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開戦・地竜の断末魔

 それから一週間の月日が経った。日ノ本側の陣地作成が終わり、迎撃準備万端といった体で、天空城塞を待ち構えていた時。


 その陣地のはるか後方にある森の中で、不可視の何かがうごめいていた。


 それは通常の獣ではありえないほどの速度を持って森の中を駆け抜け、一直線に日ノ本側の陣地へと向かっている。


「アルフェス陛下は心配性すぎる……。何故矮小な人間風情を相手取るのに、斥候が必要なのだ」


 舌打ち交じりに愚痴を漏らしたそれの正体は、カメレオンなど目ではない、光を屈折させることによって自身の体に完全な迷彩を施した中型の竜種。


 全長5メートル近い巨体をほこるその体には、強靭な足と手が生えている。


 ただし翼は小さく、せいぜい滑空にしか使えないだろうという奇形種だ。


 地竜。四足種の竜の中でも、飛ぶことではなく疾走に力を置いた身体形状をしている竜種の名前。彼はその中で《幻惑竜》と呼ばれる竜であり、光を操り引き起こす幻覚や、口から呼吸と共に吐き出される特殊な薬効を持つ霧を使い人間の感覚を狂わせる、幻惑を得意とする竜だ。


 元々は蜃気楼の神と敬われていた竜であったのだが、アルフェスの裏切りに加担した彼の現在は、しがないただの下っ端斥候だ。


「くそっ……。こんなことなら神様辞めるのではなかった」


 いまさら「昔はよかった……。何もしなくても暮らせていけたし」と、延々と愚痴をまき散らしながらも、彼は職務に忠実に一直線に敵の本陣を目指し突き進む。


 そして、彼は見つける。


「ん?」


 その身にやたらと莫大な魔力を宿し、空気中の魔力すら信じられない密度で引きつれている、人間らしからぬ人間を。


「敵の幹部か何かか? いやはや驚いた。まさかこの時代に神に届きかねない術者がいるとは……。昔はよくいたが、最近とんと見かけなくなったものだがな」


 とにかく、まずは一当て。敵がどの程度の物なのか見定めよう。


 そう判断した彼は今度こそ口を閉ざし、足音すら殺しながら、その男にゆっくりと近づいていく。


 攻撃の射程圏内に入ればこちらの物。もとより人間の体は竜の一撃に耐えられるほど頑丈にはできていない。


 たとえどれほどの霊力を持とうと、首をかみちぎってやれば一撃で殺せる。


 そんな確信を抱きながら、彼の咢がとうとうその男に届きそうな範囲に入った瞬間、


「誰だ? 『姿を現せ』」


「っ!!」


 思わず彼の動きが止まる。だが、人間ごときに自分の幻覚が見破られたなど、元神として矜持が許さない。


 バカなっ! 俺は見えていないはずだっ!! きっと何かの勘違いだろうっ!! と、そう思い彼は再びその口を開き、念の為全身を飲み込んでやろうと男に食らいつこうとして、


「なるほど。何らかの幻覚神術か? あとで知恵神に報告しておかないといけないな。まぁ、それはともかく」


 彼の喉を、その男が突きだした一本の槍が貫いた。


「が――――っ!?」


 喉からあふれ出る生温かい血の感触の愕然としながら、彼は考える。


(どうやって俺の存在を!? どうやって俺の攻撃を!? いや、それ以前にどうやって……俺の障壁魔術を貫いたっ!?)


