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開戦前、それぞれの思惑

「進路――よし」


「カグトリャーイ様の反応補足継続。あと一週間ほどで、目的地に到着します」


「速度維持問題なし。オートパイロット機能オールグリーン」


 我々竜種が作り上げた無数の天空城塞の中でも、最も巨大で制圧力が高いといわれる天空城塞《アルバトロン》。


 無数の魔力砲と、竜たちの発着場によってまるでハリネズミのような形をしたこの城塞は、元は人間が神に歯向かった際の制圧手段として建造された殺戮兵器だ。


 魔力砲の威力は一撃で山を薙ぎ払い、切り札である《マリューヒルの()》は、凝縮した魔力塊を地上に落とし爆発させる広範囲破壊兵器で、以前試験で海に落とした時は半径50キロにわたる海が蒸発し、しばらく元には戻らなかった。


 まさにカグトリャーイを迎え入れるにふさわしい城塞。竜種の栄光を象徴するその城塞の主になった私――アルフェスは、そんなことを考えながらも、わずかな疑念を抱き始めていた。


「なぜだ……。何故降伏しない」


 カグトリャーイがいる小さな島に向かい、この城塞が発進したのが一週間前のことだ。


 そして、何らかの手段で、敵がこちらの動向に気付いていることを確信したのも調度そのくらい。


 どういうわけか、カグトリャーイ専用にはっておいた探知の魔力網の一部が、何者かによってあっさり機能を破壊されており、まったく作動しなくなっていたのだ。


 敵は相当な手練れ。少なくとも魔力の扱いに関してはこちらの一歩も二歩も先を行っている存在のはず。でなければ、あの魔力網の機能を書き換えて、常に異常なしの信号を発し続けるように改変することなど不可能だ。


 だが、それができたとしてどうだというのだ? と、竜種の強さを誰よりも知る私は考える。


 たとえこちらの情報が拾われたところで、下界に自分たちに匹敵する精霊種がいないことは、南マリューヒルで確認済み。


 あとに残るのは有象無象とひとまとめにしていい、人型の生物だけ。


 到底わが天空城塞に搭乗している、6000の竜種の軍勢に勝てる存在などいないはずだ。


 敵がこちらの情報を集めたというのなら、そのことも当然わかっているはず。


 ならば、敵はこちらの魔力網を破った技術でも使い、こちらに降伏する旨を伝えてこなければなら無いはずなのに……その連絡がいっこうに来ない。


「まさか……勝つ気なのか?」


「アルフェス陛下」


 ありえん……。そういう気持ちを込めて呟いた私を、側近の一人が不思議そうな顔で見つめてくる。


 私はそんな視線を「気にするな」と手を振ることで躱しながら、敵が一体何を考えているのかを思考し続ける。


 もしも本当にまずい事態になったのなら、


「《マリューヒルの灯》を本当に使うことになるかもしれんな」




…†…†…………†…†…




「天空城塞いまだ速度を落とすことなく進行中。日ノ本に到着するまであと一週間を切りました!」


 天童神社の巫女が本陣に駆け込み報告をしてくるのを聞きながら、若宮に下げられた首飾りとなっている俺――賢者の石は眼下に広がる布陣図を眺めながらお礼を言っておく。


「わるいね。苦労かけるが、引き続き監視を頼む」


「いえ、このくらい大した労力ではありませんので!!」


 頼もしいことを言って本陣から出ていく巫女の姿に、本陣に詰めて作戦を練っていた高級将校たちは思わず苦笑いを浮かべる。


「神職の方が軍人より頑丈な気がするのは気のせいかな?」


「仕方があるまいて。あちらは専属の神々の加護を受けておるのじゃぞ? 軍人よりも多少神術の恩恵が多いのは当然のことじゃ」


 揶揄交じりに飛んだ食加見に軽口を、那佳女は舌打ちを漏らしながらも否定はしない。


 これで、この二人の仲がいいのだから驚きだ。まったく貫己と那岐にも見習ってほしい、喧嘩するほど仲がいい奴らだよ。


 内心そんな愚痴を漏らしながら、俺は今度の戦闘に使うはずの作戦の進捗具合を各将校たちに尋ねる。


「那佳女? 防衛陣の敷設具合はどうなっている?」


「海上の凍結はようやく三記路明取(きろめーとる)を行ったところじゃの。まぁ、開戦までには何とか軍が動かせる程度のものができるじゃろうが……。敵の大きさが大きさじゃからのう。まだこれでも小さいかもしれん」


