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輝夜宮

「で……なんで俺たちは貴様に付き合って、こんなことをしているんだ、若宮」


「良いではないか! どうせ貴様ひまだろう?」


「暇じゃない。竹姫物語の第一部《五人の貴公子が輝竹の姫にケッチョンケチョンにされて、いみじう興ありてうち笑ひたる》を書いているところだったのに……」


「なんで最後だけ文章表現なんですか?」


「ふっ。愚問だな。俺は作家だぞ?」


「いや、楽しい雑談しているところ悪いが、お前ら……この状況どうするつもりだ?」


 俺――賢者の石は、目の前で怒り狂う龍神を見て、顔を引きつらせる(石だから(以下略))。


 いま俺達は若宮に連れられ、都からちょっと離れた、とある大河にやってきていた。同行人は、俺の付き巫女の那岐と、いざという時のためにという、わけわからん理由で引っ張り出された貫己だ。


 どういうわけか、神皇である若宮が旅行しているというのに護衛はいない。何度聞いても若宮はその理由を教えてくれなかった。


 おそらく無断で内裏を抜け出したのだろう。あとで臣下たちに大目玉くらうぞ、若宮。


 それはともかく、なんで俺たちがこんな大河に来ているのかというと、それはある理由があり、この龍を退治しに来たからだ。


『おのれっ! 下等な人間風情がっ! 忌まわしき高草原の先兵が! 我は決して貴様らの暴挙に屈しはせ……』


「どっりゃぁあああああああああああああああああああああああああ!!」


 だが、暴風を起こし、豪雨を降らせる龍の怒りなどなんのその。若宮は突如地面に手を突っ込んだかと思うと、どんな物理法則を働かせたのか、龍の巨体の三倍はあるかという巨大な土塊を地面から引っこ抜き、龍に向かって投げつけた。


『ちょ!?』


 さすがに威嚇の最中に攻撃されるとは思っていなかったのか、諸に土塊を食らい撃沈する龍。それに向かって追い打ちとばかりに若宮は高々と跳躍し、地面に落ちた龍の額にドロップキック。


 メギグワシャメシャァ!? という、到底人が龍を攻撃したときに出してはいけない音を響かせながら、その頭部を地中深くに埋め込んだ。


 というか、あいつ本気で人間だろうか? いや、獣人だけどさ……。


「だからあいつが物語にかかわってくるのは嫌なんだ。どんな繊細かつ耽美な物語でも、あいつが来たら理不尽系お笑い小説に早変わりしてしまう……」


「いやいや、その前に龍神様倒しちゃいましたよっ!? 大丈夫なんですかあれっ!?」


「あぁ。安心しろ。あの龍は天剣八神の滝の蛟――《阿須奈落加神(あすならくかがみ)》の信仰が分派してできた眷族なんだが、最近反抗期らしくてな……。発した霊力で大雨降らせて。洪水だ。洪水だぁ!! 我を恐れよぉおおおおおお!! とかいって、この大河氾濫させまくっているから、ちょっとお灸据えてくれって、阿須奈落加神に頼まれてたんだよ」


「まさか、人間に殴られた挙句地面に埋め込まれるとは阿須奈落加神様も、思っていなかっただろうがな」


 あぁ。まったくもってそうだろうよ……。おまけに今回の目的はそれだけでは終わらな、


「とったどぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


「「「……」」」


 と、俺が考える前に、気絶している龍の眼球を素手で抉りだし、戦利品として掲げる若宮に、俺たちは思わず口を閉ざす。


「めが、目がァアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」


 龍が悲鳴を上げてのた打ち回るが、そんなことなど知らんといばかりに龍の体から降りて、こちらに手を振る若宮。若宮の姿は龍の血にまみれているので、その光景はホラー以外の何物でもない。


「か、神様に向かってなんて暴挙を……」


「まぁ、神格の体は霊力さえ補填すれば、すぐに回復するらしいからな。問題ないと言えば問題ないだろうが」


「遠慮というものを知らんのか、あのバーサーク神皇は」


 お灸据えるどころか、一生消えないトラウマを龍神に植え付けてしまった所業に、俺は盛大にため息をつきながら、脳裏で収集した宝具を数える。


 そう、若宮は現在輝の願いをかなえるために、貴公子たちが集めるのをあきらめた宝物を、神皇の権限をフルに使い集めている最中だった。


 今回の龍退治も、その宝具集めの一環だ。


「えっと、真に借り受けた火鉢だろ」


「阿須螺さんが『真が、いつまでたっても火鉢から離れようとしないんで、さっさと持って行ってください!』って言っていたあれですね? 真さまは『ま、まって! 私故郷の土地柄、寒いのだけはだめなんだぁっ!!』とかいって、泣きながら火鉢に縋り付いていましたけど……」


