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作家の作るもの

「うむ! これで大体の捕虜は捕まえたのであるなっ!!」


 額に貫己特製の『封』の完字(かんじ)が書かれた『封印符』を張られた竜種たちが、落下したことによって崩壊し、機能を果たさなくなった要塞から、武神の監視のもと続々と連れ出されていく。


 俺――賢者の石は、そんな要塞の中を、「お前はどんと構えて待っていろ。ややこしくなるから!!」という俺の指示を無視して、楽しそうという理由で無理やり捜索隊に加わった若宮と、護衛として連れてこられた貫己と共に見回っていた。


 あの天空要塞落下の後、俺たちが出した降伏勧告を、竜種たちは思った以上にあっさりと飲み、こうして能力を人間の子供なみに落とす貫己の封印符によって拘束・捕縛される屈辱を、拍子抜けするほど簡単に受け入れた。


 まぁ、乗り込んできた武神の眼光におびえガタガタ震えているところを見ると、どうやら本気で戦意がくじかれたらしいので、この大人しさも頷けるというもの。


 話を聞いてみると、どうやら彼らは自分たちの霊格が徐々に落ちていることに気付いていなかったらしい。輝夜ですら、自分の力が落ち込んでいると気付いたのは、日ノ本に流れ着いてからだと言っていた。


 たくさんの国の神を見て、その国の神しか知らない閉鎖的な神々の欠点を知っていた汐満留津軽毘売が言った通り、比較対象がいない状態で、種族全体の霊格が均一に落ちてしまったことが彼らが力の減衰に気付かなかった理由らしい。


 だからこそのあの傲慢な態度であり、神格に対しての物言いだったらしいが……いざ白黒決着が決まると、今度は途端に恐ろしくなったようで、こうして大人しく降伏勧告を受け入れたんだとか。


 神からいつのまにか零落していたのだと聞かされて、呆然自失としている竜種もいるから、まぁ戦える状態ではないということは言われなくともわかってはいたが……。


「それにしても肝心の指揮官が見つからんな……」


「あぁ、あの空から鬱陶しい声でわめいていたクズか」


「い、言うね、お前も……」


「負けたやつは何を言われても文句はいえんからな」


 さてなんて書いてやろう? と、竹姫物語の第三部の構想に入りながら、クククと不気味に笑う貫己に、俺は内心顔をひきつらせながら、若宮と共に要塞の中枢に到達する。


「ここか管制室か?」


「うぬ。どうやら竜種しか入れんようだ」


 そこは等身大の楕円形をした壁で、その楕円の中には翼を広げた竜の姿が、形象化した感じで描かれていた。扉ではない。おそらくこの絵が何かしらの術的働きをして、入室の権利を持つもの以外の侵入を拒んでいるのだろう。


 が、


「まぁ、入らねば話にならんのだがなっ!!」


 ぬぅん!! と、1000年先まで残れば、これだけで結構な文化遺産になると思われる絵柄は、若宮の気合いの入った声とともに放たれた拳によって粉砕。すぐに無数の瓦礫へと変わった。


 こいつにはもう少し、物を大切にすることを教えるべきだったな……。と、俺がその光景を見て後悔し、貫己が言霊を発しようと開いていた口を、やや不機嫌そうに閉じる。


「貴様本当に猿以下の男だな……」


「むっ!? いきなりなんであるか貫己!? 何やら機嫌が悪そうであるがっ!!」


 そして、扉が粉砕されたときに出た土煙を吸わぬように、袖を口元にあてながら、非難がましい視線を若宮に向ける。


 今回ばかりは貫己に同意したい俺だった。せめて俺か貫己が扉を開けるまで、待っていてほしかった。


 不法な侵入者に、どんな罠が発動するかもわからないんだぞっ!?


