明石閑話・圏獄黄泉合併記
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これからも末長いお付き合いをよろしくお願いします
14/4/20追記=天さんより挿絵ただいちゃいました!! これからも、焔真ちゃんをよろしく^^
日ノ本の地の底。
無数の亡者たちの苦悶の声が響き渡る、餓鬼の巣窟――黄泉。
私は真正仁真様の命により、この土地と我が圏獄の魂魄収集炉を接続し、この黄泉を圏獄の傘下に収めるために、この煉獄へとやってきたのだ。
魂魄収集炉とは、人の死後、体より抜け出た魂のうち、穢れきった魂を選別し収集する、一種の魂選別機能。日ノ本の煉獄のそれを、うちの魂魄収集炉と接続することにより、穢れた魂は日ノ本にある収集炉をとおして、うち――圏獄にやってくるのだ。
特別な魂を選別する機能は、各宗教圏の神界・煉獄に存在しており、死んだ人間の魂を統括管理している。
ちなみに、我が圏獄の場合は、私が裁判の時によく使う、生前の悪行を映し出す《真明鏡》がこの役割を果たしているらしい。
だが、この黄泉という国にあるその機能を持つ存在はいささか厄介だ。
何せ黄泉の最高神自身が、その役割を果たしているらしいのだから。
その機能を接続し、ほぼこちらの管理下に置くということは、ほとんどその最高神から権能を奪い取るに等しい行いだ。
最高神の霊格は著しく落ちるだろうし、何よりポッと出の海外煉獄の神の言うことなど、素直に聞いてくれるとも思えん。
おまけに、穢れた魂の集積場所である煉獄の長というやつは、たいていは悪人たちと渡り合うために、気性が激しく凶悪な連中が多い。
私も他の宗教の煉獄をのっとるときに、その最高神たちと何度戦いを演じたことか……。
おそらく、この黄泉の神も相当だと思われる。
女神だからきっと美人さんだよ~。とかあの能天気・善人・真正仁真は言っていたが、女神であるからこそ恐ろしい。
きっと醜悪でヒステリックかつ強欲な性格をしているに違いない……。黄泉の女神なんて連中は、たいていそうなのだ。うん。
無論、私は例外だが……。
「焔真ちゃん、焔真ちゃん! とうとうついたねッ!!」
「餓鬼道だけの煉獄とは……。これでよく数多の魂を裁けたものです……。やはりこの煉獄の改革も迅速に必要なようですね、焔真ちゃん。まったく。これだから田舎の宗教は……」
私の傍らに控える、圏獄の炎を纏った二人の官吏――炎業と灯鬼に、私は思わずため息をついた。
こいつら以外にも、他の連中は私に対する敬意が足りなさすぎる。
「貴様ら……。『ちゃん』はやめろと言っただろう」
「ですが、その見た目の相手を様づけで呼ぶと、絵的に危ないと申しましょうか……」
「焔真ちゃんは焔真ちゃんじゃないかっ!!」
何とも嫌そうな顔をする灯鬼と、一切フォローする気がない天然の炎業。
そんな二人の言動に今度こそため息をつきながら、私は、座席に座って足をぶらぶらさせながら、抗議の声をあげる。
「お前たちがいつもそんな態度だから、私がなめられて、他教の煉獄にケンカ売られまくるんだろうが!! せっかく人が、威厳があるように見えるふるまいを心がけているのにっ!!」
「いや、一番の問題はその見た目でしょう」
「大丈夫! 可愛い焔真ちゃんはいつも通り僕たちが守るからっ!!」
「全然大丈夫じゃないッ!!」
身長130糎。真っ赤な炎の髪の下にある顔は、丸っこい童顔。どっからどう見ても10歳程度の愛らしい女の子です。ありがとうございますッ!! と、何度亡者に言われたことかっ!! この見た目のせいで、私が一体何度いらぬ喧嘩を売られたことか!!
