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戦う兵士。多彩な異能

「ぬぅ……」


「対地用の落雷攻撃か……。えげつないことしてくるな」


 本陣に戻ってきた若宮のうめき声を聞き、俺――賢者の石は、いまの戦況があまり芳しくないことに眉をしかめる。


 神術で強化しても、到底矢が届かないはるか上空。そこには無数の巨竜が飛び回り、咆哮と共に落雷や、人の頭ほどある巨大な雹を大地に放っている。


 当然くらえばただでは済まない。落雷はくらえば即死か行動不能。雹も一応兵士たちは火緋色金の兜をかぶっているとはいえ、単純な物理的衝撃だけで人間を撲殺できるランクの攻撃だ。


 若宮ぐらい頑丈なら、雹が頭にぶつかってもタンコブができる程度で済まされるだろうが、他の兵士たちにそれを求めるのはいささか酷というもの。


 というわけで、


「さっさとこの状況を打開しないとな……。幸い儀式成功の報告が入っているし、あとは時間を稼ぐだけなわけだが……」


 あの神様たちが全速力でこちらにやってくるにしても、顕現した場所からここまでの距離を計算に入れると、最低でも5時間以上の時間稼ぎが必要だ。


 それでも嵐の進行速度としては破格なんだけどな……。と、俺は思わず「なんでもっと早くに顕現してくれないの……」と、あの神様たちの性質上言っても仕方がないが、言わないとやってられない愚痴を呟き、


「というわけで慧丸。出番だけど、大丈夫か?」


『今すぐ援軍をよこしてほしいんですけど……』


 なんですかあの化物たち? と、わずかに怯えが含まれた、念話越しの慧丸の抗議の声を本気で申し訳なく思いながら俺は封殺する。


「代わりに強力な神様たち送っているから……。ある程度は守ってくれるって」


『むしろそうでなければ、あんな化け物たちに挑みかかったりしませんよ』


 南無御無義真、南無御無義真~。と、さっそく気弱になり《念真》を唱え始める慧丸の声に、俺は思わず若宮の隣に立ち竜たちとの戦いの手ごたえを聞いていた軍事最高責任者二人――多貫麻呂と那佳女に視線を走らせた。


「おい、本当に慧丸で大丈夫なのか? なんかすごい勢いで念真唱え始めているんだが」


「あぁ? 大丈夫、大丈夫。あいつがびびってんのはいつものことだ。恵夷征伐でも吹雪の空を見て『こんな悪天候の中で飛ぶんですか!?』って、悲鳴あげていたからな」


「臆病者ではあるが、逃げてはいけないところで逃げるほど愚か者ではないよ、慧丸は。そして、適度な恐怖を覚えている軍人は、ただの蛮勇を発揮する軍人よりも成果を上げるときがある」


 まぁみておけ。口をそろえてそう断言した、優秀な軍部責任者たちの言葉をひとまず信じ、俺はため息交じりにいまだに念真を唱える慧丸に指示を出す。


「逝って来い。この空が一体誰のものなのか、蜥蜴どもに教え込んでやれ」


『最初の文字が、不穏すぎる気がするのですがっ!?』


 念話越しの抗議と同時に、空を悠々と飛んでいた竜たちの軌道がわずかにぶれる。


 遠視の神術を使いそこに視線を合わせると、そこには大陸の仙人の衣をまとった、ひとりの青年仙人が浮いていて、


「万物……(これ)中庸に帰る」


 ゆったりとした服の袂から取り出した、陰陽模様の珠を、空に打ち上げた。


 上昇するに従い高速回転していくあの球は、その昔豊隆が作り上げた、《神の代替となる霊力補充端末》。時が進み、技術が進んでも、いまだに現役で居続けるその珠は、その回転数を瞬く間に高速へと跳ね上げ、


「っ!?」


「なっ!?」


 上空にいる竜種たちを驚かせるほどの速度で、大気中にある霊力を吸収し始めた!!