 それに、と那佳女が言いづらそうに言葉を斬るのを見て、俺は分かっていると言う代わりに肯定を示した。


「敵は空を飛ぶ。もとより地上の戦場を整えても意味がないことくらいは理解しているさ」


 あくまで念のためだよ。と、俺は告げながら本当に苦しい戦いをすることになるであろう部隊の将に視線を飛ばす。


「というわけで、その空を飛ぶ敵に対して一番働くことになるであろう、空戦大将。部隊の仕上がりは一体全体どんな感じよ?」


「芳しくありません」


 多貫麻呂の補佐をする三人の大将――背中に大鷲の翼をはやした《天大将》桧垣慧丸(ひがきのよくまる)は、眉をしかめながらそういった。


「一応龍神の方々に模擬戦を手伝ってもらってはいるのですが、一回の模擬戦で一撃入れるのが精いっぱいです。ましてや相手は竜とはいえ、ちがった形状と能力を持つ精霊種。この模擬戦も果たしてどこまで役に立つのか……」


「なんだ? 空を飛ぶ敵など、地面から引き抜いた土塊をぶつけてやれば一発だろう?」


「バカの意見は無視してかまいませんか?」


「許可する」


 非常識なことを言って会議を余計に混乱させる若宮の発言は、全面的に無視することが今決定した。


「余の扱いがひどくないか?」


「仙術使いの連中も、いまいちといったところですかね……。なにせ開祖で有られる豊隆様のように神仙に至れた存在が少ないですし……。せいぜい今いる仙人たちは、地仙か天仙がやっとといったところ。到底龍に勝てるような出力の術式は……」


「だろうな……」


 綺麗に若宮の抗議を無視してくれた慧丸に同意を示しながら、だがだからこそ、と俺はある巨大な儀式を進めてくれている神祇庁の長に視線を飛ばす。


「ちょ、起きてくださいご隠居!! 雰囲気的に次はご隠居の番ですからっ!!」


「ふぇ? なんじゃいかじき?」


「僕の名前は葛城ですっ!!」


 なんてぼけたセリフを吐く老人狐獣人――葦原中津彦(あしはらのなかつひこ)の様子に、会議にいた面々が一斉に頭を抱える。


 いいかげん隠居すればいいのに、このジジイ。いや、でも一応優秀な神祇官なんだよな……。現段階で《八神宿祓剣》使えるのはこいつだけだし


「原西……代わりに頼む」


「も、申し訳ありません……。現在儀式の進行はうまくいっておりますが、何分季節が季節ですので……。せめて春……贅沢をいうなら、もう少し夏よりの季節なら成功率も確約できたのですが。それにもし降臨がかなったとしても、主戦場まで来られる確率は五分五分ではないかと……」


「なに。こっちにくる必要はない。太平洋を一薙ぎしてもらえればいいんだよ」


 とはいえ、あの二柱の神々はかなり気紛れだからな……。真神戦争の折こっちに顔を出したのが奇跡のような連中だし……。と、内心ため息をつきながら、天剣八神に数えられる二柱の神を思い出しながら、俺はあまりあの二人に期待しないよう心掛ける。


 まぁ、災害神達の協力も取り付けてあるし、他の神格たちも、戦闘向きの連中は根こそぎ降臨準備がしてある。国家をあげての防衛線だ。一方的に竜たちに蹂躙されることはないだろう。


 俺がそんなことを考えながら、やはり脳裏のどこかでは最悪の事態を想定し、策を作り上げていくさなか、


「なぁに安心せよっ!! あの二柱の神がこられずともっ、いざとなれば余が《必殺・龍殺し正拳》によって、竜種ごとき撃沈してみせようっ!!」


「…………………………………」


 いや、頼もしいけど……若宮、高草原にいた隻眼の竜神がハムスターみたいに震えだしたから、あんま大声でそう言うこと叫ぶのやめてくんねぇ? と、思わず俺は内心で引きつった笑みを浮かべるのだった。




…†…†…………†…†…




 私――輝夜は目の前で広がる無数の神職たちが行う神呼びの儀式を見つめながら、「戦時中にこんなことをしていて大丈夫なのかしら?」という不安に駆られていた。


 そこには無数に木材をくみ上げ、火をつけたかがり火が方陣を描くように並べられており、その中央には巨大な石を削り出し作り上げられた舞台が置いてある。


 それを囲むように胡坐をかいた神職たちが、無数の楽器を打ち鳴らしなし、他の神職たちは朗々と祝詞を唱え続ける。


 そして石舞台の中央で踊るのは、友人である那岐。


 心底楽しそうな笑みを浮かべ、健康的な肌色が多くさらされる、きわどい切れ込みが入った特製の巫女服を身にまといながら、彼女は舞台で踊り続ける。


 それを見ていた仕事を終えた周囲の兵士たちは、歓声をあげ、酒を飲み、さながら祭りが如くどんちゃん騒ぎを繰り広げていた。


 到底戦場になる場所にいる人たちの姿とは思えない。至ってのんびりとしたその光景に、私は不安を覚える。


 本当にこんなことをしていて、あの人たちに勝てるのだろうか?


