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前座・毒舌作家の罵詈雑言

 時は移ろい。


 いくつもの事情が重なり、都が二度ほど移ろった後……最後の都が出来上がった。


《安条京》。


 無数の(みち)によって碁盤目条に区画されたこの都は、千年の太平を祈るという意味を名に込められ、大陸の思想である風水を参照し、絶対安堵の大地とされる山・川・池・大路に囲まれた場所が選ばれた。


 この都はのちに決して遷ろうことはなく……最後の貴族主役の時代の舞台として、名をはせた。


 無数の文化、無数の思想……そして、無数の怨嗟がはびこるこの都は日ノ本に多くのものを生み出したと言えよう。


 日ノ本独特の《安条文化》。


 中期前半から始まった狐獣人迫害。


 中期後半から後期前半に台頭し、日ノ本異能力の完成系ともてはやされた、暗明思想からの発生した《陰陽術》。


 後期に生まれ出でた、武士(もののふ)たち。


 さて、語るべきことは多い。何を語ろうかと迷ってしまう。


 だが、決してはずしてはならない物語が、一つだけこの時代に生まれていた。


 俺――賢者の石は、安条時代の幕開けとして、まずはこの物語を語ろうと思う。


 後世では「騙り(かたり)」であるとされる、とある悲劇の恋物語。


《竹姫物語》


 人はこの物語を、そう呼んで持て囃す。




…†…†…………†…†…




 ある……春の始まりの夜のことであった。


 都にほど近い竹藪の中。その小さな小屋はあった。


「お爺さん……。竹は集まりましたか?」


「あぁ。今年はなかなかいいものがそろっている。それに、ほれっ」


「まぁ、タケノコっ!」


「先ほど生えだしているのを見つけてな。一足先に掘り出しておいた」


「もうすっかり春ですからね~」


 のんびりとした会話をしながら囲炉裏を囲う老夫婦は、この竹藪の中に住み竹細工やタケノコを売って細々と暮らしている人たちだった。


 子宝には恵まれなかったが、長年連れ添った夫婦の仲は非常によろしく、近隣に住民からも「歳をとったらああなりたい」とうらやまれる、絵にかいたような幸せな生活を送る夫婦だった。