…†…†…………†…†…




「行くぞっ!!」


 内心悲鳴を上げながらも、自分についてくる人たちのためにそんなことは漏らせない僕――桧垣慧丸は、何とか勇ましく聞こえるであろう声を作りながら、先頭を切って落下を開始する。


 あとで聞けば声が上ずっていて失笑をかっていたようだが、代わりに緊張がほぐれたといわれたので問題ないだろう。


 とにかく、あの陰陽珠(おんみょうじゅ)のおかげであの空間の霊力の掌握は万全。宙に浮く仙人たちも普段は振るえない、莫大な異能の力をその身に宿すことができるはずだ。


 事実、


「ほうっ! 面白い小細工を使う!」


「いったいその力はなんだ?」


「下等な蜥蜴にはわからん技術だよっ!!」


 さきほど陰陽珠を投げてもらうために、ひとり降下してもらった仙人部隊の将――風間楢道(かざまのならみち)は、狸耳が生えた褐色の髪を翻し、普段では到底出せないほどの速度で大空を飛翔。


 竜たちの牙や尾による打撃。時折思い出したかのように放たれる、雷光や、吹雪、大気のぶれす(・・・)を何とか躱している。


 でも、


「なるほど、なるほど……。アルフェスの小僧が慄くわけよ」


「確かに油断ならぬ敵のようじゃ」


 竜たちもいまだに余裕を崩していない。この程度の魔力ならどうとでもなると踏んでいるのだろう。その証拠に彼らは、楢道を攻撃してはいても陰陽珠を攻撃することはなかった。


 もとより輝夜様を参照したうえで判断しても、竜たちが保有する霊力総量は異常だ。神からすればわずかに劣るそうだが、そんな天上の話をされても、僕たち人間からすればどっちもはるかかなたであることに違いはない。


 陰陽珠が集められる霊力も、楢道のような天仙が使った程度では高が知れている。初代日ノ本神仙で有らせられる豊隆様こと《泰山老君》さまが使われたときは、それこそ神格に匹敵する総量の霊力を、あの陰陽珠は集めたそうだが、天仙ではせいぜいあの宙を舞う竜の保有霊力の4割がやっとといったところ。


 だからこそ、私たちはすがりながら戦っていくしかない。


 私たちに力を貸してくれる、神と真に!!


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


「ぬっ! 増援かっ!!」


 獲物が増えたわい。と凶悪に笑う天の竜たちに一瞬身をすくませてしまうが、体は何とか動き、口も何とか言葉を紡いでくれる。


 だから僕は即座に背中から弓を取出し、霊力で見えぬ矢を作り出し、


「畏れ多くも、八万顕神(はちまんけんしん)に願い奉る!!」


 弓の神。弓の武神に願い奉る。そしてこの神はそれだけの存在ではない。


「数多射抜く真実の矢。御真(ごしん)に仕えし偉大なる神よ!! 汝のすべてを見貫くという願いを、今ここに成就したまえっ!!」


 八万顕神は、驚くべきことに真としての位を、真教伝来の折に真正仁真にもらえるよう頼み込んだ神だ。


 なんでも、この世の真理に興味があり、自身の弓で世界の真実を射抜いてみたかったからだそうだが……どう考えても変神(へんじん)だ。頭がおかしいとしか思えない。


 まぁ、そんな彼に対して笑って真格の位を与えた真正仁真様もそうだし、その話を面白がって真教にこびへつらった神と嘲られていた神社の門を、嬉々として叩いた僕もそうなんだけど……。


 だって一つの神にお祈りするだけで、真教と神祇道の力両方貰えるんだよ!? お得じゃないかなっ!?


 それにほらっ!!


「は?」


 僕が放った矢はきちんと、竜の障壁を素通りし、その眼球に突き立っているわけだし?


「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 まさか自身の障壁を、破壊する云々以前に素通りしてくるとは予期していなかったのか、眼球に直接矢を受け、悲鳴を上げる四本足の巨竜。


 それに向かい僕についてきた部隊のみんなが、瞬く間に群がっていく。


 真実を射抜くということは、すなわち敵の本体を射抜くことと同義だ。


 真教内でも割と高位の真格である《真察》の階級をもらった八万顕神様は、それによって得た真実を見つめる目によって、標的と自身の間にあるあらゆる障害を無視して、敵に矢を届かせる権能を得られることに成功した。


 そのため、八万顕神様の加護を得た矢は何人も防げず、何をしても躱すことはできない。


 百発百中。必的必中。権能がなくとも1記路(キロ)離れた、狙った場所に矢を当て続けるという、技能奉納が必要だが、それさえできればこの弓矢の神様の加護は、弓矢使いにとっては破格の物となる。


 これなんで流行んないんだろうな……。滅茶苦茶便利なんだけどな……。と、内心思いながら、僕は再び天に上り、あっさりと撃ち落された自分たちの仲間に唖然としている竜たちを睨み付け、矢を引き絞る。


 狙いは再び竜の眼球。矢の必中は助けてくれるが、矢の威力が上がるわけではない八万顕神様の加護の矢で、竜に傷を与えられる場所などそこくらいだ。


 だから僕は極限まで集中を行い、慌てて地に落下する巨竜を助けに行った一頭の有翼蛇に目をつけ、


「南無八万顕真察!!」


 矢を、放つ!!