 竜種たちはその有り余る魔力を使い、戦闘中は全身に障壁の魔法を展開している。有り余る魔力で構成されたその障壁は、巨岩の落石すらたやすく防ぎ、マグマを温泉代わりに利用できるという優れものだ。


 当然、人間の膂力でつき出された槍など、たとえ鱗がない喉を狙われたのだとしても、竜に傷一つつけることなどできない……はずだった。


 だが彼は現在喉を貫かれ、致命傷を負い絶命しつつある。


 なぜだ? そんな疑問が彼の脳裏に乱舞するが、もはや声を発することすらできはしない。


 ドウッと体が崩れ落ちるのを感じながら、彼は疑問の代わりに、ゼイッ……と断末魔の喘ぎ声を漏らした後、自身の意識が深い闇の中へ落ちていくのを感じた。




…†…†…………†…†…




 自分の目の前で倒れ伏した巨大な竜の姿を、俺――貫己は黙って見つめながらさきほど竜の喉を貫いた槍――の力を与えた、木の棒を見つめる。


 柄に書かれた文字は《天崩海人矛》。あの槍の再現が、お前の力でできないかと知恵神に言われ、仕方なしに少々気合を入れて作った神器の模造品。


 何やら卵の殻のようなものをかちわり、竜の度肝を抜いたところから考えるに、


「案外使えるものだな。徹夜で言葉と文字を重ねがけして、完全にあの槍の能力を再現できるようになるまで言霊をかけ続けたかいがあった」


 といっても、せいぜい用意できたのは3000本がいいところ。うちの兵士の約三割に行きととけばいい方だが。と、存外使えない自分の力にため息をつきながら、竜の姿を観察する。


 強靭な四肢に、人間ごとき丸呑みにしてしまいそうな凶悪な咢。先ほどの技能を見るに当たり、どうやら神術らしき力も使いこなしているらしい。


 思った以上に厄介な敵だ……。と、その事実を再認識しつつ、意外とあっさりと倒せた事実も考察に入れ、


「まぁ、一方的な戦いにはならんだろうな」


 と、あの知恵神と同じ結論に達しながら、俺は《言霊》を紡ぐ。


 俺の言葉には神が宿る。人々がそう持て囃す俺の力は、この戦場では酷く便利だ。


 さっきの竜の隠行も、俺が姿を現せと言った瞬間にすぐに解けた。あたりまえだ。作家はもとより無から有を作り出す職業。


 何もなかった白紙という場所から、物語という有を生み出す存在だ。その言葉が、その文字が、影響を与えぬ事象など、この世界には存在しない。


「さて……敵さんが無粋なまねをしたが、どうやら俺のおかげでそれは未然に防げたようだし」


 さっさと連絡を飛ばそう。俺はそう思い言葉を紡ぐ、


「『生まれ出でよ、白鷺。我が言葉を届け、我が友に火急の伝令を。『開戦である』と触れを出せ』」


 その言葉と共に、虚空から真っ白な翼を持つ怪鳥たちが生まれ出で、瞬く間に戦場全土に飛び散っていく。


 そしてその数分後、朝の散歩を切り上げた俺が森を抜け戦場に抜け出ると、そこでは兵士たちが慌ただしく駆け回り、迎撃準備を始めていた。


「さて……戦争を始めようか?」


 生まれてこの方感じたことがない、真剣な命を懸けた殺し合いにわずかに震えながら、それでも俺は、自分がこの場で死ぬという予想ができずにいた。




…†…†…………†…†…




 日ノ本のとある太平洋に面した長い海岸線。


 その上空に巨大な建築物が出現していた。


「な、なんだあれ……」


 来ると分かって兵士たちは準備していた。


 この時のために用意を怠ってはいない。


 だが、やはり信じがたかった。


 直径10記路(キロ)近い巨大な土の塊が宙に浮き、そこにまるでハリネズミのような城塞が建築されている光景など、浮遊大陸など知らぬ日ノ本の獣人たちには、信じられない光景だった。


