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疾風迅雷、大風彦!!

 そして、男が俺たちの生活に入ってから3か月の月日が流れた。


 周囲はすっかり暑くなり、虫や動物たちが活発に動き出す。


 夏の到来だ。


「魚がいるな……」


「……はぁ?」


 突然の俺――賢者の石の発言に対し瑠訊は、畑に水をやりながら「何言いだしやがるこいつ?」と言わんばかりの視線を向けてくる。


 その横では俺の教えを受けながら、瑠訊とともに狩ってきた大イノシシの解体を行っていた、石の神の加護を受けた男も俺に不思議そうな視線を向けてきていた。


岩の神様の加護を受けたこの男は、今はもう俺の世界改変によって髭はすべて剃り落し、髪もうっとうしく感じないショートになるまで切りそろえていたので、かなり清潔な印象を受ける好青年になっていた。


 要するにテライケメンだった……。生前の俺なんてブサ面よりのフツ面だったのに……。なんで瑠訊もこいつもこんなイケメンに育ってんだよ、クソッ!! 今に至ってはただの無機物だし!?


 ちなみにこの男。名前はまだない。散々瑠訊と瑠偉と共に、もめにもめながら決めようとしたのだが、それを見ていた男が怯えだしたのでしばらく保留にしたんだ。


 そしてそのまま放置して三カ月である。我ながら俺たちはルーズすぎると思う。


(いい加減ちゃんと名前決めてやらんとな……)


 とまぁ、そんな焦りを内心で押し隠しながら俺は男の方へと視線を移す(石だから(以下略))。


「魚……なん、ですか。それは?」


 俺の視線の移動を感じたのか、男は茶色い瞳を困惑で揺らしつつ、ここ数日で俺が教えた言葉を、ぎこちないながらも使って、俺にそんな質問をしてきた。


「よしよし! ちゃんと敬語ができるようになったな!! えらいえらい!! 俺に対するしゃべり方はずっとそれにするんだぞ?」


「おまっ……こいつが何も知らないからって、初期段階から洗脳って大人げないやつめ!!」


「失礼なことを言うなっ!! これは上位者に対する当然の礼儀を教えているだけだっ! 洗脳じゃない、教育だっ!!」


「似たようなもんだろうが」


 いや、確かに洗脳と教育って紙一重なところがあるけど……。瑠訊のやつ、ごくたまに鋭いこと言うよな。と、俺はちょっとだけ感心し、


「というか、お前もいいかげん敬語使えよっ!? 俺一応すごいんだぞ!? 始皇帝を導いた偉大な知識を持つ《賢者の石》様なんだぞ!?」


「その王朝は、始皇帝とその孫までの世代で盛大に滅びてんだろうが。たいしたことないな、賢者の石」


「キィ――――――――――――――――――――――ッ!?」


(こ、この反抗期小僧!! ああ言えばこう言いやがって!?)


 怒り狂う俺と、それを鼻で笑う瑠訊の言い合いに、イノシシの解体の手を止めていた男は、なんとも困った顔をしながら話を元に戻そうと努力してくれた。


「あ、あの……結局その《魚》って何、ですか?」


「あ。そ、そうだった! 魚がいるんだよこの生活にはっ!!」


「だから突然なんだよ?」


 お前飯食わないんだから、食生活なんて関係ないだろ。


 そんなことを言いたげな顔で「水撒きの邪魔をするな」と抗議してくる瑠訊に対し、俺は熱烈に語ることにした。


 ここは日本っぽい場所なのに、このまま魚を食す文化が育たないなど俺が許しがたいからだ!!


「わかってない! わかってないなぁ!! いいか? 魚を食べれば動物や植物よりも、はるかに多いカルシウムとその他もろもろ栄養素を得ることが……」


「わかりやすくいえ」


「ちっ!! うっとうしいぞ、この原始人がっ!!」


「………………………………………………」


「あ、兄者!? やめてくだされ!? 僕はまだ賢者の石殿に教えてもらっていないことがたくさんあるですじゃ!!」


「うん! 安心しろ!! こいつがいなくなっても、とりあえず俺がまずお前に正しい言葉づかいを教えてやるからっ!!」


 やっぱりてめぇはここで砕く、有害知識の塊めっ!! と、巨大な岩を両手で持ち上げ振りかぶる瑠人を男が押しとどめていてくれているうちに、俺は原始人でもわかる魚の有用性をかみ砕いて説明してやった。


