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神代・嫁とり事情

「瑠偉さん。魚とってきました。干物にする処理お願いします」



 大風彦に名前を付けてから二年がたった。


 瑠訊は22歳。瑠偉は20歳。そして大風彦は、あとで岩の神様に年齢を確認してみたところ、多分18歳になっただろうとのことだった(岩の神様は神様らしく、年月の計算がアバウトだった)。


 あれから大風彦は漁に、槍術、言葉に文字と……俺の教えを受けメキメキと成長。


 今では猿と変わりなかった当初とは比べ物にならない、食料調達係+武人+文化人となっていた。


 隠れて何かコソコソしていると思ったら、恐らくこの島最古のものと思われる日記帳を、俺が瑠訊たちの文字教育用に作った粘土板に書いていた時は、戦慄を覚えたほどだ。多分こいつの日記帳が後世に残れば、歴史の教科書に載ることは間違いなしだ。


 そして、大風彦はさらにある人間的成長をしている最中だった。


「あ、大風彦さん。あれ? でも今日は漁をする日じゃないって……」


「いえ、その……」


 首をかしげる瑠偉の姿に、大風彦は顔を赤くしながら一言、


「……じつは魚はついでと申しましょうか」


「?」


 大風彦はそういうと、しばらく顔を赤くしながら何かを迷うように視線をふらつかせ、その数秒後何かを決意したような顔になり、


「目が見えないあなたに、こんな贈り物、逆に不快になってしまわれるかもしれませんが……こちらを」


「えっ?」


 そう言って大風彦が瑠偉の手を取り、その掌に載せたのは、綺麗な桜色をした貝殻のネックレスだった。


「瑠訊兄者から……今日はその、瑠偉さんの誕生日だと聞いて。恥ずかしながら贈り物を」


「あっ……」


 それを聞いた瑠偉は、光を移さない紅い瞳を丸くした後、大風彦と同じように赤面し顔をそらした。


「あ、ありがとうございます……」


「「…………………………………」」


 そして、しばらく二人の間に無言の空気が続く。


 数分後。


「……大事にしますね」


「っ!!」


 耳まで真っ赤にした瑠偉が、それでも小さく嬉しげにつぶやいた言葉を聞き、大風彦は飛び上がるように顔を上げ、


「はい! はいっ!!」


 本当に嬉しそうに笑った。





「ちっ……リア充爆発しろ」


「いきなりどうしたんだ、お前?」


 瑠訊と一緒に瑠偉の誕生日用に、巨大なイノシシを狩ってきた、俺―—賢者の石はその光景をみて思わずそう吐き捨ててしまう。


 口なんてない石の身だが……砂糖を吐きそうになってしまった。




…†…†…………†…†…




(とはいえ、瑠偉に結婚相手ができたことは素直に喜ばしいことだ。このままこの兄妹一生独身で通すもんかと思ってたし)


 と、俺はたまには働くかと思い、世界の改編を使いイノシシを解体しながら、向うで嬉しそうにネックレスをさわり、形を確かめている瑠偉の姿を見て安堵の息を漏らす。


 世捨て人になる覚悟で二人をこの島に渡らせた俺だが、結婚ができるのならしてほしいとも思ってはいたんだ。


 惚れた相手がいて、相手もそれに応えてくれそうで、そんで結ばれて子供でもできたら、いままでの不幸なんて全部忘れるくらい、幸せになれるんじゃないかという考えが、元人間の俺にはどうしてもあったし、なにより、


「このまま兄と二人の退廃的生活を送らせるのもどうかと思うし……」


 やはり人間というのは、社会で生きる生き物だしな……。と、うんうんと内心で頷きながら、俺がひそやかに瑠偉と大風彦の恋を応援する決意をしたときだった。


「いいなぁ~」


「!?」


 猪の解体を黙々としていた瑠訊が、ボソリとそう漏らすのを俺は聞いてしまった。


「いいなぁ~」


「………………」


(し、しまったぁああああああ!? こいつを忘れていたぁっ!!)


 俺の内心に自分の失態を罵る声が吹き荒れる。


 世界最古のシスコン。妹との結婚を本気で考えていそうな危ない奴。ロードオブザ兄貴(ブラザー)……瑠訊の存在を。


(こいつのことだ! きっと大風彦の恋心も、瑠偉がそれにまんざらでもないことに気付いているはず!! 確実に二人の仲を邪魔するために、全力で活動を開始するはずだ!!)