 だがまぁ、要塞自体が粉砕されてしまったせいか、幸いなことに俺たちが心配していたトラップらしき何かは発動しなかった。


 俺たちはあっさりと管制室の中に入り、中の様子を確認していく。


 その部屋は一段一段が巨大で広い、半円形の階段のようになっており、おそらく指揮官が立つと思われる、最上段の広い床には、巨大な円形の中に不可思議な模様が描かれた魔法陣が書かれている。


 そして、オペレーターたちが立っていたと教えられた、小さな魔法陣が各段差に無数に設置され、この巨大な要塞を制御する術式を放てるようになっている。


「先の時代を生きているな……竜種」


「何の話だ?」


「こっちの話だ……」


 まぁ、こっちの神様も人のこと言えないんだけど……。と、わずかながらに苦笑いをしながら、俺はひとまず遠視・透視の神術を使いその中をチェック。


 誰も残っていないことを確認する。


「ここにはいないみたいだな」


「では他の場所か?」


「うむ! まだまだ探索は続きそうであるなっ!!」


「冗談じゃない。一体ここに着くまでどれくらい歩いたと思っている」


 作家の体力のなさを舐めるな。と、愚痴交じりに貫己がそう吐き捨て、忌々しげに振り返った瞬間だった。


 俺たちが粉砕した通路の向こう側に、巨大な生物の喉奥が覗いていたのは。


「っ!?」


 俺が警告を告げるのも間に合わず、


「《幻想界の息吹ウルティクラパンア・ブレス!!》」


 俺たちは闇色の吐息にのまれた。




…†…†…………†…†…




 目を開くと、そこはまるで海の上のような場所だった。


 無数の星が瞬く天上を映し出す、鏡のような凪ぎの海。


 俺――賢者の石と若宮は、突如として変わったあげく、先ほどの管制室には到底入りきらない、無限の広さを持っているように錯覚してしまうその場に警戒し、構えをとる。


 そんな俺たちに一つの声がかかった。



「くはははははは! ようこそ、獣の姿を残した――野蛮人の王よっ!!」


 その声は天空から響き渡り、同時に闇色の空間に日輪がごとき光を生み出す。


「っ!?」


 まぶしくて目をかばう若宮だが、俺の目にはその敵の姿がはっきりと映っていた。


「わが名はアルフェス――アルフェスコアトル。人類に炎を与えし知恵の神にして、太陽神の座を奪った最強の竜。《知恵の太陽神》であるっ!!」


 一撃で岩守塚女の本体すら動かしそうな巨木のような手足。


 全長一キロに届きかねない巨体に、天空を覆い尽くさんがばかりの巨翼。


 炎を思わせる真紅の鱗は、一枚一枚が光り輝き、あたり一帯の闇を貫く。


「さて……。蹂躙といこう。貴様さえ落せれば、まだ我々には再起の機会があるっ!!」


「いつまでも見つからないと思っていたら、この野郎……初めからこれを狙ってやがったなっ!! 隠れて不意打ちしたあげく、王の首を先に狙うだなんて、絶対者のやることじゃねぇぞ、駄竜」


「黙るがいい小石風情が。最終的に、立っているものが正義だっ!!」


 怒号と共に天に浮く巨竜から紅蓮の炎が噴き出される。それはまさしく太陽を語るにふさわしい、巨大で熱い炎の塊で!!


「うぬっ!!」


 不意打ちされ、まぶしさに目をかばっていた若宮が、それをよけられる道理もなく、彼は俺事炎の中に飲み込まれた。




…†…†…………†…†…




「ん?」


 突如立たされた星空の下の薙いだ海に、俺――貫己は思わず首をかしげる。


 幻覚? 違うな。それにしては感触が現実染みている。


 俺がそう判断し、あたりの観察に移ろうとしたときだった。


「くくくく……。ようこそ、我が《幻想世界》へ」


 俺が振り返った視線の先には、小さな灯り(カンテラ)を片手に不気味な笑みを浮かべる、目元までかぶったフードで顔を隠した、胡散臭い男が立っていた。


「聞きましたよ? 幻影竜であるアスラルドはあなたが打倒したのだと。ですが勘違いしてもらっては困りますね……。本来最強の(まぼろし)を操るのはわたし。私こそが幻影の……」


