表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/270

明石閑話・ある大学の論文研究

「あぁ? 天空城塞?」


「うン! 私はそれを調べようと思って!!」


 若干違和感が、感じられるが、日ノ本語の日常会話に支障はなくなった少女の言葉に、俺は思わず眉をしかめる。


「またそんなコアな話を……。だったらマリューヒル大陸の方の大学行けばよかっただろ?」


「そんな留学費用はうちにはありませン!!」


「あぁ、そういえばこっちに来るのにも半分はこっちの奨学金使っているんだったか?」


 難儀な話だ……。と、俺は自分の卒論を片付ける傍ら、良く俺を尋ねに遊びに来る央国からの留学生の少女の話を聞いていた。


 そう。言うまでもなくこいつは俺が《封獣演義》を調べるに当たり、世紀の大発見をすることとなったあの石碑に案内してくれた央国の少女だ。


 結局地元の大学に興味の引かれる学科がなかったらしい彼女は、俺のつてを頼り俺が通っている大学に留学することにしたらしい。


 央国の受験例としてはベターな選択らしく、日ノ本の大学に行っていましたと言えば雇ってくれる央国の企業も多いんだとかで、寧ろ彼女の両親はもろ手を挙げてこちらに彼女を送り込んだらしい。


 とはいえ、彼らは知らない。自分の娘が見知らぬ男の家に転がり込んで、ただで日ノ本語の勉強を受けているなどということは……。


 彼らは知らない。何故か俺に懐いた彼女が、こうして先輩後輩の関係を盾に、俺によく話しかけるようになったのは。


 大学キャンパスを舞台にした甘い青春ライフじゃないのかって?


 とんでもない。こいつはただ俺の、


「ふふふ。モフモフ……」


「真剣な進路相談している間に、俺の耳と尻尾弄るのやめろよっ!!」


 俺の耳と尻尾をモフモフしに来ているだけだ……!!


「ホント力抜けるからやめろよっ!! お前の研究テーマに詳しそうな御仁紹介してやるからっ!!」


「えっ!? 本当ですかっ!!」


「あぁ。お前と同じ留学生で、マリューヒルから来ている竜種の先輩がいるんだよっ!!」


 やたらといやらしいタッチでこちらの耳と尻尾を触ってくる後輩に閉口しつつ、俺は目的の人物がいるであろう、大学の教授棟へと足を運ぶ。


 少しでも早く、俺の尻尾を耳に自由を取り戻すためにっ!!




…†…†…………†…†…




 教授棟についた俺は、目的の教授――西洋風の獣人である人狼(ワーウルフ)という種族のレイマン・F・太郎教授(56)のもとを訪れていた。


 なんでもフレンダ系日本人の二世らしく、こんな珍妙な名前になっているらしい。


「ん? あぁ! 久しぶりだねッ!! どうだい? その後の古文書解析は?」


「流石に専門のチームくんでもらったあげく進んでないとか言えませんよ。順調に解読中です」


 央国学界から借りうけた、俺が発見した封獣演義の原書の解読作業に協力してくれた、神話伝承学の教授でもあり、東洋伝承研究の第一人者でもあるこの教授は、普段は獣人ですらない普通の人間だが満月になると狼になり、狂暴化するという欠点を抱えている。それ以外は至って普通の教授だ。


 それに狂暴化といっても、せいぜい酔っぱらって気が大きくなったアル中程度の物で、大した被害は出していないんだとか。


「ん? 後ろにいる子は後輩さんかな?」


「はい。うちの学科の新入生にして留学生でして……」


「あぁ。央国からの? 変わった子がいるって教授たちの間でも話題になっていたよ? なにせ、獣人の教授たちに向かっていった第一声が『揉ませていただいてよろしいでしょうか?』だったしね」


 そんなこと言ったのかお前っ!? と、俺が愕然とした表情で振り返ると、そこには盛大に目をそらして口笛を吹く央国少女。


 それで誤魔化せているつもりかっ!?