 大風彦も瑠偉もやさしい人間だ。世話になった瑠訊が本気で嫌がれば、きっと二人は黙ってお互いの関係をあきらめる。


 つまり、


(この平和だった島に、昼ドラ張りのドロドロの三角関係が、現界してしまうということかぁああああああああああああああ!?)


 ま、まずい!? それだけは何としても阻止しないと!! と、俺は心中で冷や汗を流しながら、必死に瑠訊を説得する方法を考えていた時。


 とうとう瑠訊は、核心に触れる言葉を放つ!


「あぁ……俺もあんな恋できるような、嫁さんがほしい」


「ま、待て落ち着くんだ瑠訊!? お前らしかいないようなら、そりゃ古代だし兄妹婚ぐらい目をつぶって……って、あれ?」


「ん?」


 ……なんか、予想していた言葉と違ったので、俺は思わずそんな間抜けな声を出してしまう。


「嫁さんがほしいのか?」


「あぁ」


「それはつまり……瑠偉を嫁さんにしたいとかいう?」


「はあ? なんで妹娶るなんて話になってんだよ? そんなこと、しちゃいけないに決まってるだろ? まかり間違ってそんなことになっても、瑠偉だって絶対傷付くし。というか、妹相手に欲情するわけないし」


「……………………………………………………………………」


 俺はそんな、シスコンらしくない瑠訊のはっきりとした宣言に、しばらく呆然とした後、


「ご、ごめん……。ほんと、お、おれ……お前疑ったりして、ほ、ほんとごめん!!」


「うぇっ!? どどどどどどど、どうした!? どうしたいきなりっ!?」


 ちゃんと大人になっていた瑠訊に感動し、思わず涙を流すのだった(石なので(以下略))。




…†…†…………†…†…




 それから数日後。俺は大風彦に頼み込み、現在あの巨岩の神様のところにやってきていた。


『はぁ。大陸の知恵ある獣……瑠訊の《つがい》を何とかしたいと?』


「嫁って言ってやって?」


『むぅ……。知恵ある獣……人間の言葉というのは難しいですね』


 この列島には人がいない。いや、正確にいうならば俺たちが手を出しさえしなければ、きっと大風彦が始祖となって、人という種族が増えて行ったのだろうが、あいにくと今の大風彦は瑠偉にお熱状態だ。子孫繁栄を考える前に、今はどうやって瑠偉を落とすかを悩まなければいけない時期だろう。


 と、いうわけで、この列島で瑠訊の嫁を探すのは限りなく不可能。


 かといって、大陸から嫁をさらってくるのもいろんな意味で気が引ける。大陸の人には大陸の人の生活があるだろうし、大陸人との接触を極力嫌っているあの二人も、あまりいい気分はしないだろう。


 こんな八方ふさがりの状況を、どうにかして打開できないかと、俺はこの岩の神様にご意見を伺いに来たのだ。


『そうですね……猿をあてがうというのはどうでしょう。祖先なわけですし、多分可能ですよ?』


 聞いた俺が馬鹿だったと数分後には学んだが。


「おい大風彦。お前のお母さんマジクレイジー」


「く、くれ? とにかく馬鹿にされたのは分かったんで、謝ってください石様」


「《賢者の》がすっかり外れちゃって……。また教育ミスっちゃったよ。というか俺そんな威厳ない? どいつもこいつも、付き合いが長くなればなるほど、おれに対する敬意が消え失せていくのはどういうことだよ?」


『あぁ。息子から聞きましたよ。その質問の答えは「日ごろの行い」だそうですね?』


 どうやら大風彦にもあとでいろいろ話を聞かねばならないらしい……。


 とまぁ、そんな雑談は置いておくとして嫁問題だ。


『もう一人、人間を猿から作るという方法もありますが?』


「いや、幾らなんでもそれはちょっと……。どっちにしろ、猿から作ってつれて行ったりなんかしたら、進化に関して説明しないといけないし」


「何か問題でも?」


「大風彦よ。大陸の人間には大陸の人間なりの、矜持というものがあるのだよ」


「はぁ?」


 お前たちはもともと猿だったんだよ? なんて口が裂けても言えないと、婉曲的に説明した俺の言葉に、訳が分からないといわんばかりの顔で考え込む大風彦。考え込む彼をしり目に、俺が意見をすげなく却下したせいで若干不機嫌になったのか、岩の神様は少し硬くなった声で、