…†…†…………†…†…




 ド派手にやってるな~。と、空軍として慧丸将軍に率いられ天空の竜たちに挑みかかった俺は、将軍が放ちまくる矢が次々と竜の眼球を射抜くのを見て口笛を鳴らす。


 え? 俺の名前はって? ねぇよそんなもん。少なくとも軍隊の中で俺の名前は、ねぇ。俺はただのしがない下っ端兵隊だ。


 戦争で死んでも周りの友人が悲しんでくれるだけの、ちょっとした英雄願望を持つどこにでもいる軍人。それが俺だと思っていてくれ。


 だが、そんな俺にも力はある。


 神様は、国を守るために立ち上がった人間を、見捨てたりはしない。


「たのんますよ、相誅氏命様」


『敬意が足りんな、小僧』


 緊急事態ゆえ許すが、今度は我が神社の門をたたききちんと敬意(みつぎもの)を奉納せよ。


 舌打ち交じりに届けられた神託に苦笑をしながら、俺は祝詞を唱え上げる。


「畏れ多くも、災禍降り撒きし、中原の神。(すめらぎ)の名を持つ虫の君臨者に願い奉る!!」


 瞬間、俺の掲げた手から夥しい数の黒い虫――蝗が放出される。


「食い荒らすことにより、悔いの嵐を!! 我が国の敵に災厄をっ!!」


 すべてを食い尽くす黒い虫の軍勢が、瞬く間に宙を埋め尽くし天の竜に食らいつく。


 当然竜たちにとっては虫以下の存在なのか、怒号を上げ、尾をふるい、破壊の息吹をまき散らしながら虫を撃退するが、何分一匹一匹が弱くとも数が多い。


 相誅氏命様の援助を受けた俺は、途絶えさせることなく虫を送り続け、数で竜たちを押していく。


 大した攻撃ではないし、傷も与えられない。せいぜい彼らを守る障壁を、わずかに食い破るぐらいの攻撃だろう。


 だが、


「無駄じゃねぇ……」


 下っ端の兵隊の攻撃であろうと、無駄ではないと、神が力を与えてくれることにより証明してくれる以上、


「俺たちは……竜相手にも戦えるっ!!」


 俺は戦い続けるっ!!




…†…†…………†…†…




 雷光が私の周りで瞬いた。


 名もないただの一兵卒の私に、彼は力を与えてくれる。


『どうした?』


「なんでもないです」


 ほんのわずかに頬が緩んだのが見られたのか、彼は私に不思議そうに問い掛けてくる。


 私は慌てて表情を取り繕いながら、空を駆け抜け、稲妻に守られた雀の翼をはばたかせた。


 目標の竜は目の前。その吐息は紫色の煙で、全身からも夥しい瘴気が噴出されている。


 毒の吐息……なんて生やさしいものではないと思う。


 その煙を吸い込んだり浴びたりした人は、まるで黄泉の餓鬼のようにもだえ苦しみ、空から墜落していく。


 おそらく、あちらの国での冥府に仕えていた神が竜の姿になったもの……。人の魂をたやすく食い荒らす死の化身。


 体長50明取(メートル)近い巨体をうねらせ、天をめぐるその有翼蛇は私たち空の部隊を、たやすく殺し尽くしながら次の獲物へと視線を巡らせる。


 私たちの頂点に立ち、竜の眼を射抜き続けてくれる将軍の方へと。


「いいかげん鬱陶しいな……」


 ぞっとするほど低い声。その声を体現するかの如く、地の底からにじみ出てくるような怖気が走るその竜の声に、私は思わず体から力が抜けかけるのを感じた。


 でも、負けるわけにはいかない。


 ここで将軍が落とされてしまえば、私たち空の部隊は指揮系統を失い、竜たちに一方的に蹂躙され……地上の部隊は勝ち目を失う。


 だからこそ、無謀だと分かっていても私は、


「お願いです……力を貸してください」


『無論。それが真格の役目である』


 快く私の願いを聞いてくれた彼に、ほっと安堵の吐息をつきながら、私は懐から取り出した独鈷杵を握り締め、


雷神王席権に(ナウマクサンダラ)