 だが、彼らの日常は突如訪れた来訪者によって、もろくも崩れ去ることになる。




 それは、大きな振動とともにやってきた。




 一瞬身が浮くほどの激震が大地に走り、老夫婦の腰を抜かす。


「な、なんじゃ!?」


「じ、地震ですかお爺さん!?」


 幸いなことに老夫婦の小屋の被害は、囲炉裏にかけていた鍋がひっくり返った程度。


 そのことに(おきな)はほっと安堵の息をつきつつ、壁に立てかけてあった竹割り用の鉈を手に、わらじをはく。


「そ、外を見てくる!」


「気を付けてください、お爺さん!」


「わかっとる。竹神様の霊力もいただいておるし、この竹藪で滅多なことはおきんよ」


 自分たちを守ってくれるこの竹藪の神の霊力を確認しながら、翁は外に出た。


 周囲に変化はない。


 あの激震の原因はおそらくもっと奥の方……。


 翁はそう判断し、竹藪の中に入っていく。


 その翁を目的地にいざなうかのように竹藪がざわめき、笹の葉が翁に目的地の方向を教えてくれる。


「ありがとうございます。竹神様」


 自分たちの神の助けに感謝しつつ、翁は迷うことなく竹藪の中を進み、


「な、なんじゃこれは!?」


 無数の竹をへし折りながら地面に突き刺さった、巨大な石柱を発見した。


 そこには無数の化生の顔が描かれており、異様な威圧感を放っている。


「これが降ってきたから、地面が揺れたのか?」


 じゃが、だとすると、いったいどこから……。そんな風に首をかしげる翁をしり目に、


「っ!? なんじゃと!?」


 石柱はどういうわけか、光の粒子――霊力の状態に戻り、世界に戻っていく。


 霊力の物質化はさほど難しいものではないが、落下した際地面を揺らすほどの大質量を霊力で作り上げるとなると話は別だ。


 そんなものは神の所業。さすがに明石記に記される神格ほどの力はいらないだろうが、中級と分類される神程度の霊格が必要なはずだ。


 日ノ本の住民として一通りたしなんでいる神術の知識から、そのことを知っている翁は、異常な石柱の存在に目を見開き、


 その中から出てきた存在にさらに度肝を抜かれる。


「これは……この子は……女の子?」


 それは、とても上等そうな柔らかな布に包まれた一人の少女。


 すやすやと眠るその少女は、石柱が変貌した霊力の輝きに照らされ、神々しい雰囲気を放っていた。




 これが、のちの世を騒がす大騒動の幕開け。約13年前の出来事である。




…†…†…………†…†…




「本当に行くんですか~」


「お前は相変わらずあいつと仲悪いよな……」


「あたりまえです。あの人は貴族云々の前に、人としての品格が足りません」


 俺――賢者の石は、俺の付き巫女として選ばれた狐獣人の女、有野那岐(ありののなぎ)に運ばれながら、安条京のとある貴族の邸宅――地球の平安時代の建築物と似たような構造をした、広大な平屋建ての邸宅だ――を訪ねていた。


 俺が知るところの京都に相応する場所に作られたこの都は、つい一年ほど前に出来上がった新品都だ。


 おかげで人々の活気も多く、都は良い空気で満ちている。


 神様の出番はないし、政治も安定している。災害神達が働いてくれているおかげで、飢饉などの被害は最小限で抑えられているし、真教の教えで人々は、自らを律するすべを手に入れた。


 わざわざ俺が、神皇の政治に口出しする必要もないくらい平和な時代……。要するに俺は暇だった。


 というわけで、最近ようやく一つだけ実現できた女神の制限破りを自慢するために、俺はとある友人を訪ねに行くところなのだ。


 だが、この金髪の中からピョコッと出た狐耳が、不穏に揺れるこの少女は、どうやら俺の友人とは不仲なようで……。


「那岐。お前な……毎回言っているが、あいつは言うほど悪い奴じゃ……」


「どこがですかっ! あの悪口雑言の権化にして、変態作家! 都の変人列伝に真っ先に記載された、人生終わりの自称作家が」


「言い過ぎ、言い過ぎ……」


 仮にもここあいつの邸宅なんだぞ。と、ただでさえ鋭い瞳を、眦を吊り上げることによりさらに鋭くし、尻尾を立て、耳の間にぴょこんと出た一筋の髪の毛――いわゆるアホ毛すら逆立てる巫女の姿に、俺は思わずため息を漏らす。


 精神修養が主な目的ではない神祇道では、こういった子供っぽい考えも容認されるが……。


「だとしても、お前はもうちょっと落ち着きってもんを持つべきだな……」


「さ、賢気様までそんなことおっしゃるんですかっ!」


 と、俺たちの言い合いが激化しようとした時、俺たちはようやく目的の部屋についた。


 憎々しげにその扉を、許諾の声もなしに開ける那岐。だが、そのことはすでに予想していたのか部屋の主は忌々しげにこちらを睨み付けながらも、なにやら慌ただしげにしていた外出の用意を続けた。


「なんだ、やはり貴様らか。湯沸かし巫女に暇人知恵神。見ての通り今、俺は忙しい身だ。いつもの暇つぶしに俺と雑談しに来たのなら、また日を改めろ。具体的にいうと三年程顔を出すな」


「我が国の最高神に向かって何たる不遜!! というか、誰が湯沸かし巫女ですかっ!!」


「お前だ、お前。顔を真っ赤にしてピーピーないて、まさしく湯の湧いたヤカン。おっと失敬。だとすると湯沸かし巫女では語弊があるな。作家としてはあるまじき失態だ。訂正させてくれ……このヤカン巫女」


「キ―――――――――――――――っ!!」


 相変わらず流れるように出てくる自分に対する罵詈雑言に、怒り狂う那岐。そんな彼らを苦笑いで見つめながら、俺は取りあえず話しかける。


「外出か? お前が外に出るなんて珍しいな……貫己(つらぬき)