「では私がお相手しましょうか? あの知恵ある獣や、息子のおかげである程度人型は取れるようになりましたが」


 と、やけっぱち気味に言いながら現れたのは、岩の神様の化身として、人の姿で現れた絶世の美女だった。


 豪奢に結い上げたサラッサラの黒髪に、若干垂れているがそれが穏やかな雰囲気を醸し出す、右目に泣きボクロ装備の目元。


 白い肌についなすように真っ赤に彩られた唇が、何とも言えない妖艶さを醸し出している――瑠訊たちが着ていた大陸の女性平民の服を、若干豪華にした感じの服を着た美女。


 それがこの岩の神様が「人間って色々便利そう」と造られた、人間形態の岩の神様の姿だった。


「まぁ、確かに、あいつにはもったいないくらい美人だけど……。岩と恋させるっていうのもちょっと……あとできればあいつには普通に子供作ってほしいし」


「この姿なら子づくりぐらい可能です。まぁ、私の力をかなり受け継ぐでしょうから、生まれた子供は、泣き声一つで大地を揺らし、地割れを起こす神通力を得るかもしれませんが……」


「その子供は、子育て初心者にはちょっと難易度が高いかな……」


 俺が人間の姿になれたら、何とも言えない微妙な顔になっているであろう、とんでも予想に、俺はやはり苦笑いを浮かべながらの拒否の言葉を告げるしかなかった。


「で、でも……俺も兄者に嫁を作ることは賛成だ。俺、瑠偉さんと一緒にいるととても心温かい。兄者にもあんな気持ちになってほしい」


 そんな、素朴で実直な大風彦の言葉に、俺は思わず平伏しそうになった。


(こいつ神様の俺よりも心がきれいだっ!!)


「どうです? これが私の息子ですよ?」


「そしてあんたは人間の姿になってからずいぶんと嫌な女になったな……」


 ドヤ顔でそんな自慢をしてくる、神々しさなどみじんも感じられない岩の神様に、諸行無常の理を感じながらも、俺は何とか打開策はないかと思考を巡らす。


「誘拐もダメ。猿進化もダメ。猿あてがうなんて論外……さてどうしたもんか」


 せっかくここまで育てたんだ。孫の顔ぐらい見たいんだが……。と悩む俺に、いい加減付き合うのが面倒になったのか、


「まぁ、私は大風彦が早く瑠偉ちゃんと結ばれてくれればどうだっていいのですが。そうですね……猿が祖先だとあの子たちに知られたくないのなら、違う動物を元にしてあの子たちに似通った姿になるよう、加護を与えてはどうですか? あなたは大陸の神の端くれでしょう。私にできてあなたにできない道理はないと思うんですが?」


「え? 違う動物を人型にしろってことか?」


 その瞬間俺の脳裏にはある存在がよぎっていた。



 しなやかな体に猫の耳と尻尾をつけた、水着みたいな服を着た猫娘。

 モフモフの尾に、金髪の長い髪。そこからちょこんとした耳が生える巫女服の、狐娘。

 ぴょこぴょこコミカルに動く白くて長い耳に、やたらとエロいハイグレの黒服。その尻からちょこんと出る丸い尻尾のウサギ娘(バニーガール)


 前世では異世界の鉄板としてよく登場していた、獣属性を持つ少女たち。



「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 滾ってきたァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


「「えっ!?」」


 突如大声を出す俺に驚いたのか、思わず氷結する大風彦と岩の神様。


 そんな二人の反応をしり目に、俺は内心不気味な笑い声を発しながら、今後の《瑠訊の嫁製造計画》に思いをはせる。


(待っていろ、瑠訊……。お前にふさわしい嫁を、必ず俺が作り出して見せるっ!! そして、おこぼれとして、前世のファンタジーファンの夢だった、獣っ娘たちをぜひこの目で!!)


 あとから思い返してみれば、あの時の俺は獣娘という属性に酔っていて、どうかしていたんだと思う。


 とにかく! こうして、ようやくこの世界に異世界の証となる種族の誕生――獣人の誕生が確定したのだ。


*大風彦の日記=前述した明石記の原典になった石版。賢者の石の親ばかにより、陶器になるよう世界改変が施され、後に皇祖神たちの神社の神器として保存。かなりの年代まで残る。が、動乱期に起こった戦国乱世の煽りをうけ粉砕されてしまい、現代は残っていない。つまり、賢者の石の教科書に載っちゃう歴史遺産製造計画はとん挫したのだった。

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