 熱心な神職者としてはあまり見たくなかった光景を思い出したのか、顔に縦線を入れる那岐を必死に目に入れないようにして、俺は宝物を次々と上げている。


「蓬莱の玉枝は、豊隆からのつながりで天鐘老君さんが割とすぐにくれたし……。飛魚の靴は」


「あれをもらった時の輝の顔は傑作だったな。何せどれが靴に変化する霊魚かわからんかったから、神術で海水ごと飛魚の群れを引き抜いて、乱獲したのだったか? まさに朝廷の力の無駄遣い! 正直俺としてはどうかと思ったのだが、霊魚以外の飛魚は、発言者の輝に責任を持って処理したので、批判文を書くのはやめてやった」


「もう、魚はいらないって言っていたわよ、あの娘……。おじいさんたちが持ってきてくれたタケノコ料理泣きながら食べていたし」


 ある意味拷問だったな……。あれは。と、いい気味だと嗤う貫己をしり目に、俺と那岐は生臭い飛魚たちに囲まれ、腐る前に必死に食していた輝の姿を思い出し、思わず涙がこぼれそうになる。


 あの姫様はよくやったよ……うん。


「そして、この龍の眼球が《龍の眼玉》に加工できれば、あとは《賢者の石》だけか……。《(とう)》でも始皇帝の七神器の所在はわからんと言っているしな……。一つは、遣瑞使がうちに持ち帰って称送院(しょうそういん)に封印されているらしいが」


「あぁ、董が瑞だった時代に、遣瑞使たちが皇帝にもらったといわれる《墜天蛇戟》ですか? あれってあるっていわれているけど、実物を見た人はいないんじゃ?」


「噂ではそうだが……。まぁ、そのへんはバカ宮に聞けば分かるだろ」


「若宮よ、毒舌家」


「あんな原始人染みた方法で龍を倒す輩など、バカ宮で十分だ」


「…………………………………………………………………」


 失礼千万すぎる会話をしながら、うるさいっ! といって、龍にとどめを刺している若宮に、鼻を鳴らす貫己と、貫己の言葉に納得してしまった自分にため息を漏らす那岐。その二人に俺は言ってやることができなかった。


 というか、言った瞬間、若宮に超狙われそうなので言えなかった……。


 俺が賢者の石です……。なんてことは。




…†…†…………†…†…




 荒れ狂う川の龍神が、泣いていろいろ詫びたあと、更生して真面目に神様やりだしてから数日が経った。


 都のとある貴族邸宅では、若宮に攫われた挙句、強制的に老夫婦ともども貴族邸宅への引っ越しを余儀なくされた輝が、微妙な顔をして精製に成功した《龍の眼玉》を見ていた。


「まさか、本当にほとんどの宝具をそろえるとは……」


「まぁ、神秘が息づく世界だしな……」


 地球の竹取物語と比べたら難易度はひく……いや、寧ろ実在する分面倒な宝具があったな……。龍の眼球とか。


 内心であの荒れ狂う龍をボッコボコにする若宮の姿を思い出しながら俺――賢者の石は、なぜだか嬉しそうな顔を一切しない輝に、俺を連れてきてくれた那岐と一緒に首をかしげる。