 それはそれとして、この水面一体どういう原理で凪いでいるのだろうか? ここが海だと仮定するなら、必然そこにはわずかながらに波が立っていないとおかしいのだが。


「私が作り出したこのせか……」


 取りあえず水の確認。ぬ? 掬えるのに手元に残らない。手も濡れていないし、ずいぶんと変わった水だな。少なくともこの世のものではないとうかがえる。


「だから……」


 生物はいるのか? 暗くてよくわからんから、言霊でも使い遠視でも。


 うむ。見たこともない気持ち悪い魚が……。そういえば明かりのない海で育つ魚は、独特の成長を遂げて、キモくなると賢者の石が以前雑談交じりに言っていたような。


「って、きけよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」


「なんだ、騒がしい。いま、この海の生態系観察をしているところだ」


「持ち主目の前にして、なに傲岸不遜にそんなことしてんだよぉおおおおおおおおお!? そのくらいだったら教えてあげますから、お願いですから私の話を聞いてくださいっ!!」


「戯け。他人に教えてもらったことだけを信じ、自分の目で見ないなど作家の風上にも置けぬは。作家とは自らが感じたことを文章にし、自らが思ったことを文字にする。それ故に、他人の主観ではなく己の主観の方を重視するのは当然だろうが。わかったらしばし黙れ、騒音製造機。貴様の話ならこの海のことを知り尽くし後に聞いてやる」


「私の幻想空間は、実際の海と同じ広さをしていますから、そんなのを待っていたら云千年かかりますよっ!?」


 却下です却下! とギャーギャー喚く歩く騒音が、いいかげん鬱陶しくなってきたので俺は仕方なく視線を海から騒音に戻す。


「五分で済ませろ。こんな知的好奇心をくすぐる場所に出てきた以上、私も暇ではないのだ」


「こ、こいつ……ここの持ち主は私だって言ってんでしょうがっ!?」


 何やらブルブル震えながら、必死に何かをこらえているらしい騒音。そして騒音は二三回深呼吸をした後、登場時と同じような雰囲気を取り繕い、


「あ、アスラルドを倒したからと言って舐めないでいただこうか。奴は我等二大幻影竜の中でも最弱の存在。本当に強いのはこの私、ウンティクラなのですから!!」


「二大幻影竜ということは、二頭しかいないんだろうが。だったら、どっちかが最弱になってどっちかが最強になるのは当然だろう」


「ふふ。先ほどと同じ精神攻撃ですね。そのような手には乗りませんよ!!」


「………………………………」


 人のことは断じて言えんが、こいつも相当あれだな……。と、自分の中で目の前のフード騒音を変人認定しつつ、俺はまた長くなりそうなコイツの口上を無視するために、言霊を発する。


「『自動返答。違和感がない程度に、適当に相手の言葉を流せ』」


 それから始まる長口上。


「この幻想世界は幻想であり現実であるのです! 幻術の境地。最強の幻術!! 幻想を現実化することにより、世界そのものに新たな《界》を一つ作り、その空間を自由自在に作り替え、操る!! これこそ神の証である、神にだけ振るうことを許された幻想魔術の極意!!」


「すごいな」


「そうでしょうとも! ゆえに、この世界では何人であろうとも私を傷つけることはできません。なにせ私の味方は世界そのもの。相手の敵は世界全てなのですから」


「それはまずい」


「ふふ。いまさら私の偉大さに驚きましたかっ!? ですがもう遅いっ!! さきほど私をコケにした罪はここで償っていただきましょう!! さてどうしましょう? あなたが立つ水面を熱湯にかえ、そこでゆっくり煮立てながら溺死させて差し上げましょうか? それとも新たに作り出した、私の海にすむ可愛い僕を使い、生きたまま体を食んで差し上げましょうか? それとも、圧殺? 焼殺? 刺殺? 撲殺?」


「どれもかんべんしてほしいな」


「それはムシのいい願いというもの。それにしてもずいぶんと余裕ですね。ま・さ・か、この世界が幻想でできているからと言って、そこで受けた傷や痛みがすべてなくなるとお思いで? そんな都合のいい夢はありません。言ったはずです。ここは幻想を具現化した世界。ここで起こったことは現実で起こったことと何ら変わりない結果を残す!! つ~ま~り~、ここで受けた傷や痛みはすべて現実に帰ってもあなたを苛む。そして、ここで死ねば、あなたも当然死ぬんですよっ!!」