 脳裏に思い出されるのは、龍の眼玉越しに見た猛獣のような瞳と、仇敵アルフェスの嘲るような声。


 あの声が聞こえたということは、父上と母上はおそらくあの男に敗北したのだ。


 あの二人がいなくなれば、太陽と月の恵みに陰りが出るので、命までは取られていないと思うが、だとしても安心できる事態ではない。


 誰にも負けない、天の象徴だった強力なあの二人を抑え込んだ――義兄アルフェス。神話的にあの二人の子供として生まれた彼の力の強さは、私もよく知っていた。


 炎さえあれば太陽も月もいらぬと、両親の前で豪語しても、だれも止められないほどの圧倒的実力。


 父との喧嘩の際は、地上に太陽を生み出したと称されるほどの巨大な炎を作り出した兄に、本当にこんなことをしていて……勝てるのだろうか?


 私がそんな風に不安に思っていると、


「ん? どうした。貴様らしくない考え込むような顔をして。やめておけ。そういった顔をしていいのは、きちんと頭に脳みそが入っているやつらだけだ」


「………………………………………」


 相変わらずの貫己節を発揮しながら、手帳になにやら走り書きしている貫己が、私の後ろに立ちました。


「こういう時くらいその毒舌を抑えることはできぬのですか、貫己」


「黙れ、疫病神。貴様が言うところの《こういう時》は貴様が呼び込んだものだろうが毒婦め。やはり俺の意見は正しかったな。お前はこの国を混乱に陥れる毒婦だった」


「くっ!!」


 人が一番気にしていることを!! と、思わず歯ぎしりをしそうになった私ですが、ほんの少しだけ気が楽になったのも確かなので、黙って貫己の罵詈雑言を受け入れます。


 何せ私はこの国の妃ですから、誰も今回の開戦の理由について、私を糾弾する人はいませんでした。


 誰も彼もが「あなたは悪くない。心配するな」といって笑うばかりで、私を罵る人はいなかったのです。


 明らかに今回の戦争は、私が開戦の理由だというのに……。


 だからこそ、今の私には貫己の口さがない罵りが、小さな救いに感じられたのです。だから私はそれ以上貫己と言いあうことはやめ、ため息をつきながら再び踊る那岐に視線を戻します。


「私たちは……本当にアルフェスに勝てるのでしょうか?」


「知らん。負けるときは負けるし勝つときは勝つ。戦とはそういうモノらしいぞ?」


 うちの国で起こった戦などもうずいぶんと昔の話だがな……。と、貫己は肩をすくめながらある意味真理な答えを私に告げます。


「だがしかし、この国の連中が全力で勝ちに行っていることは違いない」


「あれで?」


「祭りも立派な宗教行事だぞ? ああやって、戦で力を貸してくださいと神様にお祈りしているのさ」


 まぁ、半分以上は神々に拝気をもらうついでに楽しんでいる連中だろうが。と、貫己は苦笑いをしながらいまだに筆を走らせる手を止めません。いったい何を書いているのでしょう?


「そういうあなたは何をしているのですか?」


「なぁに、少々知恵神にこき使われているだけだ。こういった戦争で俺の異能はずいぶんと便利だそうだからな。今夜も徹夜が確定してしまった」


「そ、そっちはそっちで大変そうですね……」


 よく見ると炎の照らされた貫己の目の下には、おおきな隈ができているのが見えて、私は思わず顔をひきつらせます。


 いったいどれだけ寝てないんでしょう、この人。


「でも、だったら私のためにそんなに無理をする必要はないでしょう? 私のことを散々毒婦だと罵っているあなたは、決してこの戦いには参戦しないと思っていましたが?」


「はっ、下らん。自分の私情で仕事を選り好みするような玄人意識の低いことは言わんさ。そっちこそもう少し感謝したらどうだ? 俺の文字は芸術だ。今回の戦争ではそれを惜しみなく使わされる。本来なら観覧料をとってもいいほどの芸術作が、湯水のように使い倒されるのだ。ほら、金を払いたくなってきただろう!?」


「では皇后権限のツケ払いで」


「ふん。それこそお断りだな。いったい民が汗水たらして上納した税をなんだと思っている? 仕方ない。無職で一文無しのダメ皇后のために、今回の観覧料は友人(・・)割引でタダにしておいてやる」


 最後の最後までそんな軽口をたたきながら、私の傍から離れ石舞台に野次を飛ばしに行く貫己。


 そんな声が聞こえていたのか、今まで楽しそうに踊っていた那岐の目が吊り上り、踊りを一時中断し、こちらには聞こえないが多分怒鳴っているんだろうという表情で、貫己のヤジに応戦し、周りにいた神祇官たちが慌てて止めに入る。


 そんな光景にヤンヤヤンヤと喝さいを送る兵士たちに苦笑いを浮かべながら、私は貫己がこっそりといったあの言葉をかみしめ、私の不安を振り払う。


「信じよう……私の夫と、友人たちの力を」


 今の私にはそれくらいしかできないし。と、私は最後に開き直りながら、両手を合わせてこの国の神々に祈りを捧げます。


 どうか彼らをお守りください。と……。


 そんな私の心からは、いつのまにか不安の雲は消えていました。


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