私を含む十王のうちの一人、《真考王》=秘導真王に、改心を任されたリーバンダだって、いつまでたっても生意気な態度で反省しない奴にキレた私が、生きたまま奴の全身の骨を、粉末になるまですりつぶして、ようやく私に恐怖を抱いたくらいだし……。
やはり、私に足りないのは威厳だ。
圧倒的に威厳だ。それさえあれば余計な喧嘩をすることも、亡者たちに裁判中に鼻くそほじられることもなくなるんだっ!!
「もう生まれてから千年以上経つんだから……いい加減私も成長していい頃合いだろうがぁあああああああああああ!!」
「いやいや。もうそこまで時間がたったんだったら成長は諦めた方が……」
「大丈夫だよ、焔真ちゃん! 焔真ちゃんは永遠に僕らの偶像だからねっ!!」
「うわぁああああああああああああああああん!! わたしをそんなに虐めて何が楽しいんだ、貴様らっ!! 虐めるのは亡者たちだけにしろっ!!」
世界の理不尽に、私は黄泉の上空を走る、圏獄で亡者たちを轢き殺すためによく使っている戦車――轢殺鬼の上から悲鳴を上げる。
申し遅れた……。私の名は圏獄の長にして、穢れた魂を裁く浄化神。どうしようもない魂を跡形もなく焼き払う、《全焼の炎》を唯一使える存在であるということから、《焔真大王》と呼ばれる、10人の裁判神の一人である。
…†…†…………†…†…
「あぁ?」
轢殺鬼に乗って黄泉の中央に到着した私――焔真を出迎えたのは、真っ黒な着物に身を包んだ、五つも角が生えている、凶悪な目をした鬼神だった。
吊り上った目元に、ド迫力の紅い化粧が施されたその鬼神の足元には、ちょっと形容できないくらいグチャグチャになった餓鬼らしき何かがいて……。
「あぁ……あぁ……」
当然ここに来た連中は死んでいるので、何されたって死ねはしない。グチャグチャな餓鬼らしき何かだって当然生きて(?)いるのだ。
肉の塊から悲鳴が上がっている。正直わたしたちですらドン引きする光景だ。
だが、その鬼神は一切の容赦なくその肉片をふみつけ、さらに柔らかくせんと言わんばかりに地面にこすり付けていく。
悲鳴が金切り声に変わり、私の服に血しぶきが飛んだ。
その上でその鬼神は私たちに問いかけた。
「誰だ、テメェら?」
「「「………………………………」」」
反骨者(=現代風にいうならヤンキー)か!? 私がそう言いかけたのをとがめるものは誰もいないだろう。
仮にも圏獄の王に対して態度悪っ!? 舐めきられることに慣れている私でも、ここまで態度悪い煉獄の官吏は初めて見た!?
当然そんな態度をとる鬼に対し、私の傍らにいる炎業と灯鬼が黙っているわけもなく、
「貴様っ……連絡が来ておらんのか?」
「この方は圏獄の王にして、これからこの黄泉の支配者となる、焔真大王陛下だよ? もうちょっとそれ相応の態度があるんじゃない!?」
いや、お前らもどこの反骨者だよっ!?
「あぁ!? あぁ!?」と首を振りながら、その鬼神を脅しにかかる二人の部下に、私は思わずそう言いかけた。
だが、そんな二人の威圧すら、その鬼神はあっさりはねのけ、
「あぁ、あんたらか。悪いね……見苦しいところを見せちまって」
と、全然悪いと思っていない態度で、肉塊をその辺に蹴り散らした後、
「俺、他にもひき肉にしてやらないといけない餓鬼がいるから、案内はできんのよ。まっすぐ行ったら、《病み》のやつがいるから、そっちに話通してくれ」
そう言って鬼神はあっさりと私たちの前から消え、どこかへ行ってしまった。
霊格、威圧感、その他もろもろの圧倒的存在感から考慮するに、間違いなく黄泉の重鎮であると思われる鬼神が……確実に重要な客に分類されているであろう私たちを、完全無視してっ!!