「人が年がら年中屋敷にこもっているような発言はやめてくれないか、賢気。だいたい、万が一そんなことになってみろ。この屋敷は俺の家ではなく牢獄になってしまう。自主的にしろ、強制にしろ、入った人間が出てこない建築物など、そう扱われても仕方ないのだからな」


「だったら一生出てこなければいいのに。囚人……少なくとも自称作家よりあなたにピッタリな職業だと思いますけど?」


「黙っていろ、処女の行き遅れ巫女。乙女やってればまだ誰かがもらってくれると幻想を抱いているのか? だが残念、貴様のようなガサツで野蛮な巫女の風上にも置けぬ女、誰がもらってくれるものか」


「な、なんですってぇええええええええええ! 行き遅れじゃないわよっ! 私神の花嫁だものっ!!」


「見える、俺には見えるぞ……か・み・の・は・な・よ・め(89)を名乗る貴様の未来がっ!!」


「そ、そんなに長生きしないもん!!」


 突っ込むところが違うだろ……。と、よほど頭に血が上ったのか支離滅裂な発言をする那岐に落ち着けと言いながら、俺は罵詈雑言の主――茶色い髪の毛から、小さな鹿の角を生やした男に問いかけた。


「でも実際珍しいだろ? お前が外出なんて……。俺もすっかりお前と雑談できるつもりでいたから、正直肩透かしくらった気分なんだが? どこへ行くんだ?」


「無論、作家が出かけると言ったら取材に決まっている」


「取材?」


 どこに? と、思わず尋ねた俺に鹿の角をはやす、小柄で怜悧な印象を受ける鋭い目つきの男――鹿貫己(かのつらぬき)は、紐と和紙で作られた手帳と筆を手に持ち、不敵に笑う。


「決まっている。今一番流行りに流行っている話題……。あまりの美しさに、平民であるにもかかわらず姫と呼ばれ、数多の貴族のボンボンどもに求婚されたものの、無理難題を叩きつけ玉砕させた安条京の女怪」


 あぁ、そういえばそんな奴のうわさが宮中でも立っていたな……。と、泣きながらその姫の鬼畜っぷりを喧伝していた青年貴族の姿を、俺は思い出す。


「その美しさははたして(まこと)か偽物か……。化物染みた美しさを身にまとう無垢なる姫君……《輝竹(かぐたけ)の姫》の取材に行くのさ」


 安条一の達筆家であり、その文字には神が宿ると持て囃されているにもかかわらず、ひらがな文字で書いた、100%創作の日記を、女性の名前で世に出した日ノ本随一の変人作家。


 鹿貫己は、そう言って笑った。


*鹿貫己=安条時代随一の文豪であり、日ノ本で初めて作家という職業を主張した人物。だが偏屈であったと知られ、自らの屋敷から出ることはめったとなかったという。

 元服した際、自分は作家になるからと、代々受け継いでいた官位を返上。その後、デビュー作となる女性の旅日記である《女郎日記》を世にだしたあと、生涯で100を超える名作たちを世に送り出した。

 その作品があまりに人気だったため、時の神皇に逆に官位を返還されるという異例の待遇がとられた作家は、後にも先にも彼一人。

 また言霊術の第一人者として知られており、彼が発した言葉や、書き上げた文字には神が宿ったといわれている。


*竹姫物語=著者不明。成立年代不明。一切の制作側の情報が不明な御伽草子。竹林の中から生まれ出でた絶世の美女である姫の物語で、三部構成となっている。

 第一部は、姫によって5人の貴公子に与えられた無理難題のお話。

 第二部は、時の神皇、若宮神皇がその無理難題を一人でこなしてしまう英雄譚。

 第三部は、姫を取り返しに来た月の使者たちと、若宮率いる日ノ本の軍勢と神々による迎撃戦が描かれている。


 一冊で三度おいしい、贅沢な物語として、日ノ本の人々が、昔からなじみ親しむ娯楽小説である。

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[気になる点] 〉前期後半から中期前半から始まった狐獣人迫害。 中期前半に始まった
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