「あーはいはい。すごいな」


「ちょ」


 うん? 敵の反応が変わった。しまった。海の探索作業にかまかけすぎて、術の構成にほころびが出てしまっている。どうやら返答の選択肢を間違えたらしい。


「え、え……き、聞いて、聞いてましたよね? 私の話」


「あぁ、聞いてた聞いてた。そうだな……この海は広いってことだろ?」


「それ話はじまる前に私が入れたツッコミじゃないですかあぁあああああああああ!!」


 怒り狂うフード。どうやら逆鱗に触れてしまったらしい。


 まずいな……。


「ゆ、許さん……。私のことをここまでコケにした人間は初めてです。もはや塵も残さず、我が世界の汚いしみに」


「わかった、わかった。いいかげん、若宮も探さねばならんから、早く終わらせろ」


「――っ!!」


 激怒のあまり、騒音は本性――巨大な翼を持つ蛇体になりながら、その竜は世界を作り変える。


 海面から立ち上がる、鋭い穂先を見せた巨大な水の槍。


 数万本近いその槍たちが、俺に向かって一斉に穂切っ先を向け、信じられない速度で襲い掛かってくる。


 だが、


「『壁』」


 思ったよりたいしたことないな……。それがその光景を見た、俺の感想だった。


 目の前に出来上がる、千年の時の中、国を守り続けることができる巨大な壁。それが瞬く間に俺に向かって殺到した水の槍を遮断し、弾き飛ばす。


「なっ!?」


 なんだ、それは? そう言いたかったのだろうが、その間抜けな声音が俺に失笑を浮かばせた。


 愚かな蛇もいたものだと。


「ばかな……ここは私が作った世界。私が思い通りにできる世界だぞっ!!」


 圧殺っ!! 悲鳴のように叫ぶ蛇の言葉を聞き入れ、天から降り注ぐ不可視の力が、俺の頭を押さえつけようとした。


 だったら、


「『巨人。かぶさって俺の負担を代わりにうけろ』」


 瞬間、闇がさらに深くなる。


 見る必要はない。俺が考え、言葉によって作り出された山にも匹敵する背丈を持つ巨人が、俺の頭上に覆いかぶさり上からの力を受け止めただけだ。


 突如自分のサイズに匹敵する生物が出現したのを見て、さすがに驚いたのか息をのむ蛇。


 そんな蛇を睨みつけながら、俺は巨人の下から出ていく。


「くっ!! なぜ、どうしてっ!!」


「決まっている。偽物を本物にすることしかできない哀れな幻想使い」


 俺はそう言いながら、言霊によって、念の為先ほど言われた攻撃が行われないよう、保険を作る。


「『大陸』」


「っ!?」


 巨大な島が俺の足元にでき、


「『建国』。次いで『要塞』」


「ば、バカなっ!?」


 俺を守る要塞ができ、


「『人間』からの『軍勢』」


「っ!?」


 俺の代わりに竜を撃ち落とす、数万近い軍勢が出来上がった。


 さて、登場人物はこのくらいか?


「『さぁ、役者はそろった。物語を始めよう。敵はこの国の宝である、作家の命を狙う悪しき竜。対する国の兵士たちは、一人一人は何の力も持たないただの凡人だ。


 勝てるわけがない。誰かが言った。


 もう作家を差し出そう。指揮官の一人が諦めるようにつぶやいた。


 だがそんなあきらめだらけの兵隊たちの中から、ひとりの勇気あるものが叫ぶ。


 諦めていいわけがない! 僕らは何のために兵士になった! 大切な者を守るためだ。大切な人を守るためだ!! 大切な国を守るためだ!! 僕らが諦めて槍を落とせば、そのすべてが蹂躙されるんだ!!


 勇気ある者の言葉に、兵士たちは次々と顔を上げていく。


 大切な者を思い出し、大切な守るべきものを理解し、瞳に光をともしていく。


 さぁ戦おう。大切な者のために、悪しき竜を打ち払おう。


 さぁ戦おう! 大切な作家を守るために。たくさん楽しい物語を紡いでもらうために。


 自分たちを勇者として、後々まで語ってもらうためにっ!!