「な、なんなんだここはっ!」
驚く私たちはとりあえず言われた通りに足を進めていく。
ここの官吏達の教育は、最優先にしていかないと……。と、固く決意しながら。
…†…†…………†…†…
「あぁ、それは多分《痛み》に会ったんでしょう。事故みたいなもんだと思っておいてあげてください」
が、私の覚悟は意外と速く消えてしまった。次にであった、剣を腰に差す群青の着物を着た一本角の鬼神は、こちらへの敬意を見事に表し私たちを迎え入れてくれたからだ。
「申し訳ありません。我々黄泉の12人の官吏達は、餓鬼上がりの霊格ですので……。いささか気性が激しい連中が多いのですよ。あぁ、申し遅れました。私、この黄泉の女王をされておられる霊依産毘売の側近をさせていただいている《病み》と申し上げます」
「あ、ど……どうも。これはご丁寧に……」
むしろ逆に丁寧すぎて何かあるんじゃないかと勘繰ってしまうくらい、完璧な対応を取られてしまった……。
「《痛み》のほかにも、《憂い》《盗み》《殺し》《食み》《狂い》《壊し》《呑み》《堕ち》《終い》などもいますが、どの官吏達も外回りの武闘派でして……。いささか礼儀に欠けますので、申し訳ありませんが、こちらでのあなた方の歓迎は、わたしに一任されることになりました。質素な歓迎になってしまい申し訳ありません」
「い、いや……我々も、半ば武闘派の身。派手派手しい歓迎よりも、むしろこちらの方が落ち着きますので……」
もう襲われないだけでも十分ありがたいですし……。と、よほど言ってしまいそうになったが、さすがにそれはこらえた。
「そう言っていただけて幸いです。流石は偉大な名高き圏獄の王。御心が広くていらっしゃる」
「っ!?」
い、いいところじゃないか黄泉!! まったく、誰が田舎の木端煉獄なんて言ったんだよっ!! と、今まで経験したことがないくらいこちらを立ててくれる《病み》の言葉に、私は思わず有頂天になり、
「まぁ……一番はうちの女神さまですが」
「…………………………………………………………」
ある意味一番めんどくさい、煉獄の交渉になることを悟った……。
こんな穏やかな気性の青年を従えることができているのだ。多分私が思っている以上に、黄泉の女神はやばい相手ではない。
そして、ヤバい相手ではないがゆえに、その周囲を囲む官吏たちが彼女に心酔している可能性が出てきた。
まずい……。非常にまずい。
カリスマのある指導者ほど、のっとる側にとって面倒な存在はいない。下手に力づくで奪ったりしたら、黄泉と圏獄の全面戦争になる……!! 私はそう思い冷や汗を流す。
大体今回の依頼だっておかしいと言えばおかしいんだ。
上の地上で、天楽と高草原という二大神界の共存が決まったのなら、煉獄だって黄泉と共存でいいではないか。わざわざ信仰を奪いかねない吸収合併をする理由がない。
ほんのちょっと魂がこちらに流れるかもしれませんよ? と言うだけで済むはずの交渉だったのに……真正仁真様が「共存には黄泉の吸収が不可欠です」とか言い出すからっ!
と、これから起こる面倒事を予想し、私の胃が痛くなっているときだった。
砂でできた巨大な宮殿。その前にうごめく無数の餓鬼たちが、見えてきたのは。
「あ、少々お待ちください。今どけますので」
当然、そのままでは宮殿に入れないので、餓鬼をどけねばならない。
その役目は《病み》が買って出てくれた。
どうするのだろうか? 腰に差した剣で斬り払う? さっき見た《痛み》みたいに、踏み潰して進む?
非道と思われるかもしれないが、餓鬼とは生前の罪の穢れを払うために責め苦を受けなければならない存在だ。そのくらいの責め苦はむしろ当然。
が、
「みなさん。とりあえず責め苦はひとまず置いておいて道を開けなさい。姫にお客様です」
《病み》がそう言った瞬間、餓鬼たちの塊が一斉に引き、私達の前に道をつくった。
「……え!?」
当然意味不明。起るはずのない事態。
悪人の魂とは悪い魂だ。ぶっちゃけたことを言うと、素直に官吏の言うことを聞くやつなんてほとんどいない。
なのに、この餓鬼たちは今……道をあっさり開けただとっ!?