「お肌つやつや。瑠偉がさらに綺麗になるよ?」


「ばかっ!! それを先に言えよっ!!」


(こいつ相変わらずちょろいな……)


 と、その言葉を聞いた途端すぐに張り切りだした瑠訊を、じっとりとした視線で見つめる俺と男。


 もういいかげんこいつのシスコンは、冗談抜きで、洗脳でもして矯正してやるべきかどうか悩む領域だった。


 そんな風に騒いでいた俺たちの声を聴いたのか、瑠訊たちが狩ってきた獣たちの皮を使い、何着かの新しい服を作っていた瑠偉が、ひょっこり顔を出す。


「兄さん? 魚を捕りに行くんですか?」


「おう、待ってろ、瑠偉! お前のためにでっかい魚とってくるからな!!」


「いや、とってくるにしても今日はイノシシさんだけで十分ですから、干物にして保存食にしますよ?」


 そっけなく、かつ冷静な瑠偉の言葉に、俺たちの顔は盛大にひきつる。


 とにかく、こうしておれたちは魚を取るための一大イベントを開催することとなったのだ!




…†…†…………†…†…




 それから数時間後。俺と瑠訊は俺たちが上陸した入り江にやってきていた。ちなみに男はお留守番だ。まだイノシシの解体が終わっていなかったし。


 この入り江はいわゆる三日月状の入り江になっていて、強烈な波の侵入を、入り口を狭める両端の崖が防いでいる、波の穏やかな場所だ。


 初めての漁にこれほどふさわしい場所はないだろう。


「で、なんでわざわざ海まで出てきたんだよ? 俺たち」


 川で魚とれるだろ。と、俺に指示に従いはしたものの、いまだに納得はしていないらしい瑠訊の疑問に、俺は苦笑いを浮かべながら答えた。


「まぁ、確かに俺も川魚の塩焼きくらいで満足するつもりだったんだが……。瑠偉が干物にするしかないっていうなら、手っ取りばやく干すだけでできる海魚のほうがいいだろ?」


「あぁ、なるほど。川魚だと腐りやすいしな……。海の魚は塩まみれだから、そっちの防腐効果も期待できるし」


 俺たちの道楽で瑠偉にあんまり手間はかけられんか……。と、ここ数年ですっかり瑠偉の尻にひかれることになってしまった瑠訊の言葉に苦笑しつつ、俺は小さくうなづいた(石だから(以下略))。


「さて、じゃぁ魚とるとするか」


「おー!!」


 そういって指をパキパキ鳴らす瑠訊に、元気よく掛け声を出してやる俺。


 こうして、この島で初めての人間による魚の捕獲作戦が始まり……!!




…†…†…………†…†…




「と、とれねぇ……」


「というか魚が一匹もいないし……」


 惨敗した。


 というかこの入り江、どういうわけか魚が全くいなかった。


「ばかなっ!? こんな波が穏やかで、魚だろうがなんだろうが住みやすい場所はそうそうないのに……一匹もいないなんて!?」


「の、呪われてんじゃねぇのここ?」


 瑠訊が若干おびえたようにそんなことを言ってくるが、それこそありえない話だ。


 あの巨岩のような龍穴からの力の放出を受けた、莫大な力を持つ神格がいれば話は別だが、それ以外でこの島にいる存在なんてものは、《呪い》なんて理性あるもの特有の高度な思考をしない、本能だけに支配された獣たちだけだ。


 どこであろうと今の時点で、土地が侵されるほどの強力な呪詛なんて、存在するわけが……。


「って、あ……」


 そこで俺は気づいた。


 呪じゃなくて、苛烈な力の残り香だったら?


 本能だけで動く獣しかいないからこそ、それが悪しき力だろうが善き力だろうが関係なく、莫大な力を感じれば自然にはおびえて、その場を勝手に避けるようになる。


 その考察の正誤を確かめるために、俺はそのまま感知のための世界改変を使い、


「あぁ……瑠訊?」


「ん? なんだよ? いい御祓いの方法でも思いついたか」


「いや……その。なんというか、どうやらここに魚がいない理由、俺っぽいんだけど」


「……はぁ!?」


 上陸の時に海をかち割った力の残り香が、いまだのこの入り江に色濃く残っているのを見て、俺は思わず顔をひきつらせた。




…†…†…………†…†…




「結局お前のおさかな捕獲計画はとん挫ってことでいいんだな?」


「近くの入り江があんな惨状じゃなぁ……。俺の力の残り香が消えるまでけっこうかかりそうだし」


 結局あれから数時間。入り江に満ちてしまった俺の力の残り香を何とかしようと、俺は世界の改編を使い孤軍奮闘してみたが、力をふるえば振るうほど、そこに残る力の残り香は逆に強くなっていく始末。