 兵士たちの瞳にはもう迷いはない。その体にまとう甲冑には、国の証が刻みつけられている。


 その姿はまさしく勇者。一騎当千の力をふるう、敵なしの勇者たち。


 そう。彼らはこの時勇者になったのだ。


 竜など、もはやこの軍勢に勝てはしない。彼らは覚悟を決めたのだから。彼らは命を賭し、挑むのだから。


 強さのなんたるかを知らぬ竜に、勝てる道理はありはしない』」


 物語は紡がれる。薄い亡霊のようだった兵士たちの瞳に光が宿る。


 当然、その間に竜が何とかこちらを仕留めようと、攻撃をしてこなかったわけではないが、すべては俺を守る要塞に弾き飛ばされ、届くことはない。


「『さぁ、戦え、勇者たち!


 栄光はすぐ目の前だっ!!』」


 俺の最後の命令に、初めにできた時とは装備すら変わった、偉丈夫たちがまるで鳥のように天に向かって跳躍。


 こちらを愕然とした表情で見つめる騒音に向かって、剛剣を叩きつけるっ!


「っ!?」


 まるで投げられた小石のように勢いよく吹き飛んでいく竜。そのあとをおい、要塞から出た勇者たちは水面を駆けながら、竜を肉薄する。


「くぁあああああああああああああああああああああああ!!」


 その姿に恐怖でも憶えたのか、悲鳴のような絶叫を上げぶれす(・・・)という攻撃を放つ竜。


 だが、勇者たちはその程度ではもはやびくともしない。


 背中に背負っていた盾を即座に展開し、巨大な防御陣を形成。あっさりとそのブレスを受け止めた。


「う、うそっ!?」


 こんなことが。という悲鳴が聞こえる前に、飛び上がり空中を駆け抜けていた勇者たちと、水面をかけていた勇者たち同時に竜の体に到達。


 力技でその体に張ってある障壁をぶち抜き、その巨体を蹂躙していく。


「い、いたい! いたい! 痛い! いたいっ!! どうしてっ!! どうしてっ!!」


「この世界は自分のものなのに……か? お前が言いたいのは」


 答えは簡単だ。と、俺は先ほど作り上げた(・・・・・)、即興の物語の行く末を記しながら教えてやる。


「お前が作るのは、あくまで偽物の、延長をしただけの本物(もどき)だ。どこまで真に迫ろうと……贋作は贋作。本物になることは断じてない」


 だが、俺は違う。と、必死に尾を振り勇者たちを振り払いながら、それでも劣勢を覆せない竜を眺めながら、俺は続ける。


「だが、作家は違う。作家が作り出すのはいつだって本物だ。作家が作るからそれは本物になるんだ……。真に迫った贋作と、真の本物。どちらが優秀かは語るまでもない」


 そして、とうとう勇者の一人にたたき伏せられ、水面に押さえつけられた竜は、トドメと言わんばかりの剛剣の一撃を食らい、意識をもうろうとさせる。


「貴様の敗因はたった一つ。世界の創世という分野で、作家に張り合おうとしたことだ。俺たちはいつでもお前みたいなことをして、世界を一つ作り上げる。それを本職にしている人間に対して、お前風情の偽物が勝てるわけがないだろう」


 そして、トドメと言わんばかりのもう一撃竜の眉間に勇者が剣を叩き込むのを見た後、俺は踵を返してその戦いの観戦を終える。


「今度からは、格の違いを理解し、身の程をわきまえるんだな、贋作者」


 竜の巨体が倒れ伏す音を背中で聞きながら、物語を終えた勇者や要塞たちをねぎらいながら、その場をあとにする。


 面倒な、護衛対象を探すために。


*完字=建国当初より日ノ本にある文字の一つ。日ノ本には型仮名(かたかな)拓仮名(ひらがな)という文字もあるが、その中でも最上位の文字であるとされ、学のある人間が使う文字として知られる。


 もともとは央国古代王朝《完》で使われていた文字であるとされているが、それがなぜ古代の日ノ本に伝わっていたのかは謎。一説によると、神の何柱かが実は当時海を渡った渡来人だったのではないかといわれているのだが、当時の航海技術から考えるに、日本海の渡航は非常の困難であったため、この学説の信憑性は低い。

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[一言] てめえは俺を怒らせた
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