どの煉獄にも共通する認識を、あっさり覆したその光景に驚き固まる私たちを振り返り、《病み》は私たちに微笑みかけた。
「では、奥へとどうぞ。彼の女神がお待ちです」
この煉獄は何かおかしい……。内心そんな嫌な予感を覚えつつ、そう言って私たちを先導する《病み》に、私たちは慌ててついて行った。
…†…†…………†…†…
無数の罪を映し出す鏡の扉。それをいくつも潜り抜けた先に、彼女はいた。
「まぁ! まぁまぁ! ようやく来てくれたんですねっ!!」
にっこり笑いかける、絶世の美女。黄泉の穢れにおかされた様子も見えず、本当にきれいで純粋な笑顔を浮かべる……「こういうひとになれたらいいな……」と思っていた、私の理想像といってもいい女の人だった。まぁ、若干鱗があったり、瞳孔が縦に開いたりしているのは問題あると思うが……。
こちらの到着を喜んでくれている様子が、その姿からは見て取れた。自分の仕事や霊格を奪われるにもかかわらず、本当に純粋に喜んでいて……。
「や、やっぱりここおかしいっ!!」
「え!? な、何か問題ありましたかっ!?」
私がこらえきれず漏らした叫びに、黄泉の女王――霊依産毘売に、私は思わずうめき声をあげる。
「こ、これからあなた自分の仕事とられるのですよ!?」
「えぇ。私の仕事を引き継いでくださるんですよね?」
「ほとんど侵略と変わんないのですよっ!? なんか言うことあるでしょうがっ!?」
「え、えっと……ありがとうございます?」
「だから、その選択肢がおかしいっ!?」
な、なんだが頭痛がしてきた……。こ、こんなに煉獄の主らしくない神がかつていただろうか?
そんな風に抗議の声をあげる私に、灯鬼が耳打ちしてきます。
「いや。落ち着いてください焔真ちゃん。これはチャンスです。あちらが勝手に譲ってくれると言っているのなら、譲ってもらえばいいではありませんか」
「いや、そうだが……。あと焔真ちゃんはやめろと言っているだろう」
でも、霊格が確実に落ちる行為である、権能の譲渡をこれから行おうというのに、幾らなんでもこの態度は……。と、私がいぶかしむ中、
「あ、そういえば魂魄収集炉を渡さないといけないんでしたね! すいません。嬉しくてすっかり忘れていました……。はい、どうぞ」
そう言って、霊依産毘売さんはあっさりと私に向かって、体の中から取り出した彼女の権能――魂魄収集炉を私に手渡してきて、
「っ!?」
もう……意味が分からない! あっさり自分の権能を取り外し、私に無造作に渡してきた彼女に、思わず顔をが引きつる。
「では申し訳ありませんが……私すぐに行くところがあるのでっ!!」
そして彼女は「頑張ってください!」の一言を残して、さっさとどっかいってしまった。
それから数秒後、外からは「おめでとうございます!」「おめでとうございます霊依産毘売様っ!!」なんて餓鬼たちからの歓声と、「ありがとう! ありがとうございますみなさん!!」と涙ぐみながらお礼を言う夜海さんの声が聞こえてきて、
「はい、これで引継ぎが終わりましたね。ではこれからはあなたが我々の王です。どうぞご自由にお使いください」
と、《病み》はあっさり私に膝をついて……。
「もう……どうなっているのだっ!!」
前例のない異常事態に、私は思わず悲鳴をあげた。
だが、その直後、
「っ!?」
黄泉……いいや、ついさきほど圏獄になったこの世界に、一本の線が作り出され、この世界を両断した!