「おいこら鬼崎。勝手に先生とっておいて長話とか本気で勘弁してくれ!! こっちは今卒論に詰まって大変なんだよっ!!」


「あ、テスタルト先輩」


 そんな俺に抗議の声をあげたのは、ちゃっかり一年留年中の竜種の先輩――テスタルト先輩だった。


 日本のオタク文化に憧れてこちらに留学してきた先輩は、現在日ノ本最古の戦争である《平定戦争》の卒論を書いているらしく、日ノ本神話を専攻研究しているレイマン教授に、師事を仰いでいるらしい。


 どうやら俺の多分ここにいるだろうという予想は、ズバリ的中したらしかった。


「いや、先輩チョットこいつが自分の研究テーマに詳しそうな人を探していまして」


「あぁ? 研究テーマ?」


「はい! 私卒論のテーマに、空中城塞の伝承について調べようと思っていますっ! ですから、空中建築の本場であるマリューヒルの方にお話を伺いたくて!!」


 竜種というものを初めて見たのか(といっても今は人化しているから、普通の人間とまるで違いはないんだけど)、やや興奮気味に先輩に語りかける少女。その見た目は結構美人なため、女日照りの先輩として悪い気分ではなかったのか、鬼気迫る形相で先行研究の論文を読んでいた先輩も思わず手を止め、目を見開く。


「え? あ、あぁ……。まぁ、そういわれると先輩として、話さないわけにもいかないけどさ……」


 とはいえ、ちょろすぎですよ、先輩!! と、俺が思わず内心で涙を流し、将来先輩がたちの悪い女にひっかかるんじゃないかと不安になっているとき、先輩はひとまず息抜きがてらに伸びをし、自分の知る空中城塞についての伝承を語り始めた。




…†…†…………†…†…




「まず空中建築物を語るに当たり重要な点は、現在確認されている空中建築のすべては、我がマリューヒルから生まれた精霊種――竜種による手によって作られたものだということだね。もとより天に大地を浮かせるための鉱石《浮上鋼》はマリューヒル大陸にしか埋蔵されていない金属だから、当然と言えば当然だけど」


「有名なのは南マリューヒルの空中庭園群。大航空時代にイウロパ地方の国々に簒奪された、100を超える移動要塞群。そして、さらに昔の時代、竜種の内乱によりその管理下から離れ、各地へとちった五つの天空城塞だ。調べるといった以上わかっていると思うが、そのほとんどが世界遺産に登録されており、世界的に重要な建築物として扱われている」


「央国にもあったっけ? 確か央国での名前は《九龍城塞》だったっけか? 九つある城門を竜の首に見立てたいい名前だと思うよ? とはいっても、いまでこそ観光名所になっているあの城も、昔はまだ動いていた自動迎撃術式のせいでえらい人外魔境になっていたみたいだけど……。何人のトレジャーハンターがあそこで命を落としたことか……」


「さて、君がこのテーマに手をつけようとしたとっかかりはあの城塞だろうけど、今君はせっかく日ノ本にいるわけだしね……。やはりここは、日ノ本に残る空中城塞の伝説を調べたらいいんじゃないのかな?」


「なんだ鬼崎? 日ノ本には空中城塞はないって。確かに現存はしていない。でも、この国にも空中城塞がやってきた痕跡は確かに残っているんだ。知らないかな? あぁ、確かに原文でしか載っていない物語だし、教科書も戦闘があるシーンはカットされているからな……。仕方ないと言えば仕方ないか」


「というわけで、一度あれを原文で読むことを俺はお勧めしておくよ? あれ? あれはあれさ……日ノ本最古のフィクション小説にして大衆娯楽。作者不明、成立年代不明。あらゆるパーソナルデータが謎に包まれた、御伽話。《竹姫物語》さ」


「竹姫物語は三部構成というのは知っているよね? さすがにこっちは授業で習うだろうし。第一部は竹姫の成長と、彼女に求婚する五人の貴公子を、竹姫がすげなく追い返す《難題ノ巻》。第二部は竹姫に求婚した神皇と、その神皇を難題で困らせながらも彼に心を開いていく竹姫の心情を描いた、《青春ノ巻》。《青春》の語源になったとされる書物だね。そして、第三部こそが君たちが期待する空中城塞が出てくる、若宮神皇率いる日ノ本軍と、竹姫の抹殺に動き出した彼女を故郷である月から追い出した、とある悪竜が乗ってやってきた空中城塞迎撃戦を描く《天乱ノ巻》だ」