「なんでそんなに不満そうなんだ?」


「蓬莱の玉枝なんて、あるだけでたらめな宝具よ? 手元にあって損にはならないんだから、そんなに落ち込む理由なんてないはずだけど……」


「だって、考えても見てくださいよ……」


 そんな俺たちの疑問に対する、輝の答えは、


「宝具一つでも集めたら結婚しますとか言ったのに……四つも集められたら、私もうあの神皇と夫婦になるしかないじゃないですかっ!?」


「「え? いまさら?」」


「えっ!?」


 というか、お前……まさか逃げられる気でいたの? と、俺たちは真剣に驚く。どうやら邸宅に慣れんからと、私室に引きこもっていたツケが輝に回ってきたらしい。


「お前都で噂になっているの知らんのか?」


「『あの暴れん坊神皇・若宮陛下が、とうとう身を固める気になられたッ!!』って、都じゃちょっとしたお祭り騒ぎよ?」


「な、なんでそんなことにっ!?」


 すでに外堀が埋まっているという緊急事態に、驚き慄く輝。だが、寧ろ何でそれが予想できない。


「誘拐同然にお前をさらった若宮」


「うっ」


「おまけに、貴族の邸宅まで与えて厳重に隔離」


「そ、それは私が故郷の人たちの目に留まらないよう……」


「挙句の果てにお前が婚約の条件にした宝具を、国の総力を結集して集めている」


「…………………………………………………」


「これだけ状況証拠がそろっているのに、結婚しませんとかマジないわ……」


「腹ぁくくんなさい?」


 にっこり笑ってダメだしする俺たちに、輝の顔が盛大に引きつる。


 まぁ、あれだけ結婚を渋っていた奴だし、こんな事実を知ればそういう態度をとることは予想済みだったが……。


「な、那岐っ!? あなたは……あなたは(わたくし)の味方ですわよねっ!?」


 あまりにあんまりすぎる急展開に、どこか逃げ場はないかと縋りつく輝。だが残念だったな、


「ごめんね、輝。この機会逃すと、あの人の妃になれるような人なんて絶対出てこないから、私はその話に関してはあなたの敵なの」


「まさかの裏切りッ!?」


「貫己だって協力してくれているぞ。『まぁ、これはこれで面白い』とかいって、若宮がお前の望む宝具を集める際に、苦難を乗り越えるため、お前への愛を熱く語るシーンを執筆中」


「何をしているのですかあの毒舌作家は!?」


 まぁ、あいつは単純にくだらない旅行のつき合わされた腹いせに、結婚なんて微塵も視野に入れていない若宮への報復をしただけだろうが……。


 とにかく、都の優秀な人材が、その総力を結集して外堀を埋めつつあるのだ。正直輝にはもう逃げ場はないといっても過言ではないだろう。


「まぁ、よほど嫌なら強制はしないし、賢者の石は半ばあきらめられている宝具だから、それを理由に断ってくれても構わないんだけどさ……」


「あなたのために身を粉にして働いた若宮陛下に、何も思うところはないの?」


「………………………………………………………」


 それに、俺が見るかぎりこいつは、


「か、考えさせてください……」


 酔狂なことに、あの筋肉馬鹿のことが気になり始めているようだし……。




…†…†…………†…†…




 どうも、輝です。


 最近ではあの変人作家が書いてしまった物語が広まり『輝竹』とか『輝夜(かぐや)』とか呼ばれることの方が多いですが、私はお婆さまとお爺様が下さったこの名前が気に入っているので、親しい人には(てる)で通しています。


 あの石と友人の巫女が帰った後、夜になったせいで暗くなった私室で、私はひとり褥に寝転がり、頭を抱えてもだえていました。


「私が……あの肉ダルマと、婚儀を?」


 いや。無い。無いったら無いのです……。


 あの筋肉質なビジュアルも、暑苦しい性格も、猪突猛進すぎる性質も……はっきり申し上げて全然好みではないのです。


 おまけに私は……その、本性があれ(・・)です。結婚するとなったら明かさないといけないのでしょうが、絶対あの若宮陛下も引かれます。これは間違いありません。


 だからこそ、私があの人と結婚するなんてことは……ありえない。あってはならないのです。


 私がそう考えた瞬間、私の脳裏には私の事情を信じてくれて、号泣するあの熱血神皇の姿が浮かんでしまいます。


「いや……悪い人ではないということは分かってはいますけど」


 私のような得体のしれない女の話を、親身にきいてくださって、本来不可能と言われている宝具たちの収集も行ってくれています。単純に私の美しさにつられたあのあほう貴族たちと比べれば、評価が高いのは事実ですが……。


 でも……でも、でも、でも、でも、でも、でも、でも、でも、でも、でも!?