 投擲。


帰依し奉る(インガラヤソワカ)っ!!」


 莫大な雷音と雷光と共におこる独鈷杵の加速は、まるで独鈷杵を一条の光のようにし、竜の障壁へと到達。


 貫通力を高めた私特製の一撃は、何とか竜の障壁を突破し、そのうろこに小さな傷を与えた。


 そのことを感じ取ったのか、ぎょろりと、巨竜の瞳がこちらへ向く。


「女?」


 よほどの人材不足なのか? と、あけすけなく言い切ったその竜に、私はほんの少しだけ額に青筋を浮かべながら、人差し指をその舐めきった色を浮かべる眼球に向けた。


「あんたの相手はわたしよ、蛇」


「話にならんわ、羽虫」


 瞬間、竜の全身から猛毒など比ではないあの世の瘴気が噴出され、まるで津波のように私に押し寄せてくる。


「っ!?」


 まさかの突然の大範囲攻撃に、思わず逃げ機会を逸する私。


 あ、これ死んだ……。と、私が内心諦めかけた瞬間、


「畏れ多くも逆巻く烈風を纏いし、紺碧の鱗を持つ、龍の顕現たる、貴髪碧鱗命たかがみへきりんのみことに奉る!!」


 暴風の竜が私のことを守ってくれ、あの世の瘴気を弾き飛ばした。


 驚く私の頭上から聞こえてくるのは、ツバメの翼をはやした生意気な後輩の声。


「何してんっすか先輩! 王席権様とイチャイチャしていたら死にますよっ!!」


「なっ!? イチャイチャなんてしてないしっ!!」


『うむ。我等は正しく純粋な尼僧と、守り真の関係よ』


「自分らの姿客観的に見てから言ってくださいっす!!」


 燕獣人の新人兵士は、ペッとつばまで吐き捨てながらそう言った後、自らの瘴気が弾き飛ばされ、明らかに機嫌が悪くなっている竜を睨みつける。


「とりあえず、ひとりじゃどうあっても勝てない相手なんっすから、遠距離からちまちま責め立てるっすよ!」


「せ、先輩はわたしなんだから命令しないでよっ!!」


 そんな抗議をしながらも、一応助けられた恩義がある私は、彼の指示に従い、独鈷杵をまき散らしながら距離を取る。


 やっぱり将軍みたいにはいかないな……。と、未熟な私に奥歯をかみしめながら。




…†…†…………†…†…




 そして、空の戦いは激化する。


 眼球を射抜かれることを警戒した竜たちは、積極的に彼らを狙う慧丸に狙いを定め進撃を開始。


 そして、そのことに気付いた慧丸がむしろ自分をおとりにして、神々と、その神々が加護を与えた周囲の部下たちに、隙だらけの竜たちを叩かせる。


 とはいえ、竜もさる者。だてに莫大な霊力を保有しているわけではないのか、意図的に自分たちの体を守る障壁の強度を上げて、その攻撃に対抗する。


 上空の戦いは泥沼と化し、ひとまず地上への攻撃は鳴りを潜める。


 その間に軍勢を立て直しながら、賢者の石はひたすら陣地に敷設した日時計を見つめていた。


「まだか……」


 神の到来を待ち、奴らの降臨を待つ。


「まだか…………!」


 時間稼ぎはほぼ成功と言っていいだろうが、空軍部隊の被害がシャレにならなくなりつつあるのも事実だ。


 とくにあの巨体をうねらせる冥府の有翼蛇の被害がデカい。奴が放出する煙に触れただけで死ぬのだから、それも致し方がないといったところ。先ほどから次々と、空から降ってくる仲間の死体たちを、地上の部隊は苦しげに回収していく。


 これ以上の被害が出れば上空部隊は長くはもたない。


 だからこそ、一分一秒でも早い彼らの到来を、賢者の石は願い続け、


「っ!」


 とうとう、わが身に降り注いだ一粒の雨滴で、願いが成就したことを知る。


「きたかっ!!」


 瞬間。彼らの来訪の先駆けとして、大豪雨が戦場を包み込んだ。


*八万顕神(八万顕真察)=日ノ本最古の神真習合の例として知られる神であり、弓矢を専門とした武神である。


 もともと弓矢の武神であった彼は、真教伝来の際真実を見抜く目という真教にあったとある能力に興味をひかれ、真教の神として自分を列席してくれるよう真正仁真に頼み、彼のもとで修行。そののち真察の階級を得て、望んでいたその瞳を手に入れたらしい。


 その瞳の権能のおかげか、彼の放った矢は何人も防ぐことかなわず、百発百中の冴えを見せ、標的との間にある障害物すらすり抜ける。


 彼を信仰する武人にもその権能は与えられるが、その矢を使いこなすには少なくとも一キロ先の的を、自由自在に射抜けるようにならないといけないとか。


 なお、真教伝来初期は真教にこびへつらったと馬鹿にされていたこの神だったが、後世彼を崇めた弓使いの武人たちの神技の数々により、何気に武神としては第二位の人気を誇る、メジャーな神として知られることとなる。

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