 おまけにあそこに住むのは神に匹敵する化物なのだという。


 圧倒される。戦慄が走る。その威容を見ただけで、兵士たちの心は折れかける。


 だが、


「ふん! なんだ……思ったより小さいなぁ!!」


 自身らの先頭に立つ、あっけらかんとした神皇の言葉を聞き、折れかけた言葉がきしみを上げて止まる。


「もっとこう……うちの列島覆うくらいのとか、そういう大きさを想像しておったのだが。ここから全貌が見えるではないかっ!! 竜のくせに規模が小さい!!」


 呵々大笑。そして、天空に浮く城塞にすら聞こえるのではないかという、圧倒的な大声。


 通常ならうるさいと文句を言うところだが、いまの兵士たちにはいい気付け薬だった。


 そんな彼の背中を見て、兵士たちは笑う。


 やはりあの神皇は生まれた時代を間違えたのだと。


 もっと動乱の時代に生まれていれば、戦乱のある時代に生まれていれば、さぞ素晴らしい神皇になっただろう、誰もが陰口をたたいていた偉大な神皇。


 だがしかし、時代は彼に追いついた。


 時代は彼のために退行した。


 ならば自分たちも、彼に合わせた時代に合わせよう。


 勇猛果敢に。


 負けることなど知らぬと叫べ。


 神に匹敵する化物だろうが関係ない。


 すべて神皇の名のもとに打ち払い、叩き落とすのみ。


「では、英雄・英傑・強者の諸君!!」


 竜の鱗に覆われた両の拳をぶつけ合いながら、若宮神皇は大笑し宣言する!


「存分に楽しめっ!! 存分に働けっ!! 戦祭りであるっ!!」


『おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』


 時の声が上がり、凍てついた海岸線を無数の兵士たちが駆け抜け、天空の城塞の下を目指す。


 竜と獣人種の激闘が、いま始まろうとしていた。




…†…†…………†…†…




「バカげた、奴らだ」


 あれでは猿と変わらんではないか。と、なにやら意味不明な言葉を叫びこちらに向かって疾走してくる兵士たちを睥睨し、私――アルフェスは自分の心配が杞憂だったこと笑う。


 何を警戒していたのだ、私は。一週間前の自分をあざ笑いながら、アルフェスは無造作に手をふるう。


「見せつけてやれ。生物的な格の違いというものをな」


「はっ!!」


 瞬間、城塞に取り付けられた魔力砲の砲口が、三門。地上を駆ける兵士たちに向けられる。


「魔力砲1~3。標的に照準完了」


「魔力注入率70%。射出可能状態です」


 無数の魔法陣を目の前に浮かべ、城塞の訪問を操っている術者たちの報告を聞き、私は無慈悲に手を振り下ろす。


 この指示を出す時の全能感がたまらなく好きなのだ。


「有象無象どもを薙ぎ払え」


『命令了承。魔力砲……発射します』


 その声と同時に、巨大な魔力砲から莫大な魔力が吐きだされ、一条の光となり地を這う虫どもに向かって駆け抜ける。


 これでこの戦いも終わりだ。アスラルドを斥候に出した意味もなかったな……。と、自分の唯一の采配ミスを嘆きながら、私が首をよこにふるう。そして、




 私は手痛い反撃を受けた。




 その三つの光は、虚空で見えない壁にぶつかったかのようにはじけ飛び、掻き消えてしまった。


「なっ!?」


 驚きの声をあげられたのはわたしだけだ。他の竜種たちは信じられない光景にただぽかんと口を開けているだけ。


「な、何が起きたっ!!」


 私の指示を聞き漸く機能を取り戻した魔力砲を操っていた竜種たちは、慌てて魔法陣を回転させながら原因を探る。


 答えはすぐに出た。


「か、感知! 感知しました!! この列島全土を覆う巨大な力場を確認!! これは……障壁(バリア)? まるで岩のような不規則な形状をした力場が、この列島全土を覆っています!!」


「バカな!? これほど広大な領土一つを、覆うことができるほどの障壁だとっ!?」


 そんなもの人間技ではない。精霊種である自分たちですら、かなりの労力と代償を払わなければ不可能だ!!