「い、いきなり結婚とかは……ありません! ほんとにありえないっ!!」


 私が褥でのた打ち回りながら、勝手に外堀を埋めつつある友人たちに不満の声を漏らした瞬間でした。


「輝さん? 神皇陛下よ?」


「っ!?」


 おばあさまの声が廊下からかけられた。


 う、うそっ!? なんて言う間の悪い時に来るのですかっ!? と、私は慌てて褥に寝転がったせいで乱れた衣を直し、先ほどまで考えていた話のせいで赤くなった顔を冷まそうとしていたところに、


「たのもぉおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


「……………………………………………………………」


 礼儀とか常識とか一切合財を粉砕しながら、本来未婚の女性の安全を守るための御簾を情け容赦なく跳ね上げ、あの筋肉神皇が侵入してきました。


「どうだっ! 龍の眼玉の調子は!? おぬしの両親の安否は確認できたのかぁああああああああああああああ!? どうなのだぁあああああああああああああああああああ!?」


 一気に覚めました。


 ほんと、あの石ころと友人は何を馬鹿なことを。


 こんな人と私がうまくいくわけないじゃないですか……。と、内心で怒りに震えながら、私はあくまで優雅に笑みを浮かべ、枕を掴む。


 そして、半端な攻撃はきかない、筋肉の鎧を持つこの(ひと)に制裁を加えるため、本性の力を解禁し、


「いいから出ていってくださいっ! この常識なしィイイイイイイイイイイイ!!」


「っ!?」


 流星がごとき投げ枕によって、男――若宮真王の顔面を射抜き、私の私室から叩き出しました。




…†…†…………†…†…




「いやぁ、すまんすまん! 大本命の《竜の眼玉》の反応を見たいがために、つい気持ちを上げてしまった! 本当にすまないっ!!」


「謝る気があるなら、その怒鳴るような声止めていただけませんか?」


 風情も微塵も感じられない若宮神皇の大声謝罪に、私は御簾ごしにため息をつきながら、なれた様子の綺麗な土下座を披露する若宮神皇を見つめます。


(悪い人じゃないんですけどね……。謝れって言ったらちゃんと謝ってくれるし……。おまけに今日の訪問も、たいていの貴族が目的とする「夜這い」ではなく、純粋に生成されたての《龍の眼玉》の性能調査みたいですし……)


 男でありながら、自分に接する際に下心がないというのは、私としては非常に得点が高いことなのです。


 たいていの男は私の顔を見てまずニヤケ、その下にある体を見て鼻を伸ばします。


 そんな人たちの相手ばかりしてきたからこそ、私にとってはこの神皇のような実直かつ、私を女と思っていないような態度は新鮮でした……。


「…………」


 でもなぜでしょう? いざ女として扱われていないと気付いたら、心の底から沸々とした怒りがわいてきたのですが?


「それにしても、これが大本命とは……どういうことで?」


 むしろ、これよりも私が喜びそうな宝具があるでしょう。蓬莱の玉枝とか、真実を明らかにする真の火鉢とか。


「うむ! 賢気朱巌命様や貫己とも話したのだがな、こちらの宝具がいくらお主の両親の冤罪を示したとしても、おぬしの故郷では役に立たない可能性があるといってきよったのだ! まぁ、確かに、俺とて董以外の国の宝具の性能などあまり信頼できんからな! 盲点だったが言われてみれば確かに、といったところ! 我が国の宝具を使い真実を明らかにしたところで、貴様の故郷では、ロクな証拠として扱われん可能性の方が高い! というわけで、真実を見つける宝具よりも、おぬしが喜ぶのは、この眼玉ではないかと、余はずっと探しておったのだ!」


「だから、それはなぜ?」


「決まっておろう!」


 私が繰り返した疑問の声に、自信満々に大声を返しながら、若宮陛下は笑いました。


「年若い娘が、親元を離れて一人暮らしておるのだ。応の爺様や、婆様がいるとはいえ、心細くないわけがあるまい! 時折不安そうな顔をしておったのは、それが原因であろう!!」


「っ!?」


 私は、その答えに思わず氷結し、絶句します。


 み、見られていた!? 誰にも気づかれないようにしていた、あの顔を……!?


 それは、この人が私のことをずっと見ていてくれたという証明であり、


 ずっと気にかけてくれていたという証でした。


「ウ……ぁ」


「ん? どうした!? 顔が赤いが!? 熱かぁ!!?」


 えぇ……。そうですよ。熱みたいなものですよ……。と、内心でうめき声をあげながら、私は思わず歯噛みをします。


 あ、あの石ころ……私がもうちょっとで落ちることに気付いていましたねッ!? わたしですら気づいていなかったのにっ!?


 意味深な言葉を残して去って行ったあの宝石の神を思い出し、私は思わず歯を食いしばります。


 全部見透かされていたという事実が、何よりも気に入りませんでした。でも、


「は、話は変わりますけど……最近都であなたと私の結婚話が持ち上がっているようですが、そちらはご存知ですか?」


「なに!?」


 結婚とかなにやらは一人でやるものじゃないし……。そう、まだ若宮陛下の気持ちが……!!