 どうやらあの波が入ってこない、閉鎖的な入り江の地形が原因で、あの入り江はああいった力がたまりやすく、放出しにくい場所になってしまっているらしい。


 こりゃ下手に手を出すと逆効果だということを、数時間たってからようやく気付いた俺と瑠訊は、力の拡散は自然の力に任せることにしてトボトボと家に帰還した。


 そして、


「あれ? 兄さん? 賢者の石さん? 遅かったですね?」


「お帰り兄者。賢者の石様」


「「……はぁ?」」


 出迎えてくれた瑠偉と、男が囲んでいた信じられないものを見て思わず氷結してしまった。


 そこに横たわっていたのは、数日前「瑠訊が剣と弓だから、お前は槍と投げナイフね?」と、男に槍の訓練をさせるために俺が作った、丈夫な木の枝の先端を尖らせただけの簡易槍。そして、それにぶっ刺されて絶命している、80センチはあろうかと思われる巨大な真鯛だった。


「思った以上に帰りおそかったですね、兄さんたち? この人がこの海魚捕まえてきてからずいぶん経ってますよ?」


「い、いやまて。待ってくれ瑠偉。俺ちょっと意味わかんなくて混乱しているから、話は賢者の石に振ってくれ」


「まて。混乱しているのは俺も同じだ……。お、おい男? これ一体どこから!?」


 少なくともこんな上質な真鯛、そうそう簡単に獲れるもんじゃ……。と、頭に《?》を浮かべまくる俺と瑠訊に対し、男も同じように《?》を浮かべながら首をかしげ、


「海まで……走った」


「走ったってお前、入り江に来なかったじゃないか……」


「兄者たちとは違う方に」


「あ、そっか。ここは島だから海岸はほかにも……」


「いや待て、瑠訊それもおかしい!? あの浜辺以外、ここから一番近い浜辺でも10キロは先にある! 少なくとも人間が日帰りで気軽に走っていける距離じゃない!?」


「っ!?」


 俺の情報に驚く瑠訊をしり目に、男は自分の功績が疑われていることが何となくわかったのか、泣きそうな顔になりながら、


「走った。走ったんだ……走ったんだ……」


 とっても悲しそうな顔で何度もそう言ってくる。


 さすがにこんな感じになるとこちらも責めにくく、


「じゃ、じゃぁせめてもう一回お前が行ったっていう浜辺まで走ってくれないか? 賢者の石がそれ見てるから」


「わかった……」


 そう言って男は若干落ち込みながら、俺たちと一緒に家から出て、


「じゃあ行ってくる」


 俺たちの目の前から……消えた。



「「え……」」



 一瞬その信じられない光景に、俺と瑠訊は唖然となったが、俺は慌てて世界を改変させ遠視と動体視力補正をかける。


 それによって視界に映されたのは、駿馬どころか、いっそ疾風迅雷と言った方がいいような速度で、森を走り抜ける男の姿だった。


 男は数分で悠々と10キロの道を走り切り、そのまま海岸に大きな足跡を残しユーターン。まったく疲れた様子を見せないまま、行きと同じ速度でこちらに帰ってきて、目の前に再出現する。


「ど、どう?」


「「……」」


 もう言葉もない俺と瑠訊は、しばらく男の姿を呆然と見た後、


「なぁ瑠訊。俺今こいつにいい名前を思いついたんだけど」


「なんだ?」


「風みたいに早いから《大風彦(おおかぜひこ)》でどうよ?」


「いいんじゃないかな……」


 どうやら、岩の神様からの加護を受け、猿から人間になった存在である彼の身体スペックを、俺たちは完全に舐めきっていたらしい。


 それを自覚した俺は、不安そうにしている男――大風彦に苦笑いを浮かべながら「よくやった」と労いの言葉を駆けながら、(多分喧嘩したら勝てないだろうな……。兄なのに)とすすける瑠訊を、慰めるのだった。


 こうして我が家のお魚問題は解決し、食卓に彩りが増え、男の名前と仕事が決まる。


 名前は大風彦。職業……漁師。


 新しい仲間が、正式に俺たちの家に受け入れられた瞬間だった。


おおかぜひこ=おおかみひこ


似てません? 似てませんか……。

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