 そんな常識を目の前の猿のような軍勢が易々と塗り替えたという光景に、私は思わず絶句する。


 が、それ以上に問題となる知らせが次の瞬間に入った。


「こ、高エネルギー反応を探知!」


「エネルギーパターンレッド。これは……これは、われわれと同じ……以前の我々と全く同じ反応……神種です!!」


「なっ!?」


 その報告が入った瞬間、列島を守っているエネルギー場の向こう側に、一人の美女が現れた。


 その美女が口を開いた瞬間、私たちの脳裏に直接その女の言葉が叩き込まれる。


『異国の神より零落せし愚かな蜥蜴ども。心せよ。我が国は八百万の神が統べる国なり。安く落とせると思うな』


 巨岩の思わせる圧倒的迫力と、重圧感を感じさせるその声音に、雷に打たれたかのように固まる術者たちに、私は思わず歯噛みをする。


「愚かな……。神が人のために働くとぬかすかっ!!」


 神の矜持を持たぬ愚昧な輩程度が……。


「我が覇道を阻むとぬかすのかぁあああああああああああああああああああ!!」


 この国は確実に潰す。虫一匹生かしておくものかっ!!


 自身らがありえないと捨て、守る価値すらないと捨てた人間を守る神の姿が、私の癇にどうしても障る。


 許すわけにはいかなかった。


 我々崇高な竜種が否定したはずの在り方を、平然としてのける存在など……許せるわけがなかった。


「神の在り方も知らぬ原始の猿どもが!! 身の程をわきまえろぉおおおおおおおおおおお!!」


 私の絶叫と共に、城塞に命令が行き届く。瞬間、城塞の発着場から無数の竜が飛び降り、小さな翼を使い滑空。こちらに向かって、凍てついた海を走ってくる兵士たちに向かい、降下していく。


「地竜部隊! 矮小な人間どもを蹂躙しろっ!! アスラルドが侵入できたのだ!! おそらく生物ならあの障壁を超えられるっ!!」




…†…†…………†…†…




 城から次々と吐きだされる巨大な蜥蜴の姿に、ワシ――時原那佳女は思わず苦笑いを浮かべる。


 おそるるに足らぬと。


 確かに、輝夜宮が言った竜の身体能力は脅威じゃし、正直どんなザコの兵隊であっても、個人で撃退できる存在など、うちの国には片手で数える程度しかおらんじゃろうという予測ができておる。


 じゃがしかし、敵はその身体能力に頼りすぎじゃ。


 着地した瞬間に陣を構築するわけでもなければ、小隊単位で動くわけでもなく、ただ個人の武勇を示すために突撃して来よる。


 あれでは群れで行動する獣の方がまだ賢かろうて……。


 ワシは相手の意外な稚拙さに驚きながらも、しかし参謀としての策の成就に笑う。


 ワシらの兵士はどのような悪路であっても活動できるように、基礎的な足場確保の神術を全員使っておる。


 海面を歩くことなど造作ない。だが、それなのになぜ足場となる氷を用意したのか?


 その答えは、


「自身の力に驕りすぎたな、竜。そんなガキのような真似をしておるから、ワシら獣人に足元をすくわれるんじゃよ」


 氷上を戦場と思い込み、油断した竜の足元をすくうための一般的な策。


 正直ここまでうまくはまると思ってはおらなんだが、嵌ったのなら仕方があるまい。


 存分にその力をふるってもらおう。


「さぁ、落ちろっ!!」


 瞬間、竜の一頭が踏み出した氷の大地が砕け、竜が水中に落ちて行った。


 それを見た後続の竜たちが慌てて足を止めようとするが、あの巨体が信じられない速度で動いていたぶん、急には止まれん。なにより足場は滑りやすい氷。


 続々と竜たちはワシらが作っておいた、特別氷が薄い地帯に足を踏み入れ、その身を海中に投げ出していく。


 それと同時に軍勢の先頭を駆けておった若宮が、何とか氷の上に這い上がろうとしていた竜に到達。


「うむ! まずは一頭であるっ!!」


 鱗に覆われた豪腕を若宮が振るい、竜の頭部を一撃。竜の頭部を首からもぎ取り、まるで蹴鞠か何かのように天高く吹き飛ばす!!


 ワシはその光景に扇子を広げ大笑した。


「力が足りぬ? 霊力が足りぬ? それがどうした。野獣にも劣る力技をしてきたお主らに、知恵を極めつづけたワシらが負ける道理がなかろうて!!」


 前哨戦は、ワシらの勝利じゃ!!


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