…†…†…………†…†…
「っ!」
突如私――霊依産毘売こと夜海の前に黄泉と私を隔てる、境界が出来上がりました。
「もう……気が早い人ですね……」
その光景にわたしは苦笑をうかべながら、私はその境界の先を見つめます。
そこには、輝く神剣を持ち私に手を伸ばしているあの人が。
「夜海!!」
「流刃様……」
ずっと待たせて悪い。 ずっとお待ちしていました!!
そんなお互いの言葉が重なったことに気付き、私と流刃様はお互いに微笑みあいます。
(ほんと……私たちは似た者同志ですね)
そんな何気ないしぐさ一つで、ずっと会えなかった哀しみが消えていくのを感じ、私は涙を流します。
そして、私は流刃様に駆け寄り、流刃様はそんな私を抱き留めてくれました。
「もう、二度と離さない」
ギュッと、ギュッと……私の体を力強く抱きしめてくれる流刃様に、私も答えるように抱きつきます。
「はい……。もう二度と、おそばを離れたり致しません」
私がそう誓った瞬間、私の首にかかっていた首飾りが、役目を果たしたといわんばかりにほどけ、黄泉へと落ちていきます。それが最後にはなった輝きが、私たちの再会を祝ってくれているような気がして、
「依産様ぁああああああああ!!」
「お元気でっ!! お元気でぇえええええええ!」
「あんたのおかげで俺たちは救われたッ!!」
「どうか、お幸せに!!」
ドンドン離れていく黄泉の大地から、餓鬼たちがあげてくれる祝福の言葉に、私は涙を流しながら、手を振り答えます。
「ありがとうございます! ありがとうございますみなさん!!」
そうして私たちは、ようやく死の離別から解放され、私は高草原へと登ることができたのです。
…†…†…………†…†…
「なんなんだ……あのトロットロに甘い恋物語は」
「いや……いいものを見ましたっ!!」
何やら感涙している《病み》に、私――焔真は思わず顔をひきつらせる。
というか今の……この国の主神だったような……。
いったい何が起こっているのだ? と、唖然としている私に、霊依産毘売さんから落ちてきた首飾りを受け止めた《病み》さんは、私にそれを渡しながら語り始める。
「お二人はご夫婦でしてね……。以前も流刃天剣主様は黄泉から、霊依産毘売様を連れ出そうとされたのですが、失敗されてしまわれて……。この黄泉を切り裂く力を得るまで、どうか待っていてくれと誓い、この首飾りを残されて再びの別離を……。その霊依産毘売様は黄泉の女神として、黄泉が自分などいなくても安定するように働き続け、流刃天剣主さまは黄泉を切り裂くための力を得るために、国の主神となられたのです。私たちが餓鬼から12人の鬼神に格上げされたのも、黄泉の治安維持に霊依産毘売様の手を煩わせないためですしね。そして、そんな風にあの方々が涙ぐましい努力をしているところに、今回の真教伝来による、焔真さまへの仕事引継ぎのお話……。ここで乗らないでいつ乗るんだ! ということで、我々黄泉の住人一同は一致団結し、霊依産毘売様を高草原へと送り出すために、こうしてあなた様を万全の態勢で迎え入れたのです……」
魅了が行き過ぎて逆にすごいことになってる!? と、驚く私に、群青の鬼神は笑いかける。
「その首飾りは我らの感謝の証。流刃天剣主さまの右腕ですので、さすがに譲渡ではなく貸し出しという形ですが……それがあれば、ずいぶんと黄泉の運営も楽になるかと。どうかうけとってください」
「感謝?」と、首をかしげた私に一つ頷き、群青の鬼神は続ける。