「創作・フィクションだといわれるこの物語だけど、実は実際あったことじゃないかという学説があるのは日ノ本の歴史学者の間では常識だね。なに? 実在を疑われていない御伽話の方が少ないって? おいおい、それは言いっこなしだよ、鬼崎。話が進まないだろ?」


「まぁ、流石に月の住民がうんたらかんたらというのは嘘だと思うよ? 別れの間際に竹姫が若宮に渡した不老不死の薬も、若宮神皇が生きていないところを見るに嘘っぱちだろうしね。でも、空中城塞の存在が、この物語をある予測へと引っ張っていくのさ」


「すなわち、我がマリューヒル大陸の原始の竜種たちが、空中城塞をひきつれ日ノ本を一度侵略しようとしたんじゃないかとね」


「とはいえ、歴史を見ればわかるとおり、日ノ本に竜種が本格的に住み始めたのは第二次世界大戦後の移民ラッシュ時のことだ。竹姫物語を鵜呑みにするわけではないが、恐らくその侵略戦争は手痛い反撃を食らい失敗したものだと思われる」


「ではなぜ失敗したのか? それは竹姫物語の実際にありそうな部分を抽出して、調べるに……」




…†…†…………†…†…




「と、ここまでが現在わかっている竹姫物語の考察だ」


「へぇ~。日ノ本にも空中城塞がきて、竜種との戦争があったんですね」


「中には、リメリカ建国までマリューヒルを治めた、《星竜》カグトリャーイ様が実は竹姫――輝夜宮だったのではないかなんてうわさも流れていてね。隠居されているご本人が、インタビューに行った学者に向かって、笑って『それは秘密。自分で考えて答えを出してください』なんて言ったから、余計にその学説に拍車がかかっていて……。マリューヒルの大学ではいまだに、そのことでもめることがある」


「ロマンがある話じゃないですかっ!!」


 そうかぁ? と、目を輝かせる央国少女に俺――鬼崎は思わず目を眇める。


 確かに、竹姫物語は悲恋を描いた恋物語として有名な、恋愛スペクタクルだ。女性としてはそちらに目が行くのも仕方がないかもしれない。あの恋愛が実際あったものであり、その登場人物が長命の竜種であったがゆえに、いまだに生きているというのなら、彼女が目を輝かせるのも頷ける。


 だが、男性の俺としてはむしろ竜種との戦争が実際にあったかもなんて事実は、知っただけで寒気が走る。


 今でこそ人類と友好的な竜種だが、動乱時代の代名詞である第一次恵世界大戦こと、《人魔対戦》で勇者との友好が結ばれるまでは、竜種と人型の種族は戦争の歴史を歩んできた。


 特に、悪竜と呼ばれる竜種とイウロパ圏の闘争の歴史は血みどろの歴史であり、一頭の竜を殺すのに、千人単位の兵士が犠牲になったなどという逸話はザラにあった。


 そんな竜種と自分の故郷が戦っていた。そんな事実知った俺にはある不安が残っているのだ。


 竹姫物語ではカットされた事実。神皇と輝夜宮の恋の裏側に隠れた犠牲。


 竜との戦争で受けてしまった、日ノ本の被害はいったい……。


「どれだけの物だったんだ……」


 柄ではないが、つい自分の祖先たちに同情をしてしまった俺は、その被害が少しでも少ないことを、心の底から祈らずにはいられなかった。


*イウロパ=地球でいうところのヨーロッパに相当。イリス教が主な宗教であり、人魔大戦の折、勇者を召喚した地方でもある。様々な国家群が織りなす巨大な国家同盟体ではあるが、その性質上内乱という名の戦争が多く発生している地域でもある。

 その戦乱の歴史のため、聖人・英雄なども多く排出されており、神の御名のもと彼らの霊魂を受肉させ使役する《英雄使役》の奇跡術(・・・)が戦闘術式の一つに存在したりする。


*フレンダ=地球でいうところのフランスに相当する国。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