 と、私の心がもはや降伏宣言しているにもかかわらず、見苦しい見栄が、最後に藁にもすがる気持ちで若宮陛下に質問をぶつけます。その結果は、


「困った奴らだな! 余は生涯独身!! 嫁など作らぬといつも言っているだろうに!! 迷惑をかけたな輝っ!! すぐに撤回するよう勅令を出しておこうっ!!」


「……………………………………………………」


 いつも通りの快活な笑顔で、はっきりとそう言ってくださいましたとも、ええ……。


 藁掴んだつもりが、大樹の根っこでしたとも。えぇ……。


「そうですか……それはありがとうございます」


「うむ! 良いっ! 迷惑をかけたのはこちらであるからなっ!! って、ん? どうした? 手など握って」


「いえ、べつに」


 そのまま私は、本性の力を解放、そのまま若宮陛下の体を横抱きに抱きかかえ、


「て、ぐおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!? なんだ!? 突然どうしたというのだ背骨ぁあああああああ!?」


 バックブリーカー。とか、これを後々に見せた石ころは戦慄したように呟いていましたが、失礼な……。これは我が一族の女性に伝わる伝統的な男への制裁技――《脊髄殺し》です。


「いえ。べつに……」


「べ、べつにって……明らかに、怒ってえぇえええええええええええええええ!?」


「えぇ。ほんと陛下には生涯独身がお似合いでしょうとも! 絶対結婚なんてこの機会を逃したらできないでしょうとも!!」


「だ、だからそれでいいとギャァアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」


 数分後。陛下の悲鳴を聞きつけておじい様がやってくるまでこの制裁は続けました。


 そして、その翌日、私は石ころと那岐を呼び出し、


「絶対、絶対に……結婚っていいモノだってあの人に言わせたいのですっ!!」


「「いったいどういう風の吹き回し!?」」


 二人が度肝を抜かれる目標を掲げたのでした。




…†…†…………†…†…




「………………………………………………………………………………………………」


 長く伸びる沈黙の果てに、さびたブリキ人形のような動きで顔を上げる輝……もとい、今は《輝夜宮(かぐやみや)》だったか?


 内裏の後宮入りしてから、さすがに輝ではまずいだろうということで、名前が変わったんだ。


 その輝夜宮は、貫己がいい笑顔で持ってきた《竹姫物語 第二部》を読んで顔を真っ赤にしている。


 どうやら、那岐の心配は当たったらしい……。と、彼女に連れられて、自身の物語を献上しに来た貫己に同伴した俺は、内心で大きなため息を漏らす。


「な、なぜ……」


「お気に召しましたか? 輝夜宮殿」


「ど、どこで盗撮していたんですか、あなたはぁああああああああああああああ!?」


 というか、本当にこいつが書いた物語通りの痴話喧嘩があったのだから、輝夜宮としては笑えない。


 というかこの本、すでに民間・宮中分け隔てなく発行されており、都とその周辺地域に一大ブームを巻き起こしていやがるのだ。


 若宮と輝夜宮の恋物語は、もはや日ノ本中に伝播したといっても過言ではない。


 こういう時に、神術で印刷技術を異常促進させたことが悔やまれる。


 そして、貫己を犯罪者にしないために、はっきり言っておこう。


 貫己は普段の若宮と輝夜の態度を見ていただけだ。プライベート空間である邸宅を、神術を使い盗撮したりはしていない。


 そう。彼は見ていただけ。そのたぐいまれなる観察眼で二人を見ていただけで、この物語を書き上げた。


 こいつ、もはや預言者の類ではないだろうか……。内心で俺がそんな戦慄を覚える中、貫己はぱくぱくと口を開閉し、抗議をしようとしてはいるが、言いたいことが多すぎて逆に声にならない輝夜宮を見て一言。


「はっ。お子ちゃまめ。好きな男と一緒になったのなら、それを自慢する度量ぐらい見せずして何が皇后か」


「い、いつか絶対殺すぅううううううううううううううううううううう!!」


 そんな貫己の一言にグウの音も出なかったのか、顔を真っ赤にして涙をいっぱいためた彼女は、いろんなものを捨て去った捨て台詞を残し、後宮の中へと引っ込んでいった。




 まったくこいつらは……普通の恋物語ひとつでも演じられんのか……。と、俺はため息を一つもらし、この話の酷いオチに内心で肩をすくめるのだった。


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