「あなたには本当に感謝しているのです。長年あの方の寂しげな笑顔を見続けるのは、私たち黄泉の住人であっても酷でしたから。我々黄泉の餓鬼たちの穢れの浄化は、すべてあの方一人で行われていました。つまり、あの方は私たちのために、身を粉にして働き続けてくれていたのです。だからこそ、そんな大恩のあるあの女神さまだからこそ……私たちは幸せになっていただきたかった」
「《病み》さん……」
そう言って目を閉じ、霊依産毘売さんがいなくなった空をいつまでも見つめ続ける鬼神に、私はどことなく寂しさが見えるような気がした。
きっと彼らは、本当は霊依産毘売さんにいなくなってほしくなかったのだろう。この黄泉において彼女は、まるで太陽のような扱いを受けていた。
だが、彼女が望んでいたのは最愛の夫の隣。でも、義務感が強く優しい彼女は自分たちが望んでしまえば、悲しく笑って黄泉に残ることを承知してしまうだろう。
そのことが分かっているからこそ、彼らはあくまで笑い続け「おめでとう」の言葉を送り、霊依産毘売さんを送り出したのだ。
それを悟った私は、この世界がおかしいと言ってしまった自分を恥じた。
何がおかしいものか……。これが、これこそが……私たち煉獄の本当のあるべき姿なんだ! 理想なんだ!! と……なんとなく、教えられた気がした。
「霊依産毘売さん……幸せになっているといいな」
「えぇ。あの腐れ主神。我々の女神を奪っていったのですから、幸せにしなかったら高草原に乗り込んでぶち殺してやりますよ」
その言葉がやけに真に迫っていて、私は思わず苦笑いを浮かべる。
そして、この世界とは、きっとうまくやっていけると、そう確信することもできた。
…†…†…………†…†…
数日後……私はそれが勘違いだったと思知らされた。
「大王。次の案件ですが、衆合圏獄にもっと美人な官吏よこせという餓鬼からの要望が」
「大王。鬱陶しいんで、ギャーギャー煩いこの汚職官吏潰していいですか?」
「大王。古参の餓鬼が霊依産毘売様を返せとか言って宮殿に落書きを……」
「なんで私に統治体制が移行した瞬間荒れているんだぁあああああああああああああああ!?」
なんというか、やっぱり黄泉も他の煉獄と変わらなかったらしい。
あの平和っぷりは、あくまで大恩のある霊依産毘売を困らせないために、餓鬼たちが自重をしていただけ。霊依産毘売さんのように身を張って穢れを払うわけではなく、単純に拷問と炎によって罪の穢れを払う圏獄の構造に反発した餓鬼たちが、一斉に問題行動を開始……。それのあおりを食らい、現在圏獄は荒れに荒れていた。
「まぁ、あそこは霊依産毘売様のカリスマで持っていたようなところですからね……。罪を払えばあの方にじかに話しかけてもらえる場所に行ける、ということで亡者たちも罪の穢れ祓いに熱心でしたし。それに治安も、私たち12人官吏が直接出向いて、潰さないといけない反省していない魂は、霊依産毘売様に迷惑をかけたってことで他の亡者が袋叩きにしてくれましたからね……。基本的には自主治安維持の精神があったんですが……。ここは完全な官吏達による管理社会。拷問受けて穢れ払ったら、なんのご褒美もなしに輪廻転生の輪に放り込まれるだけでしょう? そりゃ亡者のやる気もでませんって」
「どっちの味方だ、弥美!!」
意外と霊格が高く、冥府の官吏から私の補佐官に大抜擢された《病み》は、圏獄の官吏になる際、名前を《弥美》に改名して私の補佐をしてくれてる。
とはいえ、こっちも忠誠はいまだに霊依産毘売さんにささげたままなのか、私に対する敬意がまったく見えないけどなっ!!
