


 頭に凄まじい衝撃が走り、私の頭部が激しく跳ね上げられる。


 なぜだ? なぜこれほど押される!? 私の脳裏を占めるのはそんな疑問の言葉だった。


 いくらなんでも、ここまで戦闘の優劣に開きがあるのはおかしい。


 何故奴はここまで、我が攻撃をやすやすと避け、自らの攻撃を私にあてることができる。


 その理由を考えて、考えて、考えて、考えて。


「――。そうかっ!!」


 わたしを笑って見上げる奴の小ささ(・・・)に気付いた。


 答えがわかれば後は実行するだけ。


「目に物を見せてくれるっ!!」


 笑っていられるのも今の内だっ!! 私は内心でそう叫びながら、自らの脳内に眠る、人化の魔術をたたき起こした。




…†…†…………†…†…




「ん?」


「消えた?」


 突如として眼前から姿が消えた巨竜アルフェスの姿に、俺――賢者の石と若宮は思わず首をかしげた。


 だが、


「っ! 若宮っ!!」


「言われずともっ!!」


 その疑問は、俺の広範囲探知能力と、若宮の野性的直観によって即座に答えが出される。


 一直線にこちらに向かってくる人影。


 それに気付いた若宮が、両手をクロスさせるようにして防御態勢を取り、


「吹き飛べ……紛い物の竜よっ!!」


 人影はそのクロスされた若宮の腕の上から、大威力の拳を叩き込んできた。


 今度は若宮の体が砲弾のように吹き飛ぶ。


 若宮はそれを、歯を食いしばりながらたえ、何とか両足で着地。


 莫大な水しぶきを上げながらなんとか勢いを殺し切る。


 そして、


「おい、若宮。作戦忘れていないだろうなっ!?」


「あぁ。だがしばし待て、賢気様」


 ようやくライバルを見つけた、歓喜の笑顔を浮かべながらさきほど自分を吹き飛ばした人影を見つめる。


「せっかく楽しくなってきたのだ、余にしばし遊ぶ時間をくれても、罰は当たるまいてっ!!」


 そこには、若宮と同じようにわずかに先ほどの巨竜の特徴を残した青年が立っていた。


 真紅の鱗に包まれた体に、頭から延びる無骨な角。


 それに対比をなすように生えた真っ青な髪の下では、引き締まった細身の体の上に乗る端正な顔が、怒りの表情に歪んでいる。


「好き勝手やってくれたな。人間、だが、これでようやく条件は対等だ……。ここからは私が――貴様を一方的に蹂躙する」


 そして、怒りに歪んだ顔をさらにゆがめ、不気味な笑みを浮かべる青年に対し、若宮はファイティングポーズをとりながら一言。


「御託はよい。神皇の胸を貸してやると言ったはずである、駄竜」


「調子に乗るなよ、龍になりきれぬ龍人風情がぁあああああああ!!」


 瞬間、二人の竜・龍(りゅう)の力を持った人間もどきが、真っ暗な海上で激突した!!




…†…†…………†…†…




「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


「らぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 怒号を上げ、絶叫を上げ、鱗に包まれた拳が幾度となく交差し、互いの体を打ち据えていく。


 私――アルフェスはその感触を感じながら、先ほどよりも格段に楽になった戦いに笑みを浮かべた。


 答えはやはり体の小ささだった。


「お前が私との戦闘を有利に進められていた理由は、ひとえに私の攻撃をよけやく、私の巨体に攻撃を当てやすい小さな体と、そしてその体から繰り出す竜の膂力が、人間の拳という小さな面積に一点集中されることに他ならないっ!!」


 力というものが物体に影響を与える際、重要視されるのはそれを放つ筋力量(パワー)と、影響を与えるものに対する接触面積。


 接触面積は小さければ小さいほどよいため、針や剣といったものは、その接触面積を減らすために丹精に砥がれ、先端を鋭利にする。


 奴は本来なら龍の姿で振るうべき力を、すべて人間の大きさに圧縮。人間の姿でそれをふるうことにより、人間の小さな拳の接触面積をつかい、力を拳という極小の面積の一点に集中させていたのだ。


 だからこそ、素手で障壁をぶち抜くなどという非常識なことを起こせていた。


 だが、だったらその理論は私の人化でも適用できる!!


「私が人間になったことで、攻撃力は並びたった! そして防御力に関してはっ!!」


 私の腹部に衝撃が突き抜ける。龍人のラッシュを放っていた拳が私の体をとらえた。


 が、


「きかぬわぁあああああああああああああああああ!!」


 私はわずかに呼吸を漏らしただけで、その攻撃をなんとか耐えきり、代わりに不気味ににやけているその横っ面に、私の拳を叩き込む。


 私の人間サイズに縮まった以上、私の障壁もそれ相応に縮まっている。そして、はっている障壁の面積が縮小した分、今まで使っていた障壁の魔力をすべて、


「障壁の強化に使えるっ!!」


 それによっておこった障壁の厚み増加により、龍人の拳の威力は、私が本性で戦っていた時の半分まで減衰させることに成功していた。


 それでも、障壁がぶち抜かれ、ダメージを与えられていることに違いはないが、


「土台……生物としての頑丈さ(タフネス)が違うわぁあああああああああ!!」


 ここにきて、ようやく、人間をはるかに凌駕する竜種の肉体がものを言った。


 私の拳を受けフラフラになっている龍人に対し、私は体の各所に激痛が走るものの、まだ戦える状態。


 この戦い、


「私の……勝ちだっ!!」


 とどめ。私渾身の拳が龍人の心臓がある位置を打撃するっ!!


 それによって拳に感じられた肋骨が粉砕される感触の後、


「がはっ……」


 龍人はとうとう口から血を吐き、はるかかなたへと吹き飛んでいった。


 今思ったんですが、これ安条時代の一事件としては長くね?


 サクサク進んでなくね?


 これはもうソードマスターヤマトをするしか……。

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