「やはり大王。あなたの威厳が足りないのが問題ですって……。もしくは、可愛さ……」
「そ、そんなこと言っても、神格が見た目を変えるのは、結構大変なのは知っているだろう!? 変貌の信仰がある神格ならともかく!!」
「なぁに、大王。小さなことからコツコツとですよ。何事も努力をすれば報われます」
「ほ、ほんとうか!? じゃ、じゃぁ私も霊依産毘売さんみたいな大人の女性に!!」
「いやいや、処女の小娘にはちょっと……」
「邪淫の罪で、衆合圏獄に落とされたいのか貴様はっ!!」
「ですがご安心を。見た目を変えるのが難しいのなら、その見た目を利用してさしあげればいいのです」
「ん?」
そういうと弥美は、懐をなにやらごそごそとさぐり、
「じゃーん。うちの高草原で最近はやりの……何といったんでしたっけ? 偶像少女なる、可愛い女の子が男どもを骨抜きにする仕事があるのですが、あなたもこういった格好をして歌って踊れば、少しは亡者たちも言うこと聞いてくれるはず……」
「な、ななななななななな!?」
そこには、私が着たことがない、なんだかふわふわした印象をうける、飾り布(布利流という日ノ本の最高神が考案した着物の飾りらしい)をふんだんにあしらった服を着た、かわいらしい猫獣人の神の絵が……。
というかこの服、よく見たら胸元ざっくりあいているし、足だってほとんどむき出しじゃないかっ!?
「あなたたちの発生の地である場所の、尼僧の姿よりマシでしょう? 布きれ一枚をまきつけて着物と言い張るなど……なんですか? 引っ張ってコマみたいに回してひん剥いていいんですかっ!!」
「な、なんてこと言うんだこの鬼っ!! 恥知らずっ!! だれかっ……誰かこいつを衆合圏獄に!!」
堪忍袋の緒が切れた、私の命令に対する返答は、
「焔真ちゃんがさらにかわいくなると聞いて!」
「焔真ちゃんが、金のなる木になると聞いて……」
「貴様らは、貴様らで、どんな耳をしているのだぁああああああああ!!」
やってきた炎業と灯鬼の言葉に悲鳴を上げたのち、私は我慢できず絶叫する。
「よ、霊依産毘売さん……ほんの少しでいいから、帰ってきてくれぇええええええええええええええ!!」
それから数週間後、真正仁真様に同伴してもらい高草原を訪れた私は、泣きながら霊依産毘売さんに帰ってきてくれるよう頼み込み、何とか月一で圏獄を訪れてくれるよう約束を取り付けたのだった……。
そして、私は一つの教訓を得た。
「うまい話には裏がある」と……。
真教の煉獄(汚れた魂の浄化場所)である圏獄を治める大王。もはや更生の余地なしと断じた魂を焼き払う《全焼の炎》という権能を持つため、この名がついたと思われる。
気性は激しいの一言。真紅の肌に零れ落ちそうなくらい見開かれた鋭い眼に、燃え上がる髭と髪を持つ大魔神である。
数多ある焔真図絵では、その右手には大剣。左手には死者の名前が羅列してある帳面が持たれており、あまりに穢れきった魂がやってくると、手に持つ剣をふるい魂を焼き払う。
また、他教との煉獄同士の戦争にも率先して参加し、侵略し尽くす修羅であるとされる書もある。
ただ日ノ本ではなぜかそういった扱いは受けず、見た目のおっかないオッサンではなく可愛い女の子であることが多い。このことは長年、宗教学者たちも首をひねっていて、なぜ日ノ本の焔真だけこれほど見た目が違うのか……と、考え続けているのだが……いまだに答えは出されていない。
ちなみに、日ノ本のオタクたちはこれをよく引き合いに出し、「みよ! 神を美麗かつ、かわいらしくするのは、我ら日ノ本の伝統であるっ!!」と声高に主張しながら、《あま神》というギャルゲを買いに走るらしい。
(神話裏話)さらにちなみに、こちらは裏の話ではあるが、焔真の姿が日ノ本において、そのような方向で描かれるようになったのは、ようやく高草原に入った霊依産毘売との生活を邪魔された流刃天剣主が、嫌がらせとして焔真に突き付けた条件だったりする。
「自身の姿を威厳があるように偽るなど、神として恥ずべき行為。日ノ本だけでは絶対にやらさん!!」と言ったとか、言っていないとか……。
まぁ、なんやかんや理由をつけてはいるが、要するに、月一で霊依産毘売を取られるのが純粋に気に入らなかっただけなのだろう。




